第十一話
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「ハルっ!!何処だっ!!」
ジャン達はバラバラに散らばって、松明の明かりと月明かりを頼りに、ハルを捜していた。
しかし、一時間経っても見つけることが出来ず、ハルの所持していたもの等、小さな痕跡すら何一つ見つけることは出来ていなかった。何かあれば照明弾を撃ち上げることになっているが、今のところ一度も上がっていないということは、マルコ達の方も捜索は難航しているのだろう。
ジャンはマルコ達よりも先に崖下へ下り先行しているが、未だ見つけられていないとなると、ハルはかなり下まで落ちてしまっているということになる。ジャンは何度となく襲ってくる不安と焦燥に、ふとして歩みを止めてしまう。怪我が酷くまだ落ちた場所で動けずに居るのか…最悪の場合は…
そこまで考えて、ジャンは頭を振った。
「くそっ…!んなことを考えている暇があるなら、少しでも山道を下りねぇと…!」
今は兎に角ハルを見つけ出すことだけを考えるべきだと、ジャンは悪い考えを振り払うようにハルの名前を呼びながら、再び歩き出そうとした。…その時だった。
「ゲホッ…」
「!」
朝とは打って変わって嵐の喧騒が消え、むしろ気味が悪いほど静かな森の中に、誰かが苦しげに咳き込むのが聞こえた。
一緒にハルを捜している同期達のものかとも思ったが、先行しているジャンよりも崖下には居ないはずだ。
「ゴホッ…!」
再び聞こえてきた咳は、前方の崖下から聞こえて来る。
「っ!」
ジャンは半ばハルだと確信しながら、山道の出っ張った木々の根に躓き転びそうになりながらも崖の縁へと走り、両膝をついて下を覗き込んだ。
「!?」
そうすると、3メートルほど下の崖の壁面に、背を預けて力無く座り込んでいる人影が、青白い月明かりでぼんやりと見えた。華奢な体格と、肩に掛かっている雨具の色で、間違いなくハルだと確信したジャンは、ほっと胸を撫で下ろすのも束の間に、ハルへ呼びかける。
「おいっ!!ハルっ!!俺だっ、ジャンだ!!」
しかし、二度三度と呼び掛けてもピクリとも反応がない。どうやら意識を失ってしまっているようだった。
その様子に嫌な予感が胸中に広がり、焦りながらも背嚢から取り出した照明弾を夜空へ撃ち上げる。すっかりと暗闇に慣れてしまっていて、照明弾の輝きが目に刺さるが、その明かりで傾斜が緩くハルの居る場所へと一気に滑り降りられそうな坂を近くに見つけることができた。
ジャンは照明弾を撃つのに一度岩場に立て掛けた松明を再び拾い上げ、その傾斜を滑り降りると、ハルの傍へと駆け寄る。
「ハルっ!大丈夫かっ…しっかりしろ!!」
手にしていた松明を傍の壁面に立てかけ、片膝をついて項垂れているハルの肩を掴んで揺さぶるが、まるで人形のように頭が揺れるだけで、なんの反応も返ってこない。
ジャンはハルの細い首元に手を当て、脈が触れるか確かめる。率動的に弱々しく鼓動する脈の震えを指の腹に感じて、一先ずほっと胸を撫で下ろしたが、触れた体温があまりに冷たかった。
ハルの顔は蒼白で泥に汚れ、右の顳顬から流れ落ちてきた血が固まってしまい、右目の目蓋が開かなくなってしまっている。
背嚢を背負わず傷の応急処置がされていないところを見ると、崖から落ちたときに背嚢を失ってしまったのだろう。一見しただけでかなりの重症だと分かるのに、谷底へと続いている細い道には、血の跡と足を引きずった痕が続いているのが見えた。ハルはこの怪我でも、自力で谷底から登ってきたのだと分かり、ジャンは言葉が出ず奥歯を噛み締めたが、今は胸を痛めている場合ではないと、ハルの頬を叩いて懸命に呼び掛けを続ける。
「ハルっ!ハル!!頼むっ…目を開けてくれ!!」
そうすると、ハルの目蓋が震え、左目だけが薄っすらと開く。弱々しく喉を震わせて、血の気の失せた唇から浅く息を吐き出した。
