第八話
名前変換設定
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「コニー・スプリンガー!次はお前の番だ!!」
キース教官が自分の名前を呼んだのに、コニーは威勢よく返事と敬礼をして射撃位置に立つと、ふうと息を深々と吐き出して、ゆっくりと視線を持ち上げて標的を見た。
「…あれ?」
そしてコニーは、その標的がやけに近くにあることに気付き首を傾げた。
「あの、教官!標的の場所、あってますか?もっと遠くじゃ…」
そこまで言うと、キース教官がギロリと凶悪な視線をコニーに向けてきたので、コニーは慌ててなんでもありません!と声を上げ再び標的に向き直った。が、やはり昨晩標的を狙っていた時よりも間違いなく近い。
それをおかしく思いながらコニーはふと、少し離れた場所で自分を見守っているハルの方へと視線を向けた。
そうしてハルと目が合うと、ハルは戯けたような表情で笑みを返し、口パクで「頑張れ」と言い親指を立ててきたのに、コニーはああ、やられたなとふっと口元に笑みを浮かべた。
ハルは昨晩の標的の場所を、自分には内緒でテスト時の場所よりも遠くに置いていたのだ。
昨日は日が落ちていてそれに気付くことができなかったが、いざ陽のある時に射撃場に立って、そしてハルのあのしてやったりな表情で、コニーはそれを即座に理解できた。
「(あの陽の落ちた時間に、しかももっと遠い場所の標的にも当てられたんだ…こんなの、楽勝だぜ!)」
コニーはそう前向きな気持ちなって標的を睨むと、大きく深呼吸をして、ライフルを構え、そして引き金を引く。
「…コニー・スプリンガー!全弾命中だ!!」
キース教官が珍しく驚いた様子で、双眼鏡でコニーの撃った標的を見ながらそう言うと、わっと周りに居た同期達が驚きの声を上げた。
「すげぇ!あのコニーが全部命中させたぞ!!」
同期達がどよめく中、コニーは伏せ撃ちの状態から立ち上がり、膝に付いていた砂をほろって満足げにライフルを肩に掛けると、そんなコニーにサシャが駆け寄る。
「コニー!すごいですよ!天才です!!」
「まっ、まあな!昨日ハルに教えて貰ったからな!」
「一晩でそこまで上手くなれるなんて、なかなか出来ることじゃないですよ!」
サシャがそう言ってコニーを褒め称えると、コニーは少し照れ臭そうに頭を掻きながらも、誇らしげに胸を張っている姿を見て、遠くでその様子を見ていたハルがほっとしたように胸を撫で下ろす。
「良かった…、なんだか私の方が緊張しちゃったよ…」
そう独り言を呟いた時、「おい」と背後から声を
掛けられて、ハルは後ろを振り返った。
そこには、自身のライフルを肩に掛け、片手に包帯を持っているジャンが居た。
「手…出せよ」
「え?」
「っいいから出せっつってんだよ!ほらっ、その左手!」
「うわっ!はっ、はい…!」
突然手を出せと言われて怪訝に思ったハルは首を
傾げたが、ジャンが詰め寄るよう身を乗り出して急かすので、ハルは慌ててジャンに言われるまま左手を差し出した。
ジャンはハルが差し出した、昨日の自主練で鬱血し水膨れだらけになっている左手を見て、眉間に深い皺をつくったが、その表情とは裏腹に優しくボロボロの手を掴んで、手にしていた包帯を巻き始める。
「ったく…人の心配するのはいいが、もっとてめぇのことも気遣えってんだよ。…こんな手じゃあ集中して射撃できたもんじゃねぇだろっ」
「大丈夫だよ。これくらい平気…っ」
「 黙 っ て ろ 」
相変わらずへらりと笑うハルの、ライフルの頬付で擦れ赤くなっている左頬を指で弾いて釘を打つように言ったジャンに、ハルは痛みでびくりと肩を竦めて息を呑む。それからオズオズと自身の手に包帯を巻いてくれているジャンを見つめた。
