脱色夢中編『技局の鬼と蛆虫の人魚』
主人公の名前変更
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月日は流れー…迦苑の存在も少しずつ護廷十三隊や尸魂界内に浸透し始めてきた。
「ねぇ阿近さん」
その日は、久南が突然何かを思い悩むかのように俺へ相談を持ち掛けたのが切っ掛け。
「どーした?んな暗い顔して」
「あ、その、ここじゃあアレなので、場所変えて」
「???」
周りを見回しコソコソとする久南を、年頃の女子が持ち掛けてくるような神経質な相談でもするのか?などと酷く疑問に思いながら、彼女の希望に添えるよう場所を移して相談を受ける事に。
「で、なんだよ」と煙草を取り出しながら、改めて久南に問い掛けると、彼女は今一度辺りを見回して、俺と彼女以外誰も居ない事を確認し、静かに向き合って自身の言葉を確かめるように口を開いた。
「迦苑ちゃんについて、なんですけど」
「迦苑?何かアイツがヘマでもしたか?」
「ちーがーくて!!もっと真剣な話です!!」
「なァんだよ。んな急に大声出さなくてもいいだろ」
「出したくなりますよ!!大事な話なんですから、もっと真剣に聞いてくださいって!!」
「はいはい」
「もう…いいですか?」
「おう」
今一度、久南が大きく息を吸い込む。
「迦苑ちゃん。付き纏いに合ってるかも知れないんです」
「付き纏い?」
大きく頷いて返す久南は「いや、実際に見たり相談を受けたりしたわけでも無いんですけど」と話を続ける。
内容としてはー…以前、迦苑と久南で技局の買い出しに出てた時があったのだが、その帰り道に誰かがついて来る気配を感じたのだとか。
一定の距離を保ってついてくるその気配が少し恐ろしくて、その日は足早に帰って来たのだが、その翌日から迦苑の様子が少しばかりおかしくなったのだと言う。
「そういやぁ…」
思い返せば、ここ最近やたら迦苑が背後を気にするようになったなとは思っていた。仕事をしてる時も小さな物音に酷く反応して振り返ったり、外を出歩く時なんかは常に後ろを気にして歩いたりしていた。
「…猫、とかじゃねぇのか?」
「猫だったとしたら私たちと一定の距離を保って、止まったり動いたりしますか?それも常にですよ??」
久南の表情を見る限り、彼女の言うことに嘘偽りはあるように見られない。
視線を久南から逸らし、少し考え込むように煙草の煙を吸い込む。フゥー…と吐き出すと同時に「そうだな」と彼女へ返した。
「分かった、気にしてはみる。久南もアイツを少し気に掛けてやってくれ」
「はい!お願いしますね、阿近さん。お時間ありがとうございます」
頭を下げて先に戻っていく久南を見送り、少ししてから持ち場へ戻る。戻った先では先程の話題の中心にいた迦苑が真剣に画面と向き合って仕事に集中していた。
その横にある自分の席へ腰掛けると、先まで画面へと向けられていた顔がこちらへと持ち上がり「おかえりなさい。三席」と軽く笑みを浮かべる。簡単に返事を返すと、彼女は再び画面の方へ視線を向けて仕事に意識を向け始めた。
「………」
そんな迦苑の様子を横目に先の話を思い出す。
ー…話を聞いたところで、迦苑はきっと"なんでもない"と返すかもしれない。
だが何も知らなかったというよりはいいだろうし、何かあってからでは時すでに遅しだ。打てる手は打っておくべきだろう、と自身に言い聞かせ「迦苑」と彼女の名前を呼ぶ。
「はい、三席。どうされましたか?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだが…いいか?」
「あ、はい」
「ここ最近、何か変わった事とか気になる事はねぇか」
「変わった、こと…?」
「あー…ほら、色々あんだろ。動物飼い始めたーとか。良い甘味処見付けたーとか…」
「えっと…」
「例えば、そーだな…」
"不審な奴がいる。とか"
「「!!!!」」
