第二十三話
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「これより、トロスト区奪還作戦について説明する!この作戦の成功目標は、破壊された扉の穴を塞ぐことにある」
ハルとジャンがピクシス司令の立つウォール・ローゼの内門下へと辿り着いた時には、既に集まっていた兵士達は著しく混乱状態に陥っていた。
此処に居る多くの者は、巨人の恐ろしさを目の当たりにし、どうやって巨人が人を喰殺すのかを知ってしまった。その地獄から漸く逃れることが出来たというのに、再び司令が立つローゼの壁を越えて行かなければならない恐怖は、計り知れるものではない。
それに加えて、ピクシス司令が切り出したトロスト区奪還作戦の成功目標は、どう考えても達成不可能としかいえないものだった。今まで人類が何度も挑戦し、やり遂げられなかった壁の穴を塞ぐという行為を、巨人が壁内に蔓延る状況下でやろうというのだ。
あまりに危殆で無謀な発言に、いよいよ打つ手がなくなり特攻に走ることになるのかと兵士たちは一様に青褪め、愕然としながらピクシス司令を見上げる。
「え…塞ぐって、一体…どうやってーーー」
恐怖に頭を抱え、この世の終わりだと言わんばかりに蹲っているダズの体を支えていたマルコも、その発言には慄然としながら疑問を溢した。
彼らの恐怖の中に絶望を孕んだ視線を一身に受けながら、ピクシス司令はピンと伸ばした背筋と、顔色一つも変えず、背後に立っているある人物に前に出るよう促しながら言った。
「穴を塞ぐ手段じゃが、まず彼から紹介しよう。訓練兵所属、エレン・イェーガーじゃ」
そうして現れたのは、兵服の上着を脱いだエレンであり、エレンは壁下に集まっている兵士たちを見下ろしながら、ピクシス司令の隣に立つと、硬い表情のままに敬礼をした。
「!?」
ハルは隣でジャンが大きく息を呑んだことに気づきながらも、自身も同様に驚愕していた。
「なっ、何でエレンが…っ」
それはもちろんハルやジャンだけではなく、周りにいた同期達や駐屯兵団の兵士達も同じだった。
「彼は我々が極秘に研究してきた、巨人化整体実験の成功者である。彼は巨人の身体を生成し、意のままに操ることが可能である」
「っ!?」
ピクシス司令の言葉に、ハルは口に指でも突き入れられたかのように喉を引き攣らせ、驚く…というよりは、全身を貫かれるようなショックを受けていた。
頭の中で、ライナーに言われた言葉が蘇る。
酷く動悸がして、心臓の音がバクバクと鼓膜の傍で鳴り響くかのようで、ハルは息苦しくなって胸元をぎゅっと握り締めた。
「っは…」
「?…おい、ハル…?」
ふと異変を感じて、ジャンは隣に立っていたハルへと視線を落とすと、その横顔には冷や汗が浮かんでいるのが見えて、目を細める。やけに呼吸も荒い。
そんな中、あまりにも現実味のない話に、近くに居たコニーも素っ頓狂な声をあげて、後ろに立っていたユミルを見上げながら問いかけた。
「なあ、今司令が何言ってんのか分かんなかったが、それは俺が馬鹿だからじゃねぇよな!?」
「ちょっと黙っていてくれ、馬鹿」
しかし問われたユミルも状況を把握し切れていないようで、コニーには視線を向けず厳しい表情で司令を見上げたまま雑に遇らう。
ピクシス司令は至極真剣な表情と口調のままに、作戦概要を話し続ける。
「巨人化した彼は前門付近にある例の大岩を持ち上げ、破壊された扉まで運び、穴を塞ぐ。諸君らの任務は、彼が岩を運ぶまでの間、彼を他の巨人から守ることである」
「あの巨大な岩を持ち上げる?人類はついに、巨人を支配したのか…?」
何処かで駐屯兵団の兵士が、ピクシス司令の言葉を信じられないと言った様子で聞いている中、マルコに支えられていたダズが、ピクシス司令に向かって体を震わせながら声を上げた。
「嘘だぁっ!!そんなわけの分からない理由で、命を預けてたまるかぁっ!!俺達をなんだと思ってるんだ!?俺達はっ、使い捨ての刃じゃないぞぉおお!!」
ダズの悲鳴とも言える叫び声に、周りに居た兵士達も同調した。それは皆の本心を如実に言い表していたからだ。
「人間兵器だとよ?!」
「まやかしに決まってんだろ!!」
「今日此処で死ねってよ…っ!俺は降りるぞっ!!」
一人、また一人と任務を放棄し、ピクシス司令に背を向ける兵士達に続いて、ダズもマルコの隣で踵を返し場を離れようとすると、近くにいた駐屯兵団の幹部らしき男が、ダズの肩を掴んで引き留めた。
「待て!お前!!死罪だぞ!!」
「人類最後の時をっ、家族と過ごします!!
