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第二十九話

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「…あ?なんか言ったか?」

「いっ、いえ?!何も言っていませんよ兵長っ!」

 すぐ左隣で響いた地を這うような低い声に、ハルは慌てて顔を上げ首と両手を横に振って見せると、リヴァイは「じゃあ屁でもこいたか」と眉間に皺を寄せ、酒の入ったグラスを上から掴むような独特の持ち方で口に運んだ。

 ハルはてっきりハンジとモブリットの三人でご飯を食べに行くものだと思っていたのだが、なんと待ち合わせ場所の広場に現れたのは二人の他に、ミケとナナバとゲルガー、リヴァイとそしてエルヴィンというとんでも無い五人が増えていた挙句、入った店は調査兵団本部から歩いて近い、ゲルガー行きつけの居酒屋だったのだ。

 ハルはただでさえこのメンバーと同じテーブルで食事を取るということが試練だというのに、其処に追い討ちをかけるようにして人生初の居酒屋に連れ込まれてしまい、内心汗ダラダラに焦っていた。

 何せまだ酒を飲める年齢ではないし、一番下の立場の人間が、居酒屋でどう立ち回るものなのか、知識がぼんやりとしかない。上座下座もあやふやだが、上司や先輩方より先に席に着くことは失礼な気がして、取り敢えず最後に残ったテーブルの端の椅子に座ってみたものの、果たして此処で正解なのか… 

 なんてことを脳漿を絞るように考えていると、ふと前の席に座っていたゲルガーのグラスの酒が減っているのが目に入り、ハルはガタンと椅子から弾かれるように立ち上がって、丁度良いタイミングで隣のテーブルの注文を取り終えた女性店員を呼び止める。

「すっ、すみません!お酒を一つ頂いても…」

 するとそれに便乗して、ミケとナナバ、そしてハンジとモブリットもハルに手を上げた。

「ああ、じゃあ俺のも頼む」

ハル、私のもお願いしていいかい?」

「あ、私も!」

「じゃあ、俺も」

「えっ、えー…い、五つ!五つでお願いします!」

 ハルは緊張した様子で女性店員にそう言い直すと、女性は愛想のいい笑み浮かべて、「はい」と頷いてくれる。

 それにほっとして椅子に座り直すハルを見て、ゲルガーはくくっと喉を鳴らすようにして笑った。

「いやぁ何か、初々しいっスねぇ〜。俺にもこんな時代がありましたよ」

 すると、ゲルガーの隣に座っていたナナバが、やれやれと呆れた様子で肩を竦める。

「何言ってるの…、ゲルガーは訓練兵時代から既に酒飲みだっただろう?調査兵団に入って、先輩と飲みに行く時も、気を配っていたのはいつも私だった」

 そんなナナバの話を聞いたハルは、「おお!」と感銘を受けたように目を輝かせて、正面に座っているゲルガーに身を乗り出す様にして言った。

「ゲ、ゲルガーさん…訓練兵の時からお酒を…っ、凄い。何て大人なんだっ!」

 一片の曇りもない尊敬の眼差しを向けられ、ゲルガーは少し照れ臭そうに笑いながら頭の後ろを触る。

「い、いや。そう感動されると、ちょっと照れるな…」

「照れるな。そしてハルも褒めるな」

 ナナバが僅かに残っていたお酒を飲み干し、空になったグラスをテーブルの上にダンと置いてツッコミを入れると、ハルは慌てて姿勢を正す。

 そんな中、ハルと対角線上の席に座っていたエルヴィンが、調査兵団本部にいる時の常に引き締まっている表情とは打って変わって穏やかな雰囲気を纏いながら、ハルに声を掛けた。
 
ハル、今は気を遣わなくて良い。もっと肩から力を抜いて、気楽に飲もう」

 エルヴィンの言葉はとても有り難かったが、「はい、そうします」と甘んじる訳にも到底いかず、ハルは姿勢を正し生真面目な表情で、エルヴィンに向かって答える。
 
「エルヴィン団長のお言葉はとても嬉しいですが…そ、その…自分は未だ、新兵ですし……」
 
 エルヴィンはハルの答えに、「そうか…」と呟いてグラスの中の酒を呷ると、テーブルの上に両肘を立て、両手に口元を押し当てるようにして、少々落ち込んだ声音で言った。

「やはり、私は来ないほうが良かったんじゃないか…ハンジ?ハルが気を遣っているぞ」

 するとハンジはグラスの中に残っていた酒を飲み干して、テーブルの上に置かれたつまみに手を伸ばしながら言った。

「えー?だって、エルヴィンが来てくれれば飲み代が浮くじゃないかぁ〜」

「…」

 何の悪びれも無くそう言ったハンジに、エルヴィンの片眉がぴくりと震えたのを見たモブリットが、顔を引き攣らせてハンジに詰め寄るようテーブルに手を付き、椅子から中腰になって言った。

