第十三話
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ギリギリギリギリ…
「おいサシャっ!何だよさっきからギリギリギリギリ…お前のその歯軋り聞いてると頭がおかしくなりそうだから、いい加減やめてくれねぇか」
口に食べ物を入れている時以外は延々と歯軋りをしながら、向いに座っているユミルの背後のテーブルに集まっているマルコとジャン、アルミンとコニーが座っている方を睨み付けているサシャに、ユミルはいよいよ不快感を露わにするが、それでもサシャが歯軋りを止める気配はない。
サシャの挙動がおかしいことは多々あるが、今回は一段と様子がおかしいと、ユミルの隣に座っていたクリスタが、一度マルコたちの座るテーブルの方を見やる。アルミンとコニーはサシャの熱烈な視線に対して困惑した表情をしているが、こちらに背を向けて座っているマルコとジャンの背中が、妙に強張っているように見えた。クリスタは再びサシャの方へと視線を戻し、首を傾げる。
「…サシャ…マルコ達と何かあったの?」
すると、サシャはカッと両目を見開き、座っていた椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がりながら、両手でテーブルを叩いた。その衝撃でスープが器から溢れ出しそうになる。
「大っ…有りです!!」
「っ!?…び、びっくりしたぁ…」
あまりの剣幕にクリスタは身体を跳ね上げて、驚いたと胸に手を当てる中、ユミルは怪訝な顔でパンを頬張りながらサシャを見上げる。
「これは大事件ですよ…!ハルがっ、私のハルがぁああ!!」
どうやらハルに関することで何かがあったようだが、詳しいことは話さず一人頭を両手で掻き毟りながら騒ぐサシャの背後に、突然気配なくミカサが現れて、クリスタとユミルは驚き目を丸くする。
「サシャ、それは聞き捨てならない。ハルはサシャのものではない」
ミカサはそう無表情でありながらも声にはしっかりとした圧力を込めて、サシャの肩を背後からがっしりと掴む。と、サシャはその場で飛び上がり、自分が座っていた椅子にガタンとぶつかった。
「ぎゃあああ!?ミ、ミカサ!?貴方一体何処から現れたんですか!?」
まるで幽霊に遭遇したかのような面持ちで驚くサシャを、ミカサは冷めた目で見つめながら、「いや、ずっと後ろのテーブルに座っていた」と言う。ユミルとクリスタは気づいていたが、サシャはどうやらそのことに気づいていなかったようだ。
そんな騒がしいサシャ達のテーブルを見て、アルミンは向かいに座っているマルコとジャンの顔を見て首を傾げた。
二人はこちらを睨んでいたサシャの方を一切振り返ろうとはせず、長距離走でも終えた時のような疲労を滲ませている。
「ねぇマルコ、ジャン。サシャと何かあった、」
「何もねぇし何も知らねぇよ」
ジャンはもぐもぐとパンを噛みながら食い気味にそう言ったので、何かあったのだろうなとアルミンも察しはしたが、問い詰めるつもりはなかった。が、ジャンの隣に居たマルコが、「ジャンがハルのことを好きだって話を、サシャに聞かれちゃってさ」と無慈悲にも事の次第を話したのに、「え?」とアルミンとコニーは目を丸くし、ジャンは無理矢理ごくりとパンを飲み下して、マルコの胸倉に掴み掛かった。
「マルコぉぉぉおお!?お前っ、お前何をっ…!!」
「何って…別に隠す必要ないって言ってたじゃないか?」
「だからってこんな所で言わなくてもいーだろーがっ!」
気に留めていない様子で答えるマルコに、ジャンの眉間にぐっと皺が寄る。その様子にコニーはニヤニヤと笑みを浮かべながら、顎に手を添えて揶揄うような口調で言った。
「へぇ~?噂では聞いてたけど、やっぱりお前、ハルのこと好きだったんだな?」
「ぐっ」
コニーはジャンにとって要注意人物リストの一人であった。何故ならコニーはゴシップ好きで情報網が広く、それでいて口がメガホン級に軽いのである。隠し事などコロっと話してしまえば、翌日には全同期達に知れ渡っている。
「(よりにもよって一番聞かれたくねぇ奴に聞かれちまったっ…!)」と、ジャンは喉を鳴らし露骨に嫌そうな表情になるが、そんなジャンにアルミンは同情の視線を向けた。
「そっかぁ。ジャンもハルの人誑しの餌食になってしまったんだね…」
「…な、何だよ人誑しって」
ジャンはマルコの胸倉から手を放すと、椅子に座り直し訝しげに問いかける。と、アルミンはうーんと少し首を傾げる。
「まあ…端的に言えば、ハルのことを好きなのはジャンだけじゃないってことだよ。…僕が知っているだけでも、ハルはここに来てから五人には告白されてるしね?」
五人…と、ジャンは表情を引き攣らせると、動揺した心を落ち着けようとしたのか、手元のカップを掴んで、ゴクリと水を一口飲んで溜息を吐いた。やはりマルコの言っていたことは、自分を揶揄うために口を出たホラ話ではないようだ。そもそも人を謀るのに嘘を言うような人間ではないということは知ってはいたが、嘘だと疑うというよりは、嘘だと思いたかったというのが正しい。
「…その話、本当だったんだな」
「まあでも、そこまで不思議なことでもないよね。…ハルって可愛いし、誰でも分け隔てなく優しいし…その上頭も良くて運動神経抜群。…それでいてちょっと抜けてるところもあるなんて、もう言うとこなしだよ」
何の気なしにサラリと大胆な発言をするアルミンは、相変わらず姿勢良くスプーンでシチューを掬って口に運ぶ。それにジャンとマルコとコニーは、まさかと言った表情でアルミンへと視線を向ける。その視線に気づいたアルミンは、慌ててスプーンを置いて、胸の前で両掌を振った。
「い、いやっ!僕はただ見解を話しているだけで!そういう深い意味はないよっ…!」
「そ、そうか…」
「でも、何だか道のりは長そうだね」
「それに、あいつって男だけじゃなくて女にもモテるからな…。ライバルはマジで多いだろうなぁ」
ジャンはアルミンの返答にほっと胸を撫で下ろしながらスープを口に運び、マルコは苦笑を浮かべている中、コニーは両腕を組んで難しい顔になる。
「その通りですよ!!」
すると突然、後ろのテーブルに居たはずのサシャが、ジャンの背後に地面から生え出したかのように現れた。ジャンは驚いて椅子から転げ落ちそうになる。手にしていたスプーンも思わず落としてしまって、床でカタンと音を立てた。
「うお!?サシャ!?お前っ…いつの間に!?」
サシャは居丈高にジャンを見下ろし、自身を見上げて顔を引き攣らせている彼の眼前にビシリと人差し指を向けると、とんでも無い啖呵を切ったのである。
「絶対にっ…絶対にハルの純潔は、ジャンには渡しませんからね!!!?」
サシャのその声は、同期集まる食堂に恐ろしいほど盛大に響き渡った。
それによって皆の注目の的になってしまったジャンは、顔を真っ赤にして椅子から立ち上がると、悲鳴染みた声を上げたのだった。
「てめぇは何を大声で誤解招くようなこと言ってやがんだよ!?」
そして一方で、
病室で夕食を取り終えたハルが、「くしゅんっ」とくしゃみをして、「ハルちゃん、誰かに噂話でもされてる?」と夕食を下げに来てくれた看護師さんに笑われていたことを、誰も知らない。
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