第二十四話
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ハル達と一部の104期訓練兵は、大岩を運ぶエレンの護衛の加勢に回るため、トロスト区の上空を飛んでいた。その際、見かけた巨人は一様に巨人化したエレンの元へと向かっており、兵士達には目も暮れていないのが分かった。ハルは本部で巨人達が黒髪の奇行種…エレンに引き寄せられていた時と同じ現象が今も起きているのだと認識していた。
「(やっぱりエレンは…巨人から狙われ易いっていうことなのかな)」
ハルは目の先に見えてきた、大岩を担ぎ上げ、踏み出す足を地面に抉り込ませながら、身体から蒸気を噴き上げて懸命に壁の穴へと向かっていく、巨人化したエレンの背中を見ながらそう分析していると、ふとエレンの先にいた巨人が、駐屯兵団の若い兵士を飲み込もうとしているのが見えた。
そして、その兵士を助けようと、飲み込まれる寸前だった兵士の腕を掴んで、口から引っ張り出した兵士が居た。
それがイアン班長だと分かった時、ハルははっと息を呑んで、トリガーを深くまで握り、ガスを吹かしてイアン班長の元へと向かった。巨人がイアン班長の体を、口の中へ押し込もうとしていたからだ。
背後でフロックとダズが焦って呼び止める声がしたが、ハルは止まらなかった。
『これは私情なんだが…すまない。イアン班長の助けになってやってくれないか…』
作戦成功のため優先されるべきことではないと分かってはいても、両手を固く握りしめ、まだ訓練兵であるハルに向かって頭を下げたシグルドと交わした約束を、違えるわけにはいかなかったからだ。
「イアン班長をっ…離して…っ!!」
ハルは両手のブレードの柄が軋むほどに強く握りしめ、イアン班長を口の中に押し込み、噛み砕こうとしていた巨人の顎の筋肉に、思い切りブレードを突き立てた。そこから沸騰した水のように熱い血飛沫が上がり、顔や手に付着した血が皮膚をじりじりと焼く。
顎の筋肉が切り裂かれた巨人は口をダラリと開けて、イアンは巨人の唾液で舌の上を滑り地上に落ちて行く。
イアンは地面に身体を打ち付けられ、その際に立体機動装置がベルトの金具から外れてしまう。しかし両腕をついて激しく咳込みながらも、イアンはすぐに巨人の顎に突き立てたブレードを引き抜こうとしているハルを見上げた。
「っゲホ…!…っグランバルド!?な、何故此処に…!」
「護衛部隊の加勢に来ました!壁上にはシグルドさんが残ってーー!?」
ハルはイアンの問いに答えながら右手のブレードを引き抜き、次は左手のブレードを引き抜こうとした時だった。
背中が不意にざわついて、鼓膜を風を切るような音が震わせ、それが凄まじい勢いでこちらに向かって飛んできていることに気がついた。
はっとして後ろを振り返った時には、一体の巨人がハルに腕を伸ばして飛びついて来ていた。
「グランバルド!!」
イアンの激しい叫び声に突き動かされるように、ハルは左手のブレードを引き抜くことを諦め、柄からから切り離し巨人の奇襲を避けようとしたが、遅かった。
「っぐ!?」
巨人の大きな手が、ハルの体をまるで木に実った果物でももぎ取るように掴んだ。
身体全身が熱い巨人の手に圧迫されて、骨が軋み上がる音がする。内臓も圧迫されて、呼吸をすることさえもままならなくなる。
ハルを掴んだ巨人は、それは大きな双眼で、ハルを見つめ、ゆっくりと口元に運ぼうとする。高級な肉料理でも、口に運ぶ時のように。
巨人の熱い息が、ハルの顔に当たると、先程血飛沫を浴びて火傷した皮膚が刺すように痛んだ。
「畜生っ!ハルを離せよっ!!」
「くそっ!!くそぉっ!!」
そんな中、巨人に掴まれたハルを助けようと、ハルの後を追いかけてきていたフロックとダズが、巨人に向かって攻撃を仕掛けようと向かってきたが、壁の穴から入り込んできた巨人達に阻まれ近づくことが出来ず、小型の巨人がダズの体を手の甲で叩き、ダズが地面に落ちたのが、ハルの霞む視界の中で見えた。
「や…めて…っ!!」
このままでは、ダズが、フロックが、助け出せたイアン班長にも危険が及んでしまう。何としてでも、この巨人の腕から抜け出さないとっ!!
