第三十一話
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ハルは先程の跳躍攻撃を警戒して、女型とは少し距離を取りながらアグロを走らせ、その行動や容姿を窺っていた。
この女型の巨人は、見れば見るほど奇行種という枠に括るには不可解な点が多過ぎる。
まずはその外見、体つきだ。
通常の巨人の身体は、人間と比べて極端に腹部が出ていたり、腕が長かったり、頭が大きい等とどこかバランスが取れておらず、更には体を覆う皮膚は分厚く、筋肉組織を目視することは出来ない。
しかし、目の前を走る女型の巨人は、エレンが巨人化した時と同様、人間の身体の作りと殆ど変わらず、何よりも鍛え上げられた筋肉組織が身体の彼方此方に見受けられた。
何よりも、女型の巨人に抱く違和感に繋がる第一の要因は、『巨人らしくない』行動にある。
巨人は人を喰うことを目的としている為、殺すことは目的として居ない。
しかしあの女型の巨人は、先輩を握り潰し、喰うことはせず地に叩きつけた。…何よりも気がかりなのは、殺す前に兵士の顔を一度…確認していた。ということだ。そしてそれは、自分も例外ではなかった。
どうやらあの巨人は、殺すべき人間と、殺さなくていい人間を、選別しているようにも見える。
「この巨人…まさか、エレンと同じ知性を持った巨人なんじゃ…!」
そう呟いた時、女型の巨人が向かう方向から、不意に巨人の大きな体が地面に倒れる音がして、ハルは女型の巨人の後ろ姿の先へ目を凝らした。
すると其処には、ネスとシスが巨人を討伐し終え、再び馬に跨り走り出している姿が見えた。
「っ拙い…アグロッ!!」
ハルは嫌な予感が胸を突き上げて来て、アグロのお腹を蹴ると、全速力で二人の元へと走った。が、その瞬間、女型の巨人も突然体制を低くすると、走る速度を上げ、ネスとシス目掛けて飛び出した。
「なっ!?」
その爆発的な加速に駿馬であるアグロもあっという間に距離を離されてしまい、ハルは必死に二人に向かって声を張り上げる。
「駄目だっ…!シスさん!!ネス班長っ!!危険ですっ!!」
しかし、自分の声は女型の地を踏み鳴らす音に掻き消されてしまい、二人の耳まで届かない。
ネスとシスは遠くで聞こえていた女型の足音が突如大きくなったことに気が付き、ハッとして後ろを振り返ったが、その時には既に女型の足が二人を馬ごと踏み潰そうとしており、馬を並走させていたネスとシスは咄嗟に左右へとその攻撃を回避した。
すると、ネスとシス、そして女型の巨人が向かう先で、黒い信煙弾が撃ち上げられた。その煙弾を撃ち上げたのは、予備の馬を連れて走る『次列四・伝達』を担うアルミンだった。
それを確認したネスは表情を険しくすると、シスに向かってブレードを鞘から引き抜き愛馬であるシャレットの鞍に立つと、立体機動に移る体制を取りながら指示を下した。
「シス!アルレルトの方に行かせるなっ!!」
「はいっ!!」
シスはネスの指示を受けて、馬上から女型の巨人に向けてワイヤーを射出し、アンカーを頸付近に突き刺す。
それを見たハルは、喉が張り裂けんばかりに声を張って、シスに叫んだ。
「シスさん駄目ですっ!離れて下さいっ!!!」
「っグランバルド!?な!?」
漸く声が届く距離まで近づいたハルの危機迫る声に、シスはトリガーを引こうとした手を止めた。
その刹那、女型の巨人は頸に刺さったアンカーを掴み引き抜くと、それを地面に放り投げながら、シスが乗っていた馬を右足で払うように蹴り飛ばした。
「ぐあっ!?」
それにシスの体は宙に浮き、地面に強く打ち付けられたのを見て、ネスは女型に攻撃を仕掛けるのを一度中断し、地面に横たわるシスの元へと馬を走らせた。
「シスっ!!大丈夫か!?」
「だ…っ、大丈夫です…ぐっ」
ネスはシャレットから飛び降り、地面に俯けになって倒れていたシスの体を抱え起すと、シスは頭部から血を流し、右腕を骨折していて、苦しげにうめき声を漏らしながらもネスの声かけに答えた。