その言葉を紡いだ瞬間、勢い良く迦苑の顔がこちらへと向けられる。あまりの勢いにこちらも驚いてしまい反射的に体をびくつかせて、迦苑へと顔を向けた。
目に映った迦苑は"なんでそれを…"と言わんばかりに目を見開いている。それでいてこの話を聞いて欲しい、と言うような切なげな表情を浮かべていた。
「…何か、あったか」
少し声色を低くし、彼女の言葉を待つ。
迦苑はゆっくりと俺から視線を外し、再び画面へと顔を向けると、この話の続きを言い淀んでいるかのように口元を噤んだり、開いたりを繰り返した。時間的にはそれほど経っていないだろうが、体感は凄く待った気がする。
そして、意を決したのか、彼女はゆっくりとこちらへ顔を向けて口を開いた。
「特に、何もありません」
ー…やはり、そう答えたか。
「強いて言うのであれば美味しい料理を提供してくれるお店を見つけたぐらいです。またお時間がある際にはご一緒してください」
「あぁ…そうか。考えておく」
柔らかく小さな笑みを浮かべて返した迦苑にこれ以上話を聞き出すこともできず、この話は終了する。彼女も彼女で何も話したがらないのであれば、無理に聞く必要もない。
久南の言っていた件が本当なのであれば、それはそれで気になるが今はそっとしておこう。
「何かあったらすぐに言えよ」
「ありがとうございます」
・
・
久南から話を聞いたあの日からしばらくが経った。あの日以降、迦苑の様子も幾分かは落ち着いているように感じていた。久南からも改めて何も聞かないので、一件落着でもしたのだろうと思い込んでいた。
だが、それもあくまで思い込みに過ぎなくてー…迦苑が非番だった日に事件は起きた。
*
その日、迦苑は非番で外回りを頼める者が居らず、俺が久しく外回りをしていた。最終の用事も済ませ、技局へと帰ろうとした時、良く見知った者の姿を目に捉える。
「迦苑…?」
正面から歩いてくるその人は間違いなく迦苑本人で、その傍らには俺のよく知らない男の死神がついて歩いていた。
ー…なんでアイツ、男なんかと。
迦苑の浮ついた話は全くと言っていい程、聞いていない。胸の奥に感じる僅かな痛みの理由がよく分からず、眉間に皺を寄せ少しばかり二人の様子を観察する。
少しばかりじっと二人を見ているうちに妙な違和感を感じた。
ー…どうしたんだアイツ、ずっと俯いて。
笑顔で迦苑に語り掛ける男に対して、迦苑は浮かない顔をしながらずっと下を向いている。おまけに、彼女の足取りは普段はもう少しゆっくりなはずなのに、こちらへ向かってくる速度が普段のそれより幾分か速いように感じた。
気付けば、彼女との距離も結構迫って来ている。本来であれば俺の存在に気付くであろう距離。しかし、未だに顔をあげようとしない彼女は俺の存在にさえ気付かない。
すぐそこまで来た俺たちの距離。迦苑は先と全く変わらず俯いたまま、足早に俺の横を通り過ぎようとする。
正反対な表情の二人。普段以上に早い迦苑の足取りー…そして、迦苑と共に通り過ぎようとしていた男の「なんでこっち見てくれないの?」の言葉。
これらを踏まえ瞬時に"とある可能性"を導き出した。
「おい、上司を目の前にして挨拶もなしか」
瞬間、ピタッと迦苑の歩みが止まる。バッとようやくあげられた顔は俺の存在をその目に映した瞬間、安堵のものへと歪んでいった。
「三席っ」
「おう、お疲れさん」
フラッと気持ちが緩んだような動作で迦苑がこちらへ歩み寄ってくる。普段では考えられない行動だ。無意識の内に体が動いたのだろう、そんな彼女を拒まず受け入れる。
自然と伸びていた片手は彼女の肩を掴み、引き寄せ、先まで一緒に歩いていた怪しげな男との距離を作る。
「ぇ。迦苑ちゃん…?」
「なんだ、迦苑。知り合いか?」
突然の状況に驚いている男。そんな野郎に構わず俺は迦苑へ問い掛ける。すると迦苑は男を軽く一瞥して、すぐに何度も頭を横に振った。
「知り合いじゃねぇのか。俺はてっきり」
「なんでそんな事を言うんだ迦苑ちゃん!!俺たち恋人だろ?!」
