第二十話
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「いい具合で、巨人があの奇行種に引き寄せられてるな・・・」
「うん、助かった。この作戦が上手く行かなかったら、私もこの先打つ手が無くなっていたし・・・」
ハルとフロックは高さのある建物に囲まれた狭い路地の壁に背中を押し付け、顔だけを本部へと続く街道へとひっそりと覗かせて、周辺の巨人達の動向を様子見していた。
本部に集まってしまっていた巨人達は、ミカサ達がうまく誘導してくれた黒髪の巨人の周りに不思議と引き寄せられるかのように集結しており、今は運よく本部まで続く街道に巨人の姿は見られなかった。
「っよし、この感じなら本部まで一気に行けそうだな!」
「うん、行こうっ!」
二人はこの好機を逃すまいと、路地裏から飛び出し本部に向かって街道を全力疾走する。
街道とはいえ、トロスト区特有の道幅の狭さがあって、それほどの大通りではなく、道に沿うようにして建てられている住居や商店等は所狭しと並んでいるので、見通しもあまり良くはない。
その狭隘な街並みが裏目に出て、3メートル級の小型の巨人が建物の間に身を潜めていることに、その前を通り過ぎるまで二人共気づくことがことができなかった。
「「!?」」
ハルとフロックは、商店と飲食店の建物の間に息を潜めるようにして身を隠した、まるで魚の頭を人の体に付け替えたような巨人の不気味な瞳に、自分達の驚いた顔が鏡ように映ったのが見えた。それと同時に肉の腐敗臭が鼻腔を貫いて、二人は刹那に背筋が凍りつき、息を呑む。
巨人は二人の姿を捉えた瞳をギョロギョロと蠢かしながら、建物の間から蜘蛛のように足を使って街道に這い出してくると、四つん這いのまま地面に顎を擦り付けて二人の背中を迫い駆けてくる。
「なっ、なんだよアイツは!?」
「っフロック!こっち!!」
あまりにも歪で妙な動きをする巨人に青褪めたフロックの右腕をハルは掴むと、本部に向かうことを一旦諦め、再び狭い路地裏へと飛び込んだ。先程巨人が身を隠していた場所よりは道幅もない場所だったため、背後で奇行種が路地裏に入ろうと無理矢理顔を突っ込んでいたが、ややあって諦めると建物をよじ登り屋根の上からこちらへ向かってくるのが見えた。
「ハルっ、なんで本部に向かわねぇんだよっ・・・もう目と鼻の先だったのにっ」
「駄目だ・・・!巨人を引き連れたまま本部に入ったら、先に行ってる皆がその分危険に曝されることになる。・・・それに、本部内に居る巨人までが黒髪の巨人に引き寄せられているとも限らない!もしも中に巨人が残っていたら、私たちは袋の鼠だ!」
ハルは巨人の視界から何とか逃れると、窓の少ない建物の中へと飛び込み、玄関の扉を閉める。それからなるべく扉から離れるように部屋の奥に入ると、膝に手をついて呼吸を整える。
「あの巨人・・・っ、気配が全然・・・無かった…!小型の巨人でも、近くに居れば足音とか、するはずなのにっ」
フロックは肩を上下させながら床に座り込むと、木張の壁に背中を凭れてそう言った。部屋の中は広く、二階に続く階段もあるようだった。建物に入る前にちらりと見えたが、屋上もあるようで、比較的裕福な家族が住んでいた民家なのだろう。生活感が漂うリビングのダイニングテーブルには、立派な食器が並び、子供用の玩具も部屋の彼方此方に見受けられた。
ハルは天井から吊るされた蜜蝋のキャンドルの灯が揺れているのを眺めながら、フロックの隣にゆっくりと腰を落とした。
「そういう、奇行種も居るんだ。獲物が通りかかるのを、気配を殺して、カマキリみたいにじっと待ち伏せてる・・・。私の弟も、あの手の巨人に喰われたんだ」
ハルの言葉に、フロックは「え・・・」と小さく狼狽えて、上瞼を引き攣らせた。それから申し訳なさそうに眉をハの字にして、肩を落とす。
「・・・悪ぃ。・・・知らなくて、嫌なこと思い出させちまった」
そんなフロックに、ハルは「別に謝らなくてもいいよ」と肩を竦めて微笑みを返すと、背中を寄せていた壁に両手をついて、片耳を押し当てる。
