01_終わりの産声、始まりの血臭
夢小説設定
名前変換暁のヨナ夢小説・紫魂の黎明の夢主名変換です。
デフォルト名:フィンネル
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
△ ▽ △ ▽ △
「私は好きですよ、ヨナの髪。綺麗な紅……暁の空の色です」
何処ぞの色男の吐くような台詞だと思わなくもないが、その言葉には同感だ。
ヨナは黒髪の両親とは違い、癖を持った赤い髪。
癖の所為でなかなか纏まってくれないのだと不満をよく漏らしてはいるが、自分はその赤が好きだ。
自分の体は生来色素が薄い。
かと言って体が弱いわけではないのだが、肌も髪も透けるように色が薄いからかよく寒色系の色物を宛がわれる。
別段色の好き嫌いなどがないため気ににはしていないが、ヨナの赤だけは別格だ。
少しでも視界に入れば傍寄らずにはいられない、自分を惹きつけてやまない赤。
夜空の黒を塗りつぶす暁に似た、心地良い赤。
スウォンの言うように暁の空の美しさと差し障りない綺麗な紅だと自分も思うが、然しそれを面と向かいぬけぬけと言えるとは――
「スウォン様は好色漢の気がおありですかな」
「右に激しく同感するです」
「…………」
「…………」
自分を背負うハクに同じく同意してみたが、さてはて、何故ヨナとスウォンは動きを止めるのか。
「ハク!?」
「フィンネルも! いつからそこにいたんですか!?」
「……さっきから隣にいたですよ」
厳密にはスウォンがヨナの髪を褒め始める少し前から。
ハクの背におぶさりながら話し込む二人の隣にさり気なく居てみたが、自分はハク共々認識すらされていなかったらしい。
なれば突然自分とハクが現れたように勘違いした二人は一瞬の沈黙の後声を揃えて驚いたというところか。
ハク、存在感はかなりあるが気配が希薄なのだろうか。
高華で一二位を争うとまで言わしめた武人。
まさかの気配が薄弱。
「おい背中の。今失礼なこと考えただろう」
「む……フィンネルは背中のじゃねえです」
「そうだ。陛下が探していましたよ、姫様」
「……話しかけといて無視してんじゃねえです」
胡乱な流し目と共に緩んだ自分を支える両腕に内心焦りながらも、腹癒せに目の前の黒髪を毟ってやろうかとの画策が生まれる。
試しに一摘み引っ張ってみると自分の命綱……もといハクの腕が激しく緩んだのでこれ以上は危機感から辞めておくことにした。
「お父様が? も~あの酔っぱらいは……。あ、フィンネルはそこにいてね! すぐ戻ってくるから待ってて!」
「ぇ……」
いつもより多くを見渡せるようになった視界から見下ろすヨナが一言添えて見る間に遠ざかっていく。
その明るい笑顔を向けられたことは嬉しいが、やっと傍に来たのにまた離れることになるとは思いもかけなかった。
ふいに自分を支えるハクの手にゆるりと力が加わったことで自分がハクの肩を握りしめていることに気付かされる。
「…………気、遣わなくていいです」
「…………」
無言を返すところがハクの優しさというか不器用さというか。
そういうところを可愛いと思ってしまう自分はトシマというものなのだろうか。
聞きにしたばかりの言葉故に意味をしらないが、依然そういう時に使うのだと聞いたことがある気がする。
……今度イル陛下にでも訊いてみるか。
「ま、こんなこんな事だろうとは思ってましたよ」
「えっ」
「ん……?」
ヨナの姿も気配も消えたころ、ふいにハクからの言葉に驚くスウォン。
脈絡のないそれに自分も理解が及ばない。
「スウォン様なら陛下を説得できるでしょう。頑張ってください」
「……ハク。スウォンは何故イル陛下を説き伏せるに頑張るですか」
「…………お前は鋭いのか鈍いのかどちらかにしろ」
「自分は至って並です」
「はいはいそーですかそーですか」
「……む」
……結局答えやがらねえんですか。
思考するのはだりぃですが答えが分からないのも癪。
取り敢えずは考えておく。
「――……ヨナを泣かせたら許さねえですよ」
流れからしてヨナとスウォンの婚姻のことだろうと辺りをつけて本音を呟く。
本当にヨナとスウォンは婚姻するのだろうか。
