第二十八話
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その後、エレン達は広場のすぐ近くにある武器庫の中で集まり、話をしていた。
中々エレンと共に過ごせる機会も、この先壁外調査を終えるまではあまり得られそうにもなかった為、エレンとハル達は積もる話を交わしていた。
しかし暫くして、ジャンにはエレンにどうしても聞いておきたいことがあり、声を掛けた。
「なぁエレン。お前巨人になった時、一旦ミカサを殺そうとしたらしいな。それは何でだ?」
ジャンは切長の目を僅かに細めて、真剣な声音で問いかけた。
エレンは少し答えを躊躇するように表情を曇らせたが、隣に居たミカサが、ジャンに身を乗り出すようにして言った。
「違う、エレンはハエを叩こうとしてっ」
「お前には聞いてねぇよ」
ジャンはミカサに少し厳しい口調になって言うと、ミカサの頬の傷を指し示すように、自身の頬を右頬を指差した。
「なぁミカサ、頬の傷はかなり深いみたいだな。…それは何時負った傷だ?」
それに、ミカサは短い黒髪で頬の傷を隠すような素振りを見せる。
「…本当らしい」
エレンはジャンへと歩み寄ると、神妙な声音で答えた。
「…巨人になった俺は、ミカサを殺そうとした」
「らしいってことは記憶にねぇってことだな?つまり、お前は巨人の力の存在を今まで知らなかったし、それを掌握する術も持ち合わせていないと」
「ぁあ、そうだ」
「っ」
ジャンはエレンの答えに、肩を落とし、深く溜息を吐き出す。
「お前ら聞いたかよ。これが現象らしいぞ。俺達と人類の命がこいつに掛かってる。俺達はマルコのように、エレンが知らないうちに死ぬんだろうな」
仲間達を振り返り、重々しい口調で言ったジャンに、ミカサは一歩を踏み出すと、眉を僅かに釣り上げる。
「ジャン!此処でエレンを追い詰めることになんの意味があるのっ」
ジャンはそんなミカサを振り返りながら、厳しい顔付きになって言った。
「…あのなぁミカサ、誰しもお前みたいにな、エレンのために無償で死ねるわけじゃないんだぜ…!」
「っ」
皆それぞれに、命の優先順位というものがある。命に優劣を付けることは決して正しいことだとは言えないが、戦場に出てしまえばそれは全て綺麗事に過ぎなくなる。
ミカサはそれを理解しているつもりだったが、ミカサの中でエレンという存在は、何があっても揺るがない位置にあった。
しかしジャンも、自身の守りたいものの為に、今はハッキリと、エレンに対して言っておかなければいけないことがあった。
「知っておくべきだ。俺たちは何の為に命を使うのかを…じゃねぇと、いざという時に迷っちまうよ。俺たちは、エレンに見返りを求めてる。きっちり、値踏みさせてくれよっ…!自分の命に、見合うのかをなっ–––!」
ジャンは荒い足取りでエレンに歩み寄り、エレンの両肩をがしりと強く掴んで、自身の命運を賭け、鬼気迫るようにして言った。
「だからエレンっ!本当に、頼むぞっ…!」
「あっ、ぁあ…!」
ジャンの表情も声も、胸に槍を深々と突き立てられるかのようで、エレンは身を強張らせながらも、ジャンの視線から決して逃げてしまわぬよう見つめ返しながら頷いた。
絞り出した声は酷く震えていたが、自分が抱えているものの重みを、今ジャンの言葉によって再確認させられる。
ジャンはそんなエレンの肩を離し、震えた息を深く吐き出してから踵を返すと、武器庫の裏口の方へと向かって足を進めた。
「ジャン…」
ハルはジャンとすれ違いざまに小さく声を掛けると、ジャンはハルの隣で一度足を止め、その右肩をポンと叩いて、ハルにしか聞こえない程の小さな声で言った。
「––––ちょっと頭冷やしてくる。…あと、頼んだ…」
「…うん、分かったよ」
ハルは静かに頷いて、ジャンの右肩を拳で軽く小突く。そしてジャンが倉庫の外へと歩き出すのと入れ替わるように、ハルは自身の掌を見下ろして立ち尽くしているエレンの元へと歩み寄った。
「…エレン、体の具合はどう?少し、痩せた気がするけど…」
ハルはエレンの顔を覗き込むようにして問いかけると、エレンはふと掌から視線を上げてハルを見た。
「あ、ぁあ。俺は平気だよ…っ立ち止まっていられねぇから、な」
エレンの言葉は前向きなものだったが、自分自身を追い込んでしまうような響きもあった。エレンは良くも悪くも、何処までも真っ直ぐなのだ。自分がどれだけ傷つくことになっても、辛い思いをする事になっても、仲間の為なら前に進んで行こうとする。それがエレンの危うさでもあり、優しさでもあるのだ。
ハルは表情を固くしていたエレンの肩に、そっと手を置いて言った。
「あまり無茶をし過ぎないで、エレン。君は、人間なんだから」
「!?」
エレンはその言葉にはっと息を呑んで、ハルを見た。
ハルの言葉には、建前や偽りなど、一切感じられなかった。
ミカサとよく似た黒い双眼が、優しくエレンを見つめている。
「…お前は、そう言ってくれるんだな」
周りの人達が、自分の存在を人としてではなく巨人だと恐れているということは、自分を見つめる目を見れば明らかだった。瞳の奥には恐怖や疑心が漂っていて、自分は異物と扱われているのだと…。
それでも、ハルは自分と、以前と全く変わらずに、接してくれている。
「私だけじゃないよ」
ハルはそう言って、口元に微笑みを浮かべると、視線をミカサやアルミン、そしてハルの後ろにいるコニー達へと向ける。
それに、エレンもハルの視線を追うようにして仲間達に視線を向けると、彼らは皆エレンを真っ直ぐに見つめ返して、頷いてくれる。
それにエレンは冷えた胸の中がじんわりと温まるような喜びを感じ、唇を噛んで、拳を握った。
そして自分の気持ちと向き合い、再確認させられる。
今目の前に居る仲間達を、守りたい。彼等の命の価値に見合う働きを、未来への道を切り開かなくては、いけないんだと。
そんなエレンに、ハルは拳を胸の前でぐっと握って見せる。
「私も頑張るよ。エレンに負けないくらい、強くなれるように。全力で。だからエレン…」
そしてその拳を開き、エレンの前に差し出す。
「離れていても、一緒に、進んでいこう」
「!?」
その言葉に、エレンは心臓が大きく震えたのを感じた。
どこかでこの言葉を、聞いたことがあるような、酷く懐かしい感覚に見舞われる。
戸惑った表情を浮かべて、左胸の上に手を当てるエレンに、ハルは「どうしたの?」と首を傾げる。それにエレンは首を横に振って、左胸に押し当てていた手を伸ばし、ハルの手を握った。
「っなんでもない。…ありがとな、ハル」
握りしめたその手は小さかったが、ささくれ立った心に染み渡るような温もりが、確かにあった。
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