突然、迦苑の答えに豹変するかのように男が吠え出す。俺が言おうとしていたことに被せて怒ってくる辺り、相当のイカレだと見て取れた。野郎の狂気じみた変わりように当の迦苑は恐縮して小さくなっている。
「そんな事、一度も…」と彼女が呟けばそれにまた反応して男が声を荒らげた。
「昨日だって一緒に帰った仲じゃないか!!」
「一緒になんて帰ってない!それは貴方が勝手にっ」
「俺は迦苑ちゃんがよく分からない野郎に襲われないように護ってただけだって!!」
「なるほどな」
男の言葉に脳裏を過っていた"とある可能性"が確信へと変わる。
「アンタが迦苑の付き纏いか」
「ッ」
「は…?」
俺の言葉に野郎の様子が一気に不穏なものへと変わっていく。先程とは打って変わった、静かな怒りを宿して。
「付き纏い?違いますけど」
「嘘付け、迦苑を見てみろ。明らかに迷惑してんじゃねぇか。本当に付き纏いじゃねぇって言うなら、そんな相手に迦苑がここまで怯えたりする訳ねぇだよ」
「……っるせぇ」
「あ?図星か?怒って感情だけで言い返すっつー事はそういう事だろ??」
「うっるせぇな!!!」
俺が痛いところばかり突いたせいか、怒り狂った野郎の霊圧が急激にあがっていくのを肌で感じる。しかし、霊圧が上がったところで俺との力差は歴然だ。感じるまでもない。
本当に面倒なヤツに捕まったな、と心の中でボヤきながら迦苑を今一度引き寄せて、背中へと送ろうとした時、怒り狂ったヤツがさらに。
「いきなり出てきて何様なんだよ、お前!!鬼みたいな風貌しやがってッ!!白衣なんかも着てんだから技局のヤツかなんかだろ?!」
「ハッ、そんなヤツが表に出てきてなんの用だ?!根暗ばっかりの研究集団!!何してるかも分からねぇ連中がいきなりしゃしゃり出てくるなよ!!」
「部外者は引っ込んでろ!!表に出てくんな!!ろくでなし野郎!!!!」
「その言葉、撤回してください」
「ッ?!」
ー…迦苑?!
ヤツの怒りに呆れ返っていて全く気付かなかった。彼女がいつの間に自分の元を抜けていたのか分からない。気付けば迦苑がイカレ野郎の目の前に立っていて、静かに怒りを露わにしていた。
「か、迦苑ちゃん。何言って」
「もう一度言います。今の言葉、撤回してください」
「ぇ」
静かに上昇していく迦苑の霊圧。
それはまるで彼女の怒りを表している様。
「確かに貴方からしたら技術開発局は何をしているかよく分からない所でしょう。しかし、この尸魂界を護る上で、護廷十三隊や死神たちに貢献する上で技術開発局は必要不可欠な存在なんです」
「言ってしまえば貴方以上の優秀な方々がこの世界を護り働いている。一時の感情に任せて怒るような貴方とは正反対な方々が」
「それに今は風貌なんか関係ない。多種多様な者が生きる中、今更そこに目を付けるのがおかしい。三席を否定するなら、まず私を否定してください」
静かな彼女の怒りはこれに留まらない。
「彼は、私を救ってくれた恩人です。彼は私の光であって、私を導いてくれた大切なお方。そんな方を侮辱されたら…怒るなと言う方が無理」
「見た目で物事を判断するような輩に、相見える必要はありません。自身の物差しでしか判断できないような貴方は私たちよりよっぽど"ろくでなし"だと思います!!」
ひと思いに発せられた迦苑の想い。その全てを受けた野郎は想い人に反感を食らった羞恥でみるみる顔を赤らめていく。その羞恥は次第に野郎の中で怒りへと変わりー…ついに、斬魄刀へ手を掛けた。
「迦苑!!!!」
瞬間、俺はすぐに迦苑を引き寄せ、ヤツの鳩尾に深めの拳を突き入れる。僅か数秒の判断が吉と出たらしく、正当防衛を受けた野郎が膝を付いて事態は悪化することなく終わりを迎えた。
ヤツは俺たちを相手に牙を向けたという事で、どこの隊の者かは分からないがそれ相応の罰が来る事だろうと思われる。
「怪我は」
「大丈夫、です」
「…なら行くぞ」
野郎に伝える事は全て伝え、未だ道の真ん中で踞る男を放って俺たちは技術開発局の方へと足を向けた。
-続く-
「ねぇ阿近さん」
