第八話
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「よしっ!…この明るさで当てられるようになれば、明日の訓練のほうが、楽に狙えるようになるね」
「ああ、そうだな!ありがとうな!」
ハルは二本だった松明を四本に増やし、先ほどよりも標的の見通しが良くなるように射撃場を照らしてくれた。コニーが礼を言うと、ハルはにこりと微笑んで見せて、早速コニーへ射撃位置に立つように促す。
「じゃあコニー、先ずは立ち撃ちで三発、撃ってみてくれる?」
「分かった!」
コニーはライフルを構えて、標的へと狙いを定める。やはり松明はあっても、明るいうちに行っていた訓練時より標的が狙いにくく、遠くにも感じてしまって、銃を構える体に力が入ってしまう。
コニーは目を凝らしてハルに言われた通り三発の銃弾を撃ち込んだが、どれも標的を捉えることは出来なかった。
「やっぱり当てられねぇか…」
そう落胆するコニーに、じっと真剣な眼差しでコニーの射撃を見ていたハルが、顎に手を当てゆっくりと話し始める。
「うーん…当たってないことが問題というよりも、コニーは少し焦り過ぎているのかもしれないね。サシャみたいに感覚で撃ててしまう人を真似するのは難しいから、まずは時間をかけてでも一発一発、大事に狙って撃ってみようか」
「時間を掛けてって言ってもよぉ、テストでは制限時間があるんだろ?あんまりのんびりもしてられないんじゃ…」
コニーが不安そうに眉間に皺を寄せていう問いかけてくるのに、ハルは大丈夫だと微笑みを浮かべて見せる。
「焦らず一つずつ、熟して行こう。時間が掛かっても、標的に当てられるようになれば、それは少しでも自信に繋がる。自信は焦りを消して冷静さと集中力を持たせてくれるから」
「そっか…確かにそうだよな。…っよし、次はもっと時間を掛けて狙ってみるよ」
コニーはハルと左程会話をしたことがあるわけではなく、気が知れている者同士という訳でもなかったが、不思議とハルの言葉には妙な説得力を感じられて、すんなりと胸に入ってくる。
コニーは前向きな気持ちで再び銃を構えると、一発一発に先ほどよりも時間を掛け、集中して標的に狙いを定める。しかし、それでも標的を捉えることはできなかったが、最初の三発よりも標的に近い場所に弾が飛んでいるようだった。
「うん、いいね。さっきよりもいい所に当てられてる。後は…。…コニー、一度銃を構えてみてくれるかな?」
「あ、ああ」
ハルはコニーに射撃の体制を取らせると、引き金を握る手ではない、ハンドガードの下部で銃を支えている手を指差した。
「コニーは引き金を引くとき、ここに瞬間的に力が入ってるから、合わせた照準がズレてしまうんだ。銃を支える手の、手首に力を入れる必要はないよ」
「なら、どうやって撃った時の衝撃を受ければ良いんだ?」
コニーが銃を構えたままハルの方へ視線を向けて問いかけると、ハルはエアーで銃を構えた姿勢を取って実演して見せてくれる。
「今のコニーの姿勢はこう。でも、上手く衝撃を受けるには、もっと両脇を絞めて、少し前傾になる。肩付の位置も、もう少し内側に寄せる。…その方が安定するはずだよ」
「…こう、か?」
コニーはハルに指摘された箇所を修正し、構えの姿勢を取る。そうすれば確かに銃の安定性が増し、体制も楽になった。
「なるほどな…!この姿勢の方が狙いやすいぞ!」
「よし、ならその姿勢を意識して、ゆっくり標的を狙って撃ってみて」
コニーは再び標的に向き合い、狙いを定める。そうすると姿勢を変えたせいか、狙いを付けている時の息苦しさがなくなっていることに気づく。…そして、引き金を引くと。
パアン!