「分隊長!?何言ってんですか!?研究室で私とハルには奢るって言っていたのに……ま、まさか元々そのつもりだったんですか!?」

「へ?何のこと?」

 モグモグと口に運んだつまみを食べながら惚けるハンジに、モブリットは両手で頭を抱えた。

「分隊長酷過ぎますっ!!」

 二人のやりとりを聞いてすっかりと落ち込んでしまっているエルヴィン団長に、ハルは慌てふためきながら椅子から立ち上がった。

「ち!違いますよエルヴィン団長?!私、今とても、そのっ…た、楽しいですし、光栄です!皆さんと居酒屋に来られる機会なんて、然う然うないでしょうし!!た、ただ…私自身、その、居酒屋が初めてなのでっ、どう立ち回るべきなのか不慣れでしてっ…礼儀作法の本を読んでおくべきでした…。あの、今更なのですが、私が今座っている席は、し、下座なる場所で正しいのでしょうか!?そして団長が座っている席は、上座なんでしょうか!?」

 それからハルは至って真面目に疑問を投げかけたのであったが……テーブルに座っていた一同は、きょとんとハルの顔を見上げて目を丸くすると、次にはリヴァイだけを除いて大声で笑い始めた。

「「ぶっはははは!!!」」

「ん…?」

「おっ、お前マジで最高だぜハルッ!!本当に真面目ちゃんなんだな!?」

「だっ、大丈夫だよハル。き、君が座ってるのはちゃんと下座で、正解…だっ…ぶふっ」

 何故皆が笑っているのか分からず、困惑顔で首を傾げるハルを見上げながら、ゲルガーとナナバがお腹を抱えながらそう言うと、ナナバの隣に座っていたモブリットは誰よりも酒が進んでいたが、全く酔いが顔に出ていないすっきりとした顔で、感心したように頷いた。
 
「いやぁ…以前から感じては居たが、ハルは根っからの純粋なんだなぁ。…今時珍しい」

「何モブリット?君はハルみたいな純粋な子がタイプなのぉ?」

 そんなモブリットの前に座っていたハンジが、ニヤニヤと笑みを浮かべながら揶揄うようにして言うと、「ち、違いますよ分隊長!」とモブリットは慌ててそれを否定した。

 すると、ハルの隣に座っていたリヴァイが、不機嫌そうに舌を打ってハルを睨み上げる。

「…っち、うるせぇな…。おいハル、早く座れ。隣で立ってられると気が散る」

「す、すみません兵長っ」

 ハルはリヴァイの言葉に慌てて椅子に座り直すと、リヴァイはおしぼりでグラスの底に付いていた汚れを「相変わらずこの店は洗い物がなってねぇ」と苛立ちながら拭き始めるのを見て、ハルはカッと目を見開いた。
 
「?!…お!おしぼり!新しいおしぼりを貰いますか兵長!?」
 
 どうやら神経質に陥っているハルにそう問われて、リヴァイが「あ?」とグラスを拭きながらハルを横目で見る。
 
「…酒が来てからでいい、落ち着け」

「は、はい」

 まるで興奮した犬を落ち着かせるような口調で言われ、少し落ち込んだように肩を落とすハルの頭に、垂れた犬の耳が見えるようで、ミケとエルヴィンは微笑みを浮かべながら言った。

「何だか…犬みたいだな」

「ああ、それは私も思ったよ、ミケ」

 最早二人がハルを見る目は姪っ子でも見るようだったが、そうしていると女性店員が慣れた様子でトレイにお酒を乗せてやってくる。

「お待たせしましたー!」

「お、来た来た。いいっスよ、俺回すんで」

 常連客のゲルガーが女性にそう言って、テーブルに置かれたグラスを椅子から中腰になって配り始めるのに、ハルは今だと意気込んで女性に声を掛けた。

「すみません!おしぼいぃっ!?」

「…え?」

 しかし、ハルは勢い余って思い切り舌を噛んでしまい、女性は良く聞き取れずきょとんと首を傾げた。ハルは反射的に口元を手で押さえて項垂れると、「…すみません、おしぼり、一つ下さい」と弱々しく言った。