「…ジャン…、あの、どうして左手…」
怪我してるって知ってたの?と聞こうとしたハルの言葉を遮るように、ジャンは口を開く。
「いくらお前に集中力があって、忍耐力があったとしてもだ。…遅くまで無茶してりゃあ、体はその分ガタが来る
。…頑張るのはいいが、本番で実力発揮できなきゃ意味ねぇだろ…?」
ジャンの言っていることは最なことで、ハルは返す言葉もないという様子で眉と一緒に肩を落とす。
そんなハルをちらりと見たジャンは、はあと呆れた様子でため息を吐きながら、包帯の端をきゅっと結んで、掴んでいたハルの左手から手を離した。
「ほら…、出来たぞ。これなら多少は痛くねぇだろ」
そう言ったジャンに、ハルは綺麗に巻かれた包帯をまじまじと見つめた後、感動したように目を輝かせて、ジャンに微笑みを向ける。
「…うん。ジャン、ありがとう…!すごく楽になったよ。これならテストに集中できる」
「…そーかよ。だったら早く行け。コニーが終わったら、もうすぐお前の番だろ?」
ジャンがそう射撃場の方へ顎をしゃくって見せると、射撃場でキース教官が「ハル・グランバルド!!」と声を張り上げて名前を呼んでいるのが聞こえてきて、しまったとハルは声を上げた。
「そ、そうだった!!うっかりしてたよ!!」
そうして教官の方へと走り出そうとしたハルだったが、三歩程走ってふと足を止めると、くるりと踵を返して再びジャンの方へと戻ってきた。
「?」
それにジャンが首を傾げていると、ハルはジャンの側で足を止め、ジャンの両手をきゅっと掴んで微笑んだ。
「ジャン!本当にありがとう…っ、気にかけてくれて嬉しかった…!」
「いっ…!いいからさっさと行けよ!!」
至近距離で微笑まれたのと、自分の手を握るハルの温もりが擽ったくて、ジャンは思わず顔を赤くしながらそう言う。そんなジャンの心情も知らずに、ハルは「うん!」と満面の笑みで頷くと、颯爽と射撃場へと駆けて行った。
そんなハルの背中を、ジャンは流行る心臓を落ち着かせながら見送り、そして自分の両手に視線を落とした。
ハルに握られた手の感触がまだ残っていて、ただ触れられただけでこんなに動揺してしまう自分が情けなくなる。
そう立ち尽くしていたジャンの背中に、珍しくエレンの方から声を掛けてきた。
「…あいつ、昨日の夜ずっとコニーに付き添ってたんだってな?」
「あ?」
ジャンが条件反射で不機嫌そうに振り返ると、エレンは感心した様子で射撃場に入ろうとライフルに銃弾を込めているハルの方を見ながら言った。
「…すげぇよな。あんなに手間取ってたコニーを、一晩であんなに変えちまえるなんてよ。…実際に自分でやるのと違って、人に伝えるってのはずっと難しいだろうに…」
そう言ってハルをじっと見つめているエレンに、ジャンはなんだか無性に心が漣立つのを感じて、目を細める。
そんなジャンの視線に、エレンも気がついて、怪訝そうに首を傾げる。
「?なんだよジャン、俺の顔に何か付いてるのかよ?」
「…別になんにも。っつーかっ…!今日は絶対ぇてめぇには負けねぇかんなっ?」
「へぇ…そりゃあ楽しみだな。精々お前が外すとこ、楽しみして見てるぜジャン?」
「てっ、てんめぇっ!!」
ジャンとエレンが睨み合い、いつものように喧嘩を始めようとした時、突然ずいと二人の間にまるで地面から這い出てきたかのようにマルコが現れた。
「ねえ、2人とも!話してる所悪いけど、ハルの射撃見に行かないのかい?」
「マ、マルコ!?」
「お前っ!?一体どこかで出てきたんだよ?!」
驚く二人に、マルコは少々不機嫌そうに眉をへの字にして、「ずっと此処に居たよ」とため息混じりに言ったのだった。
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