壁越しに、先程の巨人が辺りを歩き回っている足音が聞こえる。どうやらまだ二人のことを諦めていないようで、近くを徘徊していることは確かだった。
「結構執念深い巨人みたいだね・・・まだ探し回ってる音がする」
「・・・何とか、しないとな。ブレードは両方、今装備してるので最後だし…ガスはねぇし・・・っどうしたら」
フロックはガシガシと頭を掻いて、上下の奥歯を擦るように噛み締めた。
ハルも一度急いている心を落ち着かせるように大きく深呼吸をすると、顎に手を当てて考えを巡らせる。
今の現状で、あの巨人の目を掻い潜って本部へ向かうのは不可能だ。まだ十五メートル級や動きの鈍い巨人なら巻くこともできたかもしれないが、三メートル級で中々素早い巨人を相手にそれを成すのは難しい。
単純に逃げ切ることはできない、撒くことも難しい。そうとなれば自ずと方法は絞られる。
・・・討伐、するしかない。
ハルは顎に手を当てたまま、部屋の中を見回し、それから階段の方へと視線を向けた。
「・・・フロック、ちょっと上の様子、見てきてもいいかな?」
「あ?ああ・・・いいけど・・・俺も一緒に行くぞ」
「うん」
フロックは頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げたが、ハルがこんな時に無意味な行動を起こすことはないとも分かっているので、取り敢えずはハルに同行することにして、一緒に立ち上がった。
二人はなるべく足音を立てないように歩きながら、二階に続く階段を登った。二階には扉が四つあり、家族それぞれの個室となっているようで、ドアの前には名札が掛けられていた。やはり裕福な家庭であることに間違いないのだろう。階段の手すりは埃一つ無く綺麗に掃除されており、二階の廊下にはフカフカの赤い絨毯が敷かれている。
「すげぇ家だな・・・トロスト区でも指折りの豪邸かもしれねぇぞ」
「泥だらけの靴で上がってしまって・・・申し訳ない」
「・・・そんなこと考えられる余裕があるお前に、俺はびっくりだけどな」
なるべく絨毯の上を歩かないように、つま先で廊下の隅を歩くハルの後ろ姿を見ながら、フロックはびっくりと言いつつも呆れ顔を浮かべていた。ハルが気を遣いながら廊下を歩く中、その後ろでフロックは構わず絨毯の上を歩いているのに、ハルは抗議の視線を向けたが、「ほら、どっちにしろ汚れたからもういいだろ」とフロックはハルを追い越しどこ吹く風で歩いて行く。赤い絨毯にフロックの足跡が連なって行くのをを見て、ハルもこうなれば足跡がいくつ増えても一緒だと割り切り、上げていた踵を早々に下ろした。
そうして二階の廊下の奥へと進んでいくと、一つ南京錠がかけられている扉を見つけた。
「この扉の先が、屋上に続く階段になっているのかも・・・」
ハルは扉の隙間に掌をかざすと、室内とは違う少し冷たい風が吹き込んでくるのを感じた。それに背中に背負っていたライフル銃を手にすると、ストック部分を南京錠目掛けて思い切り叩きつける。
幸いにも然程丈夫な物では無かったようで、南京錠は呆気なくバキリと音を当てて外れ、地面に落ちた。
「よし、これで通れるね」
そう言ってハルが再びライフルを肩に担ぐのを見て、フロックは口をへの字にして肩を竦めた。
絨毯を汚すのは遠慮していたのに、鍵を壊す行為には躊躇がなかったことに矛盾を感じていたが、この現状を打開するために必要なことなのだとも思い、言及は敢えてしないことにした。
狭い階段を上って行くと、今度は鍵無しの押扉に突き当たった。押扉には正方形の小さなガラス窓が付いていて、そこから外の景色が見えた。押扉を開けて外に出るのは流石に危険だと判断したハルは、ガラス窓越しに外の様子を窺いながら、フロックに話かけた。
「フロック・・・ここから正面に見える建物、確か玄関の向かいに建ってた花屋だよね?」
フロックは小さなガラス窓を、ハルと並んで覗き込み、頷いた。
