第四話
名前変換設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「全然っ見つかりませんねっ……!こんなに捜しているのに、ユミルどころからクリスタですら見つかりませんよ……はぁ、一体何処へ行ってしまったんでしょうか…私のパァン…」
「う、うーん。…サシャ、残念だけど、そろそろ切り上げて戻ろう。見つかるまで一緒に捜したい気持ちはあるけど、私も午後はサシャ達の受けた対人訓練だから、鐘が鳴る前に訓練場には入っていないといけないし…」
サシャと共に兵舎の外でユミルを捜索し始めてから20分程経過しているが、努力虚しく一行に見つかる気配もなく…、すれ違う同期達に見ていないかと声掛けもしてはいるものの、彼女を見たという情報は一切入手出来ていなかった。
今から食堂へ戻ったとしても、ハルが昼食に有りつくことは難しく、そちらの方は既に諦めに入ってはいたが、午後の対人訓練の集合時間に遅れてしまうことだけはどうにか避けたいところだった。
「そっ、そうですよね!…すみませんハル…、こんな時間まで手伝ってくれて、本当にありがとうございました…!」
サシャはガックリとため息を混じりに肩を落として項垂れながらもハルに礼を言ったが、少しして肩をぶるっと震わせたかと思うと、勢いよく顔を上げ空に向かって大声を上げた。
「ああもうっ!!ユミルの大嘘つきぃーっ!!」
やり場のない怒りを空に向かって吐き出したサシャにハルは傍で苦笑を浮かべていたが、そのサシャの咆哮に木霊するかのように、どこからか声が返ってきた。
「誰が、大嘘つきだって…?」
「「!」」
第四話 二千年後の君へ…
二人は声がした方へと視線を巡らせる。と、すぐ側にある宿泊舎の屋根の上に、二人の訓練兵が座っているのが視界に入った。
一人は小柄で金髪の、青い瞳を持った可愛らしい少女と、もう一人は長身で中性的な顔立ちをした少女だった。
ハルはそんな二人の顔を見た後、理由は分からないが無意識に小柄な少女の方へと視線を向けていた。
さらさらとした金髪と、綺麗なガラス玉のような青い瞳。そして小柄で色白の彼女を見ていると、…理由は分からないが、とても…『懐かしい』という感情に駆られる。以前に何処かで出会ったことがあるのかもしれないが…心当たりは無いに等しい。
「君が、…ユミル?」
「…え?」
首を傾げて問いかけると、金髪の少女は少し戸惑った様子で、同じく首を傾げた。すると、隣に居たサシャが「違いますよ!その子はクリスタです!ユミルはその隣!あんな小さな子が私を抱えて宿泊舎まで連れて行けないじゃないですか…!」と耳打ちしてきた。
それにハルはそれもそうだとハッとした。少し考えれば分かるようなことだが、無意識に彼女がユミルだと、勘違いを起こしてしまっていたようだ。
「ご、ごめん。クリスタ…!ユミルも、ごめん。サシャが君のことを捜していたから。…昨晩はサシャのことを宿泊舎まで運んでくれたって、アニから今朝聞いたんだ。私はその時、すっかり疲れて眠ってしまっていたみたいで……、お礼を言うのが遅くなってしまったけれど、ありがとう。助かったよ」
「…別に。お前を運んだのはアニであって、私はあんたを助けたわけじゃないし、礼を言われる筋合いはないね。……で、サシャ?お前は私になんの用があってここに来たんだ?対人訓練終わってからはヘロヘロで死にかけてたが、さっきは随分と元気良さそうにしてたじゃねぇか?」
ユミルが少々怠そうに屋根の上で胡座を掻いたまま、くあっと大きく欠伸をしながら言うのに、サシャはグッと両拳を体の横で握りしめて、意を結したようにユミルを見上げた。
「ユ、ユミル!私の昼食の残りなんですがッ、何処へいったのか知りませんか!」
「何処にいった…?…ああ、お前が食堂に放置してった飯なら私が頂いたぜ?」
特に罪悪感を抱く様子もなくそう答えたユミルに、サシャはムッと頬を膨らませて、握りしめていた拳をさらに硬く握りしめた。
ハルも予想はしていた展開であったが、あまりにもユミルが頓着していない様子であったため、少々サシャが気の毒にも思えてくる。
「あっ、あれは置いていった訳ではなくてっ、訓練所に水筒を捜しに行っていただけですから…!」
「知らねえよ。だってお前、「食べないでください」なんて一言も言わなかっただろ?」
