第十八話
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ミカサは奇行種が内門に到達する既のところで巨人の頸を削ぎ上げることに成功し、俯けに倒れた巨人の後頭部に降り立つと、一先ずほっと息を吐き出した。
しかし、ふと顔を上げた時、眼前に広がった光景に言葉を失う。
大きな荷台を引いた馬車が内門を通れず栓をするかのように挟まっており、その所為で住民達が門を潜れずその周囲に溢れ返っていたのだ。
「何を、しているの」
ミカサは思わず彼らに問いかけると、荷台の後ろに立った小太りでスーツ姿の男が、ミカサに向かって両腕を上げた。
「おお!ちょうど良い!お前っ、こいつらに手伝わせろ!礼は弾むぞ!!」
その言葉に、ミカサは今の状況を理解して、それから剣呑に目を細めると、手にしているブレードの刃先を外門の方へと向けた。自分でも感じられる程に、声には怒りの感情が表れていた。
「今、仲間が命を賭けて戦っている。…貴方たちを、守るために!」
しかし、小太りの男はそれをさも当たり前だと嘲るようにして、不快感を露わにする。
「当然だ!市民や財産を守ために心臓を捧げるのがお前達の務めだろうが!?ただ飯ぐらいが百年ぶりに役に立ったからって、いい気になるんじゃねーっ!」
「…」
その言葉をキッカケに、ミカサの瞳には静かな暗い怒りが燃え上がった。
自分の背中で命を賭して戦っている仲間たちを罵倒された挙句、あまりにも自己中心的な行動に、ミカサは胸に突き上げてくる怒りを抑えられず、巨人の後頭部から飛び降りると、両手にブレードを固く握りしめたまま、その男に向かって歩き出した。
群衆はミカサの重たく鋭い殺気を感じ取って、道を開けるようにして後ずさる。
「人が人の為に死ぬことが当然だと思っているのなら、きっと理解してもらえるだろう。…時に、1人の命が多くの命を救うこともあるということをーー」
そうして近づいて来るミカサに、男の取り巻きであろう二人が飛びかかって来たが、ブレードの柄で首の後ろを叩いて、いとも簡単に意識を奪う。ミカサにとってそれくらいのことは造作もない。
小太りの男は、自分に向かってくるミカサに冷や汗を浮かべ、後退りながらも怒鳴り声を上げる。
「お前の雇主とも長い付き合いだ、下っ端の進退なんざ、どうとでも出来るんだぞ!」
ミカサはそんな男の前で歩みを止めると、冷たい瞳で男を見下ろして、右手のブレードを高々と振り上げた。
「…死体がどうやって喋るの」
「まっ!待てぇええええっ!!」
そうして振り下ろされるブレードに、男は背中を荷台に押し付けて悲鳴を上げた。
ミカサは男の首を落とすギリギリのところでブレードを止めたが、その表情には何の迷いもない。
「(こいつはっ…本当に殺るつもりだっ)」
男はそう感じて、周りにいた取り巻きに荷台を引くよう指示を出した。
それによって住民達は内門を潜り始めることができ、そんな中で幼い少女とその母親が、ミカサの元へとやってきた。
「お姉ちゃんっ!ありがとう!」
「おかげで助かりました。感謝いたします」
二人がそう言ってミカサに礼をすると、ミカサはそんな二人に応えるように、敬礼を返した。そうすると少女の瞳がきらりと瞬く。その目は昔、壁外調査へ行く調査兵団を見送っていたエレンの、あどけない憧れを浮かべた瞳と重なって、ミカサは軽い頭痛を覚えた。
そんなミカサに手を振りながら内門を潜る少女と母親を見送り振り返ると、立体機動でこちらへと飛んできたハルが傍に着地して、相変わらず白い歯をニッと見せて笑った。
「ミカサっ、流石だね…!」
そう言ってグッと親指を立てるハルに、ミカサは眉間に深く皺を刻んだ。
「ハル、また無茶をした。そういうのはやめてと、何時も言っている」
ミカサは兵士を助ける為とはいえ、捨て身で無茶をしたハルに怒ってそう言ったが、ハルはあっけらかんとした様子で肩を竦める。
「大丈夫だよ。この通り、怪我もしてないしね。それよりもミカサは怪我、してない?…っい!?」
