第十三話
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茹だるような夏の暑さも和らぎを見せ、秋の初風が淡く紅色へと移ろいを始めた木々の葉を撫でる中、訓練場に招集された104期訓練兵一同は、キース教官からの本日の訓練終了の声掛けを心待ちにしながら、整列し、姿勢を正していた。
「お前達、明日からは三連休だ。実家に帰省する者も多いだろうが、ハメを外し過ぎることのないようにーーー、それでは、本日の訓練を終了する。…解散っ!!」
そうすると、同期達からは背負っていた重い背嚢を地に下ろした時のような、解放感溢れた歓声が上がった。いつもならばキース教官が、「突っ立っていないで早く食堂へ行け!」と凶悪な相貌で喝を入れるところだが、何も言わず駐屯地の兵舎の方へと踵を返したので、どうやら今日は大目に見てくれるようだ。
厳しい訓練続きで身も心も満身創痍だった同期達の顔は、一変して晴々としている。
しかし、それも無理はないだろう。
今まで十日間に一日の休暇が与えられてはいたが、何せ明日からは訓練兵団に入団して初の、三連休に入るのだから。
第十三話 其々の帰る場所
かと言って、皆が皆その休暇を待望していた訳ではない。
やっと実家に帰れると喜色満面な者も居れば、むしろこの休暇をどう過ごせばいいのかと腕を組み悩む者も居る。
どちらかと言えば、サシャは後者であった。
三日間地獄のような厳しい訓練から解放されるというのはこの上なく喜ばしいことだが、なにせ実家に帰ることは憚られる身の上だった。
父には「まともな人間になるまで帰ってくるな」と喧嘩別れのようになって訓練兵団へと入団したこともあり、それから一年も経過していないので、流石に未だ帰省する気にはなれない。
サシャは深く溜息を吐いて、どうしたものかと腕を組んで唸った。そうやって悶々としていると、サシャの前をいつもの仲の良い三人組が通り過ぎて行く。…ミカサとアルミンとエレンだった。
彼らはシガンシナ区出身であり、故郷へ帰りたくても、帰ることは叶わない。
一年に一度しかないこの三連休を、何時もと変わらず兵舎で過ごすことになるのだと考えれば、自分は帰る故郷と家族が在るだけまだ幸せ者なのだ。ライナー達や、入院中のハルもエレン達と同じく……そうだ、ハルだ。
サシャふとこの三連休の中で、行く当てを一つ見出した。
普段は訓練終わりに、同期の皆で代わる代わる座学のノートをハルに届け見舞いに行っていたが、この連休は其々に当てがありハルも寂しくなるだろう。
ハルの右足の牽引は四日前の夜に外され、ベットの上で身動きが取れなかったのも、ギブスになり少し自由が効くようになった。確か明日から、松葉杖をついて歩くリハビリが始まるはずだ。右腕のリハビリは4週間前から始められており、日常生活に支障がない程までには回復している。治療は順調過ぎるほど順調と、人より回復が早いらしいハルに、担当の先生も驚いているらしい。
「(…よし!明日はハルのお見舞いに行きましょう!…何か市場で、美味しい物でも買って……)」
何を差し入れすればハルは喜ぶだろうか。
ハルのことだから、「お土産はいいから、見舞いに来てくれるだけで嬉しいよ」なんてことを言うんでしょうけれど…。と、入院中の友人のことを考えながら、食堂の方へと歩き出すと、前方でマルコとジャンが肩を並べて歩いているのが目に入った。
サシャは二人も駐屯地から実家が近いので、当然帰省するのだろうなと思いながら、休日はどう過ごすのかとその背中に声を掛けようとしたが、どうやら二人はその話題で話し込んでいるようで、二人の肩を叩こうとした両手をぴたりと止める。
「ジャン、本当に帰らないのかい?」
「ったく、何度も言ってんじゃねーか。…っ帰らねぇよ」
「でも、きっとお母さんもお父さんも心配してるだろ?ジャンと家の近いトーマスだって帰るって言っていたし…、会いたがってると思うけど」
「だから俺はいいんだよっ!帰ったってやることもねぇんだし…っ、それに…明日は連休中の課題持って行くついでに、ハルのリハビリの同伴もしてぇし…」
「!」
連休とはいえ、律儀に座学の課題はしっかりと出されており、ジャンはどうやら明日ハルの所へその課題を持って行くらしい。しかし、それはいいとして…、
「(リハビリの同伴までするつもりなんですか…!)」
サシャは勘繰るような面持ちで目を細め、息を潜めながら忍足になって二人の会話に聞き耳を立てる。確かに、ジャンは同期の中でも一番に足蹴くハルの見舞いに通っている。訓練が長引いても、五分だけ顔を見て帰ってくるようなことも多々あったし、動けないハルの為に水差しの水を汲んで来たり、床ずれ予防のために体制を変える補助をしたり、その他諸々の身の回りの世話までしているようだった。
