第十四話
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「うわぁ…またギャラリーが増えてるよ…」
ハルはスタート地点で屈伸運動を入念に済ませると、ふと高台の方へと目の上に手で庇を作り、視線を向ける。高台の上からは同期達が集結して、こちらへと声援を送ってくれているが、ただの試験にこうまで盛り上がられると少々複雑な気持ちになる。
「ハルは人気者だから。気持ちは分かる」
表情を引き攣らせていたハルに、ミカサが何故か親指を立ててそう言うと、ハルは「いやぁ」と眉間に片眉を寄せ、肩を竦めて首を横に振る。
「それはこっちのセリフだよ。…あの盛り上がり様だと、また賭け事でもやってるんだろうねぇ」
あれはただ応援をしてくれているだけの盛り上がりではないと遠目で見ても分かる。ミカサもそれは察していたようで、苦笑を浮かべるのに、ハルは体の前で腕を十字にクロスして肩を伸ばしながら、にっと白い歯を見せて笑う。
「でもっ、私も正直なところ…今、すごくわくわくしてる。…ミカサ、楽しみだね…!」
「うん…!私も、楽しみ」
ミカサもこくりと頷きながら笑みを返して、二人で笑い合っていると、ゴール地点の方から緑色の信煙弾が撃ち上げられた。
訓練兵がゴール地点に到着した際は、ゴール地点に居る副教官がこちらへ知らせるために信煙弾を撃ち上げることになっている。先行したミーナとハンナが二人とも無事ゴール出来たようだ。
空に高々と立ち上っていく煙弾を確認したキース教官は、二人の顔を見やると、「準備はいいか」と問いかける。それに二人は「はい!」と声を揃えて頷いた。
教官はこくりと頷きを返すと、すっと長い右腕を挙げる。
「立体起動準備!」
教官の声掛けに、二人は同時に身を屈め、トリガーを握り直して立体機動に入る体制を取る。
渓谷から吹き抜けてくる、細かな砂埃を混じえた春の風が、二人の短い黒髪を揺らす。その出立はまるで姉妹のようなそれだと思いながらも、キース教官は腕を勢いよく下げた。
「始め!!」
「「!!っ」」
キース教官の開始の合図に、二人は地面を蹴り助走をつけて飛び上がる。アンカーを壁面に向かって飛ばし先に立体機動に入ったのはミカサで、それに一息遅れてハルも立体機動に入る。
今までは限られた場所で飛び上がるような立体機動だけだったので、このように思い切り羽を伸ばして飛べるのは今回が初めてだった。
地を駆けていた景色が、ぐんと体重を腰に乗せて、上へ上へと伸びて行く。
渓谷の間を低く飛んで行くミカサとは打って変わって、ハルは一度大きく渓谷よりも高々と空へ飛び上がった。
それは渓谷の全貌を見晴らす意味もあったが、正直なところ、それよりも好奇心の方が強かった。この行動は大きくタイムロスを起こすため、ミカサが相手では追いつけるかどうか賭けだったが、ハルはどうしても一度、高く空を飛びたいのと本能的に思ったのだ。
渓谷の壁面を飛び上がれば、一気に視界が開けた。
南の空へと傾きはじめた太陽の神々しい輝きを受けた、新緑を纏う木々。草原が広がる大地と、奥の方には小さな村が点々として見え、古びた古城も窺えた。トロスト区の方へと伸びている川は、少しオレンジがかった陽光をキラキラと川面に反射させ美しく輝いている。
しかしその景色には、終わりがあった。
その終わりを作っているのは、ウォール・ローゼの壁だ。
壁はエレンが言うように、自分たちから自由を奪っているものなのかもしれない。でも、巨人の脅威から自分たちを守っている存在でもある。
この壁は自由を奪い、人々の命を守り、そしていつか、混沌を生み出すものに成り得るのだ。このまま人口が増え、壁がもしも破られるようなことがあれば…否、破られることがなかったとしても、現状では近い将来、人と人が争い合うことに成りかねない。
しかし、今のハルは、そんな世界の理など、取るに足りないことだと思えてしまうほど、目の前に広がる景色に感動していた。
「…すごくっ…綺麗だ…」
自分たちが今生きている世界はとても狭いかもしれないが、大地には草木が息づき、澄んだ川が流れ、鳥が空を舞い、人が生活している。
そんな景色を空から観ていると、…「戻ってきた」。
そう不思議な感覚に見舞われる。
自分は、以前にもこのような景色を観たことがあるような、そんな気がしてしまうほどに…懐かしいと感じる。そして先程から、背中が妙に、疼くような感覚があった。
「(なんなんだろう…この、感じ…)」
ハルがそう思っていると、地上からキース教官が「グランバルド!何やってる真面目にやらんか!!」という怒声が聞こえてきて、ハルはハッと息を呑んだ。
思わず景色に見惚れてしまっていて、試験のことを忘れかけてしまっていた。
ハルは視線を景色から逸らし、先方で颯爽と立体機動で渓谷を飛び抜けて行くミカサへと下ろした。
ハルはコース内へと戻る最中に、渓谷の全貌を目に焼き付けアンカーを壁面に飛ばすと、ミカサの背中を追い始めたのだった。
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