第二十五話
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「死ん、だ…?」
ハルは激しく動揺し揺れる瞳でエルヴィンを見た。
エルヴィンは「ああ」と冗談を言っている様子もなく、至極真面目に頷き、話を続けた。
「巨人に投げ飛ばされた君を捜すため、同期のジャン・キルシュタイン、フロック・フォルスター、そしてイアン・ディートリッヒの三名が教会へと向かった。そこで発見された君は、四肢が折れ、後頭部が陥没し、心臓は止まっていたそうだ」
ハルはあり得ないと震える唇を覆い隠すように手を添えた。
「っそ、そうだとしたら何故っ…私は今、五体満足でいられるんでしょうか…っ」
しかし、そう自身で呟いた瞬間、あることを不意に思い出して、はっとする。
「!」
それは、補給棟での出来事だった。
「おいガキ、何か思い当たることでもあるのか?」
ハルの顔色が変わったことに瞬時に気づいたリヴァイが、壁に寄りかかったまま鋭い双眼を細めて問いかける。それにハルは、自身の身に起きたことを振り返るよう、口元に手を当てたままゆっくりと話を始めた。
「…っ、本部で補給をしていた時です。…急に体が熱くなって…その時、体から蒸気が吹き上がって…傷が、塞がり始めたんです。新しいものだけではなく、古傷の痕でさえも…無くなって…」
「「!?」」
ハルの言葉に、一同は驚愕した。
「それってまるでエレンと同じじゃないか!?」
ハンジは身を乗り出して声を上げると、リヴァイはやれやれと溜息を吐きながら、ハルにナイフでも突きつけるような鋭い視線を向けて言った。
「やっぱりな。こいつもエレンと同じ、巨人だったってことだ」
「…」
ミケは静かにハルを見つめたまま、特に何も言おうとはしなかったが、声を上げたハンジとリヴァイに、エルヴィンは視線を送って落ち着くよう制した。
「待つんだハンジ、リヴァイ」
それからエルヴィンは座っていたパイプ椅子から立ち上がると、ハルを見下ろして問いかけた。
「そのことは…誰かに話したか?」
その表情は先程と変わらないが、目には警戒するような色が浮かんで居て、ハルは僅かに身を縮めるようにしてこくりと頷いた。
「一人…だけ。話したと言うよりは、見ていたというのが、正しいですが…」
「それは誰だ?」
「同期のライナー・ブラウンです。彼は、誰かに話すべきではないと言っていました。…皆、極限状態の中、巨人のように体から蒸気が吹き上がったなどと知れば、混乱の種になってしまうと…。私も、その通りだと思い誰にも言いませんでした。…というよりも、言えなかったんです…怖くて…」
特段何かを隠す素振りもなく質問にすんなりと答えたハルに、エルヴィンは警戒心を緩め、ハンジも「なるほどね」と納得した様子で頷いた。
「それは良い判断だったと思うけどなぁ。そうじゃなきゃ、巨人誘導の指揮補佐をして、同期達を率いることだって無理だったよ」
「それは私も同感だ。では… ハル、君がどうして今、傷一つ無く生きているのかだが…」
エルヴィンは少し間を開け、大きく瞬きを一度すると、真っ直ぐ射抜くような視線で、ハルを見下ろした。
「心臓が止まった君に、ジャンが蘇生術を施していると、突然身体が発光したそうだ。エレンや超大型巨人が現れた時とよく似た光だったそうだが、衝撃波は全く無かったらしい」
「身体が…光った…?」
遽には信じられないことを耳にして、ハルは唖然として思わず問い返してしまう。しかし、やはりエルヴィンには冗談を言っているような素振りは無かった。どこまでも真摯で、言葉にも表情にも、偽りの綻びが一切感じられなかった。
「ああ。その光は、壁外調査から急遽帰還した我々も見ていたが、その際に君の傷は瞬く間に治り、そして…翼が、生えたそうだ。君の背中に、大きな黒白の翼が」
「つ、ばさ…?黒白の…」
エルヴィンがハルの背を指差して言うと、ハルは青白かった顔を更に蒼白にした。
ハルの脳裏には、夢で見た景色が彷彿していた。
