第十話
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ハル達がようやく第一チェックポイントに到着すると、点呼を取る副教官の傍に控えていたフロックが、荒々しい足取りでこちらへとやってくると、勢いづけてトーマスの胸倉に掴み掛かった。
「っおい遅いぞトーマス!お前が来ないから点呼が取れなくて、テントも張れねぇだろうがっ…!」
「っす、すまんフロック…」
「ちょっと…!」
トーマスに再会して開口一番に言う言葉がそれかと、ミーナが我慢ならないといった様子で身を乗り出す。しかし、ハルはそんなミーナを腕を出して制した。
怪訝な顔を浮かべたミーナに変わって、ハルは胸倉を掴まれているトーマスとフロックの間に割って立ち、フロックを鋭い瞳で見据えて言った。
「フロック」
「…なんだよっ」
酷く神妙な声と表情の称えているハルを、フロックは目を細めて睨みつける。
しかし、ハルの顔色が変わることはなかった。
「…君は第8班の班長でしょう?なら班員の皆を守る責任があるはずだ…。君が、君の決めたルートの中で、トーマスが負った怪我をちゃんと気にかけて進んで居たなら、もっと早く此処へ辿り着いたはずだ。…それを、っ君がトーマスを責めるのは間違ってる」
「あ?」
そう厳しく言い放ったハルに対して、フロックは額に縦じわを作り、忌まわしそうに喉を唸らせる。
二人の間に緊迫した空気が流れたのに、トーマスは慌ててハルの肩を掴んだ。
「… ハル!もういいから…、気に掛けてくれてありがとうな…」
「 よ く な い 」
「!」
しかし、争い事を好まないはずのハルは、そうぴしゃりと言い放つと、肩を掴むトーマスの手を振り払って、フロックにずいと詰め寄るように身を乗り出した。
「っこんな天気の中で、怪我をしたトーマスを放置して行くのは、仲間のことを見捨てたのと同じことだ。最悪の場合、足を滑らせて滑落していた可能性だってあるんだ…!フロック、君は君がしたことの事の重大さをちゃんと理解しておくべきだよ!」
フロックにそう訴えかけるが、今のフロックにはハルの言葉を聞き入れる器量がない様子で、苛立ちを隠せずがりがりと頭を掻き毟ると、ドンとハルの肩を荒々しく突き飛ばす。
「っうるさいな!お前は俺たちとは別班だろう!…だったらこっちのことに口出すなよな!!」
そう言って踵を返して行ってしまったフロックを、ハルは追いかけようとしたが、それはサムエルがハルの腕を掴んで止めに入る。
「… ハル!気持ちは分かるが…今はフロックも気が立ってて、何を言っても聞いてくれないさっ」
「っでも!」
フロックには、班長としての責任を持ってもらいたいのだと頭を振るハルに、トーマスは笑顔を見せる。
「いいんだよハル!…ほんと、気遣ってくれてありがとうな!でも本当に大丈夫だからさ!…俺、向こうに戻るわ!みんな、今日は本当に助かったよ!」
「トーマスっ…!」
トーマスは自分を心配しフロックへ言及してくれたハルに感謝をしていたが、だからこそこれ以上事がややこしくなってハル達に迷惑を掛けてしまうのも嫌だと、早々にハル達の元を離れることにした
。
そんなトーマスをハルは呼び止めるが、傍に居たミーナもハルが彼の背中へと伸ばした腕を掴んだ。
「ハル。私もハルの気持ちよく分かるけど…今は、私たちも点呼を取って休まないと。ハルだって、私たちには言ってないだけで、本当はとても疲れてるでしょう…?」
そう言われて、ハルはっとしたように三人の顔を見た。
ミーナ達はハルやトーマスのことを気に掛けてくれていたが、その表情には疲労がくっきりと滲んでいる。今、班長として優先すべきことは、私情ではなく、少しでも早く点呼を済ませテントを張って、皆に休んでもらうことなのだ。
ハルは自分の感情に流され、皆のことを考えられていなかったと反省しながら、熱くなった感情を落ち着かせるよう努めて、肩を落として頭を下げた。
「…うん。みんなごめんっ…熱くなってしまって…」
「別にいいんだよ。それに、お前は俺たちが言いたかったことを代わりに言ってくれたんだから、俺たちに頭を下げるのは間違ってるだろ」