「!?」
標的に銃弾が当たった音が、高らかに訓練場に響き渡った。
コニーは足元から喜びが突き上げてきて、思わず声を上げてハルの方を振り返る。
「やった…やった!!当たったぞ!!」
そう喜ぶコニーに、ハルも自分のことのように嬉しそうに笑ってガッツポーズを作った。
「すごいよコニー!ちょっと言っただけですぐに当てられるなんて!やっぱりセンス、あるんだね!!」
「いや違うって!お前の教え方が的確だったからだ…っ、よし…!俺でも、標的に当てられたぞ…!」
そう口にして、コニーはハッとする。先ほどの、ハルの標的に当てられれば自信がつくという言葉が、そのまま自分に生じているということに気が付いたからだ。
コニーはグッと無意識に握り締めていた拳から視線をはずしハルの方を見ると、ハルは「じゃあ、次は、少し時間を意識してやってみよう」と提案をする。
それにコニーは喜ぶのも程々にして、再び射撃の訓練に戻る。しかし、やはり時間を意識してしまうと集中力が欠けてしまうのか、九発撃って当てられるのは四発といったところだった。それでも全く標的に当てられていなかった自分の成長は著しいものだとは思うが、これではサシャに勝つことはできないだろう。
「あー…駄目だ。…やっぱ焦っちまってんのかなぁ」
コニーがガシガシと表情を曇らせて頭を掻くのに、ハルはコニーの隣に立ち、静かな口調で話し始めた。
「コニーはさ…、銃を撃つ時っていうのは、どういう時だと思う?」
「は?」
突然の問いかけに、コニーは困惑して隣に立ったハルを見たが、ハルはじっと標的の方を真剣な眼差しで見つめたままでいるので、自分も標的の方へと向き直り、問われた通り想像をしてみることにする。
「…例えば、何か悪いことをした奴が逃げ出して、威嚇射撃とかで…撃つとか?」
「…そういうことも、きっとあるだろね」
でも…、と、ハルは相変わらず静かに、しかし芯の通った声で、話し始める。
「銃は、人を殺せてしまうものだ。もしも自分が撃って外れた弾が、関係のない民間の人に当たって、その命を奪ってしまうことだってあるかもしれない…。コニーが今、その手に持っている銃は、それだけ怖いもので、人の命の責任を持つ覚悟を持って扱わなきゃいけないものだって…私は思うんだ」
「人の…命を…奪う」
確かに、銃といえば、想像するのはそういう脅威を持っているものだとすぐに思い立つ。それでも、自分はこの銃を持つことに対して、その脅威から無意識に目を逸らしてしまっていた。
今、自分が扱っている銃は、命令が下されれば、無機質な今目の前にある標的ではなく、人へ向けなければいけなくなるのだ。
ハルはその事から、初めから目を逸らしていなかった。それを受け入れて、射撃訓練を必死になって続けていたのだ。
「…そうだよな。銃っていうのは…そういうもんなんだよな。そんなこと分かり切ってることなのに、いざ自分が使うってなると…そういう事実から無意識に背を向けちまってた」
自分が今握っているライフルは、人の命を奪えるもの。
そう自覚した途端、急に銃の重みが増し、恐怖さえも感じられてきてしまう。
表情を険しくしたコニーに、ハルは視線を向けると、ライフルを固く握りしめているコニーの手に、自身の手をそっと重ねた。
気遣うように重ねられたハルの手に、コニーはふと視線を持ち上げれば、ハルは柔らかに双眼を細めて言った。
「それでも、この銃はいざという時にきっと、…大切な人を守る力になってくれる。この銃を、奪うものにするのも、守るものにするのも、きっと使う自分次第なんだ。…だから、コニー」
ハルの黒い双眼の中で、松明の炎が爆ぜたのが見えた。その輝きに、コニーはハッとして息を飲む。
「焦ってもいい。不安になってもいい。きっと私達がこれを撃つ時は、そういう気持ちを拭えない場所だから。でも…その感情に負けないくらいの強い意志で、引き金を引くんだ。…自分の守りたい人たちを、ちゃんと守れるように…!」
「!」
ハルの言葉に、コニーはふと脳裏に自分の家族の姿が過ぎった。大切な両親と、可愛い弟や妹達。
自分にとって一番大切な存在である家族を守らなきゃいけない時…、その時自分がこれを使う時はどんな気持ちなんだろう。
多分、とても怖くて、焦って、不安なんだろう。きっとそれはどれだけ訓練したって拭えない感情だ。…それでも、皆を守るためには、ハルが今言った通りその感情に打ち勝つ心の強さを持たなきゃいけないんだ。
コニーは唇を噛みしめると、ぎゅっと固くライフルを握りしめた。
「…っ俺は、逃げたりしねぇ…!そんな弱い人間にはならねぇよっ!俺はライナーみてぇに体格が良いわけでも、ミカサみてぇに才能があるわけじゃねぇけどっ…、どんなでかい壁に直面してもそれから逃げるような人間には絶対にならねぇ!…じゃねぇと…、じゃねぇとさっ…!」
訓練兵になるために、故郷を離れる時、自分を見送ってくれた家族の姿を思い浮かべながら、コニーはふっと笑みを浮かべ、空を見上げる。
夜空にはキラキラと無数の星が輝いていて、それらは一つ一つの大きさも違うが、その中の小さな星でも、輝きは夜空の深い闇に負けない力強さがあった。
「置いてきた家族の皆に、笑われちまうもんな!」
自分も、星の中ではきっと小さな存在なのかもしれないが、ああやって強く輝けるような存在でありたい。
そんな思いでコニーがにっと満面の笑みを浮かべて、ハルを見た。
そうすると、ハルははっと息を呑んで、その双眼を大きく見開いた。
そしてそれから、いつもの屈託のない笑みを浮かべ、コニーに重ねていた手を離した。
「…そうだね。…コニーなら、大丈夫!絶対に出来るよ!」
ハルがそう背中を押すように声を掛けてくれたので、コニーはああと勢いよく頷くと、大きく深呼吸をした後、再びライフルを構える。
目の前にあるのは、ただの木製の標的。
「(…でも、あれがもしも俺の大切なものを傷つける存在だったら…?その標的の周りに、自分の仲間が居たら…)」
そう考えながら、コニーは胸の中に生まれてくる焦りや不安を打ち消すように奥歯をぐっと噛みしめて、…引き金を引いた。
一発目は、標的の右上に的中する。
それでも、相手の急所には当たっていない。まだ動けてしまう!