「な!?」
「ちょっとユミル!」
意地の悪い笑みを浮かべ、屋根の上からサシャを見下ろすユミルに、隣に座っていたクリスタが怒った様子でユミルの肩を掴んでズイと身を乗り出す。
「まさか、サシャに意地悪したの?やめなよっ、そんなことするの!」
「だーかーらっ!意地悪じゃねぇっての。私はただ置いてあったものを頂戴しただけだ」
「私があげるって言ったのはスープだけでっ、パンやサラダは別ですよっ」
「なんだよ…。昨日は馬鹿正直に命令通り、夜中まで走ってやがったお前のことを、わざわざ助けに行ってやったんだ。だったらスープだけじゃ報酬には物足りないだろう?」
「うっ…」
昨日の夜の恩を持ち出されては何も言えないと、サシャが言葉を詰まらせたのに、ハルはサシャの肩をポンと叩いて一歩前に出る。
これまでの2人の攻防を見ていても、言葉達者なユミルには到底サシャが及ぶことはなさそうである。
他所から見れば大したことがない些細な問題かもしれないが、サシャにとって食べ物を奪われるということは一大事なのである。それは通過儀礼の時一緒に罰を受けたハルが、同期の中で一番に理解していた。それはもう痛い程に。
「…ユミル。私が口を出すのはあまり良くないかもしれないけれど、…サシャのことを揶揄うのは良くないんじゃないかな。特に、食べ物のことに関しては…」
「…あ?なんだよ…」
ユミルは表情を曇らせて、ジロリとハルを見下ろした。とても鋭い視線だったが、ハルは臆する様子もなく、視線を逸らさず真っ直ぐにユミルを見据えている。
ユミルはそんなハルの態度が気に入らない様子で、ちっと大きく舌打ちをすると、頭を片手でガシガシと掻き毟った。
「ってめぇは横槍入れてくるんじゃねぇっての!これは、私とこいつの問題なんだからよ!部外者はすっこんどけ!」
「そうかもしれないけど、サシャが食べものに関しては人一倍執念深いっていうことは昨日のことでよく分かっているはずだ。…これが、それを理解していての行動なんだとしたら、あまり良いこととは思えないよ」
ハルの態度だけではなく言葉までも尺に触り、胡座をかいていたユミルは屋根の上から立ち上がると、ばっと身軽に屋根からハルの前へと飛び降り、そのまま殴りかかるような勢いで距離を詰めた。
「てめえは黙ってろって言ったのが聞こえなかったのかよっ…!」
凄んでハルに怒りと苛立ちを含んだ声を浴びせるユミルに対して、ハルは相変わらず毅然とした様子を崩さず、ユミルの鋭い視線を真っ向から受けたままに口を開いた。
「…君は、サシャと友達?」
「…友達?っは!ちげえよっ!こいつは只の都合の良い小姓だ!」
「ユミル…!!」
サシャがユミルの吐き捨てるような言葉に、しょんぼりとして肩を落とす。
そんなサシャの表情を見て、見兼ねたクリスタがユミルのことを咎めるように呼びながら、慌てて宿泊舎の上から、壁に掛かっている梯子を使って降りてくる。そんな中、ハルは項垂れているサシャを横目で一度見ると、大きく瞬きを一度して、ユミルへと視線を戻し真面目な声で言った。
「なら、私はサシャの友達だから言わせてもらうよ。…ユミル、サシャを揶揄うのはやめて欲しい」
「ッ!!」
ユミルは灰色の瞳を怒りでぐらりと揺らして、ハルの胸倉にグッと掴みかかった。
「っお前みたいな…!良い奴の振りして本当の自分を偽っているような奴が、私は大っ嫌いなんだよ!!人から良く思われてぇのか知らねぇがっそんなくだらねぇことのために本心隠して大嘘吐いてる人生なんてのはクソだ!!見てらんねぇんだよ!」
「…っユミルやめてってば!!」
感情の炎を燃え上がらせるようにして、ユミルは一気呵成に言った。屋根から慌てて降りてきたクリスタが後ろからユミルの腰を掴んで止めにかかるが、ユミルはハルの胸倉を掴んだまま離れない。
そして対するハルも、初めから変わらず揺らがない真っ直ぐな視線を彼女に向け続けている。
そうして息苦しくひりついた沈黙が続くのを破ったのは、ハルの方だった。
「……自分を偽ってるのは、君も同じだ」
「はあ?」
「サシャのことをただの小姓だって言ってたのは、嘘だよね…?」
そう静かに問いかけられ、ユミルが表情を曇らせ、眉間に皴を寄せたのとは対照的に、ハルは真剣な眼差しを僅かに緩めて、口元に小さく笑みを浮かべながら話を続けた。
