01_終わりの産声、始まりの血臭
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名前変換暁のヨナ夢小説・紫魂の黎明の夢主名変換です。
デフォルト名:フィンネル
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武芸に名高いハクが隣にいる為霞んで見える者もいようが、スウォンの武術の腕は並より高い。
勇猛果敢で武績高いイル陛下の兄ユホンを父親に持つのであれば、その筋の良さは誰もを納得させられる。
槍ではハクに適う者なし、然し本気で剣を握ればハクと互角にはいけるのではないか。
実際剣を持った姿を見たことがないからかそんな未知の先へ大いに興味がある。
そんな想像をあらぬ妄想だと片づけてしまえるのが、スウォンのドジさなのだろうが。
倦怠感の滲み始めた思考でそんなことを吟味しながら朗らかな陽光の下、閉じられた瞳の代わりに眼下の状況を耳から拾う音でもって把握する。
二頭の馬が地を駆る蹄の音。
引き絞られた弦が気張る音。
放った矢が風を切り刺す音。
的の中心に穿たれた鏃の音。
僅かに乱れた息がスウォン。
安定した静かな呼吸がハク。
両者とも快晴の中連続皆中。
……よくやるものだ。
「見て! またスウォンが的に当てたわ!」
「……始めてから一度も外してねえです」
「ねえフィンネル! 一緒に弓やりましょう!?」
「…………ぇ」
そろそろ眠気が薄らと顔を覗かせ始めるだろうか。
瞼の裏の暗闇に微睡を探すも、明るい声が自分を起こそうと降りかかる。
だるい。
しかし伏せていた頭を精一杯の力をもってして持ち上げ声の方向へ顔をやる。
睡魔を待ち侘びていた視界はぼやけているものの、太陽のように眩しく美しい色が視界いっぱいに広がった。
「ヨナは流鏑馬がやりたいですか」
「そう!」
「何故に?」
「そ、それはえっと……スウォンと……」
「正直純粋なれど動機不純。却下です」
「えぇー!」
軽くつつけばぷすぅと空気を漏らしそうなほど膨らんだ頬に視線を逸らし、眼下の二人の青年へ向ける。
「流鏑馬は馬と矢を使用。つまりは武器を持つです。ヨナには扱いきれないですよ」
「それくらい慣れるわよ!」
「ヨナ。フィンネルの言うとおり、あれは武芸を競うものだけど武器は武器なんだよ。私は持つことを許さないからね」
「もう! 臆病な父上は黙ってて!」
「……あれ、イル陛下いつからそこにいたですか」
「ずっとヨナの隣にいたよ……」
可愛らしく丸々とした体がうつ伏せた視界とヨナに遮られ見えなかったとは苦し紛れの言い訳であり、実際まったく気付いていなかった。
イル陛下は威厳どころか気配すら希薄なのだろうか。
然し武器を厭うイル陛下がヨナと流鏑馬を観るとは少しは進歩してくれたのだろうかと期待しかけたが、やはりイル陛下はイル陛下。
武器は絶対に持たせなくないらしい。
「ヨナ、まだ辛抱です」
「辛抱しても持たせないからね! それにヨナ。……フィンネルはね、もとより武器を持つことが出来ないんだ」
「へ……?」
「は……?」
思わず間抜けた声が出たことは不可抗力に加えたい。
唐突な意味の分からないイル陛下のお言葉に凭れた体を急ぎ起こす。
「ど、どうして……?」
「フィンネルは激しい運動をすると倒れてしまうんだ……」
「そ、そうだったのフィンネル!?」
「…………」
……国王陛下ともあろう人間が抜け抜けと嘘言ってんじゃねえですよ。
いつ自分が運動如きで体を壊す軟弱者に成り下がったのか。
病弱にも見えなくもない白い肌は生まれつき。
普段体調でも悪いのかと問われるほど動かないのは用事も動機もなくついでにだるいから。
そもそも城内で行えよう運動には常に武具が付き纏う。
城内で武器を触らせてもらったこともなのに激しい運動などする機会などないだろうに。
体は大丈夫なのと心配そうに慌てながら覗き込んでくるヨナの後ろ、ヨナの気づかれないように手を合わせお願いをしてくるイル陛下には溜め息しか吐き出せそうにない。
嘘を並べてでもヨナを武器から遠ざけたい父としての気持ちは理解出来なくもないが、庇護と過保護は違う。
