第十九話
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こちらに向かってくるのは、アルミンとフロックの二人だった。
アルミンはミカサを、フロックはハルの体を抱き寄せると、二人を地上から近くの建物の屋根上へと移動させた。
「ミカサっ!ハル!大丈夫!?」
アルミンはミカサとハルの傍に膝をついて、心配顔で問いかけると、ミカサは頷きながらフロックに支えられているハルの方へと視線を向けた。
「私は大丈夫。でもハルが頭を切っている。他にもどこか怪我をしているかもしれない…!」
「ハルっ、ちょっと診せてみろ。…結構派手に切れてんな…。他に痛む所は何処だ?」
フロックはミカサの言葉に、ハルの髪を掌で撫でつけるように押し上げた。左の顳顬からジワリと血が滲み頬を流れ落ちていくのを見て、表情を曇らせながら問いかける。
「・・・背中が、少し痛むけど、それくらいだよ。意識もさっきまでボーッとしていたけど、大分良くなってきたし…」
「全然そうわ見えねぇーけどな」
頭からダラダラと血を流し青白い顔で平気だと微笑むハルに、ミカサを庇って地面に落ちて行ったのを見ていたフロックは、溜め息を吐きながらそう返した。と、後ろから追いかけてきていたコニーがハル達の傍に降り立つと、焦った様子でブレードを南側に向けて言った。
「おいお前らっ、応急措置は安全な所に移動してからだ!向こうに十五メートル級の巨人が二体居るぞ!」
コニーがブレードで示した先には、二体の巨人が対面して立っていた。その中の一体は、先程巨人を踏み潰していた黒髪の巨人だった。
「いや、あの巨人は…」
「・・・!」
ミカサはあの巨人のことをどう説明しようかと考えていると、アルミンはふとミカサ達が座り込んでいた場所の近くから、巨人が蒸気を上げ息絶えているのが見えて、目を見張った。
ミカサは機動力を失っていて、ハルは頭を打って意識が混濁していた。それを踏まえると、いくら二人とはいえ、巨人の頸を削ぎ上げて倒すことは不可能に近い。
しかし、あの巨人の亡骸は、つい先程息絶えたものに見えた。
アルミンは、まさかと思いながらも視線を十五メートル級の巨人へ向ける。
黒髪の巨人は怒ったような表情をしている短髪の巨人に、威嚇するかのように大きく一度咆哮する。すると、それに応えるように、短髪の巨人も咆哮を上げた。
そして驚くべきことに、黒髪の巨人は両拳を握りしめ、まるで人間のように格闘術の構えを取ると、それだけではなく、飛びかかってきた短髪の巨人の頭を思い切り殴り飛ばしたのだ。
「「!?」」
その光景に、一同は驚愕した。
殴られ吹き飛んだ巨人の頭部は、時計塔に派手な音を上げて抉り込み、頭部を失った身体は俯けに地面に倒れる。
しかし巨人は、急所である頸を破壊されない限りは何度でも再生し、息絶えることはない。
その巨人も例に漏れずゆるゆると両手を地面について、体を起こそうとしたが、黒髪の巨人は右足を高々と上げ、踵で頸を踏み潰した。
「トドメを…刺した?」
アルミン達はその様子を見て、さらに唖然とした。
目の前で繰り広げられている光景は、とても現実として受け入れ難いことばかりだった。
「とっ、とにかく移動するぞ!」
コニーは激しく混乱していたが、何よりも黒髪の巨人の強靭さに慄きが優って、この場からいち早く離れようと本部へ向かうことを進言するが、アルミンは首を横に振る。
「いや、僕たちには無反応だ…とっくに襲って来てもおかしくはないのに」
「格闘術の概念があるようにも感じた。あれは、一体…」
「他の巨人と比べても、運動能力が全然違う。体つきも…人に近い…っ」
ミカサの言葉に続いて、ハルもそう言いながら立ち上がろうとしたが、体が痛んで足が縺れてしまう。倒れそうになったハルを、傍に居たフロックが慌てて支えに入った。
「っあの巨人が来ないなら、先に応急処置しちまおう。いいよな、コニー」
「あ、ああ…そうだな」
ハルの状態を見て、コニーは焦る気持ちを落ち着かせようと努めながら頷く。
「ごめんフロック…助かるよ」
フロックは各自携帯を義務付けられている応急処置セットを上着から取り出すと、ハルの傷口を消毒液を含ませた布で拭って、手早く包帯を巻きつけながら言った。
「これぐらい、お前が俺にしてくれたことに比べれば、どうってことないんだよ」
フロックは訓練兵団に入団して初めての長距離行軍訓練で、ハルに崖から落ちそうになった時、命を救われたことに対して、恩返しをしなくてはという気持ちが常にあった。