「ああ、間違いない。ってことは此処は、玄関の真上ってことになるのか・・・」
「・・・フロック、一つ作戦を思いついたんだけど・・・」
その言葉にフロックは視線だけを動かして、ハルの横顔を見た。
ハルは真剣な面持ちで、珍しく目元には少し緊張が見受けられた。大概のことは涼しげな顔で熟すハルの何時もとは違った様子に、フロックは固唾を呑んだ。
「・・・なんだか凄え嫌な予感がするな」
「ーーそれ、予感じゃない」
ハルはガラス窓から視線を逸らし、フロックと視線を合わせると、肩を小さく竦めて苦笑した。
それに、「やっぱりな」とフロックは深くため息を吐きながら押扉から離れると、狭い階段の壁に背中を預けて両腕を組んだ。
「・・・はぁ、・・・なんだよ」
眉を顰めてひどく憂鬱な顔になってしまったが、聞く体制を取ってくれたフロックにハルは向かい合うと、自身も同じように背中を壁に押し付けて作戦の提案をした。
「あの小型の巨人から逃れて、本部に辿り着くことはかなり厳しいって考えると・・・やっぱり討伐するしか、他に方法がないと思うんだ。・・・でも、二人の今の装備じゃ真っ向から挑んで倒すことは危険・・・というか、無理だ」
「・・・だよなぁ・・・やっぱり、討伐するしかねぇーんだよな」
フロックは分かってはいたがと、両腕を組んだままがくりと項垂れる。
「そうだね。・・・でも、少しでも危険を減らすために、『囮作戦』を取ろうと思うんだ」
「・・・あんま穏やかな響きじゃねぇな」
フロックが徐に顔を上げて、眉間に寄った皺を更に深くした。それにハルも双眸をより真剣なものにして、目を細める。
「私が一階に降りて、玄関先に巨人を誘導する。ギリギリまで注意を引きつけて、至近距離で巨人の目を散弾で撃ち抜く。このライフルじゃ、巨人に対して出来るだけ至近距離で撃たないと効果が望めないからね。…そしてその隙に、フロックはこの屋上から飛び降りて、巨人の頸を削ぐ。着地時にほんの少しだけ残ったガスで受身を取って欲しいんだ」
ハルの作戦は、フロックの予想通り穏やかなものでは無かった。真っ向から挑むよりはまだ成功率は高くなるのかもしれないが、相手はただの巨人ではなく奇行種だ。どんな行動を取るのか、想像の範疇にはない。この作戦が組み立てられた通り行く確率は、決して高くないだろう。
何よりも、この作戦は失敗すれば、二人とも命の危険に晒されることになる。
「・・・怖」
思わずフロックの口から、吐き出す息と共に溢れた言葉に、ハルは目蓋を閉じた。
「・・・うん。怖い。・・・チャンスは、一回だけだから」
そう静かに呟いて、ハルはゆっくりと目蓋を押し上げると、フロックを見つめて、微笑みを浮かべた。
「でも、やり遂げられる。・・・必ず!」
「!」
怖い、失敗したら、死ぬかもしれない。俺は、まだ死にたくない…!
実際に命を賭けた行動を取るとなると、綺麗事など到底言えない恐怖が腹の底から這い上がり、そして襲いかかって来る。
しかし、それは目の前のハルも同じだ。
むしろ巨人の眼前にライフルだけで立ち向かうなど、その役回りの方がずっと危険で、命を落とすリスクだって高い。
自分が巨人を倒してくれるのだと、信じてくれていなければ、絶対に出来ることではない筈だった。
「(ハルは…俺のことを、信じてくれてる。…俺の、ことを…っ)」
フロックは震える両掌を見下ろし、大きく一度深呼吸をした。それから掌を固く握り締めると同時に、腹も括った。
顔を上げると、ハルが真っ直ぐな瞳で、自分を見つめていた。迷いも、疑いも、不安もない。言葉は無くても、その瞳が自分を信じていると、伝えてくれているようだった。
「・・・分かった。・・・やってやろーぜ!」
フロックは少々引き攣ってはいたがニッと口角を上げて見せると、ハルはホッとしたように表情を和らげた後、大きく頷いて、フロックの肩口に拳をトンとぶつけて笑った。
「二人なら、絶対に出来る」
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