「ああ、そうだな!そんなことよりも、腹減ったよな?」
「うん!早く点呼取ってテントも張って、ご飯にしよ!」
そう明るく声を掛けてくれたダズとサムエルとミーナに、ハルはこくりと頷いて、此処第一チェックポイントの副教官に点呼を済ませると、泥濘が少なく水が溜まりにくい場所を選んで、雨水が入り込まないよう注意しながらテントを張り終えると、早速夕御飯の支度を始めたのだった。
:
「本当…疲れたよねぇ…。こんな天気で、良くここまで来れたよ…」
ミーナとハル、ダズとサムエルで2つテントを張り終えると、ハルとミーナがサムエル達の方のテントへ集まり、みんなで携帯食料と沸かした湯で淹れた紅茶を手にして、ミーナがほっと一息吐きながらそう呟いた。
「…ああ、本当に不思議だよな。…多分、ハルがいなかったら、こんな早くにテントで休むなんて無理だったよ」
「悔しいが、認めるしかないよなぁ。ハルには助けられちまった」
サムエルやダズがそう絶賛してくれるのを、ハルは照れ臭そうにしながら聞いていたが、此処まで誰も怪我なく来れたのは、自分の力だけではなかったと首を振る。
「ミーナも、ダズも、サムエルも皆…弱音も吐かずに頑張ってくれて、…私のことを頼ってくれたから、ここまで来れたんだって思うよ。…私自身、今日はずっと皆に支えられていたし…こちらこそ、ありがとう」
ハルが三人にそう言って微笑みを向けると、ミーナ達も顔を見合わせて、それから微笑みを浮かべた。
「…へへ、なんか照れくさいな」
ダズが鼻の下を指で擦りながらそう言うのに、ミーナは紅茶を一口飲んで、くすりと笑いながら肩を竦める。
「…ねえ。なんだか私、もっと今日はキツいって思っていたけど、…むしろちょっと楽しめてるかも」
「そうだな!きついが、楽しいよな!」
そんなミーナに明るくサムエルも頷いて、携帯食料をがりっと齧る。
「よーし!!明日はもっと張り切って頑張るよー!」
ミーナがテントの中で溌剌と両腕を振り上げると、テントの上に引っ掛けていたランプに手を思い切りぶつけて、「痛っ!」と声を上げたので、三人はそれを見て笑う。
明るい雰囲気のまま夕食を取り終えて、ミーナとハルが二人の荷物が置いてあるテントへと戻ると、濡れた兵服の上着を脱いで、背嚢に取り付けていた寝袋を敷く。
その間も、テントの側面は雨風でバタバタと激しく波打っていて、ミーナは不安げな声音で「すごい風だね…テント飛ばされないかな」と言ったのに、ハルは大丈夫だと笑って頷いた。
「大丈夫。風に飛ばされないようにペグもちゃんと打ち込んだし、万が一も考えてロープで補強もしてあるからね。今日は安心して眠って大丈夫だよ」
「ふふ、ハルがそう言うなら心配ないね」
ハルの物言いはハッキリとしていて、ミーナの胸に浮かんだ不安を簡単に吹き飛ばしてしまう説得力がある。
ハルはライナーやベルトルトと同い年で、自分よりも少し年上だが、この逞しさは僅かな年齢の違いから来るものだけだとは思えなかった。
ハルはエレン達と同じく、シガンシナ区出身で、『あの日』から開拓地で厳しい生活を強いられていた。巨人の脅威を目の当たりにしたエレン達にも感じていることだが、ハルからは年相応とはいえない大人びた雰囲気を感じる。
そんなハルの、寝床を整えている横顔を見つめながら、ミーナは静かに口を開いた。
「… ハル」
「…ん?」
「…今日は、本当にありがとね」
「急に改まってどうしたの?」
ハルはおかしそうに肩を竦めて首を傾げるが、ミーナは真面目な顔で話を続ける。
「ハルが私達のこと、ずっと励まして、支えてくれていたから、今日は私も、サムエルもダズも、頑張れたんだと思うから…」
「…それはこっちの台詞だよ。ミーナの明るい声が、ずっと私の力になっていたから。だから明日も、よろしくねっ、ミーナ」
「っうん…!」
ミーナがそう真摯な眼差しでお礼を言ってくれたのに、ハルも同じく真っ直ぐな視線を返して、ミーナの頭に手を乗せわしわしと撫で回すと、ミーナは照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑って頷いた。
その時だった。
