第九話
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ジャンは凍り付いたように固まってしまったハルの顔を覗き込み、お守りを手放して、強張るその両肩に手を置いた。
そうすると、ハルはびくりと肩を震わせて、はっと現実に引き戻されたかのようにジャンの目を見返したが、酷くその視線を泳がせる。
「あ、…いや…私…は…、」
「?…おい、どうした?」
ハルの瞳が、まるで別人のモノのように脆く震え始め、掴んでいる細く華奢な肩も、同じように小刻みに震え出す。
そして、ハルは何故かジャンと視線を合わせることを避けるように、顔を伏せてしまう。
「ハル…?っおいハル…!」
急に弱々しくなってしまったハルは、強く呼び止めていなければどこかに飛んで行ってしまいそうな気がして、ジャンは焦りを伴った声音でハルに声を掛ける。
…そうすると、ハルはゆっくりと顔を上げ、ジャンの瞳を見返し、それから酷く震えた唇で、言葉を溢した。
「私は…家族を…同じお墓に入れたいんだ。…ただ、それ…だけなんだ…」
その言葉はまるで台本に書かれたセリフを棒読みしたように機械的で、どこにも感情が見当たらず、ジャンはハルが嘘を吐いているのだと、すぐに理解できてしまった。
ハルの願い事は、『故郷に帰る』ことでも、『家族をお墓に入れる』ことでもないのだ。
「(…じゃあ、本当のハルの願いは、何だっていうんだ…?)」
ジャンはハルの本音を聞きたくて、ぐっとハルの両肩を掴む手に力を込めると、言葉を強くして問いかける。
「…嘘、付くなよ。お前、本当はそんなこと思ってないだろっ…!お前が本当に願ってることは、もっと別なことなんじゃないのか?」
ジャンの懸命な視線と問いかけを受けて、ハルは再び逃げるようにして、ぎゅっと目蓋を閉じ顔を俯けてしまう。
「おいハルっ、逃げるなよ!」
そんなハルを逃さぬよう、ジャンは語気を強めてその肩を揺らした。
「…駄目だよ…」
「!」
ハルは、そう酷く怯えた声で、地面に向かって溢す。
「…それ以上は…聞かないで…お願い、だから…っ」
ハルは懇願するように、それでも顔は俯けたまま、ジャンの両腕にしがみ付く。その両手が酷く震えていて、ジャンはどうしようもなくもどかしい感情に駆られながら、ハルの白い頸を見下ろしながら言った。
「…お前はそんなに、…自分の本音が知られるのが怖いのか?」
「…怖いよっ…」
その一言は、まるで幼い子供が泣き出しそうになりながら助けを求める時のように、弱々しくジャンの鼓膜を震わせた。
そうしてハルは顔を俯けたまま、脱いでいた右足の靴を拾い、ジャンの両腕から逃れるように立ち上がると、中途半端に包帯を巻き付けたままの右足で、自身の寮に向かって歩き始めた。
そんなハルの背中を、ジャンはその場に立ち上がって呼び止める。
「待てよ…っ、ハル!」
それにハルは足を留め、表情も見れないほど僅かにこちらを振り返って言った。
「ジャン。今日は付き合ってくれてありがとう。…明日は早いから、もう…戻ろう」
足早に寮へと戻って行くハルを、ジャンはそれ以上呼び止めることも出来ず、伸ばした手をふらふらと下ろして、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
すると、僅かに雨の匂いを乗せた、強く激しい風が、訓練場に吹き抜けた。
見上げた空はいつの間にか夕日の光を失っていて、どんよりとした重たげな雲で覆われていた。
それは今まさに、ジャンに心を隠したハルの胸中を表しているかのようで、ジャンはハルの肩に触れていた自身の掌に視線を落とし、切なげに目を細める。
人に知られたくない隠し事の一つや二つ、自分も含めて誰にだってあるものだ。それを無理矢理に知ろうとする事は、野暮にも程がある。
しかし、彼女が隠しているものは、長く内に秘めておくべきではないとても危険なモノのように思えてならなかった。
ハルの胸の内に根を張っている深い悲しみの感情は、いつしか心臓にまで届き、その鼓動すら締めつけてしまいそうな危うさがある。
そうなってしまう前に、ハルをその呪縛から救い出してやりたい。あんな…苦しげなハルの顔を、俺は見ていたくない。そう強く思いながら、ジャンは自身の掌を、ぐっと固く握りしめた。
「ハル…お前は一体、どこに…行こうとしてるんだよ…」
ジャンの囁きは、明日の嵐の兆しを運ぶ荒々しい夜風の音に、すっかりと掻き消されてしまったのだった。
完