良い匂いがする。おつかいから帰って台所に向かうと、タバティエールさんがお料理中だった。
「言われてた物置いときますね」
声をかけて、台所から出ようとしたら声をかけられたから振り返る。
「ちょうど良かった。ちょっと味見してくんねえか？」
「でも・・・」
怒られないかな・・・？奥様は優しいけど、礼儀作法には厳しい。「いつかあなたがお嫁に行くときに困らないように」って奥様はいつも言う。「花嫁修業だと思って働いてくれて良いのよ？」って言って雇ってくれた奥様は旦那様に先立たれて、お子さんが遠くにいるせいか、私や他の家政婦さんを娘みたいに思ってくださる。
そんなことを考えていたら、目の前にスプーンが差し出された。
「ほら、冷めちまうぜ？」
どうしたら良いか困っていたら、タバティエールさんはイタズラにウインクをして微笑んだ。
「大丈夫だって。味見、なんだから、な？」
タバティエールさんは時々ちょっとだけずるい大人だ。
口に広がるスープの味はなんだか懐かしい味で私は首を傾げた。
「・・・不思議です」
「なにが？」
「タバティエールさんのお料理はなんだか懐かしい味がします」
食べたことがないスープのはずなのに。
「・・・エリカちゃん・・・」
なにかを言いたそうな顔もなにか見覚えがある。あれは・・・。
「・・・ローレンツさんと一緒・・・」
小さく呟いて、ぶんぶんと頭を振った。悲しげに笑うローレンツさんを思い出すと私まで悲しくなるからダメだ。
「・・・」
「タバティエールさん？」
私をじっと見るタバティエールさんに首を傾げると、タバティエールさんは取り繕ったような笑顔を浮かべた。
「ああ、いや、その、おふくろの味に似たのかね、と思ってな」
「お母さん？」
「自分じゃ意識してないが、そういうの、出ちまうもんなのかねえ、ってつい考えてたのさ」
「・・・そう、ですか・・・」
なにかごまかされた気がする。でも、本当の答えを聞いてはいけない気がして、私は口をつぐんだ。

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