第十九話
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
粗方黒髪の巨人の周りを徘徊していた巨人を殲滅し終えると、フロックはアルミンを抱え本部へと向かい、ガスの残量が僅かになったハルがその護衛についていた。ミカサとコニーは念のため、黒髪の巨人の様子を窺いながら後から本部へ向かう手筈になっている。
「うわああああ!!誰かっ、助けてくれっ・・・!!」
本部へ近づくに連れて、辺りからは同期達の悲鳴が聞こえるようになり、ハルは悲鳴が聞こえる場所へと視線を向け、ギリっと奥歯を噛み締める。
本部へ突撃する際に、巨人に攻撃されてしまったのだろう。十五メートル級の巨人二体に取り囲まれてしまった、同期三人の姿が見えたからだ。
「っ」
ハルはガスが本部へ直行する程度までしか残っていないことを把握していたが、巨人から逃げ惑う仲間を見捨てることがどうしても出来なかった。
「フロック・・・アルミンのことお願い!」
「ハルっ!馬鹿!!お前何やってんだよ!?」
「駄目だ!ハル!無茶だよ!!」
アルミンとフロックが仲間の元へと向かうハルを呼び止めたが、ハルは振り返ることなく同期達に手を伸ばし食殺しようとしている十五メートル級の巨人の肩口にアンカーを刺すと、ワイヤーを巻き上げながらブレードを構え、頸を削ぎ上げた。
それに腰を抜かして地面に座り込んでいる同期達の横を走り過ぎて、次は背後から迫っていた巨人に向かう。建物の壁を蹴ってガスを吹かし、宙に飛び上がると、その際ハルを捕まえようと巨人が伸ばしてきた手を、ぐるりと身を翻して避け、そのまま腕に飛び乗ると、腕を伝って頸へと走り、体を回転させて遠心力を利用しながら、急所を削ぎ上げた。
絶命し倒れる巨人を背にして地面に着地したハルに、同期達は泣きながら縋りついた。
「あ、ああ…っハル!本当にっ、ありがとう・・・!」
「もう駄目かと思ったわ・・・っ、うう」
「死ぬかと・・・っ、こわ、怖かった・・・っ!!」
恐怖に震えている同期達の腕を掴んで、ハルは地面から早急に立ち上がらせる。気持ちは分かるが、今は一刻も早く本部へと向かわせなければ、また巨人が集まってきてしまうからだ。
「動けるならすぐに、本部に向かうんだ。此処に居たら、また同じ目に遭ってしまうよ!」
「で、でもハルは・・・さっき見てたけど、ガスが」
ハルが最後の巨人を倒す際に、ガスが底をついた時になる空気音を聞いていた同期が問いかけたが、再び巨人の足音がこちらに近づいてくる音が鳴り響いて、喉を引き攣らせた。
「ひっ」
「早く行くんだ。・・・皆にはちゃんと戻るって、伝えておいて!」
「わ、分かった・・・!」
彼等はハルに急かされ、慌てて立体機動に入り本部へと向かった。
それにハルはホッと息を吐いて、一先ず巨人の目から逃れようと、近くの路地裏に入り込み、物陰に腰を落として、上がった呼吸を落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をした。
「…っここが頑張りどころ…かな?」
本部に戻ったらきっと、また無茶をしてとみんな怒るだろうなと思いながら、ハルは鈍になってしまったブレードを取り外し、操作装置をホルダーに納めた。
ブレードもガスも、先程の戦闘で全て使い果たしてしまった。見事に丸腰なこの状況で、巨人の目を掻い潜りながら本部へ向かうことは容易ではない。何よりも、本部へたどり着いた所で、中に巨人が居ては動きようがない。
そうなると、ミカサ達が上手く黒髪の巨人を本部へ誘導してくれることに賭けるしか、今のハルには希望がなかった。
「ミカサ達の方は上手く…!?」
行ってるかな。そう思った矢先、砲弾が飛んでくる時のような空気を切り裂く音が物凄い勢いで近づいてきて、何かが頭上を飛んで行った。
それは巨人の頭部であり、本部の上部に思いきり抉り込んだ。
恐らく、黒髪の巨人の仕業だろう。
「うわぁ…派手だな」
ハルは思わずそう呟いたが、どうやら黒髪の巨人は本部に着実と向かってきているようだ。ならば自分も希望を捨てず、本部へ向かおうとハルはその場から立ち上がる。
「ハル!!」
その時、不意に名前を呼ばれて、ハルは顔を上げた。
「フロック!?な、なんで此処に」
ハルが背を預けていた建物の屋根から、フロックが傍に降り立って、思わず驚いてしまう。
アルミンを本部へ届けたはずのフロックは、ハルが唖然としている顔を見て、気まずそうに顔を逸らしながら言った。
「わり…心配で、アルミンを本部に届けた後、戻ってきちまった…」
「…なっ!?」
その言葉にハルはフロックのボンベを拳で叩いて、その音に一気に青褪めた。
フロックはブレードも左右一刀ずつしか残っておらず、ガスも殆ど残っていなかった。恐らく自分を追いかけてきた時に消耗してしまったのだろう。
「何でこんな危険なことをっ…!」
