第二十三話
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シグルドは早速、周りにいたジャン達に向かって作戦概要の説明をするべく声を掛ける。
「お前達、訓練兵をこの広場に集めてくれるか?作戦概要の詳しい説明をしたい」
「「はい!」」
ジャン達は敬礼を返すと、皆バラバラになって訓練兵達を広場に集めに向かう。
「グランバルド、皆が集まる前に作戦のすり合わせをするぞ」
「分かりました。彼方で話しましょう!」
ハルは広場に作戦対策用に設置されていた簡易テーブルの方へとシグルドを促す。
作戦概要が殴り書きされた一枚の紙と、トロスト区の地図をシグルドはテーブルに広げると、緊迫した口調で早速説明を始めた。
「これは上で最終決定された作戦概要だ。
巨人はより多数の人間に引き寄せられる傾向がある。それを利用して、エレンが運ぶ大岩付近にいる巨人を、駐屯兵の補給部隊と訓練兵達で上手く北西と北東の壁に引き寄せることが、俺たちの任務だ。そうすることで、後は壁上の砲台で兵を消耗することなく巨人を掃討することができるからな」
その作戦に、「なるほど…」とハルは口元に手を当てて頷くと、「では」とトロスト区の地図上に記された赤い丸印、エレンが運ぶべき大岩の場所を見つめながら言った。
「上手く巨人を誘導できるよう、一班を三名から四名で構成し、壁上に残り巨人を引き寄せておく班と、陽動を行う班で分け、ローテーションを組みましょう。最初に巨人の陽動を行う班が、一番負担と危険が多くなるでしょうから、先行する班はなるべく立体機動が得意な者で固めるべきです。一番最初の陽動は、現状把握も兼ねておく必要がありますから、私が先行させてください」
ハルは頭の中に巡らせた考えをシグルドに伝えると、シグルドは迷うことなく頷いて、ハルの肩に手を乗せた。
「…ああ、それが一番皆の統率を取りやすいな。グランバルド、お前は訓練兵達のことを良く理解しているとアルミンから聞いている。班員の割り振りはお前に任せるぞ」
「っはい!」
「シグルド隊長!訓練兵全員、集めてきました!」
訓練兵達が皆集まっていることを最終確認したジャンが、シグルドへと声を掛けた。同期達の顔色はお世辞にも良いものとは言えなかったが、腹を括るしかないということは、理解しているようだった。
「…ああ、ありがとう。っではこれより、詳しい作戦概要を説明する!!皆聞き逃すなよ!」
「「はっ!!」」
シグルドの声に、一同は敬礼を返す。
先程ハルに話したように、これから実行する作戦の概要をシグルドが説明し終えると、ハルは早速班員の構成に取り掛かった。その際、多くの同期達を失っていることを、再確認することとなったが、今はいくら胸を痛めても、立ち止まってはいられない。
まだ、失った仲間たちを思って嘆くことは、出来ないのだ。
「本当に、この作戦に意味があるのかよ…巨人を壁に、引き寄せるだけで…」
班員を分けている中で、コニーが不安気な表情で、ハルに向かって疑念を投げかけた。
ハルはコニーの両肩に手を乗せると、落ち着いた声音で、ゆっくりと語りかけるようにして言った。
「私たちが、より多くの巨人を壁に引きつけることができたら、それだけエレンは早く壁の穴に辿り着くことができる。そうすれば、私たちもこの地獄から解放されるんだ。…皆、課せられた任務を達成することで、トロスト区を取り返すことができる。みんなの故郷を…コニーの故郷だって、今なら守ることができるんだ」
「っ」
コニーは、ハルの言葉にはっとしたように息を呑んだ。
目の前に立っているハルは、五年前に故郷も、大切な家族も、失ってしまっているのだということを思い出す。
「故郷を失うってことは、とても寂しくて辛いことだから。私は、そんな思いを…皆にしてほしくない。…だから、これからすることを、無意味なものなんかには絶対にしない」
過去に思いを馳せるように、ゆっくりと噛み締めるようにして言ったハルに、コニーは自身の不安を噛み砕くようにぐっと奥歯を噛み締める。
足踏みしているだけでは、何も変えられない。恐怖と立ち向かい、出来ることを成さなければ、自分自身だけではなく、大切な家族まで失ってしまうことになるのだから。
コニーは自分に気合を入れるため、頬を両手で挟むようにパンと叩くと、ハルに向かって言った。