それをハルも感じていて、自分が困っていたりすると、フロックはいつも手助けをしてくれたが、感謝の気持ちと同じくらいに、申し訳なくも思っていた。
「…もうそれは、気にしなくていいって言ってるのに」
ハルはフロックをじっと見つめて、そう言った。
何か見返りを求めて、フロックのことを助けたわけではなかったし、フロックだってあの時は、とても怖い思いをしていたのだ。
それでもフロックは包帯の端をギュッと縛ると、ハルの右肩をポンと軽く叩いて笑う。
「お前は良くても、俺は良くないんだ」
「フロック…」
ハルはそれに眉を八の字にしていると、アルミンはミカサの立体機動装置の様子を窺いながら、遠慮がちに問いかける。
「ミカサ、やっぱりガスは空っぽ・・・なんだよね?」
「・・・うん。ハルは、どう?」
「私のはまだ少しだけ残ってるけど、本部まで持つかどうかわ…ぎりぎりかな」
ハルは軽くボンベを叩いてそう答えると、コニーが青ざめて声を上げる。
「はあ!?マジかよ!?どうすんだよ…お前らが居なくてっ・・・!」
それにミカサが表情を曇らせる中、ハルは再びその場から立ち上がりながら、本部の方へと視線を向けた。
「ここから本部まではそう遠くないし…私は地上から向かうよ。だから皆は、」
「駄目だ!手負いのお前にそんな危ないことさせられるかよ!」
コニーは自分のボンベを外そうとするハルの腕を掴んで止めに入る。フロックもそれには賛成出来ないと、いつもより口調を強めて言い放った。
「コニーの言う通りだ!いくらお前でもそんな状態じゃ、どうにもならないだろっ!むざむざ死なせるために、地上になんて降ろせるか!」
「でも他に方法が・・・」
ハルは二人の制止を押し切ってボンベを外そうとした時、アルミンはその場に膝を折って屈み込むと、手早く自身のボンベを取り外し始めた。
「やることは決まってる」
「アルミン!?」
それに、ミカサはアルミンを止めようと肩を掴んだが、アルミンは迷う様子もなくボンベを外すと、ミカサのボンベに手を伸ばした。
「僕のもそんなに残ってないけど、ないよりはマシだ…今度は大事に使ってくれよ。皆を、助けるために…」
「…っ」
アルミンの言葉に、ミカサはハッとして唇を噛んだ。
自分は、エレンを失った悲しさのあまり我を失い、皆の命の背負う覚悟もないまま先導してしまった。そしてその責任を感じないうちに、一旦は命さえ放棄した。それも・・・自分の都合で。
今、冷静になって、それがどんなに罪深いことなのかを思い知らされる。
ミカサが固く拳を握りしめる中、アルミンはミカサの立体機動装置にボンベを交換し、ガスが正常に噴射されるか確認をして、ブレードも補充する。
「よし、立体機動装置はいけるぞ・・・・・・刃も全部足した!・・・でも、これだけは置いていってくれ。生きたまま食われるのは御免なんだ」
しかしアルミンは、ミカサが持っていた短いブレードの刃先だけを自身の手に残し、青褪めた自分の顔を映しながらそう言った。どうせ死ぬのなら、痛みや恐怖に苦しみながら死にたくはなかった。
「・・・」
ミカサはそんなアルミンが手にしていたブレードを奪い取ると、地面に放り投げる。
「あ・・・」
それにアルミンが絶望感を抱いて声を漏らすと、甲高い音が、地面で虚しく跳ねた音がした。
愕然としているアルミンの傍に片膝をつき、ミカサは膝の上で震えている手に、自身の手をそっと重ねた。
「…アルミン。・・・ここに置いていったりはしない」
「!」
ミカサの表情は、エレンの死を知り、感傷に浸っている場合ではないと言い放ったミカサの顔とは一変していた。その顔は生きる意思に満ち溢れ、黒い双眼には確かな光が孕んでいた。
ミカサに腕を掴まれ、アルミンは立ち上がったが、言いようのない恐怖心で胸が一杯だった。
「で、でもっ、巨人が大勢いるところを人一人抱えて飛び回るなんて・・・!」
「行くぞ!」
アルミンの不安を遮るようにして、コニーはアルミンの腕を掴んで、本部へ向かって走り出した。
それに、ミカサ達も続く。
自分の前を走っている、仲間達の背中が、アルミンは眩しかった。
どう考えたって足手まといの自分を、皆は見捨てずに一緒に生きる道を選んでくれたことが、とても嬉しかった。しかしそれ以上に、怖かった。
「(よしてくれ・・・っ、このままじゃ僕は、また友達を死なせてしまう・・・!)」