そんな献身的なジャンには、皆驚いていた。抜身すぎる性格と切れ長の鋭い目のせいか、一見して近寄りがたいイメージがどうしてもある彼には、それは意外な一面だったたのだろう。…が、ジャンのことを良く知っている者からすれば、彼がハルに取り分け優しいということは今に分かったことではないので、特に驚くようなことではないのだが…。
「ジャンってさ…意外とマメだよね?」
「…っんだよ」
マルコは口元を緩め、顎に手を当ててそう言うと、ジャンはちらりとマルコを横目で見て、眉間に深い皺を作り舌を打つ。マルコの観察眼は兵士として様々な場面で役立つだろうが、こういう時にそのポテンシャルを発揮されるのは正直勘弁してもらいたい。と、ジャンは内心で思った。
「まあ、ハルだからっていうのもあるんだろうけど…、僕が見舞いに行くと、ハルの身の回りのものっていつも整えてあるから、動けないはずなのにどうしてるんだって聞いたら、ハル、「ジャンがやってくれたんだ」…って嬉しそうに言っていたし。確か、…そうだ、りんごの皮も剥いてくれるんだって…」
「おいそれ以上言うなマルコ」
ジャンは眉をこれ以上ないほど顰め、足を止めマルコの両肩をがっしりと掴んだが、マルコはその観察眼をじっとジャンへと向け、首を傾げる。
「なんで?」
その「なんで」が指し示すのはこれ以上言うなと言ったことに対してではなく、ハルに特別世話を焼くことについてを指しているのだと、ジャンは何となく察してしまって、言い淀む。
「なっ…なんでってそりゃあ…友達だからだろ」
「友達でもそこまでしないでしょ」
「…っおいお前!さっきから一体何が言いてぇんだよ!」
ジャンはガシガシと苛立ったように頭を掻く。
マルコは自分とは相対して穏和そうな見た目をしているし、実際に気も優しい。が、時折評論家のような鋭さを見せてくるのが怖いところでもある。現に今も、マルコはじっとジャンの顔を見て、事件の謎を解明した探偵のような表情と口調で言った。
「…ジャンってさ、ハルのこと好きなんだろ?」
ジャンも薄々マルコが何を言おうとしているのか気づいては居たのだが、こうも直球で核心を突かれると分かっていたとはいえ動揺してしまう。
何か適当に誤魔化してこの場をやり過ごそうとも考えては居たが、相手がマルコとなれば容易なことではない。そもそもこの気持ちを隠す必要など、ないようにも思えた。
ジャンは訓練場の周りを取り囲んでいる山々の間に沈んでいく夕日を見つめながら、ハルに対する直向きな思いを持って、包み隠すことなくハッキリと答えを出す。
「…ああ、好きだ」
その返答に、マルコは瞳を丸くして、驚いた表情を見せたが、すぐに破顔する。
「思ってたより素直な返答だった」
「別に、隠すことじゃねぇだろ」
ちっと軽く舌を打って、再び歩き出したジャンの少し後ろを歩いて、マルコは微笑ましいといったような表情で、ジャンの背中を見て言った。
「まあ、隠せてないからね」
「…どういうことだよ」
「だって皆言ってるよ?ジャンはハルに対して特別優しいから、見ている方はその甘さに胸焼けしそうだってね?」
そう言うと、ジャンは音が鳴りそうな勢いで肩を跳ね上げ、その場にビシリと固まった。どうやら本人は、周りに知られていないと思っていたようだ。
マルコは自身の発言に対しあまりに分かり易い反応を見せるジャンに苦笑を浮かべながらも、少し揶揄いたくなってしまって、動揺を隠し切れていないその背中に更なる追い討ちを掛ける。
「…まあ、僕からアドバイスできることがあるとしたら、油断は大敵だってことかな?アルミンと僕の見解では、ジャンにライバルはかなり多いだろうし、幸か不幸かは分からないけど、本人は恐ろしいほどの鈍感振りだしね」
「…ライバル?」
案の定、ジャンは剣呑な表情でゆっくりとマルコを振り返る。話に食いついてきた彼に、マルコは右手の人差し指を顔の横でピンと立て微笑みながら、とんでも無いことを口にしたのである。
「ジャン、知らないのかい?ハルって、もう何人かの男子に告白されてるんだよ」
そのタイミングで、訓練場に秋の冷たい夕風がひゅうと音を立てて吹き抜けた。
「なっ…」
ジャンはわなわなと肩を震わせ、口を魚のようにはくはくと動かし始めたのに、マルコは肩を竦める。
しかし、その話に食いついたのはジャンだけではなかった。
「!?」
不意に背後から荒々しく両肩を掴まれ、驚いて顔を後ろに向ける。…と、そこには鬼の形相をしたサシャの顔が間近にあって、マルコは思わずひいと顔を引き攣らせた。
「マルコぉ…その話、もっと詳しく聞かせてください…!」
それからマルコはサシャによってしばらく、質問攻めと言えば生温い、尋問に合ったのだった。
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