第十八話
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ハルとミカサはイアンの元を離れ、中衛部の方へとエレン達の姿を捜しながら向かっていたが、その最中で目にする光景に違和感を覚えていた。
「なんだか様子がおかしい…よね」
「鐘が鳴ったのに、みんな壁を登ろうとしていない…」
ハルが思案顔で辺りを見回しながら問いかけてきたのに、ミカサも同じ様に周りの状況を窺いながら頷きを返す。
住民達の避難が完了し、一時撤退の合図である鐘が鳴ったのにも関わらず、多くの駐屯兵や訓練兵が屋根の上に留まったままで、壁に向かう様子が見られなかったからだ。
ハルは今まで見てきた光景をもう一度思い起こして、ある点に気が付いた。
この道中で目にしてきた兵士や訓練兵は皆、巨人の掃討と情報伝達を命じられていた者ばかりで、その中に補給兵の姿が一人として見られなかった、という点だ。
「…補給が出来ていない…?」
「え?」
ハルが独り言のように呟いた言葉を、ガスの噴射音でよく聞き取ることが出来なかったミカサは首を傾げてハルの横顔を見た。
ハルは予想を確信へと導くために、口に出す言葉で頭の中を整理するように、今度は独り言ではなくミカサにも聞こえる声で話した。
「中衛部に送られた兵士の姿はあるけれど、補給部隊に回された駐屯兵や同期の姿が一人も見られなかった。ということは、…もしかしたら…」
そこまで口にして、ハルは補給棟のある本部の方へと顔を向けると、その表情を曇らせた。ミカサはハルの視線の先を追い、高台にある本部の方を見たが、其処には遠目でも分かってしまう程に多数の巨人が群がってしまっていた。
「…なるほど、理解した」
ハルの予想は恐らく的を得ていると、殆ど確信しながらミカサは頷いた。
人が居ないところに巨人が集まることは基本的にはあり得ない。
しかし、本部の壁に張り付いている巨人の様子からすると、恐らく補給兵は本部に留まり、中衛部や前衛部の補給の任務を放棄して籠城しているのだろう。そのため巨人が引き寄せられ、建物の周りに集まってしまっているのだ。
ハルもミカサも、内門付近の巨人の掃討でガスがそれほど残っているわけでもなく、ブレードも数本消耗してしまっていた。この装備で本部に群がっている巨人を掃討できるかと問われれば、それはかなり厳しいところだった。
もしも予想通りの状況にあるとしたら、この先どのような手を打つべきかと考えようともしたが、今は兎に角エレン達を見つけ出すことが先決だと、ハルとミカサは引き続き街の中心部の方へと向かった。
そうしていると、建物の多いトロスト区内でも比較的高い建物に分類される屋根上から、耳馴染んだ声に名前を呼ばれて、二人は其方へと顔を向けた。
「ハル!ミカサ!」
それはサシャの声であり、こちらに向かって両腕を振っているサシャの後ろには多くの104期の同期達が集まっていた。
ハルとミカサは顔を見合わせると、少しだけ張り詰めていた表情を和らげ、サシャ達の居る屋根上へ降り立った。
「サシャ、現状はどうな…」
「ハル!!会いたかったですよぉぉ!!」
ハルは操作装置を一度ホルダーに納めながらサシャに現状がどうなっているのか問いかけようとしたが、サシャは半泣きで声を上げながら両腕を広げて飛び付いてきた。
それにハルは苦笑したが、自分の肩口でグスグスと鼻を啜るサシャの体が震えていることに気がついて、ポニーテールの下の頭の後ろを、落ち着かせるように撫でた。
「私も会いたかったよ、サシャ。生きててくれて、本当にありがとう。良く頑張ったね」
「っはい…!はい…!」
サシャはハルの肩に額を押し当てたまま、コクコクと頷く。雨で兵服が湿り気を帯び、少し冷えていた体にサシャの温もりが伝わってきて、ハルも張り詰めていた緊張の糸が少しだけ解けるのを感じていた。
ミカサは同期達の中にエレンの姿を探して、近くに居たライナーとベルトルト、そしてアニの方へと早足で向かって行き、エレンの居場所を聞いていた。
「それにしても、ハルとミカサはどうして此処に?二人は後衛部でイアン班長と一緒だった筈では…」
