第十八話
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「僕たち…訓練兵、34班…っ、トーマス・ワグナー…ナック・ティアス、ミリウス・ゼルムスキー…ミーナ・カロライナ…エレン・イェーガー!以上四名はっ…自分の使命を全うし、壮絶な戦死を遂げました…っ!」
両膝をついて座り込んでいるアルミンの、酷く悲痛に満ちた涙声が紡ぐ戦死者の名前は、霧のようにも思える細かな雨が降り頻る中、重々しく響き渡った。
それは、嘘だ。
悪い冗談だ。
ハルはそう思ったが、アルミンの大きな水色の瞳から、滔滔と溢れ出す涙と、キツく噛み締められた唇を見れば、痛いほどにそれは現実なのだと突き付けられた。
そしてそれは、ミカサも同じだったのかもしれない。
アルミンを見下ろし、微動だにしないミカサの背中からは、暗くて深い、絶望が滲んでいるのを、ハルは後ろで感じていた。
「…そんなっ」
「34班は、ほぼ全滅か…」
「俺たちも真面に巨人とやり合えば、そうなるんだ…」
同期達は身近な仲間の死を耳にして、ハルの提案によって本部へ向かおうと奮起しかけた気力を喪失していた。
何よりも、エレンの死は彼らにとって大きかった。
成績上位者の一人であり、誰よりも巨人の脅威に抗おうと、立ち向かう意思が強かったのが、104期訓練兵の中で、エレンが一番だったからだ。
「ごめんっ、ミカサ…!エレンは、僕の身代わりにっ…!僕はっ、何も出来なかったっ…!すまない!」
アルミンは手から血が滲み出しそうな程に拳を膝の上で握り締め、降り頻る雨の雫よりもずっと大きな涙を屋根の上に落とし、嗚咽を噛み殺すような震えた声で言った。
ミカサは、静かに片膝をついて、アルミンの手を握った。
「アルミン」
「!?」
その手の冷たさと、あまりにも感情の無い声に、アルミンははっとして顔を上げた。
「落ち着いて、今は感傷的になっている場合じゃない」
アルミンの間近に浮かんだミカサの黒い双眼には、光が無かった。まるで夜の闇のように真っ暗で、無気力で、温度が無い。
「さあ、立って…!」
それに息を詰まらせているアルミンの腕を引いて、ミカサは立ち上がり、それからくるりと踵を返して歩き出した。
「ミ、カサ…っ」
ハルはそんなミカサの表情を見て、酷く嫌な予感がして声を掛けたが、ミカサはハルに視線を向けることなく隣を通り過ぎて行く。
ミカサは本部の方へと歩きながら、ホルダーにしまい込んだ操作装置を再び取り出して、すれ違いざまにマルコに問いかけた。
「マルコ、本部に群がる巨人を排除すれば、皆はガスの補給ができて壁を登れる。…違わない?」
その問いに、マルコはいつもと様子が違うミカサに違和感を抱きながらも、頷いた。
「ああ…そうだけど…、いくらお前でも、あれだけの数を」
「出来る…!」
「え?」
ミカサの珍しく上擦った声に、マルコは言葉を途中で飲み込んだ。
「私は強い…貴方達よりも、強い。すごく強い…!ので、あそこにいる巨人共を蹴散らすことができる。例え、1人でも」
ミカサはそう言って、屋根の縁に立つと、ブレードを掲げ、本部を背にするようにして、同期達を振り返った。
「貴方達は腕が立たないばかりか、臆病で腰抜けだ。とても残念だ。ここで指を咥えたりしてればいい、…咥えて見てろ」
それは皆にハッパをかける為挑発しているような言動と仕草で、戦意を失いかけていた同期達がミカサに向かって声を上げる。
「…ちょっとミカサ!いきなり何を言い出すの!?」
「あの巨人の数相手に、一人で挑む気なのか!?」
「そんなことできるわけがない!」
しかしミカサは顔色一つ変えずに、掲げたブレードを体の横に下ろすと、巨人が群がっている本部へ再び振り返り、吐き捨てるようにして言い放った。