しかし、ダズは自分を引き留めた兵士に向かって、叩きつけるような声音で言い放つ。
もはや兵士達の間で秩序が無くなりかけている中、ジャンは身体を硬らせて、立ち尽くしているハルの顔を覗き込もうと僅かに身を乗り出す。
「おい、ハル。大丈夫か?顔色が悪いぞっ…」
ハルはゆっくりと視線を上げた。
その顔はジャンが想像していたよりも蒼白で、瞳には不安が色濃く浮かんでいる。
「ジャン。…司令の話が、もしも本当だったとしたらーー、人間は巨人になることが、出来るっていうこと…?」
ハルに問われて、ジャンは混沌としている周囲を軽く見回した後、ハルの耳元に口を寄せて、周りに聞こえないよう用心するように声量を落として言った。
「…エレンは、巨人になれる」
「っ!」
その言葉に、ハルは目を見開いて固まる。
「俺はアイツが、巨人の体から出てくるところを見た。お前が気を失っている間にな…?それに、アイツが巨人の体を作り出したところもーーー遠目からだが、見ちまったんだ」
「出てきたって…まさかあの、黒髪の奇行種…から?」
察しの良いハルの問いに、ジャンは自分を見上げてくるハルの双眼を見つめながら、こくりと頷いて言った。
「司令が言っていることは全てが真実じゃないだろうが…、その逆も然りって、ことだ」
「っ」
ハルは衝撃を受けて瞳を震わせると、それから揺らいだ感情を落ち着かせるように深く息を吐き出しながら、口元に手を当てて震える唇を隠すように、ジャンから視線を逸らして呟いた。
「ジャンが、嘘を言うわけ…ないもの…それが本当なんだよね…」
何処か思い詰めているようなハルの横顔を、ジャンは怪訝な顔で見つめた。
エレンが巨人だったということに単純に驚愕しているだけのようには見えず、もっと他の…別な点にハルはショックを受けているように見えたからだった。
「…なぁハル。マジでどうしちまったんだ?お前らしくねぇぞっ…」
ジャンはハルの肩に手を乗せてそう問いかけた時だった。
「覚悟はいいな反逆者ども!今っこの場で叩き斬ってやるぞ!!」
何処かで聞き覚えのある声が、辺りの空気を切り裂くように響き渡った。
多くの兵士達がパニックになっている中、ピクシス司令の話を同じく地上から聞いていた駐屯兵団の班長である、リコと、そしてイアンの二人は危機感に見舞われていたが、二人の傍に居たヴェールマンが、震えながら自身の鞘からブレードを引き抜いて、敵前逃亡を図ろうとする兵士たちに向かって声を上げたのだ。
しかし、そんなヴェールマンの振り上げた腕と、この場を去ろうとしていた兵士たちの足を、ピクシス司令の怒号とも言える声が引き止めた。
「ワシが命ずる!!」
辺りに静寂が生まれると、ピクシス司令は言った。
「今この場から去る者の罪を、免除するっ!」
「「!?」」
その言葉に、一同は言葉を失った。
「一度巨人の恐怖に屈した者は、二度と巨人と立ち向かえん!巨人の恐ろしさをしったものはここから去るがいい。…そしてその巨人の恐ろしさを、自分の親や兄弟、愛する者に味あわせたい者も、此処から去るがいいっ!」
ピクシス司令の言葉は、彼らを結果的に、この場所に留まらせるに至った。
冷静に考えれば、今一時恐怖から逃げ出したところで、巨人の脅威から逃げ続けることは叶わない。戦う兵士が居なくなれば、あっという間に巨人達はローゼを越え、シーナまで至るだろう。
そして、自分たちの家族や、愛する者、故郷も全て踏み潰され、喰らい尽くされてしまうのだ。
「それだけは駄目だ…、娘は私の、最期の希望…なのだから」
兵士たちは、皆それぞれに抱える大切な存在を思い起こしながら、留めた足をピクシス司令の下へと向け、俯けていた顔を上げた。
ピクシス司令はそんな兵士たちを見下ろしながら、過去に起こった惨劇の話を始めるーーー。
「四年前の話をしよう、ウォール・マリア奪還作戦の話じゃ。敢えてワシが言わずとも分かっているだろうがのう。
奪還作戦といえば聞こえは良いが、政府が抱えきれなかった大量の失業者の口減らしじゃった。皆がそのことに口を噤んでおるのは、彼らを壁の外に追いやったおかげで、我々がこの狭い壁の中を生き抜くことができたからじゃ。
ワシを含め、人類全てに罪がある!ウォール・マリアの住民が少数であったがため、争いは表面化しなかった。
しかしっ、今度はどうじゃ、このウォール・ローゼが破られれば、人類二割の口減らしをするだけでは済まんぞ!?ウォール・シーナの中では、残された人類の半分も養えんっ、人類が滅ぶのは巨人に食い尽くされるのが原因ではない!
人間同士の殺し合いで滅ぶ!!」
そうなっては、本当の地獄が幕を開けることになる。
この狭い壁の中で、逃げる場所など何処にも無くなる。弱い者を強いものが喰らう。巨人ではなく、人が人を、喰らう世界となってしまうのだ。
そんな世の中には絶対に、してはいけない。この惨状は、今この場だけで終わらせなければ…。
「我々はこれより奥の壁では死んではならん。どうか此処で…此処で死んでくれ!」
これまで人類の為に死んでいった人達のためにも、壁の中で生きる人々の命を、守り抜かなくてはいけない。
そうすることが唯一の、壁の中で生き残った人類が背負っている罪への、懺悔となるのだから……
第二十三話 命の責任
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