 それに女性は「ああ!おしぼりですね!」とテーブルから離れて行くと、間も無くすぐに新しいおしぼりを持ってきてくれて、俯いているハルの代わりにさり気なくナナバが受け取り、リヴァイの前に置く。

 リヴァイは呆れ果てた様子で、耳の先を赤く染めて項垂れているハルを横目に見ながら、「てめぇは何やってんだ」と溜息混じりに言うと、ハルは口を押さえたままゆっくりと顔を上げた。

「舌、噛んでしまいました…」

「「!?」」
 
 そう言ったハルの指の隙間からは蒸気が出ていて、一同はぎょっと目を見開くと、リヴァイは反射的に新しいおしぼり…ではなく、グラスを拭いていた使用済みのおしぼりをハルの口の中に突っ込んだ。

「モガッ!?」

「オイ、てめぇの脳みそは空っぽなのか?こんな所で煙吹きやがって…、人目に付いたらどうするつもりだ」

 リヴァイが小さく鋭い瞳を丸くして、眉間に憮然とした影を浮かべながらハルの口の中にぐりぐりとおしぼりを押し込み、ハルが段々と青褪め窒息しかけているのを見て、慌ててハンジがリヴァイの肩を掴んで止めに入る。

「大丈夫だよリヴァイ!ほっ、ほら、何か聞かれても、煙草吸ってるんです!って言えば、きっと納得してもらえるって!」

「ああ、それはいい考えだな」

「なるほど、それなら納得できるな」

「いや出来るわけ無いでしょうっ!?もう酔っ払ってるんですかお二人とも!?」
  
 ハンジのとんでも無くテキトーなフォローで、ミケとエルヴィンが胸の前に腕を組み、「成程な」と頷くのを、モブリットが耐え切れずツッコミを入れる。

 まだ居酒屋に入って三十分程しか経っていないというのに、二人の顔はいつの間にやら、既にうっすらと赤くなり始めていた。体格の良い二人ではあったが、どうやら然程お酒に強くないらしい。

「そ、それにしても、珍しいですね?リヴァイ兵長が居酒屋に来るなんて…」

 ゲルガーは死にかけているハルの顔を見て顔を引き攣らせながらも、潔癖症のリヴァイが居酒屋に来たことを意外に思い問い掛けると、リヴァイは軽く舌を打って、ハルの口におしぼりを詰め込んだまま、腕と足を組んで面倒臭そうに言った。

「このクソメガネがしつこくて仕方がねぇから、来てやっただけだ。別に来たくて来たわけじゃねぇ」

「そんなこと言って、リヴァイもハルが根を詰め過ぎてるんじゃないかって、心配してたじゃないか?」

「おいクソメガネ…勝手なこと言ってんじゃねぇぞ」
 
 リヴァイがギロリとお酒を仰ぐハンジを睨み付けると、口からおしぼりを取り出したハルが、それを手に握り締めたままリヴァイへ嬉しそうに輝かせた双眸を向け、身を乗り出すようにして問いかける。

「そっそうなんですかリヴァイさん!?私を気に掛けてくださっ–––ヘブゥゥウウウッ!?」

 しかし、リヴァイに思い切り顔面を蹴り飛ばされ、その凄まじい衝撃にハルは抑えの効かない重い悲鳴を上げ、テーブル上に上半身を打ち付けるようにして気を失った。

「うおっ!?」

「汚ねぇもん持って近づくんじゃねぇクソガキ」

 向かいに座っていたゲルガーが思わず椅子から飛び退いたが、幸いにもゲルガーの酒のグラスが倒れる程度で被害は済み、皿が割れたり料理がひっくり返ることは無かったが、ハルはリヴァイに蹴り飛ばされたことによって、口から更に激しく蒸気を噴き上げていた。

 すると、タイミング悪くも注文を入れていたポテトフライを持ってこちらにやってくる女性店員に気がついたゲルガーが、慌てて椅子に座り直した。

「え、ちょヤバいっスよ!来ますって!」

ハル!しっかりするんだ!このままだと拙いよ!」

 ナナバは必死にハルの体を揺するが、ハルはすっかり白眼を剥いて気を失ってしまっていて、全く目を覚ます気配がない。それに、エルヴィンは徐に自身の羽織っていたジャケットの内ポケットから、黒い万年筆を取り出しながら言った。

