第二十二話
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心臓の鼓動が聞こえる。
ドクン、ドクンと…それは自分の心臓の音なのか、はたまた他の誰かのものなのかは分からないが、その音は頭の中に直接響くように、規則正しく鼓動している。
辺りは暗闇に包まれていて、体はゆっくりと、地の底まで沈んでいくかのように落ちていく。
それはまるで見えない何かに四肢を掴まれ、引き込まれいくような感覚で、逃げ出した子を在るべき元へと連れ戻そうとしているようにも感じられた。
私は体に力を入れることができず、ぼんやりとした思考のまま、為されるがままに闇の底へと落ちていく。
やがて、私の背中は冷たい闇の底に辿り着く。
そうすると、暗闇の中に、仰向けに倒れ込んだ私を、悲痛な面持ちで覗き込む人の顔が浮かび始めた。
その人達は何かを懸命に叫んでいるが、言葉を聞き取ることは出来ない。
私はその人達が『何者』なのか知らない筈なのに、彼等の顔を見ていると、無性に切ないような、愛おしいような、何処か懐かしい気持ちで胸がいっぱいになって、涙が出た。
しかし、私は気づく。
移り変わっているのは、私の顔を覗き込む彼等の方ではなく、私自身なのだということにーーー。
ある時は、固く兄弟の絆を誓った戦友のために命を捧げた彼であり。
ある時は、忠誠を誓った主に命を捧げ、またある人は、自国の民のために命を捧げた彼女であったり…。
彼らの記憶の最期は、何時だって悲しい。
誰かを守るために自分の命を投げ打つことが、生を受けた時から定められていて、決して彼等は愛した人たちと生涯を全うし、死ぬことは出来ない。
それは鎖のように、何処迄も繋がっていく。決して断ち切ることは出来ない、終わらない呪いのようにーーー。
その呪いの連鎖の始まりは、黒髪の少年が、奴隷の少女と出会うところから始まる。
少年は、その少女に恋をしていて、少女は少年に、恋をしていた。
二人の生きる世界は、酷く残酷で、何処にも自由はなく、ただ苦しみだけが充満していた世界だけが広がっていたけれど、ただ一つ二人で過ごす僅かな時間だけが、二人に細やかな自由を与えていた。
しかし、二人はその自由さえも奪われてしまう。
少年はいつしか青年になり、少女は女性となった。
しかし青年は、遠くから彼女を見つめることしか出来ない近衛兵となり、彼女の身は一国の王に捧げられ、三人の娘が居た。
そして『あの日』、彼女は青年の目の前で、国に反旗を翻した者達の手から放たれた、太く長い槍に身を貫かれて死んだ。
『…駄目だ!! !!頼む、死なないで…っ死なないでくれ!!』
その瞬間から、青年は彼女を守ることが出来なかった自分自身を呪った。
そしてその日の夜、三人の娘は母に言われていた通り、王には内緒で、一枚の手紙と、小さな木箱を、近衛兵を辞し密かに国を出ようとしていていた青年に届けた。
その手紙には、青年への別れ、そして感謝を告げる言葉が連ねられていて、…手紙の最後には、木箱に入っている彼女の…『心臓』を、食べて欲しいと書かれていた。
青年は彼女の最後の願いを叶える為に、泣きながら心臓を、三人の娘達の前で食らう。
そしてその心臓を食べ尽くした時、青年の背中には、大きな翼が生えた。
それは美しい、右翼と左翼で色の違った、漆黒と純白の翼だった。
娘たちがその翼の美しさに魅入られている中、青年はその時、誓いを立てた。己の心臓の奥深くに焼き付けるように、二度と引き抜けないよう突き立てるかのようにーーー、
『生まれ変わったら僕は、もう二度と大切な人を、死なせたりなんてしない。
どんなことがあっても…例えそれ故に自分が命を落とすことになろうとも、絶対に。
僕は、自分自身ではなく、大切に思う誰かを守って、死ねるように、…もっともっと、強くなるんだ』
その瞬間から、悲しい呪いの連鎖は始まった。
そして、その鎖は私の心臓にも絡みついている。
重く、悲しく、痛く…逃れることは出来ないように、雁字搦めになっている。
決して其処に、『自由』はない。
『自由』に生きることは、許されない。
心臓に絡みついた鎖の氷のような冷たさが、そう言っている。ふとして後ろを振り向けば、鎖に繋がれた彼等が、私を見つめて立っていた。
『自分の為に生きることは、許さない』
『君は誰かの為にしか、生きられない』
『君は戦って、戦って、そうして死んで行く』
彼等はそう言って、私の心臓目掛けて指を差す。
そして、私に一番近い場所に繋がれていた彼が、傍へと歩み寄ってくると、目の前で足を止め、俯けていた顔を上げた。
その顔は、私がよく知っている、父の顔だった。
「父さっ…!?」
父さんは、今にも泣き出しそうな悲痛な面持ちで、私の心臓を指差し、鎖まみれの其処に、指先で触れて言った。
第二十二話 生きている限り
『それがお前の、『宿命』なんだ』
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