それは三人の娘達の前で、母の心臓を喰らい、背に黒白の翼を得た、青年の姿だ。
まさかあの青年と同じ翼が、自分に生えたとでも言うのだろうか?そんな、あり得ないことが…。
否…そんなにおかしな事でも、無いのかもしれない。何故ならエレンは巨人になれるという事が分かり、自分もエレンも、傷が瞬く間に治ってしまうような、そんな世界なのだから…。
「黒白の翼は…皆さんも、見たんですか…?」
ハルはゆっくりと視線を、エルヴィン、リヴァイ、ハンジやミケに向けて問いかけると、皆こくりと首を縦に振った。
「目撃したのは君を助けに向かった三名と、此処の部屋にいる者だけだ。そして、君の身体が光った時、驚くべきことに、巨人の動きに変化が生じた」
「変化…?」
エルヴィンは、僅かに慄くような視線で自分を見上げてきたハルに、目を細めて言った。
「その場に平伏し、動かなくなった。全ての巨人が一様に、君が居る場所に向かって…、そして…君の体も…。君の心臓は今、心音が限りなく小さく、脈が触れないほどに、遅く…なっているんだよ」
「…え…?」
ハルは足の先から、酷い悪寒が駆け上がってきて、身震いするように息を吐いた。
それから震える手で、ゆっくりと左胸に右手を押し当てる。
「…っ…」
しない、感じない、心臓が、動いている、音も、感触も、しない。
ハルは知らない場所で迷子になった幼児のような気持ちになって、次は自分の首筋に左手の指を当てる。しかし、脈が全く感じられなかった。
「そ…んなっ…」
弱々しく、隙間風のような声が、震える唇からこぼれ落ちる。
額にじんわりと冷や汗が滲んで、求めていたものを見つけられなかった左腕が、力なく掛け布団の上に落ちた。
「私の、心臓…止まってるんですか…?」
「正確には、動いている。だからこそ君は今こうして生きているんだ。…だが、人間の心臓の動きというよりは…長寿な生き物の心臓の動きに、限りなく近くなっているらしい…」
「…」
それはまるで、自分はもう人間では無くなってしまったのだと言われた気がして、ハルは深く重たい息を吐いた。
ハルの俯けられた横顔は酷く疲弊していて、エルヴィンは眉を顰めると、ベットの傍に片膝をつき、ハルの力なく落とされた肩に手を乗せた。その肩は、巨人を多く討伐した兵士とは思えないほどに薄く華奢で、エルヴィンは胸が痛々しさにひりつくのを感じた。
「…やはり目覚めてすぐに、聞かせるものではなかったな…。すまない、無理を、させてしまったな…」
いくら大人びて見えていたとしても、彼女は17歳で、訓練兵を卒業したばかりの少女なのだ。そう考えると、今日彼女の身に起こった出来事は、あまりに残酷過ぎることばかりだっただろう。
エルヴィンはハルに対して、多くのことを一度に話し過ぎてしまったことを反省したが、ハルは首を左右に振った。
「いいえ」
ハルは緩慢に顔を上げ、エルヴィンを見ると、透き通った黒い双眼を細めた。
「そんなこと、ありません。…聞かせて頂いて良かったです。エルヴィン団長が、私と逸早く話をしなければいけなかった理由も、何となくですが…理解できますから」
その瞳には、エルヴィンを気遣う色が浮かんでいて、思わず息を呑んでしまう。
「私が何も知らないまま、ある日突然このことを思い出して、無作為に誰かに話してしまうようなことがあれば、大きな問題に及び兼ねません。この事を殆どの者が知らないうちに、私と話をしておけば、下手に大事にもならず…むしろこの力を…エレンのように利用できるとしたら、ウォール・マリア奪還に向けて、調査兵団内で囲っておくべきだと…そういうこと、ですよね」
それはあまりにも明晰にエルヴィンの意図を解釈したもので、エルヴィンだけではなくリヴァイ達も思わず虚を突かれたように目を丸くした。
「…君は、恐ろしく頭の回転が早いな」
エルヴィンはそう呟くと、ハルの肩をポンと一度軽く叩いて、その場に立ち上がろうとする。しかしそれを、ハルは呼び止めた。
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