第二十二話
名前変換設定
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「…!…ハルッ!!」
「…っ」
耳馴染んだ声に名前を呼ばれて、ハルはゆっくりと夢から覚醒し、目蓋を押し上げる。
ぼやけた視界の中に金髪と黒髪が滲んで、ゆっくりと輪郭を取り戻していくと、クリスタとユミルの二人が顔を覗き込んでいることが分かった。
「良かった…!目が覚めたんだね…?ライナー達が気を失ってたハルを此処に連れてきた時は本当にびっくりしたんだよ…。体調はどう?何だかすごく魘されてたみたいだったから心配で…」
クリスタは心配顔で、少し早口になりながらハルに問いかける。
ハルは自分が薄いシーツの上で寝かされていることに気がついて、横たわったまま首を左右に動かして辺りを見た。
周りには大勢の負傷兵達が自分と同じように横たえていて、皆一様に苦しげな顔をしており、衛生兵が彼等の応急処置をするのに順次回っている様子が見えた。
「あれ…なんで…、私…本部に居たはずじゃ…」
ハルはまだ霧がかった思考のままぼんやりと呟くと、クリスタの隣に居たユミルが眉間に皺を寄せた。
「此処はトロスト区の内門側だ。っつっても、このままの状況で鎧の巨人が現れりゃあ、門を突破されるのも時間の問題だけどな…。コニー達から聞いた話だと、お前達は補給を得ることが出来なくて壁を登れなかったが、巨人を殺す奇行種…?のお陰で何とか本部の補給棟まで辿り着き、補給が出来た。お前はその最中に突然気を失って倒れたから、ライナー達がお前を担いで壁に登って、此処までお前を連れてきたって話だったが…、思い出したか?」
「…ああ、そうだ。私、ライナーの前で…っ」
ハルはそう朧げに意識の失う前の記憶を思い出し始めて、そしてハッと息を呑んだ。
その時の、自分の体に起こった異変のこと。
そして、ライナーが口にしていた、『このことは誰にも話すな』という言葉を。
「ハル?どうかした?」
「い、いや!何でもないよ…ちょっと目眩がして」
急に表情を強張らせたハルを怪訝に思ったクリスタが、心配そうな顔の眉を更にハの字にして顔を覗き込む。それにハルは首を左右に振って笑って見せたが、クリスタは心配顔のままで、ハルの頭に巻かれている包帯に血が滲んでいることに気がつく。
「頭も打っていたんだもんね?その包帯、取り替えようか?血が滲んでるし…」
「大丈夫。…必要ないよ」
「でも今休めているうちに替えておいた方が…」
「本当に、大丈夫なんだ。…クリスタも、ユミルも疲れてるでしょ?私は大丈夫だから、二人とも休んだ方がいいよ…」
クリスタの気遣いは本当に嬉しかったが、今包帯を二人の前で外す訳にはいかなかった。何故なら、包帯の下に在るべき傷は、きっともう気を失う前に塞がっているからだ。
ハルが頑なに包帯を取り替えようとしないことに、ユミルは両腕を組んで、訝しげにハルの顔を見つめた。
「…お前、なんか隠してるだろ?」
ユミルの鋭い、何でも見透かしてしまいそうな視線に、ハルは内心で焦りながらも、平静を装う。
「…何も、隠してなんかないよ」
「…っち」
そんなハルに、ユミルは腑に落ちない様子で舌を打つと、くるりと踵を返して、ハルの元から離れていく。
「あっ、ちょっとユミル!何処行くの!」
それを慌ててクリスタが呼び止めるが、ユミルは足を止めず頭の後ろで腕を組んで少し拗ねたような口調で言った。
「本人が大丈夫って言ってんだ!だったら放っておこうぜ。私たちも休めるうちに休んどかねぇーと」
「ユミル!」
そんなユミルの背中を、ハルは慌てて上半身を起こして呼び止めた。その時背中にビリっと電流が流れるような痛みが走ったが、クリスタに気取られないように奥歯を噛んで耐える。
「あ?」
ユミルは足を止め、顔だけを面倒くさそうにハルの方へと向けた。
「…看病、してくれてたんだよね。クリスタと一緒に…、ありがとう」
ハルはユミルにそう言って頭を下げ、微笑みを浮かべると、ユミルは罰が悪そうな顔になって、ふいっと顔を逸らすように再び前を向く。
「…別に、私はクリスタがお前から離れねえから、付き合ってやってただけだ」
そう言って再び歩き出したユミルの背中を見ながら、クリスタはやれやれと肩を竦める。
「…もう、ユミルったら相変わらずなんだから」
クリスタもハルも、ユミルが照れ臭くなるとなんでも誤魔化す癖があるということはよく理解していて、二人は顔を合わせると同じ苦笑を浮かべ合った。
「クリスタも、ありがとう。…心配かけちゃったね」
「ハルが目覚めてくれて安心したから、大丈夫だよ」
クリスタはしゃがみ混んでううんと首を横に振ると、女神様のような微笑みを浮かべる。その微笑みにハルも眉を開いて、クリスタの頭の上にポンと優しく触れると、クリスタの頬が少しだけ赤くなった。ような気がした。
「おーい!そこの訓練兵!こっちに手を貸してくれ!!」
すると、離れたところで負傷兵の治療に当たっていた駐屯兵団の衛生兵が、クリスタに向かって声をかけた。それにクリスタは立ち上がると、衛生兵に向かって返事をする。
「はいっ!…ごめん、ハル。呼ばれたから私行ってくるね?ハルは次の命令が入るまでは、此処でちゃんと休んでて。立体機動装置は其処に置いてあるから」
クリスタはハルが横たわっていた場所の頭上を指さして立体機動装置がある場所を知らせると、足早に衛生兵の元へと駆けていく。
そんなクリスタの背中を見送った後、ハルは短く息を吐き出して、再び背中を薄いシーツに押し付けた。
薄い鼠色の雲が張った、不安定な空が視界に広がる。
それはハルの心情と同じく、ひどく重々しいものだった。
「…隠し事ができちゃったな」
それも、あまりに重い秘密だ。
もしもその秘密を皆が知ることになったら、一体どうなってしまうのだろうか。ライナーが言っていたように、私のことを巨人と同じと指を差すのだろうか。
また、昔のように、私は周りの人間から異質だと虐げられ、敬遠され…孤独に生きることになるのだろうか。
そう思うと急に胸の中に靄が掛かって、ずっしりと重石を抱えているかのような気分になる。
「…っ、体が…鉛みたいだ…」
ハルは思わずそう掠れた声で呟いて、胸の上に片手を乗せた。
心臓が、鼓動している振動が、僅かに掌を擽る。
瞳を閉じ、その鼓動の音に耳を澄ませると、胸に首を擡げた靄が、ゆっくりと晴れていくのを感じた。否…晴れると言うよりは失せていくのような感覚だった。
自分が周りからどう思われようと、孤独になろうともどうでもいいことのように思えてくる。そうして跡形もなく己のことなど消し去って、溶け残った感情を息を吐くように吐露する。
「皆は…無事、かな…」
その時、閉じていた目蓋の裏の闇が、更に暗さを増して、ハルはハッとして目を開ける。
「また、人の心配してんのか…?」
そこには灰色の空を背負って、自分を心配そうに覗き込む、ジャンの顔があった。
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