第二十七話
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そして、ジャンの災難はその後の食堂でも続いた。
ジャンはハルと共に朝食の配膳を受けると、食堂の一番奥にある隅のテーブルで一緒に食事をしようと席に着いた時だった。
「ジャン。…何も言わず、ハルの隣の席、私に譲って下さい」
「あ?んでだよ…」
席に座るや否や、急にサシャ、クリスタ、ミカサとユミルの四人に取り囲まれ、ジャンは眉間に皺寄せてサシャを睨み上げた。
「何で?そんなの、決まっているじゃないですかっ」
サシャはトレイの上のパンを手に取って、口に入れようとしているジャンを睨み下ろすと、わなわなと肩を震わせながら啖呵を切った。
「朝からハルを独り占めして…っ!不公平だからです!!狡いからです!!」
その言葉にジャンは「はあ?」と思わず頓狂な声を上げて、ぽかりと口を開くと、手にしていたパンを一度トレイの上に戻した。
「何だよそれは。俺はエルヴィン団長から直々に任務を受けてだな…」
「そんな次元の話をしているんじゃないんですよっ!」
「じゃあどんな次元の話をしてんだよ!?」
ジャンとサシャが顔を突き合わせて睨み合う様は、まるで猫同士が喧嘩しているようだったが、両者拮抗して攻防が続く中、サシャの背後に居た協力な助っ人達の加勢が入れられる。
「ジャン、いいから避けて」
「ジャン、お願い。私たち、ハルと一緒にどうしても朝ご飯が食べたいの…」
「おいジャン、クリスタがこう言ってんだ。しのごの言わずにさっさと退けろよ」
ミカサとクリスタ、そしてユミルにまで圧力を掛けられ、しかもその三人の手には何故かフォークが握り締められていた。
それに気づいたジャンは自分が酷く邪険に扱われているような気がして、妙に虚しくなりながら肩を落として言った。
「なっ、何だよお前ら…っ、そこまでしてハルと飯が食いてぇのか…っ」
半泣きになっているジャンに、ハルも何だかジャンのことが流石に気の毒に思えてきて、サシャ達とジャンの間をとりなそうとする。
「み、皆、少し落ち着いて…。ジャンも一緒にさ、食べたらいいよ。ほら、席も沢山空いてるんだし…」
しかし、四人はハルの言葉に更に視線を鋭くすると、席に座ったままのジャンに凄んだ。その威圧感にジャンは思わず「ひっ」と喉を引き攣らせて、弾かれるようにトレイを手にしてすると、そそくさと四人の前から去っていく。
「分かったよ退けりゃあ良いんだろっ…!」
これ以上は命を取られると危機を察知したジャンは、アルミン達が集まっていたテーブルの方へと向かって脱兎の如く逃げていくのを見送りながら、クリスタは少し申し訳なさそうな顔になって言った。
「ちょっとジャンが可哀想だったかな…?」
「いいんですよ!どうせ朝も夜もハルと一緒に居られるんですから!」
サシャはそう言いながらジャンが座っていたハルの隣の席に腰を落としてトレイを置いた。
「今くらいは、私たちが一緒に居させてほしい」
反対隣にはミカサが座り、ハルの向かいにはクリスタ、そして言わずもがなそのクリスタの隣にはユミルが座り、ユミルはお決まりの文句をハルに向かって入れる。
「私は別にクリスタと一緒に居たいだけだからな!勘違いすんなよっ」
「分かってるよ、ユミル」
そんなユミルにハルは相変わらずだと微笑みを向け、それからふと、気持ちを整えるように、小さく息を吐いた。それから四人の顔を見回して、ハルは手にしていたフォークをトレイに置き、膝上に手を置いて改まると、少し緊張した口調で言った。
「皆…あの、実は…話しておきたいことが、あるんだけど–––」
ハルの雰囲気が急に変わったことに、隣にいたサシャが齧り付いたパンをごくりと飲み込み、クリスタ達もハルへと視線を向ける。それから、ハルが話しを始める前に、ミカサが口を開いた。
「味覚のこと?」
「!」
「…ごめん、私が気づいて、皆に話してしまった」
知ってたんだと驚くハルに、ミカサが申し訳なさそうにそう言って、ハルに頭を下げる。それにハルは首を振ってミカサに頭を上げるように促した。
「謝らなくていいよミカサ!ありがとう、気を遣ってくれて…」
ハルはミカサにそう言って微笑むと、自身のトレイに乗った朝食を見下ろしながら言った。
「その、昨日は咄嗟に誤魔化してしまってごめん。…実は、目が覚めてから食べた物の味が、しなくて…」
ハルの言葉に、クリスタが神妙な顔で問いかける。
「それは、全くなの?熱いとか冷たいとかっていう感覚は…?」