負傷はしているが命があったことに安堵したネスだったが、女型の巨人が右足を大きく引き上げ、自分達を踏み潰そうとしているのが視界に入り、ネスは息を呑み、迫り来る死の恐怖に顔を引き攣らせた刹那だった。
「二人にっ、触るなぁああ!!」
ハルはブレードを鞘から引き抜き、アグロの背から女型の脹脛にアンカーを撃ち付けると、ネスとシスを踏み潰そうと引き上げられていた右足ではなく、左足首の腱を地面に穿いているブーツの側面を擦りながら立体機動で迫り、削ぎ取った。
すると女型の巨人はバランスを大きく崩し、背中から地面に倒れ込んだ。
ハルはシスとネスの近くに転がるようにして受け身を取り着地をすると、二人の元へとすぐさま駆け寄った。
「シスさんっ!ネス班長!無事ですか!?」
ハルは二人の傍に片膝をつき、顔を覗き込みながら問い掛けると、ネスは顳顬に冷や汗の球を滲ませながらも、意識が朦朧としているシスを心配げに見下ろしながら言った。
「あっああ…すまん助かったぞグランバルド!…っ俺は平気だが、シスは右腕が折れて頭部の出血も酷いっ!早く医療班の所まで連れて行かねぇとっ」
「っ」
ハルはシスが意識を失ってしまったのを見て焦ったように唇を噛むと、倒れた体を起こそうとしている背後の女型を見やり、指笛を鳴らし女型を警戒して少し離れた場所に居たシャレットを傍に呼んだ。
「っネス班長、このままシスさんを医療班の元へ連れて行ってください。それと、口頭伝達もお願いします。あの女型の巨人、恐らくただの奇行種ではなく、エレンと同じ知性を持った巨人だと思われます」
シャレットはハルの指笛を聞いて、ネスの元へと駆け戻ってくると、その背中に額をグリグリと甘えるように押し付ける。ネスはそんなシャレットの首を撫で落ち着かせながらも、ハルに向かっては首を左右に振って、語気を強めて言い放った。
「っ駄目だ!もしも…っ、本当に奴が知性のある巨人だとしたらっ、尚更新兵のお前だけに任せられねぇだろっ!奴は俺が追う。だからお前が、シスを医療班の所まで連れて行け!」
しかしハルは引き抜いていたブレードを鞘にしまうと、ネスの腕の中からシスを抱え起こし、立ち上がる。
そして真っ直ぐ射抜くような強い視線を、ネスに落とすと、強い意志に裏打ちされた響きのある声で言う。
「ネス班長ッ!私は女型を、右翼前方から此処まで追い、その行動に注視して来ました。あの女型の動きを今一番に把握しているのは、私ですっ!…ですから、此処は私に任せてくださいっ!」
「っグランバルド…」
ハルの言葉はネスの胸を強く打ち、後ろ髪を引かれる思いではあったが、確かに女型を注視して来た事である程度の行動パターンを把握しているハルの方が、上手く立ち回れるだろうと納得する。ネスは喉を唸らせながらもその場に立ち上がると、シスの体をハルから預かった。
「…ああ。分かったよ。だが、くれぐれも危険な真似はするなよ…っ!?伝達とシスのことは俺に任せてくれ…っ!」
「っはい!」
ハルはネスの言葉に大きく頷く。
それにネスはシスの体を持ち上げシャレットに乗せると、自身も鞍に跨り、医療班のいる中央に向かって走り出した。
するとそれと同時に、女型の巨人も腱の治癒を終え、地面から大きな体を起こし立ち上がった。
それにハルも応戦しようとブレードを引き抜き構えたが、女型の巨人はネスやシスを追うことはせず、南に向かって走り出したのだ。
「なっ!?」
ハルは女型が走る先へ視線を向けると、其処には先程、黒い信煙弾を撃ち上げたアルミンが馬を走らせ、女型から逃れようと馬を走らせている背中が見えた。
ハルは咄嗟にアグロに飛び乗り女型を追うが距離を縮められず、立体機動で追いつこうとするにも女型と距離が離れ過ぎており、周りに利用できる木々もない為アンカーを刺す場所が無い。
「っアルミン!」
ハルは女型に追い付けず、その歯痒さに奥歯を噛み締めながら、必死にアグロを走らせる。