ハルは焦燥しながら、フロックの両腕を掴んで身を乗り出したが、巨人の足音がこちらに近づいてくるのを感じて、その先の言葉を一旦飲み込んだ。
「っ、とにかく此処を離れよう」
「あ、ああ…っ」
ハルはフロックの腕を掴んで、巨人の目から逃れる為に、敢えて細い路地裏を駆けて行く。
その最中で、酷く古ぼけた店の扉が開け放たれているのが目に留まり、その店の看板には武器屋の表記がされているのに気がついた。
店内に巨人に通用するものがあるとは限らないが、丸腰で居るよりは幾分かマシにはなる筈だ。
「フロック、あの店に入ろう!何か使えるものがあるかもしれない」
「あれは…武器屋か…?ああ、分かった!」
二人は武器屋の中へと飛び込むと、念のため入口のドアを閉めて鍵を掛ける。
武器屋の中は薄暗かったが、巨人の目を掻い潜るにはそちらの方が好都合だろう。
ハルとフロックは店内を見回した。商品はしっかりと展示されたままで、強盗に入られている様子はない。恐らく店主が慌てて避難をして、扉を閉め忘れたのだろう。
巨人相手に通用するものがあるかどうかは分からないが、きっと何かに役立てられるものはある筈だ。
ハルは中を物色し、やがてカウンター奥に飾られているライフル銃を手に取った。普段訓練で使っているものとは違うようだが、形がよく似ているし、重過ぎもしない。これなら使えそうだ。
そんなハルの元にフロックは歩み寄ると、ライフル銃を見つめながら呟いた。
「…ドライゼ銃か…結構古いけど、なんとか使えそうだな」
「!フロック、詳しいんだね」
ハルは銃の扱いは得意だったが、知識的なものはあまり良く知らなかったので、感心しながらフロックを見上げた。
「ま、まあな、ちょっと趣味でさ。弾は…入ってねぇみたいだけど…きっと近くにあるだろ」
フロックは少し照れ臭そうにして言うと、近場の引き出しを何個か開けて、「あったぞ」と目当てのものを見つけると、銃弾の入った箱をハルに二つ差し出した。
「ありがとう、フロック。助かるよ…」
ハルはそれを受け取ると、渡された散弾と通常弾の内、散弾を銃に装填して、残りは上着の中に押し込んだ。
フロックは他に何か使えるものがないか再び店内を探し始めたが、そんなフロックの背中に、ハルは声をかける。
「フロック、少し…いいかな?」
神妙な声音で名前を呼ばれて、フロックは顔だけで振り返り、「なんだよ」と首を傾げる。
ハルはライフルを肩に掛けながら、先程フロックに言おうとしていた言葉の続きを話した。
「私のために、無茶はしないで」
その言葉に、フロックは道具棚に向けていた体をハルの方へと向けると、腰に手を当てた。
「…そりゃ、狡いんじゃねーの」
フロックは溜息混じりにそう言って、肩を竦める。
「俺の命拾っておいて、お前の命を拾うなってのは、不公平だろ。…俺はさ、決めたんだよ。お前は俺の為に命掛けてくれた。…だから俺も、お前の為に、命賭けるってさ」
「そんなことはっ、しなくていいよ!」
ハルは駄目だと首を大きく横に振って、フロックの両肩を掴んだ。
「私はフロックに、そんなこと望んで無いよ…っ!命を賭けてまで私のことを守るなんて…っ、そんなことしないで!もっと自分のことを考えてよ!」
しかし、フロックは真面目な顔になって、双眸をすっと細めると、囁くようにして言った。
「初めて、なんだ…」
その声はとても落ち着いていて、穏やかなものだった。
この緊迫した状況とはかけ離れたものだったが、フロックの視線があまりに柔らかで、どこか切なげで、ハルは目を逸らすことが出来なかった。
「こんなに、自分のこと以外に…誰かを守りたいって思えたのは。ハルが、初めてだったんだ」
フロックはそう言って、ハルの肩口に額を押しけると、小さな声で言った。
「俺じゃ、頼りないってのは分かってる。ジャンみたいにも、ライナーみたいにも、俺はなれないけど…っでも、この気持ちだけは、負けたく無いって…思ってるから。だから俺に、ハルを守らせてくれ」
「…フロック」
ハルはそんなフロックの背に触れて、呟く。
「私は君を…苦しめているのかな」
「…っそれは違う」
フロックは首を振って顔を上げると、ニッと白い歯を見せて、何処か自慢げに笑って言った。
「むしろ俺は今、凄え自分のこと、最高にイケてるって思ってるよ」
そんなフロックにハルは一瞬面を喰らったが、次には思わず笑みが溢れてしまう。
自分が考え込んでしまわないように、フロックはきっと気遣って場の雰囲気を和らげてくれたのだろう。
「…ありがとう、フロック」
ハルはフロックの優しさに感謝をしながら、片手で拳を作って、フロックに向けた。
「絶対に生きて、皆と合流しよう!」
「ああ…っ、絶対だ!」
それにフロックも自身の拳をコツンとぶつけて、二人は頷き合うと、巨人の足音が鳴り響く外へ飛び出し、仲間達が待っている本部へと走り出したのだった。
第十九話 命だって、賭けられる
完