「…無いんだ。食感とかは、何となく分かるんだけど、温度も感じなくて…」
「そう…」
ミカサはそう悲しげに息を吐き出すよう呟いて、それからハルのことを、ぎゅっと胸に引き寄せるようにして抱きしめた。
「ミ、ミカサ…!?」
突然のことに驚くハルの頭に、ミカサは口を寄せて言う。
「なんだか、こうしたくなった。ハル、疲れてるみたいだから」
「…ミカサ」
ミカサの温もりと声音には大きな優しさを感じて、ハルは胸の中がじんわりと温まるような気がした。
「食べ物の味がしないなんて、私っ、考えただけでも涙が出てきますよ…」
サシャは両肩を落として涙目になる中、クリスタは眉を八の字にして、深く考え込んだ様子で呟く。
「私たちに何かできること、ないのかな…」
そんなクリスタに、ユミルはスープを一口飲むと、首を振りながら肩を竦めた。
「そりゃ無ぇよ。本人の味覚をどうこうなんて、医者でもねぇーんだから」
「ちょっとユミル!そんな言い方しなくても…」
クリスタが眉を釣り上げて隣に座っていたユミルに身を乗り出すが、ユミルは特段気にする表情も無く、胸の前で腕を組んだ。
「んだよ、出来ねぇもんは出来ねぇんだ。こっちがうだうだしてたって、何も変えられないんだよ」
それにむっと頬をふくらませるクリスタに、ハルは頷きながら言った。
「ユミルの言う通りだよ」
「!ハル…っ」
サシャ達が少し悲しげな顔でハルを見たが、ハルは傷付いているというよりは、何処か嬉しそうに微笑みを浮かべ、ミカサの腕の中から離れた。
「心配してくれるのは、凄くありがたいし嬉しいよ。でも、それで皆が暗い顔、してほしくないんだ。…それに、今だってもう十分、皆は私の力になってくれてるよ」
「?別に私たちは何も…」
ミカサが少し戸惑ったように首を傾げると、ハルはサシャ、クリスタ、ミカサ、ユミル一人一人に視線を向けて言った。
「一緒にこうやってご飯を食べてくれて…、皆の顔を見てると、甘いとか辛いんだとか、今日はあんまり味気がないんだなぁとか…ちゃんと感じられる気がするから」
それからハルは、少し照れ臭そうに頬を指先で掻きながら、視線を自身の胸元に落として言う。
「その…正直ちょっと、落ち込んでいたし、何だか皆に長い間会えてない気がして寂しかったから、…そ、傍に居てくれて、今すごく嬉しいんだ。ありがとう…皆」
そんなハルにサシャは感極まった様子で座っていた椅子を蹴り飛ばして立ち上がると、その勢いのままハルに抱きついた。
「そんなの当たり前ですよぉ!私たちがハルの傍から離れるわけないじゃないですか!?」
「そうだよ!!私たちは親友なんだから!」
クリスタも思わず席を立って、テーブルにダンと両手をつくと、ミカサも腕を組んでこくこくと何度も頷く。
「クリスタの言う通り」
「ねっ、ユミルもそう思うでしょ?」
クリスタはユミルを見下ろしてそう同調を求めると、ユミルは椅子に座ったまま眉をへの字にした。
「だから私を勝手にその枠に入れるなよ」
「…ユミル」
そんなユミルへと、サシャに抱きつかれたままハルは視線を向けて、肩を落とした。
「…んだよ」
そんなハルに、ユミルは不機嫌そうに目を向けてため息を吐く。
「嘘を吐いて、ごめん」
そう真剣な顔で言った後、頭を下げたハルに、ユミルはもう一度溜息を吐くと、ハルからふいと顔を逸らして呟くように言った。
「…何か事情が、あんだろ…」
「!」
ハルはユミルの不器用な優しい言葉に、思わず胸が詰まって下唇を噛んで顔を上げると、ユミルはそんなハルの顔を見て、やれやれと苦笑を浮かべた。
「…いーよ。仕方ねぇから、騙されたフリ、してやるよ」
「ユミルっ…!ありがとう…!」
ハルは泣きそうな顔になってユミルにお礼を言うと、ユミルはそんなハルの額を指でビシッと弾いて、「今回だけだぞ!」と釘を刺した。
それからハル達は、いつものように食事を始める。
そんな中で、ハルは自分にとってサシャ達の存在が、とても大きなものであるということを改めて感じていた。
やはり自分にとっての世界は、此処に有るんだと、そう思っていた。
例え体が変わってしまっても、皆のことを大切に思う心は以前と全く変わっていない。否、寧ろその気持ちが強くなっている。
ハルは心の中でふと、夢の中でマルコに言われた言葉を思い出す。
『ハルにはまだ、やることがある』
「(そうだよね…マルコ。私にはまだ、皆の為に出来ることがきっと、あるよね…。)」
サシャ達の他愛のない話を聞きながら、ハルは徐に、自身の左手首にあるミサンガを握り締めた。
第二十七話 傍に、居たい
皆とずっと、私は進んで、生きていきたい。
完