熱したフライパンにバターを落とす。じわじわと拡がるバター液に卵液を投入。
「こ、これくらいなら私だってやれます！」
抗議してみたら、タバティエールさんは意地悪な顔をした。
「卵料理をなめてもらっちゃ、困るぜ？」
奥様に頼み込んで、許してもらったお料理のレッスン。いくら私がお料理初心者だからって、オムレツくらい作れる。
いつか、私が誰かと結婚するとして、お料理ができなかったら困っちゃう。奥様みたいにお料理ができる人を雇うわけにはいかないんだから。そうワガママを言ったら、奥様は少し笑いながら許してくれたけど、「お嫁に行きたい誰かがいるのね」って言われて困ってしまう。
お嫁に行きたい誰か、なんて、今まで考えたこともなかった。でも、多分、ローレンツさんなんだろうな。
「ほら、ぼーっとしてると卵が焦げるぜ？」
「はわわ！」
あわててかき混ぜるも奮闘むなしく、オムレツはポロポロのスクランブルエッグになってしまう。
「言ったろ？卵料理は奥が深い、って」
タバティエールさんはウインクして卵をお皿に移す。「冷ましてサラダに乗っけてみるか」とつぶやいて、落ち込む私の頭を撫でた。
「ま、気長に練習すればできるようになるって。当分奥様の昼食は卵だけどな」
そう言ってイタズラに笑うタバティエールさんに唇を尖らす。
「私だってすぐできるようになります！」
「へいへい。そう焦らなくても、今度はすぐにいなくなったりしないぜ？」
「え？」
聞き返した私にタバティエールさんは「しまった」という顔をして目を逸らす。
「私、タバティエールさんと会ったことが・・・？」
「ち、違うって！俺は、前の料理人みたいに辞めたりしない、ってこと！」
「・・・」
違う。それは分かるけど、これ以上問いただしたらいけない気がする。
「そ、それより、このサラダにあうドレッシングを作ろうかね」
話を逸らすタバティエールさんを見つめながら、私は少しだけぼんやりする頭を横に振った。

→