第八話
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今日は午後の訓練から初の射撃訓練が実施されており、104期の全訓練兵が訓練場に集められていた。
仮設で作られた射撃場に各々がライフル銃を持って、200メートル先の標的へ射撃を行う訓練内容になっている。
「おいコニー!一体何処に向かって撃っているんだ!!」
「すっ、すんません!」
正午過ぎから始まった射撃訓練であったが、ふと空を見上げれば僅かに日も傾き始め、西日が煌々とオレンジ色に輝いている。
コニーは懸命に射撃訓練に励んではいるが、中々標的を捉えることが出来ずに苦戦していると、それを見かねたキース教官がコニーの耳元で容赦のない喝を入れた。それにコニーはびくりと肩を跳ねさせて声を上げたが、喝を入れられた後の射撃もやはり標的を射抜くことはできなかった。
第八話 射撃訓練
季節は春から夏に移り変わろうとしている頃合いで、日差しを遮るものがないだだっ広い訓練場で、射撃に励む訓練兵達を、西日が容赦なく照らしている。
コニーは額に滲んだ汗を鬱陶しく思いながら兵服の袖で拭った。
時間が経つほどに段々とライフル銃の重みが増してきているようで、銃を撃った時の反動を受けている肩口もズキズキと痛み始めてきた。
そんな中、訓練が始まった早い段階から、山育ちで狩猟民族のサシャは、銃の扱いにも慣れているのもありその射撃センスを遺憾無く発揮していた。
サシャは一番最初の射撃で、三発の銃弾を間をほとんど空けることもなく標的に撃ち込み、そのすべてを的中させた。訓練が始まってから恐らく一度も的を外してはいないだろう。
…しかし、上には上がいる。
「あいつは流石だなぁ…」
周りの同期達が圧巻されている「あいつ」とは、言わずもがな、ミカサ・アッカーマンだ。
今まで行われてきた全ての訓練でトップの成績を残し続けているミカサは、今回もその才能とも言える身体能力と集中力を発揮していた。
銃弾を撃つ早さはサシャと同じくらいではあったが、何よりも標的の中心ばかりを撃ち抜いているということが、サシャとは違い正確さも兼ね備えているということを証明している。
そんなミカサが射撃をしている様子を横目で見てから、コニーはふと、ハルの撃ち込んでいる標的へと視線を向けた。
ハルの的には中心に一つ、銃弾が通った痕があるが、他に銃弾が当たった形跡は見られなかった。
ハルも104期の中では、ミカサやライナー達に並ぶ成績優秀者のうちの1人であったが、そんな彼女にも苦手なこともあるのだなと、コニーは隣に居るジャンを挟んで向こうに立つハルに向かって、銃声が鳴り響く中声を掛けた。
「おいハル!射撃は苦手分野なのか?お前にも苦手なことってあるんだな?」
ハルはライフルに銃弾を込めながら、視線をコニーへと向けると、何ともいえない表情を浮かべて肩を竦める。それを不思議に思ったコニーが首を傾げると、隣で射撃を行なっていたジャンが、ぺしっとコニーの頭を軽く叩いて言った。
「違ぇよコニー。…こいつは当たってないんじゃなくて、標的の全く同じ所に銃弾を通してるから、穴が一つしかねぇんだよ…」
「はあ?なんだよそれ!そんなこと出来るわけねぇだろ…?」
ジャンが到底信じられないことを言うので、コニーはまさかとジャンに疑いの視線を向けたが、「その反応は当然だと思うぜ?俺も…、自分で言っててありえねぇと思うけど、マジなんだよ…」と、ジャン自身も現実を受け入れられずいる様子で肩を竦め、ハルの射撃を一度見てみるようコニーに視線で促した。
ハルは銃弾を装填したライフルを体の正面に持ってくると、すいと流れるような動作でライフルのストック部分に頬付けをする。そうして引き金を引けば、銃弾は金属音を纏った銃声を上げ、標的の中心に空いている穴に吸い込まれていくと、後ろの石壁に深く抉り込んだ。
それからハルは間髪入れず、そして狙いから視線も外さずにボルトハンドルを手早く跳ね上げると、次々に銃弾を撃ち込んでいく。放たれた銃弾全てがその一つ穴に吸い込まれていき、最後に撃ち込んだ銃弾が石壁に深く突き刺さると、何度も同じ場所に銃弾を受けた石壁が、バキリと大きな音を立ててひび割れた。
「う…嘘だろ」
信じられない光景を目の当たりにして、コニーは口をあんぐりと開け惚けていると、ジャンも「分かるぜ」と言うかのように、ポンとコニーの肩を軽く叩いた。
「ハル…お前、ライフル使ったことでもあるのかよ?いや…つーかそうだったとしても…その精度は人間業とは思えねぇぞ…」
ジャンの問い掛けに、いいやとハルはライフルの弾を全部撃ち切ったのを確認すると、銃口から煙が出ている様子を眺めながら首を振って見せた。
「ううん。撃ったのも触ったのも今日が始めてだよ…」
自分自身でも驚いている様子でそう言ったハルに、ジャンとコニーは「「マジか」」と声を揃え、只々驚愕するしかなかった。
…上には上が居るとは良く言うが、その上にも上がいるというのは、なんとも末恐ろしい話である。
そうして間も無くすると、夕食の時間も近づき、日も落ち始めてきたので、キース教官が訓練兵達に召集を掛けた。
