生きる、ということ

「あっ、つっ、いたぁ…」


「なんじゃ、りん?どうかしたのか?」


「あっ、ごめんね邪見さま。大した事じゃないよ。爪、割れただけ」


邪見が、りんの小さな指を覗き込む。
随分と伸びた爪が目に入った。

確かに、右手の人差し指の爪が割れ、血が滲んでいる。


今一行がいるのは、さらさらと流れる小川のほとり。
美味い川魚に満足した後、りんは河原を歩き回っていた。
りんが言うにはつまずいて、地面に手をついた拍子に、石に強くぶつけたらしい。


本当に、人間とは何とひ弱な生き物か。
ちょったした事で、血を流す。

邪見は、傷口にもんまりと溢れて来た、紅いりんの体液を見ながら、呆れて溜め息をついた。


「あ、溜め息つくと幸せ逃げちゃうんだよ、邪見さま」


「煩いわい。ワシの幸せなんぞとっくに…。じゃない!りん!そんなことで割れる爪なんぞさっさと切ってしまえ!人間のくせに、長すぎじゃ!」


「うん。りんも最近気になってたんだ。爪、切りたいなって」


割れて尖った爪が、柔い口内を傷付けないよう、りんはそっと人差し指を口に含んだ。


「じゃあ切りゃあいいじゃろうに」



この馬鹿娘がと、じとっ、と邪見がりんを見据えた。


「うん、でもね邪見様。何使ったら切れるか分かんないの。この辺の石、みんなまんまるだし。削れそうな物も無くて」


りんは小首を傾げて困った顔をしている。

りんの言う通り、この辺りは川の下流付近の為か、石の角はとれ、どれも丸みを帯びている。

小刀なんぞこの一行が持ち合わせている訳も無く。

りんは日を負う毎に伸びて行く自らの爪に、困り果てていた。


「殺生丸さま、頼んだら剣貸してくれるかな?」


「あほか!殺生丸さまがそんなことのために剣を貸してくださる訳が無かろう!大体お前、天生牙や闘鬼神でそんな小さな爪をどうやって切るんじゃ、この馬鹿娘が!!」


「りん馬鹿じゃないよぉ!ちょっと言ってみただけだもん!」


そんなりんの反論に、邪見のお説教が響く中、一行の主はうざったそうに視線を言い合いをする二人へ向けた。

そう―――彼もこの場にいたのだ。

二人から幾分離れた木陰に腰を下ろし、話を聞いているのかいないのか、起きているのかいないのか。
静かに佇んでいた。

だがおもむろに立ち上がる。

二人の言い合いにいい加減飽きたようだ。



「邪見、小刀を一本用意しておけ」


「へっ!?あ、ははあっ!すぐに探して参りまする!」


主の凍て付く視線に射られた下僕は、少女との言い争いを中断し、脱兎の勢いで阿吽に跨がり空に消えていった。

全く殺生丸様もりんには甘いんじゃから…とぶちぶち零した愚痴は主に届いたようで。
殺気が邪見の背中に刺さる。


「いってらっしゃ~い」


と呑気な声が響く。

りんは、阿吽が駆けて行った空に手を振った。


「りん」


「なあに?殺生丸さまっ?」


名を呼ばれ、とても嬉しそうな顔でりんは振り向いた。


「手を見せろ」


言い終わらぬ内に、腕をぐいと引っ張られ、妖の前には痛々しく血の滲む小さな指が差し出される形となった。

赤い血で濡れたりんの指は、たいそう―――痛そうだった。

そして、甘く、美味そうであった。


そのまま殺生丸は、りんの小さな細い指をそっと口に含む。


「殺生丸さまっ!?」


ひどく驚いたりんの声。

そんな物には囚われずに、殺生丸は口内の指を、
舐めた。


指先に感じる、熱く柔らかい濡れた感触。

くすぐったくて、でも心地良くて。
そんな感触に抵抗出来ずにいるりんを、殺生丸は上目で眺めやった。

そして、舌で探った、割れたりんの爪の余分な部分を噛み切る。


「殺生丸さま……ありがとう」


頬を赤らめながら、はにかんでりんは礼を述べた。

しかし殺生丸は、りんの指から口を離してもなお、訝しげな表情でその小さい、薄く伸びた爪を持つりんの指先を見ている。


と、突然、今度は中指をぺろりと一舐めされて咥えられてしまった。


「せっ、殺生丸さま!?どうしたの?その指怪我して無いよ!?」


困惑しきった表情でりんが訴えた。
無論そんなりんの訴えなどに耳を貸す殺生丸では無い。

先程と同じように舌先で爪の先を撫で、歯を立てる。

殺生丸の牙がぷつぷつと、器用にりんの長い爪を切っていった。

中指の爪を切り終わると今度は薬指へ。薬指から小指。残っていた親指。

そして反対の手も同様に―――。


殺生丸の舌が触れる度、びくっ、っとりんの身体が震える。


それを知っていて、殺生丸は丁寧にじっくりと味わってゆく。
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