低い唸り声を上げて、より一層強い突風が外に吹き荒れた時、隣のテントから悲鳴が上がった。
「うわあああ!!!」
「なっ、何!?」
ミーナが驚いて声を上げる中、ハルはテントの中で干していた雨具だけを被って、外に飛び出す。
と、テントが先ほどの突風で飛ばされてしまったのか、寝袋や背嚢がめちゃめちゃに地面に散らばり雨晒しになっているトーマスとフロックが居た。
「もうやってられるかよこんなことっ!!めちゃくちゃじゃねぇかよ!!」
フロックはこの惨状に堪らなくなって、嵐の中自身の靴に纏わりついた泥を蹴り上げ、癇癪を起こしてその場から立ち去ってしまう。
「フロック!!ちょっと待って一人で何処に行くんだっ!!」
「っ、クソ!風でテントがっ張り直せないっ!」
ハルはフロックを咄嗟に呼び止めたが、その声はフロックには届かず、嵐の怒涛に掻き消されてしまう。
残されたトーマスが必死にテントが飛ばされないよう腕で押さえつけているのを放ってはおけず、ハルは自分の後を追いかけてテントから出てきたミーナに、背嚢の中からハンマーとペグの予備を取ってきてもらうように頼む。
「ミーナ!私の背嚢の中から、ハンマーとペグを取ってきて貰ってもいい?」
「分かった!すぐに持ってくる!」
ミーナはこくりと頷いてテントの中へと足早に戻る中、ハルはトーマスの側に駆け寄る。
「トーマス!大丈夫!?」
「ハルっ!お前なんでっ…」
ここに居るんだと問いかけられる前に、ハルは風で暴れるテントを抑え、端を見つけ出すと、トーマスに抑えていてもらうよう声を張り上げる。
「トーマス!ここを左足で踏んで、手で紐を押さえて支点を保ってて!」
「あ、ああ!」
トーマスはハルに言われた通りテントを押さえると、ハルは紐の端を掴み、撓みのないよう強く引っ張る。
「ハル!持ってきたよ!」
ハルの元にミーナが背嚢ごと側へ持ってきて、中からハンマーとペグを取り出す。ハルはそれを受け取ると、泥濘んだ地面に強く紐を絡めたペグを打ち込む。
「風が強い時は、ペグは地面と90度に打ち込んだほうがいい。じゃないと、すぐ風の力で抜けてしまうから」
「あ、ああ分かった!すまんっ…」
ハルはトーマスにそう言いながら、もう片方のテントの端を同じようペグで止めると、最後に背嚢の中に残っていたロープで、テントが飛ばされてしまわないよう近場の木の幹を支えにして、補強する。
「…これで一先ずは…大丈夫かな?」
「ありがとうハル。ミーナも…助かったよ」
トーマスがほっとした様子でハルに礼を言う中、ミーナがはっとした様子で辺りを見回す。
「あれ…フロックは…?…いったい何処に…」
ミーナとトーマスがフロックの姿が見えないことに不安気な表情を浮かべる中、ハルはなんだか嫌な予感がしてしまって、雨具の上から背嚢を背中に背負う。
「捜してくるっ!」
そう言ったハルの腕を、トーマスは慌てて掴む。
いよいよトーマスも我慢の限界だと、眉間に皺を刻んで声を荒らげた。
「おいやめろよっ!あんな自分勝手な奴放っておけ!それに、こんな暗い中歩き回るのは危険だろ!」
しかし、ハルは頭を振って、トーマスの腕を振り払う。
「っこんな天気だからこそだよ!…地面も泥濘んでるし、此処は切り立った場所だから、足を滑らせてうっかり崖から落ちたりなんてしたら大変だっ!」
「ハル!だったら私も一緒に行くよっ!一人でなんて行かせられない!」
ミーナはハルの両肩を掴んで、懸命に声を張り上げて言うが、ハルは駄目だと首を横に振る。
「ミーナはテントに戻って!もしも私が三十分しても戻らなかったら、副教官にこのことを報告して欲しいんだ」
「っそんなの!戻らなかったらって何!?」
ミーナがハルの両肩を掴む手に力を込め問い詰めるが、ハルは「心配しないで」と一言残し、ミーナの腕から離れ、闇夜の嵐の中へと駆けて行ってしまう。
「おい待てよ!ハル!!」
「行かないで!!ハル!!」
ミーナとトーマスがハルを必死に呼び止めたが、その声は嵐の音に掻き消され、またハルの姿も、あっという間に闇の中へと消えていってしまった。
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