第十二話
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トントントン
「?」
すると、病室の引き戸が三度ノックされ、近くにいたベルトルトが引き戸を開ける。と、そこには病院の看護師さんが立っていた。
「すみません、そろそろ面会のお時間は終了です」
看護師さんは病室にいる皆に視線を巡らせながら申し訳なさそうに言うと、ふとハルの顔を見てあらっと目を丸くする。
「グランバルドさん?目が覚めたんですね?」
「あ、はい!すみません、ご迷惑を…」
「目が覚めたのなら良かったです。一度先生に診てもらいますので、今呼んできますね?」
看護師さんはそう言って微笑むと、一度皆に頭を下げて、小走りで先生を呼びに向かった。
それにミカサは邪魔をしては悪いと、ハルの傍に歩み寄りながら言う。
「ハル、今日はゆっくり休んで。私たちは寮に戻る。…最後に、ハルにはもう無茶はしないと約束してほしい」
ミカサの黒い双眼には、嗜めるような色が浮かんでいて、ハルは分かったと頷きながら言った。
「約束するよ」
そう言って、ハルはミカサに向かって小指を差し出した。
ミカサはその行動に、はっと目を丸くする。ミカサが驚いた理由を、ハルは理解しているようで、口元に柔らかな笑みを浮かべたまま、ミカサを見上げている。
ハルがミカサにしようとしているのは、『指切り』だ。ミカサも幼い頃、母親と何度か交わしたことがあったが、これは東洋人の間に伝わる行為であり、エレンたちも、もちろん他の同期達も知らないだろう。
ミカサは懐かしい思いに駆られながらも、ハルが差し出す細い小指に、自身の指を絡めた。
それを見て、クリスタとサシャが不思議そうに首を傾げる。
「ハル?ミカサ?それって、何をしてるの?」
「小指と小指を合わせて…なにか意味があるんですか?」
「これは、指切り」
「指切り?」
ミカサの言葉に、クリスタとサシャが顔を見合わせて首を傾げる。
「東洋人に伝わる文化…なのかな?何かお互いに約束をするときに交わす行為なんだ。お互いに小指を絡めて…こう、『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った』ってね」
ハルがミカサと絡めた小指を上下に動かしながら二人に説明すると、サシャとクリスタは神妙な顔つきになって、身を縮める。
「なかなか、殺伐としてますね…」
「た、確かにそうね…」
「ははっ、でも、それだけちゃんと約束は守ろうねってことだよ」
ハルがそう言って笑うと、ミカサもうんと頷く。それにサシャは、ふと何かを閃いたように両手を胸の前でパチンと合わせた。
「…なるほど!では今度ユミルと何か約束する時は、『指切り』をしてみますね!」
「サシャ…残念だけど、ユミルにはあんまり効果がないかも…」
しかしそれは無駄だろうとクリスタは首を振った。そもそも指切りという行為に応じてくれる可能性が低すぎるからだ。確かに、ユミルが指切りをしてくれるイメージは、皆全くと言っていいほどに湧いてこなかった。
そんなことを話していると、アルミンがハルの傍に歩み寄って、ミーナの隣で足を止める。
「ハルはきっとしばらく入院になるだろうから、座学のノートとかはみんなで交代で取って、訓練終わりに持ってくるね?」
「暇だって騒ぎ出しそうだから、ハルの教本と…あと面白そうな小説か何かでも持ってくるわ」
「ありがとう、迷惑かけてしまうけれど…本当に助かるよ」
ハルがアルミンとミーナに視線を向けてお礼を言うと、次にはエレンがアルミンの横に立つ。
「エレン?」
ふとアルミンが隣に立ったエレンを見上げる、と…エレンは両手を腰に当てて、じっとハルの顔を見下ろして言った。
「ハル、お前さ…ジャンに会ったら、ちゃんと礼言っておけよ?ジャンとマルコとサムエルは訓練場の整備担当だったから、今日は来れねぇだろうけど、きっと明日は顔出すだろうし。お前のこと、すげぇ心配してたからな?」
「それと、ダズは行軍訓練の疲労で熱出して寝込んでで、ユミルは食堂の清掃担当で今日は顔出せねぇから」
エレンが付け加えるようにしてコニーが言うのに、ハルは「分かった」と頷きを返し、それからエレンを見上げる。
