第三十三話
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巨大樹の森から北方に離れた場所で一旦拠点を置いた調査兵団は、常に巨人の接近がないか周囲を警戒しつつ、ウォール・ローゼ東部の突出区であるカラネス区へと帰還する為、遺体の回収、馬の休息や装備の補給等を行なっていた。
今回の壁外調査で密かに捕獲を目的としていた『女型の巨人』と、エレンは巨大樹の森の中で交戦となった。
その戦いの末に敗れてしまったエレンは女型の巨人に頸を食い千切られ、体を飲み込まれて連れ去られ欠けていた所を、駆けつけたミカサとリヴァイが阻止し、救出に成功したが、エレンは未だ意識を失ったままだった。
そして、エレンを守るため戦ったリヴァイ班の兵士である、エルド・ジン、グンタ・シュルツ、オルオ・ボサド、ペトラ・ラル、以上の四名は、女型の巨人の奇襲を受け、戦死したという報告を、班長であるリヴァイ本人の口から聞いた時、兵士達は皆、信じ難いことだと現実として受け止められず、絶句していた。
リヴァイ班に配属されたメンバーは、数多くの壁外調査に参加し、巨人と戦い抜いてきた猛者達ばかりで、兵団内でも頼りにされる存在だった。
そんな彼等の死は、知性を持つ巨人が孕んでいる計り知れない脅威の大きさを、皆に生々しく、そしてまざまざと思い知らせる事となった––––
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今や明るかった空も段々と日が傾き始め、青い空に淡く夕陽のオレンジが滲み始めた頃、巨大樹の森近くで遺体回収の指揮を担っていた班長は、今回の壁外調査に参加していた兵士達の名が書き連ねられた名簿を見つめるエルヴィンに対し現状報告を入れた。
「…ほぼ終わりました。回収不能が、五体程ありましたが–––」
「一部でも無理か?」
「巨人の所為で回収出来ない者以外は…っあれならば寧ろ、持ち帰らない方が遺族の為かと…」
班長は鎮痛な面持ちで重々しく告げると、エルヴィンは寂然と瞬きをした後、回収不能と記された兵士達の名を記憶するように、一人一人目で追いながら、酷く掠れた声で言った。
「…行方不明で処理しろ」
「…はい。巨人は森の周辺で数体確認しましたが、此方に向かってくるものは未だいませ……っ!?」
班長がエルヴィンに続けて報告を入れている最中の事だった。
ふと馬の蹄が地を蹴る足音が巨大樹の森の方から聞こえて来て、一同は其方へと視線を向けた。
其処には黒毛の馬を走らせ、エルヴィン達の元へと駆けてくる一人の兵士が居た。
その兵士は遺体回収班に割り当てられていたハルであり、背中に一人と、そして右腕に抱えるようにもう一人の遺体を乗せて、エルヴィン達の元で止まった。
「!?ハル…っ!お前っ、遺体を回収出来たのかっ?!」
班長が驚きながら馬上のハルを見上げて言うのに、ハルは荒立った呼吸の合間で話すよう途切れ途切れになりながら答えた。
「はいっ、ですが、未だ三人っ……森の中に残っていますっ…、連れて来られたのは、この二人だけです…。でも、ブレードとガスを補給すれば、まだ戻れます…!」
ハルの鞘の中には、左右一刀ずつしかブレードが残っていなかった。遺体を回収しつつ巨人との交戦があった為、ガスの消費を抑える余裕もなく、かなり消費してしまっている状態だった。
ハルの背に身体を擡げている兵士と、腕の中の兵士の顔を確認した、同じく遺体回収班だった金髪のディータと、黒髪を後ろで一本に束ねているロドリグが、複雑そうな表情を浮かべて、何処か落胆したように視線を落とす。
しかし、巨大樹の森の近くに長く陣形を留めておくわけにもいかず、森の奥に集まっていた巨人達がいつまた流れ出て襲い掛かってくるかも分からない。リヴァイも女型の巨人との戦いで片足を負傷しており、再び兵士に損害を出してしまう可能性も大いに考えられた。