「できなければ、死ぬだけ。でも勝てば生きる。戦わなければ勝てないっ!」
「っ待ってミカサ!!」
そうして本部に向かって飛び出そうとしたミカサの腕を、ハルは慌てて掴んで引き留めた。
「落ち着くべきなのはアルミンだけじゃない!ミカサも同じだ…っ!ガスだってそんなに残ってないんだ、せめて此処から本部まで飛べる残量があるかだけでも確認をっ…!?」
「必要ないっ」
ミカサはハルの腕を感情的に振り払い、屋根の縁から飛び降りて、立体機動に入った。
それは何とも投げやりな飛び方だった。スピードはあるが、ガスを闇雲に吹かしていて隙だらけだ。
「っミカサ!!」
あんな飛び方では、すぐにガスが底をついてしまう。そう危惧したハルは慌てて操作装置を手にすると、ミカサを追って立体機動に入った。
「おいハルっ!ミカサ!…くそっ、残念なのはお前の言語力だ…あれでハッパかけたつもりでいやがる。っ、お前の所為だぞ、エレン!」
ジャンは本部へと飛び出してしまった二人の背中を見ながら苦虫を噛んだ。
いつもは冷静な行動を取るはずのミカサが、ああやって無茶を起こすのは決まってエレンに何かがあった時だけだ。
そして、そうやって無茶をするミカサを止めるのは、何時だってハルだった。
しかし、この期に乗じなければ、此処に居る同期達を本部に向かわせるきっかけはもう訪れないということも、ジャンは確信していた。
「おいお前ら !俺たちは仲間に一人で戦わせろと学んだか!?お前達本当に、腰抜けになっちまうぞ!!」
ジャンもミカサと同じようにブレードを掲げ、同期達に向かって叫ぶと、二人を追って立体機動に入る。そんなジャンに続いて、サシャ達も本部へ向かって飛び出した。
成績上位者のメンバーが奮起して本部へと向かう中、同期たちも皆恐怖を噛み締め、操作装置を手にして、彼等の後を追って飛び出した。
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ミカサの立体起動術は相変わらず力強く、見るものを圧倒する。
道中の巨人の頸を難なく削ぎ落としては、疾風の如くトロスト区の上空を飛んで行く。
しかし、その立体機動はハルが今まで目にしたことが無いほどに、ミカサらしさを欠いていた。
「(あんな飛び方ではすぐにガスが空になるっ…私のも、保つかどうか…っ)」
ガスを最大限に吹かして飛び続けるミカサは、まるでエレンの死を受け入れまいと、動揺を行動で掻き消そうとしているようだった。
そんなミカサの背中を、ハルは必死で追っていたが、なかなか距離を縮めることが出来ない。
そうして予想した通りの事態が、起こってしまう。
ミカサのガスの噴射口からふしゅっと頼りない音が鳴り、急に機動力を失ったミカサの体が、重力にしたがって空中でぐるりと回りながら地上へ落ちていく。
「っ!!」
ハルは奥歯を食いしばって、ボンベの中のガスが底をつくのを覚悟して、最大限にトリガーを引き、ガスを吹かして落ちて行くミカサの体を抱き留めた。
ハルはミカサの体をぎゅっと抱き寄せて、歯を食い縛りながら少しでも地面に叩きつけられる衝撃を緩和しようと、ガスを上空に向かって吹かす。それでも、びゅうと空気を切りながら体が地面へと落ちていく音が耳に響いた。
この高さから落ちれば、場合によっては助からないかもしれない。
それでも、なんとか腕の中にいるミカサのことだけは守りたい。
そんな思いで、ハルはミカサを必死になって抱き寄せながら、自身の背中を地上へと向けた。そしてその刹那に、体に激しい衝撃波が襲い掛かってきて、ハルは意識を手放した。
第十八話 絶望の中で鈍く光る
家族を失い、悲しみの渦に飲まれたミカサの姿は、まるで昔の自分を見ているかのようで…
とても放っておくことなんて、出来なかったんだ。
完