少し落ち着きを取り戻したサシャが、ゴシゴシと兵服の袖で目元を拭いながら問いかけてきたので、ハルはサシャの頭から手を離して、しまいそびれていた操作装置をホルダーに納めながら答えた。
「住民の避難が終わって、私達にも一時撤退の命令が下りたけど、中衛部の皆のことが心配だったから、こっちに合流したんだ」
「そうだったんですね。…ありがとうございます!ミカサとハルが居てくれればこちらも心強いですし…でも、」
サシャは表情を曇らせて肩を落とす。
「でも…?」
ハルが怪訝な顔になって首を傾げると、こちらに向かって、ジャンとマルコ、そしてフロックとダズとコニーが駆け寄ってきた。皆酷く疲弊しているようだったが、目立った怪我をしている様子はない。
「ハル!良かったっ…怪我はねぇな?」
ジャンはハルの前で足を止めると、心配顔でハルの身体を足先から顔まで見て問いかけてくる。
「大丈夫。皆も無事で良かったよ」
「無事とは、言えないだろ…」
ハルの言葉に、ダズは息を吐き出すようにそう言って力無く項垂れた。それに、ジャン達の顔も打つ手なしといった様子で曇ったのを見て、ハルの中での予想が確信へと変わった。
「やっぱり、補給部隊が本部から出てきてないんだね…?」
ハルが双眸を細めて問いかけると、ジャンは本部の方を振り返る。
「ああ。あんな高台で籠城しているせいで、巨人も集まっちまってる。…遠目でもかなりの数だが、あの様子じゃ中にも小さいのが入り込んじまってるだろーな。…俺たちもこの少ないガスとブレードで本部まで辿り着けるかも危ういってのに、無事に辿り着けたとしても、補給棟に入り込んだ巨人をどうにかできる装備も無いんじゃ手詰まりだ」
ハルは顎に手を当て、ジャンと同じように本部の方を見つめながら、頭の中に考えを巡らせる。
あの状況になってしまっては、戦意消失してしまうのも分からないでもない。
しかし、あの場所には同期達だけではなくヴェールマン隊長や駐屯兵団の兵士も居た筈だ。それなのに如何してあそこまで状況が悪くなっているのだろうか。ヴェールマンは威厳こそは左程感じられはしなかったが、自己防衛に関しては徹底しているようにも見えた。袋の鼠となる前に、きっと何かしらの手は打つ筈だ。
「ああまで巨人が集まっていると、補給部隊が自力で本部から脱するのは不可能だ。…だったらこっちが、何か手を打たないと、この状況は変えられない」
「方法なんて…あんのかよ…!やっぱり、一か八かで本部に突っ込むしか、無ぇんじゃねーのか?」
コニーは眉間に皺を寄せて、焦りを露わにして言うのに、サシャも同じように身を乗り出すようにして言った。
「ハル、私もそう思います。出来ることはそれだけですよ!」
「…そうだね。兎にも角にも、本部まで行かなければ何も始められない」
「おい、ハル。幾らお前とミカサが居ても、無茶が過ぎるだろっ!」
コニーとサシャの言葉に頷いたハルに、ジャンは詰め寄るようにして声を上げる。それにダズやフロック、そしてマルコも反対だと首を振った。
「勘弁してくれよぉ!折角、生き残ったってのにっ…また巨人の中を飛んで行くなんてっ…もう御免だぜっ」
「危険すぎる…他に、手が無ぇってのは、分かってるけどよ…!」
「本部に着いても何か対処が出来ないんじゃ、無茶をして本部に行く理由がないよ!」
しかし、ハルも何の考えも無しに本部に突撃する気は毛頭ない。辺りの同期達の姿を見回し、装備の状況を窺いながら、ハルは顎に当てていた手で自身のガスボンベを叩き残量を確認する。こんなことも有ろうかと極力ガスの消耗は抑えようと努めては居たが、やはり実戦となれば予期していない事態も多くあり、思ったよりも消耗してしまっている。
「…勿論、ただ本部に突撃して一か八か賭けるって話じゃない。それにはリスクが大き過ぎるし、リスクに見合った結果も伴わない。皆も其々、現時点でのガスの残量は違うだろうし、ブレードだって消耗しているから」
「何か、考えがあるのか?」
ジャンは眉根を寄せ神妙な表情で問いかけると、ハルは「…そうだね」と考えを纏めるようにして呟き、ジャン達の顔を見回しながら、頭の中で練り上げた作戦を切り出した。