「ジャンには、本当に感謝してるんだ…。…見つけてもらっただけじゃなくて、弱っていた私のことを励まして、支えてくれたから。……エレンも、ありがとう」
「俺は何もしてねぇよ。俺たちやライナーは第二チェックポイントに居たし…、ハルのことは、シャーディス教官が最終チェックポイントから第一チェックポイントに移動する時にたまたますれ違って耳にしたからな。…心配だったが、訓練は続行だと命令が出ちまったし…」
「…それでも、こうやって訓練終わりに見舞いに来てくれて…、すごく嬉しかったから」
いつものように屈託のない笑みを向けてくるハルの鼻先を、エレンは指で軽く弾いて、にっと笑った。
「お前は、皆に愛されてるからな」
「…っ」
その言葉に、ハルは弾かれた鼻先を左手で押さえながら、小さく息を呑む。
「一人じゃねぇから、…寂しくないだろ?」
エレンのその言葉と口調には、まるで傷口に薬を塗る時のような、繊細で、とても穏やかな響きがあった。彼の後ろで、アルミンとミカサが顔を合わせ、微笑むのが見える。
その様子に、ハルは浩然とした様子で、穏やかな笑みをたたえてゆっくりと頷いた。
「…うん」
すると、周りに居たミーナ達も、ハルの顔を見て微笑みを向ける。
そんな皆の表情を見て、ハルはとても心強く、幸せな気持ちを胸に抱えながら、はっきりと嘘偽りのない思いで、エレンの問いに答えることが出来た。
「寂しくない」
そう言って笑ったハルに、エレンは「だろっ」と得意げに笑ってみせる。
すると、ハルの眠るベットの向かいに立っていたアニが、自身のポケットから何かを取り出し、ハルの左手に乗せた。
「ほら」
「アニ…これ…!」
「…洗って、簡単に繕ってあるから」
自身の掌に乗せられた、ハルがいつも身につけているお守りに、ハルは目を輝かせてアニを見つめると、その視線にアニはふいとぶっきらぼうに顔を逸らし、腕を組む。
谷底で落ちた時には、泥に汚れ布に穴が空いてしまっていたが、その汚れは綺麗に洗い落とされ、穴も綺麗に繕われていた。
「ありがとうっ、アニ…!」
喜ぶハルに、ベルトルトは腰を折り曲げ、ハルの顔を真剣な面持ちで覗き込む。
「…何度も言われて耳にタコができてるかもしれないけど、僕たちからも言わせてもらうよ、ハル。…一人で無茶は、もう絶対にしないこと」
「…お前の無茶っぷりには慣れてるつもりだが、…今回は度が過ぎる」
ライナーはそう言いながらハルの傍に歩み寄ると、ハルの顔をじっと見つめ、右肩と腕が痛まないようにそっと左肩に手を乗せる。
「ハル…本当にもうこれっ切りにしてくれよ?お前が崖から落ちた話を山で聞いた時も、三日も目覚めてないことを知った時も…生きた心地がしなかった…」
「ライナー…」
ライナーの目元には珍しく薄らと隈が出来ていて、彼が眠れていないことが見て取れたハルは、申し訳ない気持ちで眉を落す。
そんなハルの顔を見て、ライナーは仕方がないなと軽くため息を吐くと、ハルの肩に乗せていた手を、形の良い頭の上にポンと乗せる。
「あまり、心配かけるなよ?」
「…うん。ごめん。ベルトルトもアニも…いつも心配かけて…むぐっ」
ごめん。と言う前に、アニがハルの口元に手を押し当てた。驚いて目を丸くしているハルに、アニは釘を刺すような口調と視線で言う。
「謝らなくていい。だから、もうしないって約束しなよ」
「モガモガモガ(約束する)…」
口を押さえられたままだったので、上手く喋れなかったハルだったが、アニは何を言ったのか理解できた様子で、ため息混じりにハルの口から手を離し、肩を竦めた。
「…だったらいいよ。今日はもう寝て、ゆっくり休みな」
「…うん、わかった。…ありがとう」
その後、先生を呼びに行った看護師さんと、担当の先生が病室にやってきたのと入れ替わりるようにして、アニ達は宿泊舎へと戻って行った。賑やかだった病室から急に人気が減って、病室が突然広くなったような気がしてしまい、ハルは心細い思いに駆られながら、先生の診療を受けるのだった。
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