第三十二話
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ピューッ…
ピュイーッ…!
広大な平原に、ジャンがライナーの馬と肩を並べて、指笛を懸命に鳴らしながら、先程の女型の巨人との戦いで逸れてしまったブーフファルトとアグロを呼んでいる中、頭部を負傷したアルミンは、ライナーの応急処置を受けており、額の傷が塞がったハルは、女型に吹き飛ばされた際に地面に打ち付けてしまった自身の立体機動装置の不具合を、ライナーの馬の鞍の中に入っていたリペアセットを使って黙々と修理していた。
「どうだ、アルミン、ハル。立体機動装置は?」
ライナーは両膝を折って座っているアルミンの後ろに片膝をついて、アルミンの負傷した頭部を包帯で丁寧に巻きながら問いかけると、アルミンは少し頭を打ってぼんやりとしているのか、寝起きの時のような間延びする口調で答えた。
「…大丈夫。装置が正しく外れてくれたから、壊れてはいないみたい…」
「…私の立体機動装置も、なんとか元に戻りそうだよ」
ハルは無理矢理ベルトから立体機動装置を取り外したことで、接続部の部品が歪んでしまっていた箇所を取り除くと、替えの部品に交換し終え、再び立体機動装置を自身のベルトに取り付けながら答える。
それにライナーはホッとした様子で頷くと、視線を必死に指笛を鳴らし続けるジャンの背中へ向けた。
「そうか、それは良かった。…だがどうする?馬が一頭しかいないぞ?ジャンかハルの馬が戻ってくれば、四人とも移動出来るんだが…」
ライナーの言葉が背中から聞こえて、ジャンは一度指笛を吹くのを止めると、途方に暮れた様子で平原の先を見つめた。
「(クッソ…なんでだ!?ライナーの馬は戻って来たのに、どうして俺とハルの馬は戻って来ねぇんだ…まさかアイツらっ、どっかで遊んでやがるんじゃねぇだろうな!?)」
ハルの愛馬であるアグロと、ジャンの愛馬であるブーフファルトは仲が良く、近くにいると良くも悪くも離れなくなり、遊びに夢中になって指笛を吹いても寄ってこないことが多々あった。
ジャンはもしやと嫌な予感を胸に過ぎらせていると、その背中に申し訳なさそうな顔をしたハルが歩み寄って、声を掛けた。
「ジャン…ごめん。ブーフファルトに、アグロがまたちょっかいを掛けているのかも…」
「…ああ…その線が色濃くなって来やがったな。ったくアイツら一体こんな時に何考えたんだよっ!…これ以上、ここに留まるわけにはいかねぇのに…」
ジャンとハルは顔を見合わせて、深々と溜息を吐きながら肩を落とした。
しかし、しょぼくれて居ても仕方ないと、ハルが「交代するよ」とジャンが目線を少しでも上げようと乗っていた岩の上に入れ替わるようにして乗り上がると、徐に兵服の内ポケットからハンカチを取り出して、長いこと指笛を吹いていたせいで涎まみれになっていたジャンの口元をふきふきと拭った。
「…ん。ありがと、ジャン。お疲れ様でした」
「っお、おう…(待て待てこんな時に何ドキドキしてんだ俺わ!?)」
顔を少し覗き込むようにしてやんわりと微笑むハルに、こんな窮地の中でもときめいてしまう自身の心臓を押さえながら、不意打ちで赤くなってしまった顔をハルから隠すように顔を逸らしたジャンだったが、逸らした先でアルミンとライナーのじっとりとした視線と目が合い、慌ててゴホンと咳払いをして誤魔化した。
それからジャンはハルの指笛を聞きながら、この先のことを考え憂鬱としながら眉間に深い皺を刻む。
あまり長いことこの場に留まっていれば、陣形から大きく逸れてしまい、合流するのが困難になる。それに、巨人は人が集まっている場所に寄ってくる習性がある為、機動力がない状態で巨人に取り囲まれるようなことがあれば、それこそ此処にいる全員が命を落とし兼ねなかった。