「…っ!やるしかっ、ねぇよな!だったら俺様が、一肌脱ぐしかねぇよな!?」
コニーがニッと笑みを浮かべて、冗談混じりに兵服の袖を捲り力瘤を見せると、ハルは急に焦り出し、慌ててコニーの両腕を掴んで揺さぶり始めた。
「だっ、駄目だよコニー!こんなところで脱いだらっ!」
「っいやそういう意味じゃねーって!?本当に脱ぐわけねぇーだろっ!?」
「…おいおい大丈夫なのか、私達の命を担う補佐官がこんなバカで」
コニーはともかくハルも大概だと、二人の様子を見ていたユミルがやれやれと呆れながらため息を吐くと、近くにいたクリスタとサシャも肩を竦めて笑ったのだった。
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「くそぉっ、なんで俺が先行班なんだよおお」
ハルの班へと配属になったダズが、壁上で頭を抱えて蹲っていると、その背中を同じくハルの班へ配属になったフロックにゲシッと蹴り飛ばされて、カエルが潰されたような声を上げた。
「お前がハルと一緒がいいって聞かなかったからだろ!?なんで自分で選んでんのに、泣きべそかいてんだ!」
フロックはうぅと呻きながら地面に頬を押しつけて涙の水溜りができそうになっているダズを腕を組んで見下ろしながら怒鳴りつけた。
そんなフロックの肩を、班の構成を終えたハルは諌めるようにポンと後ろから叩いて、泣き崩れているダスの側に片膝をつき、丸まった背中を摩る。
「大丈夫だよ、ダズ。私はダズが同じ班に居てくれたら、とっても心強いよ?…ダズは、そうじゃない?」
ハルに顔を覗き込むようにして首を傾げられて、ダズは泣きべそのままハルを見ると、それから呆れ顔で自分を見下ろしているフロックが肩を竦めるのを見て、口籠る。
「そんなことねぇ…そんなことはねぇけどっ…でも、怖いもんは怖いんだよ…っ」
「ダズのことは私が守る」
ダズは相変わらず青褪めた顔のままだったが、ハルの言葉で溢れ出る涙は止められたようだった。そんなダズの顔を見てハルは微笑むと、ダズの背中をポンと叩いて、立ち上がる。それから踵を返して、眼下に広がるトロスト区の町を見下ろした。
その表情はダズと話していた時とは一変して、厳しいものだった。
この街を救うことが出来なければ、壁内の人類は、同じ人間によって滅びの道を進むことになる。それを阻止するためには、エレンが大岩を壁の穴まで運び、そして塞ぐまでの過程で、巨人と限りなく遭遇させないことが重点となる。
その初手を打つためにも、これから行われる作戦はかなり重要なものであり、失敗は許されず、且つどれだけ早くエレンが運ぶべき大岩付近から巨人を引き剥がすことが出来るかで、成功目標の達成率も大きく変わる。時間が経てば経つほど、開けられた穴から侵入してくる巨人の数が増えてしまうからだ。
ハルは巨人によって荒らされた、トロスト区の街を見下ろしながら、自身の故郷を思い浮かべ、絶対にシガンシナ区の二の舞にはしないのだと固く心に誓いを立てて、拳をぎゅっと握りしめた。
そんなハルの背中には、一丁のライフル銃が背負われており、作戦準備を終えた先行班の訓練兵達を引き連れてきたライナーが首を傾げた。
「ハル、こっちの準備は整ったが…何でライフルなんか背負ってんだ?これからの作戦には不向きだろう?なるべく街には身軽な状態で降りるべきじゃないか?」
ハルは振り返ってライナーと向き合うと、ニッと口端を上げて笑う。
その意味ありげな表情にライナーは傾げた首を今度は反対に傾げると、ハルは兵服の内ポケットから小さな麻袋を取り出した。
「それは…何だ?」
「これは火薬だよ。本部に行く前、フロックと行った武器庫で拝借した散弾銃の銃弾が余っていたから、中から火薬を抜き取って集めたんだ」
それに、傍でダズを勢い立たせようとあれやこれやと手を試していたフロックが、ハルの方へと顔を向けた。
「ああ!あの時の…、でも何で火薬なんか。しかもその量じゃ、巨人に効果が出せそうにもないだろ?」
「これは巨人を倒すために使うわけじゃないんだ。今回の作戦の目的は、巨人を壁に誘導することにある。だからこの火薬も、そのために使うんだよ」
ハルは右手に摘んだ小袋を揺らしながら得意げに言うのを、ライナーとフロックは顔を見合わせて首を傾げた。
