第二十三話
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「ハル!」
作戦開始の合図の前に立体機動装置の動作チェックをジャンと一緒にしていたハルの元へ、ライナーとベルトルトとアニが駆け寄ってきた。
「ライナー、ベルトルト、アニ…!」
「良かった。意識が戻ったんだね…、凄く心配したんだよ?」
「体調はもう大丈夫なの…?」
ベルトルトとアニが心配顔でハルの顔色を窺いながら問いかけてくるのに、ハルは笑って頷きを返す。
「うん。心配かけてごめんね。…ライナーも、ごめん」
それから、ライナーのことを見上げて謝罪をすると、ライナーは心底ホッとした様子で胸を撫で下ろすように息を吐くと、ハルの頭の上に手を乗せて撫で回す。
「いや、無事ならいいんだ。…目が覚めて良かった、本当にな」
噛み締めるようにしてそう言ったライナーの瞳が、優し気に柔らかく細められるのを見て、傍に居たジャンは胸に靄が掛かったような気分になった。
ライナーがそんな顔をするのは、ハルに対してだけなんだと、ジャンはよく知っていた。
兄貴肌のライナーは誰に対しても平等で誠実だったが、ハルに対しては特別過保護であり、そして宝物に触れるかのように、大切に接している。
「(ライナーも、ハルのことが…好き、なんだよな)」
ジャンはそう本人の口から聞いたわけではなかったが、今改めてそのことに気付かされる。
そんなジャンの視線に気づいたライナーは、怪訝な顔をして首を傾げた。
「…なんだジャン、機嫌が悪そうだが?」
「…んでもねーよ」
「?」
ジャンが肩を竦めて素っ気なく応対すると、ライナーは戸惑ったように眉を開いた。それから何かあったんだろうと問おうとライナーが口を開くと、
「ハルーーっ!!」
どこからか必死にハルを呼ぶ声が聞こえてきて、ライナーは驚いて開いた口を閉じた。その声の主は兵士達の雑踏を掻き分けるようにしてやってくると、ハルの姿を視界に捉えるや否や、その足元に飛び掛かるようにして縋り付いた。
「ハルっ!俺!これからどうなっちまうんだよぉお…っ!」
「ダ、ダズ!?と、取り敢えず落ち着いて…。まずは、立体機動装置の動作確認を…っ」
自身の足元で泣き喚くダズを落ち着かせようと、ハルはダズの両肩に手を置いて目線を合わせるようにしゃがみ込むが、その瞬間ダズの脳天を、後を追いかけてきていたフロックが思い切りブレードの柄で打ち付けた。
「ぎゃっ!?」
「おいダズ!良い加減にハルに泣きつくのやめろよ!みっともねぇ!」
「フ、フロック…!」
ハルはダズが脳天を両手で押さえて呻いているのを気の毒そうに見つめながら、その場から立ち上がってフロックと向き合った。
フロックは腰に手を当てて、ハルの顔をグッと
覗き込むと、その琥珀色の瞳を細める。
「大丈夫なのかハル?顔色、悪くないか?」
「平気だよ。ありがとうフロック。…それと、改めてちゃんとお礼言えてなかったから…。あの時は助けてくれて、本当にありがとう…。それと、危険な目に合わせてしまって、ごめ…っ!?」
フロックは神妙な面持ちになって頭を下げようとしたハルの鼻先を指で弾くと、ニッと口角を上げて笑みを見せた。
「それはいらねぇ。…ありがとうだけで十分。他は余計だって」
「!」
ハルは鼻先を押さえながら、丸く見開いた瞳でフロックを見つめた。
フロックはハルのことを指差し、最後に自身を親指の先で指し示しながら胸を張って言う。
「お互いこうやって生きてられてんのは、お前が凄かったってことと、俺が凄かったからの二つ。それだけだって!」
気にかけてしまわないよう、気遣って笑い飛ばしてくれているフロックの明るさに、ハルは救われながら笑顔になって深く頷いた。
「…うん!フロックは、凄い!」
それに、「だろ?」とフロックが得気に笑うのを、いつの間にやらジャンの背後に立っていたコニーが、まるで探偵が推理でもするような面持ちで、ジャンにヒソヒソ声で言った。
「(おいジャン。なんかいつの間にかフロックとハルの距離が近づいてないか?これはまずい事になったぞ…)」
「うおっ!?(っいきなり後ろから声掛けてくんなよ馬鹿野郎っ!)」
それにジャンは眉間に皺を寄せてコニーを睨みつけたが、コニーは何やら楽し気である。
「ハルーッ!!」
そして極め付けにはサシャもハルの元へと駆け寄ってくると、地面に蹲っているダズを飛び越えて、首元に正面から抱きつく。
その勢いでハルは後ろに倒れそうになって数歩蹈鞴を踏んだが、何とか転ばずに踏み止まった。
しかしサシャはハルを絞め落とさんばかりの強さで抱きついているため、サシャの後を追いかけてきたクリスタが慌ててハルから引き剥がそうと、サシャの腰に抱きついて引っ張る。
「ハル!良かったですよっ!!折角本部で再会できたのに倒れたりなんてするからっ!私っ!!心配で心配でパンも喉も通らなかったんですよ?!!」
