第十四話
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「おい貴様等っ一体何をやっている!?まだロクに飛ぶことすら出来んのかぁ!!!?」
今日も相変わらず絶好調であるキース教官の恫喝が、広い渓谷の中を駆け抜ける風の如く響いている。
南駐屯地から少し離れた西方には、立体機動の訓練を行うにはうってつけの渓谷がある。104期生は一斉に2年目の春から、立体機動装置を身に付けての本格的な訓練に取り掛かり始めており、今日が渓谷内で初めての立体機動訓練となっている。今までは訓練場近くの森で、空中での姿勢や動作の取り方等の部分的な訓練が主だったため、比較的狭い範囲内での立体機動に制限されていたのだが、今回は入り組んだ渓谷を飛び抜け、2人同時に立体機動を取り、先にゴール地点へと辿り着いた者には加点が与えられることになっていた。
ハルも長い入院期間を経て、春の訪れとともに南駐屯地に戻り、初めの頃は体力を戻していくことに必死だったが、今では訓練にも最後まで臨めるようになり、筋力も大分以前通りに戻りつつある。足の通院も四週に一度と頻度は減って、近々通院の必要もなくなりそうだった。
午前中は男子が先に立体機動試験を終えており、昼からは女子の試験が始まっている。とはいえ、試験と言っても立体機動の訓練が本格的に始められたのは一ヶ月前のことだ。未だ飛び慣れて居ない者も多い中、入り組んだ渓谷でのタイムアタックに臨むには些かまだ早いと思われるが、そんなことを言っている場合でもなく立体機動に集中しなければ、大きな事故に繋がる可能性もある。
一年目の主に体力づくりを主軸としていた訓練とは違って、二年目となればただ体を動かしていればいいというわけにもいかなくなり、訓練内容も頭を使い状況を判断する能力が求められるようになってきたため、一筋縄ではいかないものが増えた。そのため、今後も同期の中で脱落者が出てしまってもおかしくはない。実際に立体機動の訓練が始まってから、自信を無くしていまい脱退した者も数名居る。
ハルは自分の一つ先のミーナとハンナがスタートをしたのを見送ると、自身の立体機動装置をベルトに取り付ける。最初はこの複雑な造りの装置を装備するのも手間取ったが、今ではすんなりと取り付けられるようになった。
ベルトの金具に立体機動装置を接続していると、背後からとんと左肩を叩かれて、ハルは後ろを振り返った。
そこには「よっ」と片手を上げて、先ほど立体起動試験を終えたユミルが、にっと歯を見せて笑っていた。
「ハル、調子はどうだ?」
「ユミル…!試験お疲れ様。調子は頗るいいかな…?体力も大分戻ってきたし、飛んで帰ってくる分には問題なさそうだ」
ハルは怪我をしていた右脚の足首を回し、その場で二度ジャンプをして立体起動装置の接続が甘くないか確認しながら言うと、ユミルはにやにやと口元に笑みを浮かべながら、ふとある方へ視線を向ける。
「そーかい。…だが今回は、飛んで帰ってくるってだけじゃ済まなさそうだよなぁ?ほら、ライバルのご登場だぜ?」
そう言うユミルの視線を追えば、立体機動装置を身につけたミカサが、こちらへと歩み寄ってくるのが見えた。
ミカサはハルの元で歩みを止めると、口元に僅かに笑みを浮かべながらも、闘志溢れる眼差しをハルへ向けた。
「ハル、狙撃試験では遅れを取ったけれど、今回は負けない」
先日は狙撃試験があり、十五発の銃弾の命中率と円的の中心への近さでポイントを競う試験があった。このところ訓練を兼ねた試験も多くなってきているのは、早いことであと一年後の冬が明けた頃には、訓練兵を卒業し正式な兵士として各兵団へ入団することになるため、順位付けをするための判断基準を作るのに試験の機会を多くしているのだろう。
銃撃が得意なハルは、その試験でミカサには僅差ではあったが勝利していた。が、体力テストや筋力テストではずっと負けっぱなしであり、ハルもこの立体機動試験はミカサと張り合いができる貴重な種目の一つであるため、全力で臨むつもりであった。
「私も、今回の試験はミカサに負けるつもりはないよ。…今度こそ最後まで、真剣勝負しよう」
「今度こそ」という言葉に、ミカサは入団したて頃に行われた対人訓練の出来事を思い起こした。あれから幾度も訓練や試験が行われてきたが、こうして2人で競う場はあの日から今日が初めてだった。黒く澄んだ双眼を細めて、ミカサに拳を向けてにっと微笑んだハルに、ミカサもこくりと頷きを返して、自身の拳を軽くぶつける。
「望むところ」
そんな楽しげな二人の様子を見て、ユミルは内心胸を躍らせていた。この二人が張り合うところを見られるのは数少ない機会であったし、104期のみならず103期や105期の訓練兵を含めてもトップの実力を誇る二人の勝負は、娯楽少ない訓練兵達にとっては謂わば一年に数回行われるお祭りのようなものなのである。