「サシャのことを、都合のいい小姓だと思ってるだけだったら、昨日の夜疲れているのにわざわざ様子を見に来たりなんてしない。それがサシャに恩を売っておくためだったんだとしても、今日の対人訓練の時、サシャがしんどそうにしていただとか、そんなことわざわざ覚えていたり、気に留めたりもしないでしょう?」
「!」
ユミルが虚を突かれたように目を丸くするのに、ハルは自分の胸倉を掴んでいるユミルの手に、軽く自分の手を乗せた。
「ユミルは、サシャのことを心配していた。だから、都合のいい小姓っていうのは、少し違うと思うんだ」
ユミルはハルの言葉に何かを返そうと口を開いたが、結局言葉が出ずに開けた口をそのまま閉じる事しかできなかった。そしてふと視線をハルの後ろに佇んでいるサシャへと向ければ、彼女の丸く大きな瞳と目が合った。それからすぐに、サシャが肩を竦め少し嬉しそうな顔をして微笑むので、ユミルはなんだか急に毒気を抜かれたような気になって、はあとため息を吐きながらハルの胸倉から手を離した。
と、必死に腰にしがみ付いていたクリスタがほっとしたようにユミルから離れると、乱れた兵服の上着の襟を整えているハルの前に立って、生真面目に頭を下げた。
「ごめんねハル。ユミル、悪い人じゃないの。ただ、ものすごーく素直じゃないってだけで…」
申し訳なさそうに眉を八の字にして言うクリスタに、ハルは人当たりの良さそうな笑みを浮かべて頷きを返す。
「うん。それは何となく感じていたから。大丈夫、気にしてないよ」
「そんなに軽く流されると逆にムカつくんだが」
涼しげにまるで何事もなかったかのような調子で話すハルに、ユミルが複雑な気持ちで眉間に片眉を寄せて腕を組んで言うと、ハルの後ろに立っていたサシャが楽しげに笑った。
「ハルはそういう人なんですよ!私のとばっちりを受けても、恨み言一つ言わないんですからっ」
そう言うサシャに、ユミルは再び揶揄うように目を細めると、腰に手を当てハルの顔を覗き込む。
「いいや、心ん中では絶対、お前とはもう関わりたくねぇって思ってるに決まってるぜ!!なぁ、吐いちまえよ、ハル」
「…うーん。それは…どうだろうね?」
それにハルがサシャの方へと視線を向けて首を傾げたのに、サシャはえーっと声を上げハルの腕にしがみ付く。
「そこは否定してくださいよーっ!!」
「あははっ、冗談だよ」
そう言って楽しそうに笑っているハルに、ユミルはハルもサシャを十分揶揄っているように見えたが、それは何となく口に出さない方が面白そうだと感じたので言わないでおくことにする。
そんな中、クリスタが思いついたように手を叩くと、ハルとユミルの間にひょいと入り込んでくる。
「ねぇ、ユミル。ちゃんとハルと仲直り、した方がいいと思うよ」
「は?」
「ハルは気にしてないって言ってるけど、掴みかかったのはユミルなんだから、ちゃんとそこは謝らなきゃ」
「なんでだよ!?」
真面目なクリスタの言葉に、ユミルは表情を痙攣らせる。
「あやまるのが嫌なら、握手にしようよ!ほら、ユミル手を出して…」
「どっちも嫌だ!なんでそんなことしなきゃいけねぇんだよ!?」
しかし、首を振って嫌がるユミルとは対照的に、
「私も出しゃばったこと言ってしまったし…ユミルと言い合いになってしまったのは不本意だったから。…ごめん、ユミル。握手して仲直り、して欲しい」
クリスタの促しに従って、真っ直ぐにユミルを見つめて手を差し出してきたハルに、ユミルは妙に擽ったさを覚えて、尚更に握手を拒む。
「い、いいだろそんなことしなくても!」
「だめ!いいからちゃんとして、 握 手 !」
「い や だ !」
「ユミル!こら逃げちゃ駄目だってばっ……!!?」
「「「!?」」」
その時だった。
クリスタが逃げ出そうとしたユミルの手を掴み、ハルの手をもう片方の手で掴んだ時、ユミルとクリスタ、そしてハルの頭の中に電流が流れるような衝撃が駆け抜けていった。
それはユミルとクリスタにとっては一瞬の出来事で、痛みはなく一瞬の衝撃だった。気のせいとも思えるほどの刹那的なものだったが、二人は違和感を覚え顔を見合わせたので、気のせいではないということは確信できた。
しかし一方で、ハルの様子は二人と少し違っていた。
→