そこをイル陛下は理解出来ているのだろうか。
「……、……激しい運動が苦手なだけです」
嘘は、言っていない。
意義なく効率なく無駄に動き回る行動はだるい。
そう言っているだけ。
だからヨナには、嘘をついていない。
「そうだったのね……。ずっと一緒だったのに気付けなくてごめんなさい……」
心苦しいことこの上ないぞ王よ。
やはり武器を持つことは許されないのだと分かったヨナの背後、ごめんねと眉根を下げて苦笑するその人に怒りは起きないがやはりどうもやりきれない。
ヨナは好きだ。
けれどヨナの暗い顔は嫌いだ。
見ていて落ち着かないし胸のあたりがざわつく。
なにより自分までが感化されているように悲しくなる。
ふと顔を上げればそこ、一つの視線と自分のそれが交わりちょうど良い頃合いなのだと知れば、自分の便乗して気晴らしでもしようかとヨナに声をかけた。
「ヨナ。もう少し待てばいいことあるですよ」
「いいこと……?」
「そうです。いいこと、です」
いいこと。
ヨナにとっても自分にとってもいいこと。
イル陛下に関しては損得無しむしろ損害ありきかもしれないがそこは気にしない。
「いいことってどういう――」
「ヨナ、いらっしゃい。馬に乗せてあげます」
ヨナの声を遮るように、大人しそうな声が下からヨナを呼んだ。
声を見下ろせば休息の為だろうか、馬を止めたスウォンとハクが並んでこちらを見上げている。
「…………遅えです」
ぼそりとスウォンに向けて睨みを効かせてみるが、のほほんと笑みを返してくるそいつには効果以前の問題だったらしい。
「スウォン!」
「大丈夫です。馬に乗るだけですから」
どれだけ武器を厭おうと、馬に乗ることは遊戯にも当て嵌まることもなし。
流鏑馬でさえ禁止しようとする過保護な王にやんわりとスウォンが許可を取った。
「フィンネル……!」
「イル陛下、大丈夫です。馬くらい平気です。落ちなければ何も問題ねえですよ」
最後の砦とばかりに自分を縋るように見てくる王に最後のとどめとばかりに応える。
その横には最早スウォンと同乗することしか頭にない幸せそうなヨナの顔。
それでこそやり甲斐のあるもの。
ヨナの笑顔を見る為に態々この場を設けてみせたのだ。
早番が起き出す早朝に起床し待ち伏せおど……お願いして場を借り付け、厩から一番ヨナに相性の良い馬をスウォンに宛がうように根回しし、スウォンには朝一番に会いに行きハクが以前スウォンと流鏑馬をしてみたいと零していたと多少の脚色付の事実を伝えておいた。
下へ視線を戻せば、やりやがったなとしたり顔で口に笑みを乗せるハクと裏を理解していたのかいなかったのかよく分からないスウォンの長閑な瞳が見えた。
「ねぇフィンネル! 一緒に行きましょう!?」
「…………、……え」
「今暇でしょ?」
「……ぁ、はい……えと」
「フィンネル、さっきから手摺によりかかって伸びたり俯いたりしてるばかりじゃない」
「……だ、だりぃから遠慮す」
「そんなこと言わずに行きましょうよー!」
「うぐ……」
自分の長い袖をぎゅうっと握って見上げてくる眉尻が下がった困り顔。
その顔が一番効き目があると理解しているか無自覚なのか、兎に角タチの悪いこの王女から逃げなければこの麗らかな日差しの下で運動する羽目になる。
こんな昼寝日和に。
ヨナと在るのは別段良いことしかないのだが、如何せん眠気を誘うこの陽気の中動くのは殊更だるく勿体ない。
「……よ、用事を忘れていたです。これにてフィンネルは退ける故、また後で会おうですヨナ!!」
強か掴んでくる手を衣を翻すことですらりと抜き去りとんと一歩分跳躍して距離を取る。
そのまま何を言われる前にくるりと背を向け城内へ駈け出した。
緋龍城一大人しい馬を自分が直々に選んだというのに、自分が近寄ったばかりに暴れ馬に変わるなどなんという徒労か。
生来より人間以外の生き物に異常に嫌われるという体質が憎らしいが、こればかりはどうしようもない。
諦めが半分滲んで聞こえるヨナの引き留めるような声を背に受けながら、自室へ向け半駆け足の歩みを進める。
色々と心労が重なっているであろうイル陛下のことを内心労いながら、あとは若者でどうぞやってくれと放棄して自室へと逃げ込んだ。