「(…最悪、此処に二人置いていかねぇといけねぇぞっ…その場合、一人をどうやって決める?手負いのアルミンか…?デカいから二人乗りのキツそうなライナーか?それとも、最悪平地で巨人に出会しても対応できるハルか……いや、それはありえねぇ、だったら俺が走って自分の馬を探すべきだっ!…クソッ、折角四人で死線を潜ったのに、随分な仕打ちじゃねぇか…っ)」
ジャンは嫌な考えを払拭するように頭を振って、再びハルと肩を並べ自分も指笛を吹こうとした時だった。
「ねぇ、ハル、ちょっといいかな…」
「?何、アルミン…?」
アルミンは包帯を巻き終えたライナーにお礼を言って立ち上がると、ハルの方へと歩み寄り声を掛けた。
ハルはそれに振り返ると、アルミンは真剣な面持ちでハルを見上げた。
「左の額の傷…やっぱりもう、塞がってるんだね。エレンと…同じだ」
「!?」
その言葉に、ハルと、そしてジャンとライナーははっとしたように息を呑んだ。
女型と対戦することに必死で忘れてしまっていたが、アルミンはハルに『未知の力』が備わっていることを、未だ知らなかったのだ。
「ハルは…さ、巨人…に、なれるの?」
「…っ、それは」
アルミンの問いに、ハルは岩から降りながら、言葉に困ったように視線を足元に落とした。
すると、ジャンがアルミンへ一歩前に出て話し始める。
「アルミン。黙ってたのは悪かったが、コイツの体のことは、機密事項だったんだ」
「え…機密事項って…?じゃあ、ジャンは知ってたの?ライナーも?」
「いや、俺も知っては居たが…機密事項になっていたとは…」
驚くアルミンは、ジャンとライナーの顔を見て首を傾げると、ジャンは頷き、ライナーもすこし驚いた顔をしていたが、体の事については気がついていた為、軽く頷きを返した。
「知ってる奴はそう多くない。しかし、エルヴィン団長達は知っていて、その上でハルを監視対象にしてた。…その監視役が俺だから、東棟でハルの部屋の続き部屋に置かれてる、本当の理由もそれだ」
「…っああ、…そうだったんだ。ずっと違和感は持ってたんだけど、そういう理由があったんだね」
ジャンの説明に、アルミンは納得した様子で顎に手を添えて頷く。
それに、ハルはアルミンの前に立つと、改まって深々と頭を下げた。
「アルミン…ごめん。…ずっと黙っていて」
罪悪感が滲み出すようなハルの謝罪に、アルミンは正直驚きはしていたものの、「いいや」と首を横に振って笑って見せた。
「ハルが謝ることじゃないよ。そういう命令を、エルヴィン団長が下したなら、従うべきだ。それに、エルヴィン団長は、ハルのことを人類の敵だと考えていないから、監視対象にしてはいるものの、自由に陣形を回らせてるんだよね…?」
「っ…アルミン…!」
ハルの気持ちに寄り添うようにして穏やかにそう言ってくれたアルミンに、ハルはほっと救われた表情になって顔を上げた。
その時だった。
「おーいっ!!」
「皆ーっ!!」
不意に北の方角から声がして、ハル達は其方へ顔を向けた。
ジャンは目の上に庇を作って目を凝らすと、こちらに向かって駆けてくる馬に乗った二人の調査兵を見て、落ち込んでいた声音を弾ませた。
「おい!二人誰か来たみたいだぞ!?それに、馬を三頭連れてる!」
ハルもジャンと一緒になって目の上に手で庇を作って目を凝らすと、そこには綺麗な金髪を靡かせるクリスタと、立派なリーゼントの先を揺らすハルの班長であるゲルガーの姿あり、ゲルガーはアグロを、そしてクリスタはブーフファルトと予備の馬を連れて、此方に駆け寄って来ていたのだった。
※
「ドードーッ、落ち着けブーフファルトッ」
ジャンは興奮した様子で首を振りながら四つ脚で足踏みするブーフファルトの体を撫で落ち着かせている中、クリスタは仲間達の顔を馬上から見回しながら、気遣いげな面持ちになって口早に問い掛ける。
「この子達、凄く怯えてこっちに逃げてきて…巨人と戦ったの?…っ、アルミン?その怪我は大丈夫なの!?」