アルミンは予備の馬の手綱を手放し、女型の攻撃から逃れさせるが、女型はあっという間に離れていたアルミンに追いついてしまうと、大きく右足を振り上げた。
アルミンは顎を上げ、自身を踏み潰さんと見下ろす女型の顔を、顔に恐怖の影を走らせ、水色の瞳をこれ以上ない程に見開きながら、見上げていた。
「やめて…っ!!アルミンッ!!」
ハルが必死にアルミンへ腕を伸ばし、肺の空気を全て吐き出すように叫んだ。
すると、ハルの叫び声を聞いて、女型の巨人の瞳が感情的になって大きく揺らいだのを、アルミンは見た。
そしてその刹那に、女型は足の裏を、アルミンの頭上から大きく逸らしたのだ。
「え?…っ!?」
しかし、女型の足がアルミンのすぐ傍に落ちた衝撃で地面が捲り上がり、乗っていた馬が巻き込まれて倒れてしまう。それによりアルミンも地面に投げ出され、転がってしまう。
ハルは倒れているアルミンの元へ駆け寄るとアグロから飛び降り、ブレードを引き抜いて女型を睨み上げた。…が、女型の巨人は、地面に倒れているアルミンと、そしてハルの顔を見下ろしただけで、再び視線を南に向け走り出したのだ。
「っ一体…、あの女型は何が目的なんだ…」
ハルはそれに困惑しながらも、先ずはアルミンを振り返り両膝を地につけ、頭を押さえながら上半身を起こすアルミンの顔を覗き込んだ。
「アルミン!大丈夫!?怪我はない?」
「あ、ああっ…僕は大丈夫。でもっ、どうしてハルが此処に?ハルは左翼側の伝達班だろう?」
アルミンは青褪めた顔を上げ、自分とは真反対の配置に付いている筈のハルが居ることに疑問を投げ掛ける。
ハルはアルミンに怪我がないかを入念に確認しながら答えた。
「右翼から巨人の大群が来てるって気づいて…、信煙弾だけでは意図が伝わらないから、エルヴィン団長の命令で口頭伝達をして回っている最中に、あの巨人に遭遇したんだ。明らかに危険で放置する訳にもいかないから、後を追って来たんだけど……あの女型の巨人の挙動を見ている限り、ただの奇行種とは思えないんだ。–––エレンと同じ、知性を持った巨人である可能性が、高いんじゃないかなって、思ってる」
ハルの言葉に、アルミンはやはりと言った様子で表情を険しくすると、顎に手を当て、南に向かって駆けて行く女型の巨人の背中を見つめながら、いつもよりも低い声で言った。
「っ、僕も。そう思ったんだ。あの巨人はネス班長と先輩を踏み潰そうとしていたし……、何より僕を…殺さなかった–––」
アルミンに怪我がないことを確認したハルも、女型の背中を暗い穴の中を覗き込むように目を細め見つめながら言った。
「あの巨人は…誰かを捜している気がするんだ。右翼であの巨人は、『初列・索敵班』の先輩が被っていたフードをめくって…顔を確認してから握り潰した…。そして、私も…同じことをされたんだ。地面に倒れて、頭にフードが掛かって居たんだけど……それをめくって…私の顔を確認すると、何故だか殺さずに、走り出したんだ」
「!?顔を…確認した…だって?」
ハルの言葉に、アルミンは何かを思いついたようにハッとしてハルを顔を見る。それにハルもアルミンの顔を見返して、何か悪い予感を訴えるように表情を険しくする。
「…まさか、あの女型の巨人は…」
アルミンは脳を過った女型が捜している人物の名前を言葉にしようとした時、後方から耳馴染んだ声が聞こえて来て、二人は振り返った。
「アルミン!ハル!」
それはライナーの声で、ライナーは予備の馬を一頭連れて、二人の傍に駆け寄って来ると、地面に座り込んでいる二人を馬上から見下ろしながら、焦った様子で言った。
「二人とも大丈夫かっ!?っいや兎に角、馬を走らせねぇと、壁外じゃ生きていけねぇぞっ!急げ!」
「「うんっ」」
ライナーに急かされ二人は頷くと、アルミンはライナーから予備の馬の手綱を受け取り、ハルもアグロに跨ると、再び女型の巨人の背中を、三人で追い始めた。
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