「先ずは、皆のガス残量とブレードのチェックをしたい。それを踏まえた上で、陣形を組んでみたらどうかな?比較的体格が良い者にガスを分配して、軽い者を抱えて本部まで向かう。その道中は、立体機動が得意な数名で巨人を引きつける囮役になるんだ。ガスを極力消耗しない為にも、巨人に見つからない、ギリギリまでは建物の上を進んで行こう」
ハルの提案は、一か八かで巨人が群がる中を飛び抜けて行くよりも安全性はあるように思えるが、実際にそれが上手く行くかどうかは、想像し難いものがあった。
「っ言うのは簡単だけど…本当に上手く行くのかよ?」
フロックは難しい顔でそう言うと、ハルは少し困り顔になって肩を竦める。
「それは…どうだろう。やったことがないから分からないよ」
「っひぃ…!ハルっ、嘘でもいいから成功するって言ってくれよぉ」
ダズは元々血の気の失せていた顔を更に白くして、頭を両手で抱えて首を振る。
しかしハルも、皆の命を担うことになるのなら確証の無いことを口にする気にはなれなかった。
「この作戦で本部に向かうなら、皆の命の責任は、作戦を提案した私にあるんだ。…テキトーなこと、言えないでしょ?」
珍しく厳しい顔になるハルに、ダズも眉をハの字にして頷く。
マルコはどちらの作戦も賭けであるとは思ったが、ハルの作戦の方が、何かあった場合も対処の取りようがあり、事前にどのようなことが起こり得るのか予想を立てて、それを潜り抜ける方法を頭に入れておけるだろうとも思った。何にせよ、この状況下では多少なり無茶をしなければ打開に至らないということも理解出来る。
それはジャンも同じ考えで、意を決したように表情を引き締めた。
「俺らが今すべきことは…それしかねぇって、ことなんだよな」
ジャンの言葉に、皆は固唾を飲んだ。
頭の中では分かっているが、実際に行動を起こすとなれば不安や恐怖ばかりが先立って、体が動かなかった。
そんな皆の顔をハルは見回して、それから微笑みを浮かべた。
「成功するって、言い切れはしないけど、…成功させられるって自信はあるよ。だって、此処には沢山の仲間が集まってるんだ。104期の皆で協力し合えば、きっと上手く行くって、私は信じてる…!だから皆、手を…貸してくれないかな?」
お願いします、とハルは深く頭を下げた。
そんなハルの姿に、ジャン達は顔を見合わせ、それから折れたよと言うかのように苦笑を浮かべた。
きっとこれから先も、こうやって何度も難局を迎えては、自分を奮い立たせなければいけないことは沢山あるだろう。それに、ハルが言う様に、今は沢山の仲間が集まっていて、皆で協力し合うことができる。自分一人だけで戦うわけではないのだ。
「ハルの言う通りですっ、皆で協力し合えばきっと上手く行きますよ!」
「ああ!やってやろうぜ!いつまでも此処に居たって、何も変わらねーしな!」
「はぁ…俺死ぬかもしれねぇ…っ、いよいよ」
「ダズ!しっかりしろよ!今まで生き残ったんだ、今回だって何とかなるって!」
「僕たち訓練兵でも、力を合わせればきっとやり遂げられる。…三年も頑張ってきたんだ、きっと出来るよ!」
サシャやコニー、そしてハルの班員のダズとフロックとマルコに、ハルは顔を上げ、ホッとした様子で礼を言う。
「…みんなっ、…ありがとう!」
そんなハルに、ジャンは早速自身のガス残量をチェックしながら動き出す。
「なら、俺たちは皆にガス残量とブレードのチェックをするよう指示を回して、体格が良い奴に軽い奴はガスを渡させる。ハル、お前はアルミンと一緒に、本部までのガスの消耗がどれくらいになるか算出しておいてくれ。具体的に数字で知らせておけば、それだけでも安心出来るだろうからな?」
状況把握に長け、相変わらず頭の回りが早いジャンを、ハルは内心で流石だと思いながら、頷きを返した。
「分かった!皆、頼んだよ!」
「「了解!」」
ジャン達はハルに促され座り込んでしまっている同期達の元へと駆けて行く。ハルもミカサが向かった、アルミンの居る方へと足を進めたが、声をかける前に、アルミンの悲痛な声が辺りに響いて、ハルはミカサの背中の後ろで、思わず足を止めた。
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