第二十四話
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エレンによる大岩で壁に開けられた穴を塞ぐ作戦が失敗したとの信煙弾が撃ち上げられ、エレンが救出されるまでの間、巨人の誘導を任務にしている訓練兵達と駐屯兵団の補給部隊の作戦は切り上げられることなく続けられていた。
幸いにも戦死者は未だ出ていないが、負傷者は徐々に増加傾向にあった。皆精神的疲労と肉体的疲労が蓄積し、注意力や機動力が落ち始めているのだ。
早々にこの厳しい状況を打開する方法を見出さなくては、何時戦死者が出てもおかしくは無い。
「っ!」
ハルは班員のフロックとダズと共に、もう何度目かも分からなくなった巨人誘導のローテーションを終えて、壁上に両脚をつくと、その膝に両手をついて荒くなった呼吸を整えようと背中を丸めた。こめかみから汗が流れ顎から滴り、足元に落ちて灰色の丸い染みが作られるのを見つめながら、何か良い手立ては無いかと思考を巡らせる。
そんなハルの隣にダズは崩れるように倒れ込むと、フロックは額の汗を兵服の袖でぐいと拭った。
「くそぉ…!もう此処から離れたくねぇっ、地上に降りたくねぇよ…っ!」
「っ大分…キツくなってきたな…っハァ」
ダズは両手をついた壁上に吐き捨てるように言うと、フロックは腰に手を当てて荒立った呼吸の合間で呟いた。二人の疲労も、そろそろ限界に近づいて来ている。
ハルは一度大きく深呼吸をすると、前倒しにしていた体を起こして、フロックとダズに顔を向ける。
「…フロック、っダズ、補給をして…少しだけど休憩を取って。私は北西側の様子を確認してくるから…」
「ま、待てよ!」
そう言って駆け出そうとしたハルを、フロックは慌てて呼び止めた。
ハルは危険な区域に敢えて自身で出向き巨人を誘導し、黒い信煙弾が撃ち上げられた際も率先して奇行種の討伐に向かっていた。恐らく巨人誘導の任務についている誰よりも、ハルが一番に疲弊している筈だ。
「お前も少しは休めって!壁上に戻ってもずっと駆け回りっぱなしだってのに…」
「そ、そうだぞ。休める時に、休んでおかねーとよぉ」
心配顔になって言うフロックと、地面に両手をついたままハルの方を見上げて言ったダズに、ハルは「大丈夫だよ」と肩を竦めて笑った。
「ありがとう、二人共。でも後でゆっくり休むから、今はいいんだ」
ハルは気にかけてくれた二人に感謝しながらも首を横に振り、再び二人に補給を促すと、北西側の班員の様子を確認するために走り出した。
作戦失敗の信煙弾が撃ち上げられてから時間もしばらく経過しているが、未だエレンを救出できたという報告は入って来ていない。
壁にベッタリと張り付いている巨人の数も次第に増え、ふと地上を壁上から覗き込めば、巨人の顔がぎゅうぎゅうに押し詰められた地獄絵図が広がる。
ハルは道中ですれ違う同期達の様子を確認し声をかけながら北西側の方へ向かっていると、不意にトロスト区側の方からワイヤー音とガスを吹かす音が聞こえてきて、駆けていた足を止めた。
すると、目の前に転がり込むようにして、ジャンの班とマルコがトロスト区の上空から帰還してきた。
「お前らっ、無茶しやがって!」
「それはこっちのセリフだ!」
「生きた心地がしねぇよ!」
ジャンがマルコとコニー、そしてアニに向かってそう声を上げると、マルコとコニーは冷や汗を浮かべ強張った表情で言い返した。アニに関してはいつも通りで、やれやれと肩を回していたが、傍に立っていたハルに気がついて、片膝を地面につけたまま顔を上げた。
「何してるの、ハル。こんな所で…?」
アニの問いかけに、ジャン達もふとしてハルへと顔を向けた。ハルは四人を見下ろしながら、眉を八の字にして首を傾げた。
「北西側の状況を確認しに来たんだけど…何か、あった?」
問いかけると、コニーは「ああ」と頷いて、ジャンの立体機動装置を指差す。
「ジャンの立体機動装置が壊れちまって。巨人に襲われそうになってたとこを、助けて戻って来たんだよ」
「立体機動装置が…?」
ハルは目を細めて、ジャンの腰元の立体機動装置を見た。たしかに、ジャンの身につけている立体機動装置は、ジャンが普段から使用していた物ではなくなっている。
「僕たちは大丈夫そうだけど、ジャンは怪我してない…?」
「ああ、俺は大丈夫だ。おかげさまでな…、助かった」
ジャンはようやく窮地を脱し落ち着くことができた様子で、手にしていたブレードを鞘にしまいながら、マルコ達に「ありがとな」と礼を言った。
そんなジャンの傍にハルは膝をつくと、ジャンの立体機動装置に触れ、状態を確認しながら真剣な面持ちで言った。
「ジャン、一度その立体機動装置の調整をさせて。すぐに終わらせるから」