頭部に包帯が巻かれているアルミンに、クリスタが慌てた様子で問いかけると、アルミンは「うん、なんとか」とクリスタに心配を掛けてしまわないように笑顔を向ける。
ライナーは自身の愛馬の額を撫でながら、馬上のクリスタを見上げた。
「それにしても、よく此処に俺達が居ると気付いたな」
それに、クリスタは口元を柔らかく綻ばせて、微笑みを浮かべた。
「丁度近くを走ってたら、ハルを捜してるゲルガーさんとばったり遭遇したの。其処でジャンとハルの馬も見つけたから、きっと近くに居るんじゃないかって一緒に捜してたんだ」
そう話しながらクリスタはハルとゲルガーの方へと視線を向ける。
その視線を辿るようにジャン達も顔を向けると、其処には両眉を吊り上げたゲルガーに、頭を固く握られた拳でグリグリと挟まれながら、こっ酷く叱られているハルが居た。
「おいっ…ハルっ!お前は団長の命令を聞いてなかったのか!?口頭伝達だけで戦闘は避けろって団長から言われてたんだろうがっ!?俺がっ、俺がどれだけ団長にプレッシャー掛けられたと思ってる!?『ゲルガー、ハルに万が一のことがあれば、人類にとって大きな損害になる。早く捜して、合流するんだ』って…無表情だったがそれが逆にとんでも無く怖かったんだぞ!?」
「いだだだっ!すっ、すみませんゲルガーさんっ!」
エルヴィンの声真似を途中に混えながら説教するゲルガーに、ハルは頭が潰れると涙目になりながら悶えるように謝罪をする。
しかしゲルガーは堪忍袋の緒が既に切れている様子であり、ハルの両肩をガッシリと掴むと、身体を前後に激しく揺さぶり始める。
「すみませんで済んだら憲兵はいらねぇんだよっ!?どれだけ心配したと思ってんだ!?お兄ちゃんはそんな子に育てた覚えはねぇぞっ!?」
「ゲルガーさん…いつからこいつの兄貴になったんスか」
そんなゲルガーに思わずジャンがツッコミを入れてしまう中、クリスタは二人のやりとりを見て和んだように微笑みながら、皆に怪我がなかったことにもホッとした様子で、安堵の涙が滲んだ目尻を指先で拭いながら言った。
「…でも良かった。皆…本当に、最悪なことにならなくて、本当に良かったっ…!」
その瞬間、雲の切れ間から太陽の光が差し込み、クリスタの姿を照らした。
その光景を目の当たりにしたハル達は、そんなクリスタを見上げながら呆然と立ち尽くし、思った。
「(神様)」
「(女神)」
「(結婚したい)」
「て、天使…っいぃ!?」
アルミン、ジャン、ライナー、そしてハルがクリスタに視線を奪われていると、そんな中、ゲルガーはハルの首を肘の裏で絞めるように腕を回して、その体をズルズルと引きずり、自身の馬の元へと歩きながら言った。
「まあお前等も、兎に角無事で良かったが、まずは陣形に戻るぞ!俺について来い」
ハルがゲルガーに引き摺られて、ギブアップと首に回された腕をバシバシと手で叩きながら足をバタつかせているのを、ジャンは顔を引き攣らせて見やりながらも、ゲルガーに問い掛ける。
「もうじき、撤退の指令が出る筈ですよね?ゲルガーさん」
「…まあ、普通に考えればそうなるが…な…––––」
しかし、ゲルガーは表情を険しくして呟くように陣形の向かう南の方角を見やりながら言うと、ハルの首を肘裏から解放した。
「げほっ…そ、それは一体どういうことですか?」
ハルは漸くまともに空気が吸えるようになり、咳き込みながらゲルガーに問い掛けると、ゲルガーは自身の馬に騎乗しながら言った。
「っと……これは勘だが、この壁外調査には、何か兵站拠点作りとは違う目的があるように感じられるんだよ…。まぁ兎に角、お前達も早く騎乗するんだ」
ゲルガーにそう急かされ、ハル達は返事をすると、それぞれ馬に騎乗し、ゲルガーを先頭にして陣形の向かう南へと駆け出したのだった。
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