頑ななイル陛下を説き伏せることは出来るのだろうか。
ハクの思いは、叶わないままなのだろうか。
自分はヨナから離れて尚生きられるだろうか。
「ハクもフィンネルも誤解だよ。……それに」
どんどんと浮かんでは消えることなく思考を埋め尽くし始める雑念は、スウォンの鋭く細められた瞳に止められる。
スウォンは時々、自分の知らない眼をする。
いつもふわふわしてどことなく頼りない空気は跡形もない、きりりと引き攣られたような鋭い気配。
いつも何を考えているのか分からないその瞳の色は健在、けれども深さは増している。
どちらが本当のスウォンなのか分からないが、二面性のある者ほど懐の深いものはいないと聞いたことがあるから、それはスウォンの面白みというものなのだろうか。
「敬語やめない? 昔みたいにスウォンって呼んでよ」
「身分を弁えてますから」
「……!!」
「おいフィンネル、なんだその驚愕した面は」
「……ハクが……身分を。フィンネル、感動したですよ」
「落とすぞごら」
「ふふ、ハクとフィンネルは本当に仲がいいですね。フィンネルも私をお兄様って呼んでくれてもいいんですよ?」
「年下扱いは御免被るです。それにお兄様はハクがやってるです」
「ハクが……?」
確かにスウォンを不覚にもお兄様と呼んでしまっていた時期もありはするが、一々その黒歴史を掘り起こさないでほしいものだ。
現在はハクがお兄様になっている現状と経緯をハクお兄様の肩越しに話せば、スウォンは朗らから笑みをたたえて自分の頭を一撫でし。
「妹君はハクお兄様が大好きなんですね」
などと宣うものだからその頭を一殴りでもしてやろうかと一時殺意さえ浮かびかけた。
しかしいつもこの気味の悪い銀髪を厭うこともなく撫でてくれる手は好きだから落ち着かされざるを得ない。
「だからフィンネルはおぶられているんですね。いいなぁ……私もお兄様を代わりたいな」
「ハクを背負いたいですか!」
「いやいや違ぇだろ」
「ははは……」
スウォンの乾いた笑声とハクの呆れ声に解せんと一言呟くに、そろそろ地面の感触が懐かしくなってきた。
「でもやっぱり敬語が外れないなんて淋しいなぁ、ハク将軍」
「それより何か感じませんか? スウォン様」
淋しいと言いながら敬称を付け、それに対して敬語を外さす問を返す。
ハクも意地を張らず以前のように親しげに呼び合えばいいのに。
どこか矛盾を含んだ二人の会話に懐かしさとすこしの淋しさを感じてしまうのは仕方のないことなのだろう。
「はっきりとは言えないが妙な違和感……。城内に何か入り込んでいるような……」
「……それならフィンネルも同感です。空気が気持ち悪ィですよ」
思考がもやもやとするような、胸のあたりがざわざわするような、そんな奇妙で不快な言い表しようのない感覚。
ハクに言われてはっきりと自覚出来たが、やはりこれは気のせいでも体調不良でもなかったらしい。
「そういえばヨナもそんなことを言っていた」
「何……?」
「ヨナまで感じていたですか……?」
外の世界を知らないヨナが薄く蔓延るこの気を感じたとは、スウォンから聞かされてハク共々目を見張る。
……もしくは、ヨナでさえも感じとれてしまえるほどの邪なものなのか。
「今日出入りする人間を見張った方がいいかもしれない」
「了解。スウォン様は姫を頼んます」
「だから誤解だってば。それに護衛はハクでしょ」
確かにヨナ専属の護衛はハクだが、王族の血を引くスウォンにまさか人の出入りを見張らせるような雑務をさせるわけにはいかないだろう。
ヨナは少し経てばここに戻ってくるのだろうし、スウォンが迎えた方が必ず喜ぶ。
悪事なくむしろ良事しかない気がする。
ハクは一つ頼んだとスウォンに頷くと踵を反し小走りに駆けだした。
背におぶさる自分も必然的にそれに合わせて視界が変わりハクの駆け足に合わせて揺れる。
高い視界が規則的だが大きく揺れて気持ち悪い……。
けれど見張りを手伝うという名義でだらけるのも悪くはないかとしがみつく力を強めれば、何故かハクの足が止まった。
「……ハク?」
「よっと」
「むっ……?」
何故に自分は背中から降ろされた?