そうしていると、先行班最後のジャン達の班がハルの元へと駆け足で駆け寄ってきた。ジャンの班員はコニーとアニで、ライナーの班はベルトルトとマルコで構成されている。
ミカサはエレンの護衛班についているため姿はないが、アルミンはこちらの陽動班に合流してまもないため、先行班には入らず駐屯兵団の補給部隊と合流し壁に巨人を引き止めておくことになっている。
「ハル、待たせたな。先行班は俺たちで最後だ、いつでも始められるぞ…!」
「うん。了解した」
ハルはジャンの言葉にこくりと頷きを返して、集まった同期達の顔を見回し、一度深呼吸をしてから背筋を正した。
「みんなも、既に分かっていると思うけれど、街中には撤退時よりも巨人の数が増えて、奇行種も多く潜んでいると思われる。上手く誘導が出来ない巨人は、第一陣の先行班は無理に誘い込む必要はない。それでも、やむ終えず討伐する必要がある巨人と遭遇した場合は、信煙弾の黒を打ち上げて」
ハルはそう言って火薬を入れていたポケットとは逆のポケットから、信煙弾の入った小型のボックスを取り出し、銃弾に黒いラインが入っているものを取り出して、同期達に見せた。信煙弾には色に応じて弾にラインが入っているため、それで何色かを見分けられるようになっている。
「エレンの護衛作戦の妨げにならないために、私達が使える信煙弾の色は黒のみとなっているから、その他の信煙弾使用は禁止だ。黒が上がったら、巨人に遭遇した班と、壁上に待機している第二陣の班長が討伐支援に向かう。以上のことは頭に入れておいて」
「「了解!」」
ハルの説明に、同期達は声を揃えて敬礼を返す。
その瞬間に、ハルは自分の身に仲間達の命の重みと責任が乗りかかってくるのを感じたが、覚悟はシグルドの補佐官を担うと決めた時から決めていたため、今になって尻込みすることはしない。
ハルはボックスに弾を仕舞い込むと、今度は先ほどライナー達に見せていた火薬の袋を掌に乗せた。
「それと、第一陣の初手として、一つ提案があるんだ」
「提案?それに、なんだよその袋は…」
それに、ジャンの傍にいたコニーは首を捻り問いかける。同期達も皆コニーと同じ疑問顔だった。
「この中には火薬が入ってる。私たちの班は、この火薬を、前門付近の大岩がある広場の、一番の高台になっている時計塔で爆発させ、一気に大量の巨人を呼び寄せつつ、そのまま壁に向かって退却する」
その言葉に、一同が驚いてざわつき始める中、最も驚いていたのはフロックとダズの二人だった。
「何!?」
ダズは声と顔を思い切り引き攣らせて悲鳴を上げ、その隣でフロックも流石に動揺しながらハルに歩み寄った。
「っ、そんなの、大丈夫なのかよ!?大岩付近には結構な巨人が集まってんだろ?!それに、退路に巨人が来ちまったらどうするんだ!?挟み撃ちにされちまうぞっ」
「それは心配ないよ」
フロックの疑問は最もだったが、其処で手を挙げたのは補給用のボンベを背負ったアルミンだった。
「ハル達の班を筆頭に、他の班は少し後ろからついて大岩の方へと向かう。ハル達の班は極力巨人と遭遇しないように目的の時計塔に向かって、その他の班はハル達の退路にいる巨人を呼び寄せておくんだ。時計塔に辿り着いたハル達は頃合いを見て設置した
火薬を爆破。それを合図に他の班員も壁に後退すれば、巨人の挟撃を免れることが出来るはずだ。そうだよね、ハル?」
アルミンの説明に、ハルは「アルミン、流石だね」と親指をグッと立てて笑う。それから皆の顔を一人一人見るようにして、よく響く鈴の音のような透き通った声で言った。
「皆、壁を塞げるかどうかは、エレンやエレンの護衛班達だけにかかっているわけじゃない。私たち誘導班が、巨人を前門付近から引き剥がすことができなければ、そもそも作戦を始めることすらできないんだ」
ハルは静かに目蓋を閉じると、自身の心臓の音を聞くように、胸元に右掌を押し当てた。
辺りに静寂が出来上がると、薄く膜を張っていた灰色の雲が一時、太陽の光を溢し始め、その光の一束が、ハルと壁上の兵士たちを包み込んだ。
ハルは、目蓋をゆっくりと押し上げ、透き通ったその双眼に、どこまでも真摯な思いを携えて、言った。
「私は、トロスト区の街が、好きだ」
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