コニーは噛みしめた奥歯を噛んだまま、ボルトハンドルを跳ね上げ、再び引き金を引く。
二発目は標的の左下を貫くが、やはり急所ではない。
ちゃんと、仕留める!
そんな強い思いで、コニーは三発目の狙いを定める。額からたらりと流れてきた汗が目に入るが、そんなことは気にしていられない。
目を細め、脇に力を込め、精神を集中させて、コニーは一番自身の中で充実した瞬間に、引き金を引く指に力を込めた。
ダァアン!
静かな訓練場に、最後の銃声が響く。
そして、銃口から放たれた弾丸は、標的の中心を貫いた。
「…っ…は」
コニーは銃から頬を離し、はっと短く息を吐き出して、標的を見る。
…やはり、自分が撃った三発は、すべて標的に命中している!
それを理解して、コニーは「わああああ!」と歓喜の声を上げ、銃ごと空に向かって両腕を挙げ飛び跳ねる。
「やった!やったぜ!!!」
「すごいっ!すごいよコニー!!君って天才だぁ!!」
ハルもコニーと一緒になって喜びながら飛び跳ねる。
「ハルっ!本当にサンキューな!!俺、まさか当てられるなんて思ってなくてっ…!全部、全部お前のおかげだよ!!」
「ううん。違うよ!これは全部コニーの実力だよ!おめでとうコニー!!明日、お互い頑張って上位目指そうね!」
「おう!!頑張ろうな!!」
ハルとコニーはお互いにハイタッチを交わして、明日の射撃テストに向けて意気込んでいたが、そんな自分たちを遠くから見守っていた人物に、気付く様子はない。
「うっ…!なんて感動的なんだ…、なんか泣けてきちゃったよ」
「…おい、なんでお前が泣いてんだよっ」
訓練場の木の裏に隠れて、じっと二人の様子を窺っていたのは、マルコとジャンの二人だった。
コニーとハルが二人喜んでいる姿を見て、マルコが感動してぐすんと鼻を啜り始めたのに、ジャンは表情を痙攣らせるのを、マルコはムッとした様子でジャンを見た。
「そんなこと言って、ずっと自主練してるハルが心配だから様子見に行くって言ったのはジャンじゃないか」
「ばっ!俺は別に心配だなんて言ってねぇよ!ただ気になるって言っただけで…」
ジャンが顔を赤くしてそれを否定するのに、マルコはにやりと笑って、ジャンの背中をポンと叩く。
「恥ずかしがらなくたっていいじゃないか。友達を心配するのは当たり前のことなんだから。…それとも、ジャンは別の意味でハルのことが心配だった?」
「…おいマルコ。お前俺のこと揶揄ってるだろ!」
「…何のことかな?」
「っち…!おいもう戻るぞ!」
「あ!待ってよジャン!」
舌打ちをして踵を返し、寮へと歩き始めたジャンをマルコは慌てて追いかける。
そして、その背中にマルコは素直じゃないなと思いながらも、口元に笑みを浮かべながら声を掛けた。
「…コニー、良かったね」
そうすると、ジャンははあと短くため息を吐いてから、「そうだな」と小さく、ぶっきらぼうに答えたのだった。
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