ハクならば自分程度の重りを背負ったまま駆けたとて息を切らすこともないだろうし、自分がいて都合が悪くなることもないだろう。
もしや自分で走れというのだろうか。
それはとてつもなく面倒な気が――
「はい、お前はここで待てな」
「……は?」
「あぶねーあぶねー。しっくりき過ぎて忘れるとこだったわ。フィンネル、お前ここで姫様待ってろ」
「なぬっ……!?」
「どうせ俺にへばりついてだらだらすんだろうが。スウォンの話し相手にでもなっとけ。……じゃ、そゆことで」
言うが早いか、ハクは自分をぽつりとその場に残したまま全力走で姿を晦ましやがる。
犬扱いに文句の一つでも言ってやろつかと思ったが、流石……速い。
じゃ、と手を一つ上げたと思えばもう後ろ姿が遠のいていく。
雷獣と呼ばれるだけあってもしや脚力も獣並みにあるのではないのか。
颯爽と去っていく後ろ姿を追いかける気力も文句を言う気力も萎えてだるさに変わりだす。
まあ、ここでスウォンと共にヨナを待つのも悪くない。
「置いていかれちゃいましたね……」
「後で脛蹴ってやるです」
「……そ、それは痛そうですね」
実際蹴られた訳でもないのに顔色を悪くするスウォンが面白い。
よく兎のようだと言われるスウォンは、時折人を斬り刺すような鋭い瞳を垣間見せることがある。
それは本気で怒っていたり真面目な話をしている時のような緊張感のある場面。
張り詰めた表情の中でほんの一瞬、誰もが視線を外しているだろう時にだけ、剣のような目を現す。
おそらくあの瞳を知っているのは幼馴染四人組で自分だけだろう。
真剣そうな瞳や睨むような瞳はスウォンの隣で過ごしたことのある者なら幾度か拝める可能性もなきにしもあらず、しかしあの瞳は簡単には見つけられない。
注意深く、隙を逃さず、疑い深く……そんなものでは通じない。
視点。
それを外さなければ執拗に隠されたそれを見つけられない。
元商品だった自分だからこそ見つけられるスウォンの一面。
スウォンは、ただの兎ではない。
だからこそ、スウォンの見せるこういったずれた所が面白い。
あんな鋭い瞳をもっていながら想像だけで顔を青くして、鋭い洞察力を持っているのにすぐ何もないところで躓く。
ちぐはぐしてばかりなスウォンの本当はどちらなのか、見ていて分からなくなるのが面白い。
「……ああ、そうだ」
「?」
「この前は流鏑馬に誘ってくれてありがとうございます。おかげで暫く振りにハクと遊べましたよ」
「ん」
「けれどどうして途中からヨナを誘うようにも提案したんですか? それにヨナにはその事を秘密だなんて……。提案者がフィンネルだと知ればもっと喜ぶと思うにの」
にっこり。
スウォンが疑問と共に浮かべた兎のような笑みが、自分の真意を推し量るような色を見せている。
「ヨナが喜ぶからに決まってるじゃねえですか。提案者が自分だと知られれば、参加せざるを得ねえです。それはすごく……」
真意も何も、自分の行動起源はヨナの為だけ。
イル陛下と同等か、もしかするとそれ以上なのかもしれない。
ヨナが楽しいなら自分も楽しいし、幸せなら自分も幸せだ。
けれどやはり、そういう疲れそうな行動は――
「だりぃです?」
「だりぃです」
「…………」
「…………」
「ふふっ……フィンネルはいつもそう言いますね」
「…………被せるな……です」
心底楽しそうに笑うこの美形にイラっとするも、被せられるだけ自分のことを理解してくれているのだと思い至ればどこかくすぐったい。
ヨナやハクと同じくらい長く時を共に過ごしたスウォンとは、幼馴染みというより兄妹のような感覚が強い。
スウォンの父ユホンには様々な事を教えてもらったこともあり、スウォンは自分にとって師のご子息という面もある。