しかし意識が朦朧としている様子で、すぐ傍で自分を呼び掛けるジャンの目を真っ直ぐに見ることはなく、視線は虚空を彷徨い、瞳は酷く虚げだ。
「っ…いいか?そのまま目ぇ開けてろよっ?痛むかもしれねぇが、これから応急処置に入るからなっ?」
ジャンは再び意識を失ってしまわないようハルの顔を両手で挟み、子供に言い聞かせるようにして声を掛けると、まずはハルの顳顬の傷を、泥と血で固まった髪を持ち上げて確認する。流れ出した血の道の先は乾いているものの、切れている傷口は未だ生々しく、流血は続いている。
ジャンは背嚢から消毒液を取り出し傷口を洗い流すと、ハルがびくりと痛みで体を強張らせ、小さく呻き声を上げる。
顳顬の傷は2センチほど鋭利なもので切ったように線が入っている。頭部に他に外傷は見当たらずコブもないので、幸い頭は強く打ってはいないようだ。意識が朦朧としているのは、恐らくだが頭部からの出血と疲労が原因だろう。
ジャンは清潔な布で右目の瞼の上で固まっている血を拭き取り、顳顬の傷口にガーゼを当て、手早く包帯を巻き付けながら、時よりハルの顔を見て声を掛け続ける。
「マルコ達とずっとお前のことを捜してたんだ。ミーナ達も、…フロックも、お前のことを心配して一緒になって捜してくれてる。さっき照明弾を撃ち上げたから、皆すぐに来てくれる筈だ。だから、それまで頑張ってくれ…っ!」
声を掛け続け意識を繋ぎ止めていなければ、ハルは再び意識を失ってしまいそうだったが、懸命なジャンの声掛けに、ハルは何か答えようとしたのだろうか、血の気を失って乾いた唇からか細く息を吐き出した音が鳴った。しかし、次には大きくむせ返ったように咳き込んだあと、項垂れたハルの口の端から、赤い血が流れ出す。
「っ、ハル…!くそ…っ、大丈夫、大丈夫だからなっ…!」
ジャンはハルへというよりは、焦燥する自分に言い聞かせるように言いながら、頭部に包帯を巻き終えると、ハルの首から下を順番に触れて、怪我の状態を確かめる。見たところ呼吸をしているだけでも苦しそうであり、先程の咳き込んだ時の喀血が、肋が折れて肺を傷つけている可能性を顕示している。
まず一番最初に反応を見せたのは、右肩、それから右腕の肘から下。そして肋…の、主に右半身だ。何より一番大きく声を上げたのは、地面に投げ出すように伸ばされている、右足の脛骨の辺りだ。
「…っう…あぁっ…!」
「ここが痛むのかっ」
ズボンの上から軽く触れただけで、虚だった目を見開いて悲鳴を上げるハルに、ジャンは眉間に寄せていた皺をさらに深くし、悄然とした面持ちになる。主に負傷が右側に多いのは、落下して地面に叩きつけられたのが右半身だったからだろう。
ジャンは兵服の上着からナイフを取り出すと、ハルの右足の裾から膝までのズボンを引き裂く。と、痛々しく足は真っ青に腫れ上がり、服の下で確認できなかったが、真っ直ぐな筈の脛が歪んでいた。
「っお前…!こんな足でっ、ここまで登ってきたのかよっ…!?」
思わず声が震え驚愕してハルを見上げると、ハルが徐に、目蓋を閉じて行くのが見えて、ジャンは慌ててハルの両肩を掴んだ。
「っおい、ハル…?っ駄目だ目ぇ閉じるなっ!ハル!!」
体の負傷が激しいため、肩を激しく揺さぶることは出来ない。ジャンはハルの頬を叩いて、意識を引き留めようと懸命に声を掛ける。
その時、突然バサリと、何処からともなく一羽のカラスが二人の傍に降り立った。
そのカラスは、じっとハルのことを見つめている。ギリギリのところで意識を保っていたハルは、そのカラスの暗い目を見て、ぶるりとの体を震え上がらせた。
そのカラスの双眼を見ていると、ハルはある光景を思い出してしまう。
それは、あの目だ…
弟二人を喰らう、何の感情も感じられない、巨人の目だった。
「ぁ…あ」
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