それだけは避けなくてはいけない。これ以上、自分が情けない人間になりたくはなかった。
アルミンは必死で、何か方法がないかと頭を回した。
そんな中・・・
「ウォォォォオオオオオオ!!」
黒髪の巨人が、背後で叫んでいる。
その巨人の咆哮に、アルミンはまるで呼び止められているような気がした。
あの巨人は、今のこの最悪な状況を、変えてくれる。
そんな気がしたのだ。
「っ待ってくれ!提案があるんだ!」
アルミンはコニーの手を振り払うと、足を止めて声を上げた。それに、皆も足を止めて、アルミンの方を振り返った。
「提案…?」
コニーが怪訝そうに首を傾げるのに、アルミンはこくりと頷いて、一度大きく深呼吸をしてから、口を開いた。
「やるのは四人だ。だから皆が決めてくれ。無茶かもしれないけど、あの巨人を利用できないかな?」
「あの巨人を、利用する!?」
コニーは信じられないワードに、顔を引き攣らせた。
アルミンは、黒髪の巨人が辺りを見回して、巨人を探している様子を見ながら言った。
「あの巨人は僕たちに興味を示さない。だからあいつを、上手く補給場まで誘導できないかなと思って。・・・あいつが他の巨人を倒してくれれば、みんなが助かるかもしれない!」
「あいつを誘導って!どうやってあの巨人を誘導するって言うんだよ・・・」
フロックはアルミンに歩み寄りながら、困惑した様子で問う。
「あいつは多分本能で戦ってる。周りの巨人を、ミカサとコニーとフロック、できればハルも一緒に、四人で倒していくんだ。そしたらあいつも、自然と本部の方へ向かっていく筈だ」
「っ見込みだけで、そんな危険な真似ができるか!!」
「でも、本部を襲っている巨人を一網打尽にできるかもしれない!」
コニーは危険すぎると提案を拒否したが、続いたアルミンの言葉に、口をつぐむ。
アルミンが言っていることが本当にできるのなら、やるべきだと頭は理解しているが、体が動かない。
しかし、そんなコニーの隣で、ミカサは頷いた。
「やってみる価値はあるかもしれない」
「はあ!?」
「ただ死を待つだけなら、可能性に賭けた方がいい。アルミンの提案を受けよう」
「なっ」
ミカサの言葉に、コニーは唖然としていると、ハルが後ろからポンと、コニーの背中を軽く叩いた。
「コニーも、さっきは一か八かに賭けようとしてたでしょう?」
「!」
確かに、そうだ。
仲間達と補給が出来ずに立ち往生していた時、自分は一か八かでも本部へ向かうべきだと声を上げていた。
しかし、それとことは話が別だとも思う。
「そ、それは・・・そうだけどよっ。今からやろうとしてることは・・・っ巨人と一緒に、巨人と戦うってことだろ!?」
そんなこと前代未聞だ。
自分は頭がいい方ではないと自覚はしているが、これがどれほど馬鹿げたことなのかは理解できる。
それでも、ミカサは相変わらずの無表情のまま、首を縦に振る。
「そう、そういうこと」
「・・・失敗したら、笑いもんだな」
コニーは全く上手く行くとは思えなかったが、観念の臍を固めたような笑みを浮かべ、それからちらりとハルの方を顔だけで振り返った。ハルは相変わらず青白い顔をしているが、先程よりは調子が戻った様子で、コニーに口角を上げて見せた。こんな時でも相変わらずなハルに、コニーは軽く頭痛を覚えて、やれやれと肩を落とす。
そんなコニーに、アルミンはハルと同じように口角を上げて前向きな意思を示した。
「でも、成功したらみんなが助かるよ」
「覚悟を決めよう」
ミカサとアルミンはそう言って、近くの巨人に向かって走り出す。
ハルは操作装置を手にすると、立体機動装置に不備がないか確認をし、故障がないことを確認し終えると、その場でウォーミングアップするように軽く飛びながら、フロックに声を掛けた。
「フロックは、行けそう?」
「そ、そりゃこっちの台詞だ!お前、大丈夫なのかよっ」
「大丈夫だ!」
ハルはそうニッと歯を見せて微笑み、親指をグッと立てると、くるりと踵を返してミカサとアルミンの二人を追って走り出した。それにフロックも慌てて操作装置をホルダーから取り出して走り出す。
「なっ・・・!くそっ、コニー!行くぞ!」
「っ分かった。分かったよ!」
コニーはもうどうにでもなれという気持ちだったが、心の何処かで、ハル達が一緒ならやり遂げられるかもしれないという希望も、芽生えさせていた。
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