然しおそらくヨナはスウォンからすれば自分と同じような立ち位置にいるのだろうと思うと多少不憫な気がする。
二人がくっつくのは少々気を長く構えなければならないのだろうか。
スウォンからすれば、ヨナは妹と変わりないのだ。
「んー……」
「フィンネル? 難しい顔してどうしたんですか?」
「……恋路の難しさについて考察しているです」
「……へぇ。フィンネルは好きな人がいるんですか?」
「いるですよ」
「そうなんで……ぇええ!?」
「なに意外そうにしてるです……」
どこに意外性があるというのだ。
女の子ってたくさん恋とかするんですね~なんて言っていた口のくせに。
「い、いつの間に……。……どんな方なんですか? 私も知っている人ですか?」
「……? 知っているもなにも」
そんなこと決まっているだろうに、何を今更。
「ヨナです」
「…………」
「……?」
驚いた次は唖然と沈黙。
今日のスウォンは忙しい気がする。
何か返ってくるのかとじっと見つめ返していれば、あ……ああ……そうですね……と歯切れの悪い相槌。
「えぇっと……ほ、他には? 例えば男の人とか……」
「男ならばハクもイル陛下も好きです」
「んんー……。それはちょっと違う気が……」
「スウォンも好きです」
「……!」
ヨナもハクもスウォンもイル陛下も、みんな好きな人間だ。
低俗で卑しい、身分という言葉すら当て嵌らない自分の出自を知りながら、何一つ周囲と変わることなく、むしろそれ以上のものをくれた。
今の自分があるのはヨナ達のおかげであるし、ヨナ達なくしては有り得ない。
本来ならば恩義しか感じられないようなその存在も、彼女達がまるで平等であるかのように接してくるから自分まで同じように接してしまう。
好きだと言うことは相手に幸せをあげることだと、以前イル陛下が教えてくれた。
だから自分は誰よりも多く、ヨナに好きだと伝えてきた。
自分を年下扱いして撫でる手も、まるで妹を見るような優しい瞳も、自分を捉えて離さない灼熱の髪も、その心も、全部大好きだ。
ハクにも、ヨナのついでだが好きだと言っている。
おそらく兄というものがあれば、ハクはそれに当て嵌るような存在なのかもしれない。
ものを知らなかった自分にヨナでは教えられないことを多く教えてくれたし、イル陛下に黙って武術の手解きもしてもらった。
ハクは自分にとって兄であり、また師でもあり、自分の商品としての価値を垣間見たことのある人間だ。
ヨナやハクに頻繁に好きだといってきたが、スウォンに対しては自分の口から言ったことは今までの月日を遡っても一度もない。
それはスウォンが嫌いだとかどうとも思っていないわけではなく、むしろヨナやハクと並ぶほどに好きである。
ならば何故好きだと伝えないかといえば、一重にヨナの為だ。
好きと言う言葉は不思議なもので、自分の持つ親愛から友愛の他に敬愛、果ては懸想や恋慕までを意味することが出来るらしい。
もしヨナが、自分がスウォンのことを恋慕的な意味合いで好きだと勘違いでもしてしまえば非常に厄介だ。
だからこそスウォンにだけは行動的に示すだけで直接的に好きだと伝えたことがない。
スウォンも自分の考えを分かっているから、いつも向こうから言われ自分も頷くような形をとっていた。
今日は、特別だ。
特別な日だから、直接言った。
ヨナから好きと言われると胸が暖かくなる。
それが嬉しいという感情なのかどうかは未だに不明瞭だが、不快に感じたことは一度もない。
だから自分は好きな人間から好きと言われることが好きで、好きな人間に好きということも好きだ。
けれどスウォンは、自分のことを好きではなかったのだろうか。
それとも初めて言ったからなのだろうか。
「そう、ですか……」
――何故そんなに、苦しそうな顔をするのだろう。