そこで、明日の射撃訓練は評価の対象にもなるという話が出てきた。
「明日は射撃の評価テストを行う。内容は立ち撃ち、膝撃ち、伏せ撃ちで各三発ずつだ。合計で9発になるが、1発的中で1点、中心に当たれば2点。上位10名には加点も入ることになっている。…これは最終評価にも影響する大事な試験だ。お前達はこの評価テストが今回初めてになるだろうが、皆心して望むように!」
教官の言葉に一同は敬礼を返し、解散の指示を受けると、皆それぞれに夕食を取りにぞろぞろと食堂へ向かい始める。
コニーの側に居た同期の、老け顔で有名なダズと、地味な顔だが清潔感があって密かに女子人気も高いサムエルが士気の下がった顔でコニーに声を掛けた。
「まぁ…どうせ上位にはあいつらが入るんだろうな。ミカサとハルとライナー達…今回はサシャも上位に入るだろうし…俺たちが加点貰うってのは無理な話だろうなぁ」
「まぁダズ。上位には成れなくても、少しでもいい点数を取れるように頑張ろうぜ」
「はぁ…そうだな。…なあコニー、腹も減ったことだし、飯食いに行こうぜ?」
ダズにそう声を掛けられて、コニーはそうだなと頷きを返し、サムエルとダズの後ろをついて行こうとした時だった。
「?」
何やらハルがキース教官に話しをしている様子が目に入ってきて、コニーは歩みを止めた。
話し声は此処からでは遠くて聞こえないが、見ているとハルは何か教官に頼み込みをしているようにも窺える。
しかし、そんなコニーをダズ達は食堂に行こうと急かすので、コニーはハルのことを気にかけながらも、踵を返して再び食堂へと足を向けたのだった。
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それからコニーはダズとサムエルと夕食を取っていたのだが、食堂の窓から見える訓練場でハルが一人、射撃場に立ち続け自主練をしている様子が窺えた。
もう間も無く夕食の時間も終わって、皆寮に戻る時間を知らせる鐘が鳴るはずだ。ということは、もうざっと一時間は日が沈んだ外で自主練を続けているということになるだろう。
「すごいな。…あいつ、まだやってるのか…」
向かいに座っていたサムエルが、ハルの様子を頬杖をつきながら見ていたコニーと一緒になって感心したように言うと、サムエルの隣に座っていたダズが、やれやれと呆れた様子で肩を竦める。
「真面目だねぇ。ハルなら練習なんてする必要もねぇだろうってのによ」
明け透けのないダズの言葉だったが、コニーも正直なところ、ハルに対して同じ気持ちを抱いていた。
恐らく、明日の射撃テストではハルがミカサを抜いて一番を取るのは間違いない。そんなハルが、夕食も取らずに自主練に励む理由が、コニーには想像ができなかった。
…しかし、ハルが訓練に励む理由が気になっている。ということよりも、コニーには自身の胸の中でモヤモヤと漂っている重たい感情が、ハルの姿を見ていると体の外に出ようと膨れ上がってくる方が気に掛かっていた。
実力を伴っているハルがあんなに一生懸命に射撃訓練をしているというのに、実力がない自分は今こうやって悠長に夕食を取っているということへの心の引っ掛かりが、コニーは嫌になって下唇を軽く噛んだ。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
ハルの懸命な姿に突き動かされるように、残りの夕食を掻き込んで平らげると、そそくさとトレイを持って席を立つ。
そんなコニーをダズ達が「おい?」と呼び止める声がしたが、コニーは「悪ぃ!」と二人に軽く謝罪をしてトレイを下げ口に持って行くと、食堂の配膳場所へと足を向けた。
そして調理場で食器を洗っている、調理場担当のモニカさんに声を掛ける。
「おばちゃん」
「あら、コニー?どうかしたの?」
ふくよかなモニカさんは肉付きのいい頬を緩めて微笑むのに、コニーは少々照れ臭そうに頬を指先で掻きながらモニカさんに頼み事をする。
「…悪いんだけどさ、友達が外で自主練してるんだ。…夕飯持って行ってやりたいんだけど…」
そう言うと、モニカさんは「ああ」と察したように腰に両手を当てて、「やれやれまたかぃ」と呆れた様子で肩を落とす。
「もしかして、その友達っていうのはハルのことかい?…あの子ったら、頑張り屋なのはいいけれど、無茶し過ぎなのよねぇ」
どうやらモニカさんの反応を見ていると、ハルが
食事を取るのをそっちのけにして訓練に没頭しているのは今回だけではないようだった。常習犯のハルに、モニカさんもまたかといった様子だったが、それでもハルのためにストックをしておいたのか、パンとスープが入った大きめのマグカップをコニーに手渡してくれた。
「…ほら、持ってきな。ついでに、ちゃんとご飯は食べなさいってあの子に伝えておいて」
「サンキュ!モニカさん!ちゃんと言っとくよ!」
コニーはモニカさんからそれを受け取ると、溌剌とした様子でハルが居る訓練場へと駆け出して行ったのを、モニカさんは「元気だねぇ」と微笑みを称えながら見送ったのだった。
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