第十七話
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そうして本部の広場に戦闘準備を終えた全訓練兵が集合すると、駐屯兵団隊長である輪郭が髪の毛と同じ色の焦茶色の髭で覆われたキッツ・ヴェールマンが、整列した訓練兵達に向かって、酷く青ざめ冷や汗を浮かべた顔を晒しながら、動揺を隠し切れていない波打つような口調で本作戦内容を公言した。
「…それでは訓練通りっ、お前達には駐屯兵団の指揮の元、補給支援、情報伝達、巨人の掃討などを行ってもらう!前衛部を駐屯兵団の迎撃班、中衛部を支援班率いる訓練兵団、後衛を駐屯兵団の精鋭部隊が受け持つ!…っまた伝令によると、先遣班は既に全滅したとのことだ!!外門が突破され、巨人の侵入を許した!つまり、次また鎧の巨人が現れ、内門を突破されてもおかしくない状況にあるっ!」
何とか威厳を保とうとしているようなヴェールマンの口から放たれた現状に、訓練兵達はただでさえ血の気を失っていた顔を更に蒼白にして震え上がった。皆心の何処かで、先遣隊が巨人の侵入を食い止めてくれることを願っていたが、その希望はあっさりと砕かれてしまった。
「そんな…嘘だろ」
「ローゼまで破られるとになったら…」
騒つく訓練兵達に鞭を打ち据えるように、裏返ったヴェールマンの怒声が響く。
「静粛に!!現在は前衛部で迎撃中だ。本作戦の目的は一つ、住民が避難を終えるまで、ウォール・ローゼを死守することにあるっ!…なお、承知していると思うが、敵前逃亡は死罪に値する。皆心して命を捧げよ!!」
「「は!」」
ヴェールマンの命令に返した彼等の敬礼は、今までに無く不誠実なものだった。
卒業試験を終えているとはいえ、正式には未だ訓練兵である彼等に、人類の為に己の心臓を捧げる覚悟など、出来る筈もなかった。
第十七話 戦地へ
「…っなんで今日なんだ…っ!明日から内地行けたっつーのに…っ」
ジャンは整列を解かれ、各班ごとに指示された持ち場へと移動を始める中、絶望の淵に落とされた気分で、肩を震わせながら顔を覆った掌に吐き出すようにして唸った。
そんなジャンの傍では、恐怖で地面に蹲り嘔吐するダズに寄り添っているクリスタの姿がある。周では多くの同期達が、現実を受け入れられず頭を抱えるようにして蹲り、震え上がっていた。
「…っくそ!!」
ジャンはこの状況から逃げ出してしまいたかった。明日からは憲兵団に入り、内地で過ごせている筈だった。そうなっていれば自分が前線に駆り出されることもなかっただろう。もう、全て知らないフリをしてこの場から立ち去ってしまいたかった。それに、此処トロスト区には自分の実家があり、父と母が居る。実家は内門に近い場所にあるため、避難が遅れることは無いだろうが、やはり心配だった。
頭の中に次々と物事が浮かび渦巻いて、ジャンは俯いたまま無意識に歩き出していた。何処に向かっているのかも分からないが、立ち止まっていては悪いことばかり考えてしまいそうだった。
しかし、不意にドンと体に衝撃が走って、ジャンは顔を上げた。
下を向いていて気づかなかったが、其処には今一番会いたく無いエレンの姿があって、ジャンは大きく舌を打つと、エレンの肩を掴んで荒々しく払い退けた。
「っ邪魔だ!」
「おいジャン!?どうしたんだっ!」
しかし、エレンはそんなジャンの腕を掴んで引き留めた。「どうしたんだ」という言葉に、ジャンは頭の中にカッと血が駆け上るのを感じて、エレンの胸倉に掴み掛かった。
「どうしただと…?呑気なこと言ってんじゃねぇこの死に急ぎ野郎が!てめぇは調査兵団行きだから、何時でも巨人の餌になる覚悟は出来てるんだろうがよ!?俺は明日から内地行きだったんだぞ!?」
しかし、エレンは自分の胸倉を掴むジャンの腕を握り締めて、肺いっぱいに息を吸い込んで言い放った。
「思い出せっ!俺たちが血反吐を吐いた3年間を!」
「!?」
エレンの言葉に、ジャンは頬を平手で叩かれような気がして、目を見開いた。エレンの翠色の瞳の中には、闘志の炎が燃えているようだった。
ジャンは、エレンも窮地に陥れば、今まで叩いていた大口を閉ざすだろうと思っていた。巨人を駆逐すると言いながら、どうせ本心では巨人のことを恐れているんだと。