「うぐっ、息がっできな…っ!」
「サシャ!!またハルが死にかけてるから!!」
このやりとりは散々目にしてきた光景だったが、いつもよりジャンの表情が曇りに曇っているのを見て、クリスタの後を気怠気についてきたユミルが、コニーと同じく何やら面白そうな遊び道具でも見つけたかのような笑みを口元に浮かべた。
「なんだジャン。まさか嫉妬してんのか?」
「は、はあ!?」
ユミルの試すような視線を受けて、ジャンは思わず赤面して上擦った声を上げた。
それにユミルはニヤニヤと相変わらず悪戯な笑みを浮かべたまま、ハルの方へと視線を向ける。
「そりゃ嫉妬もするよなぁ。あんなに男だけじゃなく女にまでベタベタ触られてりゃあ」
「へへ、お盛んですねぇ」
「これは中々、厳しい道のりになりそうだね、ジャン」
そんなユミルに並んで、コニーと、いつの間にやら現れたマルコの二人が、ポンとジャンの肩をそれぞれ叩いた。
それにジャンはワナワナとその肩を震わせると、二人の手を振り払うように身を捩る。
「っお前らちょっと黙ってろよ!っつーか、何でお前までしれっと合流してんだ!?」
ジャンはマルコにビシッと指差して言うと、マルコは「あぁ、…面白そうだったからかな?」とやけに涼し気な顔で答えられて、ジャンは頭痛を覚えて呻きながら頭を抱えた。
その時だった。
「グランバルド!」
又もやハルの名前を読んだ声は、ジャンにはあまり耳馴染んだものではなかったが、現れたのは駐屯兵団のイアン班長と、その班員のジグルドで、皆慌てて背筋を正した。
「っげほ…イ、イアン班長…!シグルドさんも…!ご無事で何よりです…!」
ハルはサシャからようやく解放され、咳き込みながらイアンとシグルドに向き合った。
イアンとシグルドはハルの姿を見て、ホッとしたように表情を綻ばせたが、頭部に巻かれている包帯を見て、目を細めた。
「お前も無事で良かった。アッカーマンと一緒に班を離れた時は気が気じゃ無かったが…!お前、頭を怪我をしているのか?」
「意識ははっきりしてるのか?任務には、出られそうか?」
「はい。大したことはありませんから、問題はありません」
ハルがそう答えると、イアンは「そうか」と頷き、姿勢を正して言った。
「お前もアッカーマン同様に、エレンの護衛側についてくれと言いたいところなんだがな…。お前には、これから行われる作戦の指揮誘導をするシグルドの補佐をしてもらいたい」
イアンの言葉に、ハルではなく周りのサシャ達が「おお」と声を漏らした。
一介の訓練兵が指揮官の補佐を務められるというのは、かなり異例なことだったからだ。
「それは…光栄なことですが。…いいんでんしょうか?私は、まだ訓練兵でーー」
ハルは任を与えられたことを誇らしく思ってはいたが、何より戸惑いを隠せず、イアンたちに問い返す。するとイアンは、背後の壁上の方を見上げながら言った。
「お前になら訓練兵達を纏められると、友達のアルレルトとアッカーマンが言っていたのでな?」
「!?二人はっ、今壁上に居るんですか?!」
「ああ、そうだ」
「そうですかっ…良かった」
ハルは自分が気を失ってからミカサとアルミンの姿が見えなかったことを心配していたが、居場所が分かりほっと胸を撫で下ろした。
そんなハルに、イアンは切実な視線を向けて問いかけた。
「グランバルド、できるか?」
イアンの問いに、ハルは一度大きく深呼吸をした。
これから行われる作戦の詳細をまだ知らされてはいないが、同期達の命を背負う責任を補佐とはいえ担うことになるのは間違いない。
ハルは視線を、ジャンへと向ける。
自分にも、ジャンと同じように、命を背負い決断を下せる判断力と技量があるのか。覚悟を決め、自分が何をすべきなのかということを、冷静に見定められるのか自分では分からなかったからだった。
ジャンはハルの不安気な視線を受けると、何も言わず、ただ真っ直ぐな眼差しで見つめ返し、頷く。
ハルはジャンが、大丈夫だと背中を押してくれているのだと分かって、自身の拳を固く握ると、イアンとシグルドに向かって意を決して応えた。
「っはい…!」
そして、その拳を自身の左胸に押し当てる。
「必ず、お役に立ちます」
その敬礼に、イアンとシグルドは敬礼を返す。
「ああ、こちらもよろしく頼む。お前がシグルドの補佐に着いてくれれば、俺達もエレンの護衛に集中できるからな」
「俺も心強い。グランバルド、よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ハルとシグルドが握手を交わしたのを見て、イアンは早速エレンの護衛の任務に就くため、壁上へと向かって行った。
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