「…止むを得ないが、これを煙草に見立てるしかこの窮地を乗り切る方法はない」

「だ、団長!?それ本気で言ってるんですか!?」

 至極真面目な顔で言うエルヴィンだが、もう顔は真っ赤に染まっており、完全に酔っ払っているのは明らかで、モブリットが絶対絶命だと顔を引き攣らせて声を上げる中、ミケとエルヴィンは顔を見合わせ頷き合うと、ミケはエルヴィンから差し出された万年筆を受け取り、半開きになっているハルの口の中にそれを…差し込んだ。

 そして、満足げに鼻を啜る。

「我ながら、完璧な仕事だな」

「流石エルヴィンとミケだ、もう万年筆が煙草にしか見えないよぉ」

「おいエルヴィン、その万年筆、汚ねぇからとっとと捨てろよ」

 ハンジがハルの口に差し込まれた万年筆をマジマジと眺めながら感心した様子で顎に手を当てて言うのに、リヴァイは不快感を顔一面に滲ませて酒を煽る。

 ゲルガーとナナバとモブリットは、顔を見合わせると、互いに剣呑な顔になって肩を落とした。

「俺たちの上司、こんなんで大丈夫なのか」

「いや、大丈夫じゃ無いよ…次の壁外調査、帰ってこられるかな」

「もうどうするんだこの状況!?」
  
 そうしている内にポテトフライを運んできた女性店員がやってきて、案の定テーブルの上に倒れているハルを見てギョッとする。

「あっあの…ポテトフライお持ちしましたが、だ、大丈夫なんでしょうか?く、口から煙が…」
 
 まずい。

 ゲルガーとナナバ、そしてモブリットが息を呑むと、ハンジは「ええっ、大丈夫です!」と精一杯の芝居を打ちながら席を立ち、不自然に引き攣った笑みを浮かべながら女性店員に言った。

「この子こう見えてものすご〜く煙草が大好きで!吸うとこうやって、煙を吹きながら失神しちゃうんですよっ!でもご心配なく!すぐ目は覚ましますのでっ!」

「ぶ、分隊長…」

 それは流石に無理がありすぎるとモブリットが額を抑えて青褪めたが、ハンジの芝居に女性店員は「あ、そうなんですね。安心しました!」と言って奇跡的にもテーブルを離れ、そそくさと他のテーブルにオーダーを取りに向かって行ったのだ。
 
「…あ、危なかった。み、店が忙しくて助かりましたよ…」
 
 モブリットが深々と安堵の溜息を吐いて胸を撫で下ろす中、ゲルガーは呆れ果てた様子でハンジに身を乗り出す様にして声を上げた。

「ハンジさん…!煙草吸ったら失神するって…もっと他にマシな説明出来なかったんスか?!」
 
 それにハンジは頭の後ろを触りながら、苦笑して肩を竦める。

「いやぁ、私も少しお酒が回っていてね…これしか思いつかなかったんだ」

「…でも、ハンジ。今日はハルの為に居酒屋に来たんじゃないの?…これじゃあ少し、可哀想過ぎないか…」

 ナナバはロクに料理を口にすることも出来ずに意識を失っているハルに憐憫の眼差しを向けながら言うと、ハンジはジトッと非難の目を隣で酒を仰ぐリヴァイに向けた。

「いや、これはどう考えたってリヴァイの所為だよ。いつも頑張ってるハルが少しでも楽しんでくれたらと思って折角開いた飲み会だっていうのに…ハル、これじゃあしばらく目、覚まさないよ?」

「知らん」

 それにリヴァイは眉間に皺を寄せて短く吐き捨てるが、そんなリヴァイにエルヴィンが真っ赤になった顔を向け、人差し指の先をビシッと突き出して言った。

「そうだぞぉ、リヴァイ…ハルに、っ謝るんだぁ」

「失神、してるがな」

 呂律が回らなくなっているエルヴィンに、ミケがさり気無くツッコミを入れる。
 
 リヴァイはちっと舌を打つと、面倒臭そうにハルの肩を掴んで揺さぶる。
 
「おい…いつ迄寝てやがる。良い加減起きろ、ハル

「…」

 しかしハルが微動だにしないのに、エルヴィンがぐっと飲み干したグラスをドンとテーブルに叩きつけると、間延びした声でリヴァイに命令を下した。

「リヴァイィ…これわ、団長命令だ…っお前が責任をもってぇ、ハルを兵舎まで送り届けるんだぁ…!」

 それにリヴァイは「何で俺が」と顔を顰めたが、皆から有無も言わせぬというような白い目を向けられて、忌々しそうに溜息を吐きながら、椅子の背に凭れかかり、板張りの天井に吊るされたランタンを仰いだのだった。



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