しかし、目の前にいるエレンは違った。エレンはこの状況になっても尚、エレンのままだった。
「3年間、俺たちは何度も死にかけた…。実際に死んだ奴もいる…逃げ出した奴も、追い出された奴も…!でも俺たちは生き残った!っそうだろ!?今日だってきっと生き残れる!今日生き残って、明日内地に行くんだろ!?」
エレンはそう啖呵を切って、ジャンの胸倉から手を離し、自身の班員が居る方へと歩いていく。
「…っ」
今日生き残って内地に行く。
死ねば何処にも行けない。
この三年間、受けてきた訓練は命懸けだったのに、それが全て意味のないものになってしまう。
そして今日ウォール・ローゼを失うことになれば、自分が求めていた『内地』そのものがこの壁内には無くなってしまうのだ。
このまま悪い事ばかり考えてオタついていても、何も状況は変えられない。そして今自分にできる最大限のことは、やはり巨人と戦う他ないのだ。
ジャンはそれをエレンに気付かされたのが癪で堪らなかったが、お陰でごちゃついていた頭の中の整理がついたのも確かだった。
ジャンは広場の反対側に居る、自身の班長であるハルの元へと体を向け、未だ地面に張り付いて泣いているダズを叱責した。
「行くぞダズ!いつまでも泣いてんじゃねえ!」
「…あ、ああ」
ダズは涙で濡れた顔を持ち上げこくこくと頷きながら、生まれたての小鹿のように震える足で立ち上がり、ジャンの背中を追った。
※
ハルの側には既にマルコとフロックの姿があった。
フロックは恐怖を外に流れ出してしまわぬよう懸命に両手を体の横で握り締めていて、マルコは表情には見せていないものの、顳顬のあたりに冷や汗を滲ませている。ハルにも普段の柔和な表情はなく、神妙な表情をやって来たジャンとダズに向けた。
「…ジャン、ダズ。立体機動装置の確認は終わっている?」
「ああ、大丈夫だ。…ダズ、お前はどうなんだ?壁から落ちた時、故障とかはなかったのかよ?」
「あ、あの時はパニックで…!ただ引き金を引けなかっただけなんだ……さっきチェックしたら何ともなかったから、大丈夫だよ…」
ジャンの問いに、ダズは酷く震えた声で答える。
「分かった。…作戦に出る前に、皆に話しておきたいことがあるんだ。少しだけ聞いて」
そう言ったハルの口調は固く、身が引き締められるような響きがあり、ジャン達は視線をハルへと向けた。
「…皆、巨人にはいろんな性質を持った個体がいるっていうことは知ってるよね。妙に足は遅いのに、気配が全くなかったり。飛んで跳ねたり行動が定まらなかったり。やけに動きが早かったり、遅くなったりを繰り返したり…」
「あぁ、奇行種ってヤツだろ?行動が不可解で、何をしてくるか分からない…」
フロックが頷きながら答えたのに、ハルも頷きを返して、右手の指を二本立てた。
「そう。戦場では何が起こるか、予想できないことが多い。…そういった事象にもなるべく冷静に対応出来るように、…この班には二つ、ルールを作っておきたいんだ」
「ルール?」
マルコが首を傾げると、ハルは二つ立てていた指を一つ減らした。
「本当に単純なルールだよ。…一つは、絶対に単独行動は取らないこと。常に周りに目を向けておくことが大事だ。遠くにいる巨人が、突然走り出したり、飛びかかってくることだってあるからね」
「…確かに、それはそうだね。皆が周りに目を向けていれば、不意打ちに会うことは無いだろうし…。っ分かった、単独行動はしないようにするよ」
マルコが口元に手を当てて頷くと、ジャン達も同じように頷きを返した。それを見てハルはほんの少しだけ目元を綻ばせたが、すぐに表情を真剣なものに変えると、指を立てていた手で、自分の左手首をぎゅっと握った。握られた手には、ハルの誕生日に、ジャン達が作って贈った虹色のミサンガがあった。
「それと二つ目は…危険だと思ったら、逃げることだ」
「「!」」
ハルの言葉に、ジャン達は思わず息を呑んだ。
その命令は、班長が下してはいけない命令の一つだったからだ。
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