第三十四話
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
空から夕暮れ色が段々と失われ始め、ゆっくりと闇夜が空に滲み始めた頃––––
調査兵団本部へと無事帰還を果たした兵士達は、本部の広場でエルヴィンから今晩は兵舎の外へ出ないよう外出禁止令も共に抱き合わされた解散命令が下された。
心身ともに疲れ果てた兵士達が、バラバラと兵舎へ向かい始める中で、アルミンとミカサ、そしてジャンの三名はエルヴィンに召集を掛けられ、夕食を仲間達と共に食堂で取り終えると、足早に本部棟へと向かって行った。
怪我と疲弊が激しいエレンは、今晩は本部棟の医務室で療養し、明日の朝リヴァイと共に再び旧調査兵団本部へと戻ることにはなっている。
しかし、今回の壁外調査で、調査兵団はエレンが人類にとって利となり得ることを証明するに至る結果を得られなかった為、再びエレンの今後の処遇を決める審議が行われることが決まったエレンが、エルヴィンと共に王都へ召還されるまで、詳しい日取りはまだ決まっていないものの、そう時間は無いように思えた。
何か早々に手を打たなければ、エレンは中央憲兵や王族達の手によって解剖された後、処分されてしまう可能性が高い。
ハル達の食堂での会話は、そういった先への不安や焦燥に終始尽き、失った仲間達のことを思えば、とても生還を喜べる雰囲気でも、心持ちにもなれはしなかった。
ハルは夕食と風呂を済ませ自室に戻ると、早急に寝間着に着替え、燈台の火を消して、ベッドの中へと潜り込んだ。
しかし、体は酷く疲弊しているというのに、何故か妙に頭が冴えてしまっていて、全く眠気がやってくる気配が無い。
無理矢理眠ろうと枕に顔を押し付けて目蓋を閉じるが、頭の中には女型の巨人の事ばかりが浮かんでは消え、その度に意識が覚醒を繰り返してしまう。
「…駄目だっ、全然眠れないや…」
ハルは枕に顔を押し付けたまま沈鬱極まった調子で呟くと、緩慢にベットから上半身を起こした。
…すると、寝間着の下に押し入れていた御守りが、するりと襟口から溢れて、ゆらゆらと顎の下で揺れる。
「…アニ…」
カーテンの隙間から溢れる淡い月光に照らされ、褪せた御守りが青白く光っているのをぼんやりと見下ろしながら、胸の中に蟠っている重々しい不安の霧を、吐き出すようにして呟く。
ジャン達がエルヴィンに本部棟へ呼び出されてから、もう暫く時間が経っているが、隣の部屋から未だジャンの気配がしないので、随分と長く話し込んでいるようだった。
恐らくだが、エルヴィンがアルミンとミカサ、そしてジャンの三人だけを調査兵団本部に呼んだのは、女型と交戦した兵士からの情報を得る為だろう。
それに、エルヴィン団長は、アルミンから調査兵団本部に着いて直ぐに、女型について話があると報告を受けていた為、南駐屯地出身の104期訓練兵団の中に、女型の正体である人物が潜んでいるかもしれないということに、既に気付いているという可能性も考えられる。……否、寧ろ、もう女型が誰であるのかまでを、アルミンの報告で、見当付けているのかもしれない。
そう考えられる理由は、女型と交戦した兵士に召集をかけるのであれば、ハルとライナーも、本部棟に呼び出されている筈だからだ。
しかし、二人はエルヴィンに呼ばれることはなかった。
ハルとライナーに共通していて、ジャン達とは共通していないことは、アニと同じ開拓地出身だということだ。
その要点が、エルヴィンがアニのことを女型の巨人の正体と考えているのだということを、強く示唆していた。
もうすっかりと夜は更けてしまっているが、今日だけではなく恐らくこの先も、アニが女型の巨人である可能性に不安を抱いて過ごしている内は、とても眠れやしないだろう。
壁外で女型と交戦した際、アニの顔と女型の顔が重なったことは、見間違いであって欲しいと祈り願うだけ、沸々と不安が胸に迫り上がり、量を増していく。このままでは胸が重くなりすぎて、呼吸をすることもままならなくなりそうな、そんな漠然とした恐怖すらも感じる。
「…確かめに、行かないと…」
ハルは胸元で揺れる御守りを握り締め、意を決したように瞳を閉じて呟いた。
真実を知りたい。
でも、それを知ってしまうことが、とても怖い。
真実を知って、自分は一体、どうするのだろうか…、どうすることが、正しい事、なのだろう…?
その答えはまだ見出せていないが、自分がただ足踏みをしている内に、知らない場所で事が進み、アニの口から何も聞けずに終わってしまう事態だけは、絶対に避けたかった。
ハルはベッドから立ち上がり兵服に着替えると、兵舎内を巡回している見廻りの目を掻い潜りながら、アグロの居る厩へと向かった。
アニの所属は、ウォール・シーナ内のストへス区だ。
いくらアグロでも一晩でストへス区まで辿り着くことは不可能な距離であり、早くても二日以上は掛かってしまう。だからと言って、流石に立体機動装置を装備庫から持ち出す訳にもいかない。
不在を知られれば、罰則を与えられることは間違いないだろう。ただでさえ、自分は調査兵団内部で監視対象に当たるのだ。
しかし、ハルには到底、部屋の中でじっとしていることなど、出来なかった…
要するに、決して冷静では、なかったということだ。
→