多くの同胞達を失ったが、せめてこれ以上の死者を招いてしまうことだけは、何としてでも避けなければならない。
エルヴィンは断腸の思いで、此処を離れることに決めた。
「いや、もう十分だ。此処に長く留まっても居られない……ハル、ご苦労だった。直ちにカラネス区に向かって移動する。各班に伝えろ」
そう言って兵士の名簿を班長に手渡すエルヴィンに、ハルはもう少し待って欲しいと進言する為僅かに身を乗り出したが、エルヴィンとすれ違う間際、彼の瞳に腸を絞るような悲しみが揺れているのが見えて、ぐっと口を継ぐんだ。
すると、ディータが遺憾を露わにした声で、エルヴィンを呼び止めた。
「納得できませんっ!エルヴィン団長!!」
「おいお前っ!」
エルヴィンは足を止め振り返ると、必死な形相で見開いた瞳を震わせるディータと目が合った。
班長はディータを咎めるが、彼は身体全身で訴えかけるように両手の拳を握り、エルヴィンに向かって身を乗り出しながら言った。
「回収すべきです!イヴァンの死体はすぐ目の前にあったのにっ!」
「巨人がすぐ横に居ただろう!?二次被害を招く恐れがあるっ」
「襲ってきたら倒せばいいではありませんかっ!?」
ディータが反感を連ねる中、ロドリグは団長へ、泣き出すような切実な声で言った。
「イヴァンは同郷で幼馴染なんですっ、アイツの親も知っています!せめて…連れて帰ってやりたいんです!」
「我が儘を言うなっ!」
幼馴染を何とか故郷に連れて帰ろうと必死になっている二人に、班長が叱咤していると、不意に鋭く地を這うような声が聞こえた。
「ガキの喧嘩か」
「リヴァイ兵長っ」
ディータとロドリグははっとして、巨人の見回りをしていたリヴァイへと顔を向けた。
「死亡を確認したらそれで十分だ。遺体があろうがなかろうが、死亡は死亡だ。何も変わるところはない」
リヴァイがディータとロドリグに対し淡々とした口調で言い放つと、二人は愕然と立ち尽くし、眉の間に失望を翳らせた。
「そんなっ」
「…っ」
ハルはディータとロドリグの表情を馬上から見下ろしながら、琴切れ冷たくなった腕の中の遺体を抱き寄せている腕に力を込め、水のように胸に流れ込んでくる悔しさに、下唇を噛み締めた。
ハルは巨大樹の森の中で、巨人の群がる地に息絶え倒れていた、恐らくディータとロドリグの幼馴染であるイヴァンらしき遺体を目視していた。
しかし、見つけた時には既に二人の遺体をアグロに乗せており、イヴァンを連れて帰ってくることが出来なかったのだ。
「イヴァン達は行方不明として処理する。これは決定事項だ。諦めろ」
エルヴィンはそう二人に言い放つと、リヴァイと共に陣形に向かって歩き出した。
ディータやロドリグには、その言葉が無情にも袈裟がけに斬って捨てられたような響きを孕んでいるように冷たく届き、ディータはエルヴィンとリヴァイの背中に向かって、堪らず感情的な声をぶつけた。
「お二人には、人間らしい気持ちというものがないのですか!?」
「おいディータッ!言葉が過ぎるぞ!!」
「…ディータさん」
班長がディータを落ち着かせようとしているのを、ハルは鎮痛な面持ちで見つめていると、アグロの傍で足を止めたリヴァイが、ハルを見上げて声を掛けた。
「ハル」
「!」
それにハッとしてハルはリヴァイを見ると、リヴァイはハルに向かって、喉の奥をぐんと押すような声音で言った。
「来い。直ぐに出発する。それまでにガスだけでも補充しておけ」
「…っ、はい」
リヴァイの命令にハルは敬礼を返すと、二人の遺体を陣形内へと運び、亡くなった兵士達を荷馬車に乗せていたアルミンとジャンの元へと届けたのだった。
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