「今回の戦いも見ものだな~…」
顎に片手を添えて二人の顔を交互に見ながら、そう独り言のようにユミルが呟くと、キース教官がミカサとハルにスタート地点に着くよう指示してくる。
「ハル、教官が呼んでいる」
「うん!行こう。じゃあユミル!また後でね」
「おー!気を付けろよー…」
ユミルはミカサの後を追うようにして足を進め、こちらに向かって振り向きながら笑顔で手を振るハルに軽く手を振り返して見送ると、試験を終えた同期達が集まっている高台の方へと足を進めた。
高台からだと渓谷の全貌が見下ろせるため、試験に臨んでいる二人の姿をよく見ることが出来る。
案の定、高台には試験を終えた同期が集結しており、スタート地点に立つハルとミカサの勝負の始まりを今か今かと待ち侘びている。その中にはサシャやアニ達と一緒に、前列を陣取ったクリスタの姿もあり、試験を終えたライナー達男子の姿も見受けられた。ユミルは雑踏を掻き分けながらクリスタの元へと足を進めると、自分の肩よりも大分下にある肩に腕を乗せた。
「クリスタ!ここに居たんだなっ」
「わあ!ユミル!良かった間に合ったんだね?」
クリスタが驚いたようにユミルを見上げたが、すぐに破顔する。
「…その言い方、私が奴らを観るために急いで戻ってきたように聞こえるんだが…」
「え、そうじゃないの?」
眉間に皺を寄せ不本意そうにするユミルに、クリスタが小首を傾げる。ユミルは「あー…」と言葉を濁しながら、首の後ろを触った。正直なところ、二人の勝負を始めから見たくて、ゴール地点から少し急ぎ目に戻ってきたのは確かだった。ゴール地点から高台までは離れた場所にあるため、ユミルの順番の二つ後のハル達のスタートを観るためには、少々急がないと間に合わない距離だった。
其所を突かれてなんだか気恥ずかしくなったユミルであったが、同じことを言える人物がサシャの隣に立っていた。
「クリスタ。私は別にそんなに楽しみにはしてねーが、ちゃっかり前列陣取ってるあいつこそ楽しみにしてると思わねーか?」
ユミルと一緒に立体機動試験のスタートをしたのは、アニだった。アニはゴールした矢先、高台目指して一直線に走り出したところをユミルは目撃していた。
ユミルに指を指されたアニは、心無しか額に汗を滲ませ、息が上がっているようにも見えるが、アニはそれを否定しようと眉間に皺を刻む。
「別に私は前列でハルの立体機動を観たかったわけじゃ…」
そう弁解するアニだったが、周りの人間は照れているだけだなと微笑ましく思うだけで全く否定出来て居ない。というか、本心を自分で言ってしまっている。
サシャは動揺しているアニの隣で、ワクワクと目を輝かせながらハルとミカサを見下ろし、それから男子達の方へと視線を向けて言った。
「今回はどちらが勝つんでしょうか?本当に展開が読めませんよ!!楽しみですっ…!向こうの男チームは、また賭け事始めてるみたいですけどっ」
男子達も、夢のカードが揃ったとまるでカジノでも来たかのように盛り上がっている。
「今回は流石に難しいよな…やっぱり、筋力的にも体力的にも優ってるミカサが有利か…、それとも技術的に優れた立ち回りが上手いハルに意外と勝算があるのか…?」
フロックは眉間をこれでもかというほど寄せて、まるで一世一代の賭け事をするかのように腕を組んで唸る。
彼の言う通り、やはり今回はミカサに賭ける者が多い。それはやはり身体を扱う立体機動では、体力と筋力がものを言うからだろう。
そのどちらもハルより優っているミカサが、立体機動でも一歩先に出るのではという考えにはなるのは当然のことだ。
「ライナーは、どちらに賭けるんだい?」
ベルトルトにそう問われたライナーは、特に迷う様子もなく、はっきりと「ハルだ」と即答する。ライナーがハルに向ける厚い信頼は、友情を越したものがあるのだとジャンも気付いては居たが、最近はそれを隠す素振りがない。それはジャンがハルのことを好きだマルコやコニー達にカミングアウトした頃からだと薄々感づいていた。
ジャンはライナーから「お前はどっちだ」と問い掛けられる。その視線は明らかに挑戦的な視線だったので、ジャンも目を細め、スタートラインで相変わらず緊迫感なく屈伸運動をしているハルを視線を見下ろしながら揺らがない口調でハッキリと答えた。
「ハルに賭ける。晩飯全部な」
「おお…大きく出たな!」
しかしその答えに驚いたのはライナーではなく、隣に立っていたコニーだった。完全に負けることを期待して、ジャンの晩飯を狙っているのが見え見えだった。
第十四話 彼女の背には翼がある
→