自分の無茶を反省していない所か、挙句の果てに人の心配まで始めたハルに、ミカサは眉間の皺をこれ以上ない程に深めて、ハルの両頬を抓った。
「あんまり私を怒らせないで」
「いででっ!?み、ミカしゃ…いはいよっ!わ、分かっはからっ」
ハルのよく伸びる両頬を引っ張って何時もより低い声で凄むミカサに、ハルは頬の痛みに涙目になりながらもコクコクと頷く。
そんな最中、イアンが傍にやってきて、ミカサとハルに声を掛けた。
「よく仕留めた、アッカーマン!グランバルドも、部下を救ってくれたこと、感謝する。…少々無茶が過ぎるがな」
他の班員達は避難誘導に回っている様子で、手を必要としているご老人や子供達を手助けしながら内門へ導いている。
功績を讃えてくれたイアンに対して、ミカサはハルの頬から手を離すと、装備していたブレードを外して、鞘に納まっている新たなブレードと交換した。
「…ありがとうございます。ですが、焦って刃を鈍にしてしまいました。次は気をつけます」
「シグルドさんは右足首を捻っていたので、先程応急措置をさせて頂きましたが、無茶は禁物です」
二人の泰然自若とした様子に、イアンはやはり二人が訓練兵だとどうしても納得できそうになかったが、今期の訓練兵にこの二人が居てくれたということが、不幸中の幸いだとも感じた。
「…お前たち二人は、いい相棒になれそうだ。…よし、これから内門近辺の巨人掃討に向かうぞ!」
「「はい!」」
二人は頷きイアンに続いて巨人掃討へ向かおうと走り出したした時、空から雨がポツポツと降り始めてきた。
「…雨だ」
ハルがそう掌を受け皿のようにして呟くと、前を走っていたミカサが急に足を止めて、顳顬の辺りを片手で押さえた。ミカサはそのまま顔を俯けてしまい、辛そうに息を詰める。
「ミカサっ、大丈夫…?」
「…っ大丈夫。ただ、昔を思い出しただけ…」
ミカサは頭を押さえたままゆっくりと顔を上げた。大丈夫とは言っていても、顔色はあまり良く見えない。ミカサはハルに対して、「無茶をするな」と釘を打つことが多いが、ハルからしてみればミカサも大概無茶をする人種に分類されると思っていた。
ハルはミカサがいつも大事に巻いている赤いマフラーが解けかけているのに気がついて、一度右手のブレードを鞘にしまうと、その手でくるりとマフラーを巻き直す。
「!」
その仕草が、ミカサはエレンと初めて出会った時、自分にマフラーを巻いてくれた情景と重なって、首元を覆ったマフラーの下で息を呑んだ。
「…少し、冷えてきたね。ミカサ、二人なら内門付近の巨人もすぐに倒せる。そして、皆の所に行こう!」
ハルがマフラーを巻き直してくれたおかげで、雨風に晒されていた首元がじんわりと温かくなり、それだけではなく自分がエレン達のことを案じて心を乱していることを気にかけてくれて、ミカサは頭の中を金槌で叩かれるような頭痛が段々と落ち着いていくのを感じた。
「…っうん」
ミカサは何時もと変わらない笑みを浮かべるハルにこくりと頷きを返して、いち早く近辺の巨人の掃討を終わらせようと、『初めて』得られた自身の相棒と共に、この残酷な世界を生き、そして大切なものを守る為、立体機動へと移った。
それから幾ばくかして内門付近の巨人の掃討が粗方終わると、トロスト区の街にガランと鐘の音が鳴り響いた。
それは一時撤退の合図であり、ミカサとハルと共に居たイアンが、一先ずほっと息を吐き出して、手にしていたブレードを鞘に収めた。
「一時撤退の鐘だ!お前達も壁を登るぞっ!」
しかし、イアンの指示にハルとミカサは顔を見合わせると、イアンに向かって頭を下げた。
「中衛部の撤退を支援してきます!」
「すみません、イアン班長!」
「おっ、おい待てっ!?お前たち!!」
イアンが慌てて二人を呼び止める声が聞こえたが、ハル達は中衛部の仲間達がいる場所へと向かう為、屋根の上を駆け、未だ多くの巨人が蔓延る街の中心部の方へと飛んだ。
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