ハルは体の底から力を振り絞るように声を上げながら、右腕を懸命に動かし、ブレードの刃先を、巨人の左目に突き立てた。
すると、巨人は一瞬ぴたりと時間が止まったかのように動きを止めた。
しかしそれもほんの一瞬で、次の瞬間には、巨人は目に刺さった刃を引き抜き抜こうとしたのか、ハルの体ごと乱雑に宙に投げ放った。
「っ!?」
ハルは身体が押し潰れるような圧力を受けながら宙に投げ飛ばされ、耳の横で風が甲高く悲鳴を上げた。
先程自分が見ていた景色が、立体機動で飛ぶよりも早く遠のいて行くのを感じながら、朦朧としていた意識が失せる寸前で、身体がバラバラになるような凄まじい衝撃を受けて、ハルの意識は、蝋燭の火が吹き消されたように暗転した。
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「うわぁぁあああ!!?」
「!?ダズっ!!」
ジャンは聴き慣れたダズの悲鳴を聞いてそちらへと向かうと、ダズは地面に尻餅をついた状態で、小型の巨人から後退りしているのが見えた。
ジャンは小型の巨人がダズに注意を惹きつけられている隙に、地面を蹴り上げ立体機動に入ると、巨人の背後に回って頸を削ぎ上げる。
巨人は体から蒸気を吹き上げながら地面に前のめりに倒れると、ダズは鼻の先に倒れた巨人に「ひい」と悲鳴を上げてガタガタと震えていた。
「おいダズ、大丈夫か!?」
ジャンはそんなダズに駆け寄り声を掛けると、ダズははっと息を呑んで、恐怖に顔を引き攣らせたまま、ジャンを見上げ、そして震える指先である巨人を指差した。
「ハルがっ、捕まっちまって…!!」
「!?」
ジャンはダズが指し示した巨人の姿を見て、全身の血の気が失せたような感覚に見舞われた。
巨人の大きな手に、華奢な体が掴まれているのが見えた。
それは紛れもなくハルの姿で、ハルは懸命に声を上げながら右腕を動かして、自分を食おうと口を開けている巨人の左目に、ブレードを突き立てた。
「ハル!!」
ジャンはハルを助けようとその巨人の頸に斬りかかろうと走り出したが、その最中ーーー
その巨人はハルの体を、ボールを投げるように宙へ投げ放ったのだ。
「!?」
ハルの体は人形のようにくの字に折れ曲がって、トロスト区唯一の教会がある方へと飛んで行く。
巨人に掴まれたことで、立体機動装置はおそらく破損しているだろう。もしも正常に稼働したとしても、あれだけの重圧を受けた状態で、立体機動装置を操作することなど出来はしない。
ジャンはハルを投げた飛ばした巨人に対して、言いようのない激しい怒りと憎しみが突き上がってくるのを感じながら、咆哮を上げて巨人の頸を削ぎ上げた。
血飛沫が上がり身体に大量の返り血が降りかかってきて、体が焼けるように熱くなったが、そんなことはどうでも良かった。
「っジャン…!」
近くでハルを助けようとしていたフロックが、巨人の返り血で蒸気を上げるジャンの背中に声を掛けた時、地面と空気が突如激しく揺れ、轟音が響き渡った。
皆、その轟音が鳴り響いた場所へと視線を向ける。
其処には、エレンが大岩で、ウォール・ローゼに開けられた壁の穴を塞いだ姿があった。
「エレンが…やった…のか」
フロックは雫をポタリと滴らせるように呟くと、ある兵士が上空に向かって、緑色の信煙弾を撃ち上げた。
それは作戦成功の合図であり、人類が初めて巨人に勝利したことを表していた。
それに皆歓喜の声を上げ始める中で、ジャンは唇を噛み締め、ハルが投げ出された教会の方へと走り出し、立体機動に入った。
「ジャン!待て!!俺も行く!!」
フロックもジャンの背中を追いかけるようにして続き、落下時に外れた立体機動装置を装備し直したイアンも、少し遅れて二人の後に続き、ハルを捜す為に飛び上がった。
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