ジャンが「分かった」と答える前に、ハルはすでにジャンのベルトの金具から立体機動装置を取り外していたため、首を振ることはしなかったが、ハルも巨人誘導の指揮補佐と、奇行種の討伐でかなり疲弊している筈だった。
「ハル、調整なら俺が…」
自分でやるから、お前は休めと言おうとしたが、ハルは「やらせて」と強張った声音で食い気味に返した。それにジャンはハルの顔を覗き込んで、その表情は声と同様に酷く強張っていることに気づいて、小さく息を呑んだ。
「私が安心したいんだ」
「…そうか」
ハルの言葉を、ジャンは息を吐き出すように受け止めて、それ以上は何も言わなかった。
ハルは黙々と立体機動装置の内部を、携帯していたリペアセットを使って確認すると、ネジの締まりが緩んでできた隙間から砂が入り込んで、操作装置の内部に溜まり、その影響でトリガーが固くなってしまっていたことが分かった。
それは明らかな持ち主の整備不良だったが、この立体機動装置のおかげで命拾いしたことは確かで、瓦礫に潰されて命を落としてしまった兵士を、ジャンは責める気にはならなかった。
ハルは手早く砂を内部から排出すると、立体機動装置のジョイントを元に戻して、ジャンに手渡し一度動作確認をするよう促す。
「トリガーの固さも改善されてるし、ワイヤーリールの動きも良くなってる。流石だな、ハル。…助かった」
ジャンは立体機動装置の確認をしながら、この短時間で動作不良が嘘のように改善されたことに内心で驚きながらも、ハルに礼を言う。
それにハルはほっとしたように微笑みを浮かべると、次はコニー達へと視線を向けた。
「良かった。立体機動装置は私たちの命綱だからね。…皆のも、大丈夫そうかな?」
「ああ、大丈夫だ」
ハルの声掛けに、コニー達も自分の立体機動装置を確認しながら異常は無いと答えると、ふとアニがトロスト区の、大岩がある広場の方へと視線を向けて声を上げた。
「あれを見て…!」
アニの珍しく驚いている声に、ハル達は視線をアニと同じ方向へと向けた。
そして視界に飛び込んできた光景に、目を丸くする。
「エレンが…岩を、運び始めてる?」
マルコが絶望の中で、一抹の希望の光を見つけたように、巨人化したエレンが広場の大岩を持ち上げて、壁に開けられた穴の方へと向かっていく姿を見つめて言った。
「やった!!やったんだなエレン!!」
コニーは胸の前でガッツポーズを作り歓喜で飛び上がる中、アニは静かにエレンを見つめているだけだったが、ジャンはハルへ顔を向け、固唾を呑んでいるような真剣表情で問いかけた。
「…俺たちも、エレンの護衛に加勢するべきだ。っそうだよな、ハル…!」
ジャンの指示を仰ぐ言葉に、ハルはこくりと深く頷き、ニッと口角を上げて言った。
「うん…っ皆でエレンを守ろう!!そうすればっ、私達の勝ちだ!!」
「「了解!!」」
ハルの言葉に、ジャンはコニー達を引き連れて、大岩を運ぶエレンを巨人から守るため、立体機動に入り、トロスト区の上空を飛んで行く。そして入れ替わるように、北東側から壁上を駆けて、フロックとダズ、そしてシグルドがハルの元へと駆け寄ってきた。
「グランバルド!」
「シグルドさん…!エレンが、岩をっ…!!」
「ああ、良く見えてる。…グランバルド、お前もエレンの護衛に加勢してくれ。巨人を此処に留めておく壁上指揮は、俺だけで十分だ」
「了解です!」
シグルドの言葉に、ハルは頷き敬礼を返す。そしてダズとフロックを連れて、エレンの元へと向かおうとしたハルを、ジグルドは「待ってくれ」と固い表情のまま付け加えるようにして呼び止め、そして頭を深々と下げて言った。
「これは私情に過ぎない頼みなんだが…っ、すまない…!イアン班長の、助けになってくれないか…。あの人は、人類の為なら自分の命を投げ打つことも厭わないような人なんだ…っ」
「シグルドさん…」
シグルドの言う通り、それは兵士としてではなく、シグルド個人の頼みに過ぎなかった。それは兵士を束ねる者の立場である者が、安易に口にするべきことではないのかもしれない。しかし、シグルドの頼みを断る理由は、ハルの中には微塵も見つけることは出来なかった。
自分を責めるような表情のまま顔を上げたジグルドに、ハルは再び敬礼を作ると、深く頷き、真摯な瞳でシグルドを見据えた。
「…必ず!イアン班長をお守ります!」
ハルの真っ直ぐな言葉に、ジグルドは少し泣きそうな顔になって、安堵したように引き締めていた目元を僅かに緩ませたが、それもほんの一瞬ですぐに表情を固くすると、ハルに敬礼を返した。
ハルはシグルドの敬礼を請け負うと、フロックとダズを連れ、大岩を運び歩みを進めるエレンの護衛に向かったのだった。
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