第十五話
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解散式の後は皆食堂に集まり、いつもよりモニカさん達が料理に腕を振るった豪華な晩ご飯を囲んで送別会が始まっており、其々話に花を咲かせていた。
そんな中、ハルはサシャとクリスタとユミルと同じテーブルに座り、同期達が楽しげにしている様子をテーブルの上に肩肘を置いて頬杖をつきながら眺め、染み染みとしながら呟く。
「本当に明日で最後、なんだよね。…こうやって皆と食堂でご飯食べるのも、朝…目が覚めて皆に「おはよう」って言えるのも、…夜、「おやすみ」って言えるのもさ」
そう言って目頭に涙を溜めるハルに、向かいに座っていたユミルがギョッとして身を引く。
「おいおいハルっ!?まさかお前っ、泣いてんのかよ!?」
「グスッ…ご、ごめんっ。なんだか感傷的になってしまって…ぅうっ」
そう言って鼻を啜り、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭うハルの背中を、隣に座っていたサシャがポンポンと軽く叩きながら笑う。
「泣かないでくださいよハル!なにも、今生の別れっていうわけじゃ、ないんですから!」
「そうだよ。違う兵団同士になっても、会えなくなるわけじゃないし…会おうと思えばいつだって会えるよ!」
ユミルの隣に座っていたクリスタも、小首を傾げて相変わらず天使のような笑顔を浮かべるのに、ハルは「うん」と頷きながらハンカチをポケットにしまう。
「そ、そうだよね…ごめんっ…!」
「ったく、お前っ…日に日に涙脆くなってないか?」
やれやれとユミルが呆れながらテーブルの上に頬杖をついて、ハルを見上げるようにして言うと、ハルが生真面目に悩んだ様子で腕を組み首を傾げる。
「と、歳かな…」
「いやまだ成人もしてないんですから、やめてくださいよそういうこと言うの!」
サシャが表情を曇らせてハルの両頬を引っ張ると、思いの他伸びたことでサシャが面白がって遊び始める。それに痛いと今度は違う意味で涙目になり始めたハルに、ユミルとクリスタが笑っていると、「ハル」とミーナに名前を呼ばれて振り返れば、そこには此処南駐屯地の訓練兵、105期の後輩訓練兵の二人が花束を持って立っていて、ハルは驚いて椅子から立ち上がった。
「ハル先輩っ!首席で卒業、おめでとうございます!」
そう言って後輩から差し出された花束を、ハルは驚きを携えままに受け取る。色とりどりの花が集まった立派な花束を腕に抱えると、ふんわりと花の香りに包まれて、朗らかな気持ちになれた。
普段生活している中ではあまり後輩の訓練兵と接する機会はないのだが、ハルは二年目の秋から女子寮の寮長を引き継いでいた為、後輩と接する機会が多かった。その為ハルが首席を取ったという話を聞いた後輩の二人が、訓練終わりに慌てて花束を買いに行ってくれたのだ。
「二人共っ…ありがとう!わざわざ花束も用意してくれて…っ、とっても嬉しいよ!」
「先輩にはたくさんお世話になりましたし、感謝の気持ちを伝えたくて…105期の皆を代表して、私達でご用意させていただいたんです!」
ハルの笑顔を見て、ホッとしたようにニコニコと微笑みながら話す赤毛をおさげにした、深緑色の瞳を携えた彼女はライラ・モーリスで、次期女子寮の寮長となる予定だ。そんなライラの側に居るのは、彼女の親友のアリシア・ロゼット。長い白銀の髪に夕陽が輝くようなオレンジ色の瞳が特徴的で、美女だと男性陣から密かに人気がある。
「先輩に会えなくなるのは寂しいですけど。…所属先でバッタが怖いとか、騒いだりしないでくださいね?…後輩として、恥ずかしいですから」
しかし、一見して大人しそうな印象があるアリシアだったが、その双眼に剣呑な色をハッキリと浮かべると、腕を組んでハルの顔を覗き込むようにして言った。おおらかでマイペースなライラとは対照的に、少々神経質で完璧主義なところがあるアリシアには、ハルも先輩でありながら、ついつい腰が低くなってしまうことも多々あった。
「う、うん。それは気をつけるよ…」
ハルが苦笑を浮かべて肩を竦めると、アリシアは疑い深い目でハルの顔を覗き込んだまま、ズンと一歩ハルに詰め寄る。
「気をつけられるんですか?」
「い、いや…善処する」
そう問い質され、アリシアの視線に居心地が悪くなって視線を逸らしてそう言ったハルに、アリシアはオレンジの瞳をすっと細める。
「先輩、私の目を見て言ってくださいよ」
顔を鼻の先がぶつかりそうな程寄せられ、後退りしていたハルはとうとう近くにあった柱に背中がぶつかって逃げ道を失い、靴の先をぎゅむっとアリシアに踏まれる。それに思わずハルは腕に抱えていた花束をぎゅっと抱えてしまって、ガサリと音が立った。
「う…ち、近いよアリシアッ、あ、あと足踏んでるっ」
「わざとです」
「えぇぇ」
「ア、アリシア!もう許してあげようよ、ハル先輩のバッタ嫌いは一生治らないってアニ先輩も言ってたでしょ?」
アリシアに四苦八苦しているハルが気の毒になって、ライラが仲介に入ると、アリシアが呆れた様子で鼻からふーっとため息を吐き出して、ハルから離れる。
「な、なんだかとても情けない気持ちになってきた…」
後輩から呆れられてしまって、ハルが肩をがくりと落として言うのに、ライラは苦笑していたが、それから一呼吸置くと、声のトーンを真剣なものにして問いかけてくる。
