第三話
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「では今日の講義はこれで終了だ。各自食堂で昼食済ませたら、午後からは対人訓練になっている。鐘が鳴る前には訓練場に整列しておくように」
教官が講義を終え講義室から退出すると、訓練兵達は各々席から立ち上がり昼食を取りに食堂へと向かい始める。訓練兵団に入団して三日も経過していると、それぞれに気の合う仲間もでき始めているようで、一緒に昼食に行こうと声を掛け合っている様子も見受けられた。
机の上の教材を纏めていると、先ほどハルから借りた鉛筆が目に留まり、ジャンはそれを手に取って隣に座るハルに声を掛けようとした時だった。
「なあジャン!マルコと一緒に食堂行くんだけど、お前も一緒に行こうぜ!」
声をかけてきたのは、通過儀礼の時に見事な坊主頭を教官に掴まれ、容赦なく吊し上げられていたコニーと、いかにも優等生顔の、自分と同じく憲兵を目指しているというマルコの二人だった。
「初めての講義だったけれど、思っていたよりも長かったね。内容は基礎の中の基礎って感じだったけれど…、…すっかりお腹が空いちゃったよ」
マルコが教材を両腕に抱えたまま肩を竦めて言うと、コニーはコクコクと頷いて手にしている教材ごとううんと頭上に持ち上げて伸びをするのに、ジャンも気怠げに頷いて席を立った。
「ったく、つまんねぇ授業だったぜ。…はぁ、行くかぁ…食堂…、」
と、言いながらも、視線は講義室の出口ではなく、隣に未だ座っているハルの方へと落ちた。席から立ち上がる様子はなく、先程の講義内容を書き写したノートに目を通している彼女の小さな旋毛を見下ろしていると、何だか妙に離れ難い気持ちになってしまって、ジャンは殆ど無意識に声をかけていた。
「なあ、ハル。お前も一緒に行くか?」
「…え?」
ハルはすいっとノートから視線を外しジャンを見上げた。
若干の上目使いに少しドキッとしてしまった…というのは内緒だが、ジャンは丸く黒い瞳にじっと見つめられていることに妙な擽ったさを感じて視線を逸らしてしまう。
「い、いや、他に一緒に行く奴がいるんなら無理には誘わねえけどよ…」
何だか落ち着かないのを首の後ろを触り紛らわせるように言うと、ハルは見ていたノートをそっと閉じて、教本を胸に抱えて立ち上がり微笑みながら大きく頷いた。
「…うんっ!ありがとうジャン。誘ってくれて嬉しいよ」
「べっ、別に礼を言われるようなことじゃねぇだろ…」
飯を一緒に食おうって誘ったくらいで律儀に礼を言われても、と思いながらも、一緒に昼食を取る時間が出来たと少し嬉しく思っていた…矢先、突然講義室の前方の、座っていた席の対角線上の方から、二人の大柄な訓練兵がこちらへとやってきた。
「ああ、見つけた。…ハル!まだ講義室に居たんだね」
「一緒に食堂行かないか?昨日の晩飯食いっぱぐれて腹が減ってるだろう?…朝食も、まあ贅沢を言うわけじゃあないがちょっと足りなかったしな?」
「なっ…!?」
二人は気さくにハルに話しかけると、あろうことか金髪の大柄の男はハルの肩を掴んで、グイと自身の方へと引き寄せる。
それにハルは驚いた様子もなく、後ろに立っている背の高い黒髪の訓練兵もニコニコとハルの顔を覗き込むようにして傍に立っているので、彼らとハルの距離感がやたらと近いことに、ジャンは三度目の既視感を覚えた。
思い出したのは、ミカサがエレンに髪を切った方がいいと言われ、何ら躊躇なく髪に触れていたあの光景だ。あのときのエレンを羨ましいと思った感情に似たものが再び込み上げてくる。
「な、なんなんだよお前ら…っ」
心の中でついたつもりの悪態がそのまま口に出てしまったジャンに、二人の訓練兵はハルから視線を逸らすと、ジャンの顔を見て怪訝そうに首を傾げた。
「君は…ええっと…」
「確かお前は……ジャン、だったか?憲兵志望の…」
「ジャン。紹介するよ。ライナー・ブラウンと、ベルトルト・フーバー。私の友人で、同じ開拓地からここに来たんだ」
ハルはライナーの屈強な腕からするりと逃れると、早速二人の紹介を始めた。
同じ開拓地から来たということは、恐らく共に過ごしてきた時間も長いのだろう。それならばこの三人の仲が良いということにも納得はできる。…が、正直羨ましい。
眉間に深い皺を浮かべたジャンは、側にいたマルコとコニーが顔を見合わせ少し含み笑いを浮かべて肩を竦め合っていることには気付いていないだろう。
「よろしく。ライナー・ブラウンだ」
「僕も、よろしく。ベルトルト・フーバーだ」
「…ジャン・キルシュタインだ」
律儀に握手をしようと二人に手を差し出され、その様子を少し嬉しそうにうかがっているハルに、ジャンは渋々その手をつかんで短く二人と握手を交わす。と、便乗してマルコとコニーもライナーとベルトルト、そしてハルとも挨拶を済ませる。一通り自己紹介を済ませると、ハルが本題へと話を戻した。
「ライナー、ベルトルト。今ね、ジャンがご飯を一緒にって、誘ってくれたんだ」
ハルがニコニコと微笑みながらライナーとベルトルトに向かってそう言うと、ベルトルトはそうなんだと微笑みを返して言うのに、ライナーは心なしかジャンの方を伺うような、見定めるような視線を向けて、顎に手を当てた。
「…んだよその顔は」
ジャンは品定めされているようで少々ムッとして言うと、ライナーは「いや…」と些か意外そうな顔をして、…とんでも無いことを口走る。
「…お前はてっきりミカサなんだと思っていたからな」
「……は?」
一体それはどういうことだ。と、ジャンの思考が音を立てる勢いでビシリと停止した。
そんなジャンを他所に、後ろに立っていたコニーが身を乗り出すようにして、良い酒の摘みでも見つけたかのごとく嬉々として話し出した。
「ああ!それ知ってるぜあれだろ!?『すまない、綺麗な黒髪だ…』って、昨日の夜ミカサを口説いてたんだって話だろ?本人には全然響いてなかったみてぇだけどよ!」
「なっ!?なんだよおい!?その話一体何処の誰から聞いて…っ!?」
ジャンの声をマネて揶揄うようにして言ったコニーの胸ぐらを、盛大に慌てて掴み上げる。…どうやら、この狭い訓練場は障子に目あり耳ありな状態であるようで、どこから見られているのか聞かれているのか分からないようだ。その上、噂が広まるのも一瞬、ということだろう。最悪だ。
「ミカサ…って、ああ。あそこに居る子だよね?」
「…なるほど、ジャンはああいう子が好みなんだね」
マルコとハルがまるで双子の兄妹のように、講義室の一角に相変わらずエレンとアルミンと一緒に話し込んでいるミカサへと視線を向け、ポンと胸の前で拳を掌に乗せて言うのに、ジャンは不本意だとコニーの胸ぐらを揺さぶりながら抗議の声を上げる。
「おい!お前らまで便乗してんじゃねぇよっ!」
本人の焦りなど他所にして楽しげなハル達だったが、そんな最中、講義室の外の廊下から激しい足音がこちらへと向かってきたことに気がつく。講義室にまだ残っていた訓練兵達は何事かと講義室の入り口へと視線を向けると、ガラリと乱雑に扉が開け放たれて現れたのは、息を荒らげた芋女ことサシャ・ブラウスだった。
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