「あの… ハル先輩は、やはり調査兵団入団を希望されるんでしょうか?」
「うん。そうだね」
ハルがこくりと頷くと、ライラはギュッと自分の胸元で手を握り、視線を足元に落とす。
「…っ、私、正直…応援できません」
込み上げてきた感情の波に声を揺らしてそう言ったのに、ハルは気遣うように双眼を細めて、顔を俯けているライラの旋毛を見下ろした。
「…ライラ」
「っだって先輩は!頭も良くて、皆を纏め上げる能力にも長けていますしっ!憲兵団に入ればきっと…いえ絶対に良い階級に就けると思うんです!…っそれなのに、…なんで自分から危険な調査兵団に入ろうなんてするんですかっ…」
ライラはバッと顔を上げ、悲痛な面持ちでハルに身を乗り出すようにして訴えかける。そんなライラに、ハルはゆっくりと息を吸い込んで瞬きをした後、口元に優しげな笑みを浮かべる。
「ありがとう、ライラ。心配してくれて…」
ハルは自分の身を案じて、懸命になってくれているのが嬉しかったが、後輩に辛い思いをさせ心配をかけてしまうことが心苦しかった。
それでも…、
もう自分は調査兵団へと進む道を、選び決めてしまっている。
「でも…ごめん、ライラ。私は調査兵団に入るよ。…ライラが心配してくれてる通り、調査兵団に入ることはやっぱり危険なことだとも思うし、生き残る可能性よりも、死ぬ可能性の方が高いかもしれない…」
「だったらどうしてっ…」
ライラがそう問いかけると、ハルはふと食堂の奥で、ミカサやライナーたちと同じテーブルで夕食を取っているエレンとアルミンの方へと視線を向け、澄んだ黒い双眼を細めた。
「私は…エレンやアルミンのように、外の世界を旅する欲求があるわけじゃない。だけど、…この先続いて行く皆の未来を守る術は…きっと、壁の外に行かないと見つけられないと思ってる」
「皆の…未来…?」
瞳に強い意思を宿し、食堂を明るく照らす燭台の灯を映したハルの瞳を、アシリアはじっと見つめて問い返す。すると、ハルはその瞳をライラとアリシアに向け、真剣な眼差しを一度ゆっくりと瞬いてから、話を続ける。
「…私たちは、私たちの脅威である巨人のことを、未だ殆ど理解出来ていない。一体何処からやってきて、どうやって生まれるのかも…。どうして人ばかりに興味を示して、他の生物には無関心なのか…。もっと他にも沢山、知らないことばかりで、溢れてる…。そしてその巨人は壁を破ることが出来て、いつまた現れるかも分からない。そんな中で、それでも人類が身を守れる場所は、もう限られてる。…私たちの本当の世界の終わりは、壁が聳え立つ場所じゃなくて、壁の内側にあるんだって…私は思ってるんだ」
ハルの言葉を、ライラやアリシアだけではなく、傍に居たサシャやミーナ、クリスタやユミル達もハルを見上げなら聞いていた。
「…私は、皆がただ日の光を浴びて、空を見上げて大地を歩いて行ける。そんな未来を守りたい。…そのためには、先ずは巨人を知るためにも、調査兵団に入団したいんだ。…まあ、入る前や入りたての時は、全然違うことを考えていたんだけどさ。……皆と、此処で三年間過ごしてきて…そう思うようになったんだ」
「っ、…先輩を調査兵団に行かせたくないと考えていた私達が…先輩の意思を固めてしまったと…いうことでしょうか」
ハルの迷いのない言葉を聞いて、もう何処にも入り込む隙がない程に意思が固まってしまっているのだと痛いほど理解できてしまったライラは、悲しげに表情を曇らせて、視線を足元に落とすと、ぎゅっと両手を握りしめた。そんなライラに、ハルは受け取った花束をテーブルの上にそっと置くと、傍へ歩み寄り、力無く落とされている両肩に手を置く。
「ライラ」
その声は、出会った時から変わらない、とても優しい声音で、ライラは泣きそうになりながら顔を上げた。
そこには、にっと白い歯を見せて笑うハルの顔があった。
「私はそう思わせてくれた皆に、感謝してるんだ」
「どうして…」と思わず困惑の言葉が溢れてしまう。
調査兵団に入団することは、死にに行くようなものなのだと、沢山の人が言う。それは偏見などではなくて、まぎれもない事実だからだ。
「壁」の中で暮らす人類国家において唯一、壁外に遠征するのが調査兵団の兵士であり、巨人との戦闘機会も言わずもがな最も多くなり、致死率も高い。第13代団長のエルヴィン・スミスが壁外遠征用の陣形を考案し組むようになってからは、昔と比べれば生存率は劇的に向上したものの、それでも壁外調査では毎回3割以上の損害があり、新兵が一番最初の壁外調査で生き残れる確率は5割と非常に過酷であることに変わりはない。
そのことはよく知っている筈で、ましてや首席で憲兵団へと入団できる権利も持っているというのに、自ら窮地へと足を踏み入れる理由も、そしてその道を歩むことを心決めさせた自分達に感謝をしているということも、ライラは全く理解できなかった。
そんなライラに、ハルは言おうか迷っていたが、真っ直ぐ自分に気持ちを伝えてくれたライラに応えようと、口を開いた。
「実は…さ。此処に来る前も、入ってきた当時も…私は、調査兵団に入って、本当は死ぬつもりだったんだ」
「!?」
「ハルっ…!?」
その言葉に、ライラやアリシアだけではなく、サシャとクリスタも椅子を蹴って立ち上がり、ユミルとミーナは息を呑んで驚愕する。
ハルのその思いを聞いたのは、皆今日が初めてだったからだ。
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