その日は、久南が突然何かを思い悩むかのように俺へ相談を持ち掛けたのが切っ掛け。
「どーした?んな暗い顔して」
「あ、その、ここじゃあアレなので、場所変えて」
「???」
周りを見回しコソコソとする久南を、年頃の女子が持ち掛けてくるような神経質な相談でもするのか?などと酷く疑問に思いながら、彼女の希望に添えるよう場所を移して相談を受ける事に。
「で、なんだよ」と煙草を取り出しながら、改めて久南に問い掛けると、彼女は今一度辺りを見回して、俺と彼女以外誰も居ない事を確認し、静かに向き合って自身の言葉を確かめるように口を開いた。
「迦苑ちゃんについて、なんですけど」
「迦苑?何かアイツがヘマでもしたか?」
「ちーがーくて!!もっと真剣な話です!!」
「なァんだよ。んな急に大声出さなくてもいいだろ」
「出したくなりますよ!!大事な話なんですから、もっと真剣に聞いてくださいって!!」
「はいはい」
「もう…いいですか?」
「おう」
今一度、久南が大きく息を吸い込む。
「迦苑ちゃん。付き纏いに合ってるかも知れないんです」
「付き纏い?」
大きく頷いて返す久南は「いや、実際に見たり相談を受けたりしたわけでも無いんですけど」と話を続ける。
内容としてはー…以前、迦苑と久南で技局の買い出しに出てた時があったのだが、その帰り道に誰かがついて来る気配を感じたのだとか。
一定の距離を保ってついてくるその気配が少し恐ろしくて、その日は足早に帰って来たのだが、その翌日から迦苑の様子が少しばかりおかしくなったのだと言う。
「そういやぁ…」
思い返せば、ここ最近やたら迦苑が背後を気にするようになったなとは思っていた。仕事をしてる時も小さな物音に酷く反応して振り返ったり、外を出歩く時なんかは常に後ろを気にして歩いたりしていた。
「…猫、とかじゃねぇのか?」
「猫だったとしたら私たちと一定の距離を保って、止まったり動いたりしますか?それも常にですよ??」
久南の表情を見る限り、彼女の言うことに嘘偽りはあるように見られない。
視線を久南から逸らし、少し考え込むように煙草の煙を吸い込む。フゥー…と吐き出すと同時に「そうだな」と彼女へ返した。
「分かった、気にしてはみる。久南もアイツを少し気に掛けてやってくれ」
「はい!お願いしますね、阿近さん。お時間ありがとうございます」
頭を下げて先に戻っていく久南を見送り、少ししてから持ち場へ戻る。戻った先では先程の話題の中心にいた迦苑が真剣に画面と向き合って仕事に集中していた。
その横にある自分の席へ腰掛けると、先まで画面へと向けられていた顔がこちらへと持ち上がり「おかえりなさい。三席」と軽く笑みを浮かべる。簡単に返事を返すと、彼女は再び画面の方へ視線を向けて仕事に意識を向け始めた。
「………」
そんな迦苑の様子を横目に先の話を思い出す。
ー…話を聞いたところで、迦苑はきっと"なんでもない"と返すかもしれない。
だが何も知らなかったというよりはいいだろうし、何かあってからでは時すでに遅しだ。打てる手は打っておくべきだろう、と自身に言い聞かせ「迦苑」と彼女の名前を呼ぶ。
「はい、三席。どうされましたか?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだが…いいか?」
「あ、はい」
「ここ最近、何か変わった事とか気になる事はねぇか」
「変わった、こと…?」
「あー…ほら、色々あんだろ。動物飼い始めたーとか。良い甘味処見付けたーとか…」
「えっと…」
「例えば、そーだな…」
"不審な奴がいる。とか"
「「!!!!」」
その言葉を紡いだ瞬間、勢い良く迦苑の顔がこちらへと向けられる。あまりの勢いにこちらも驚いてしまい反射的に体をびくつかせて、迦苑へと顔を向けた。
目に映った迦苑は"なんでそれを…"と言わんばかりに目を見開いている。それでいてこの話を聞いて欲しい、と言うような切なげな表情を浮かべていた。
「…何か、あったか」
少し声色を低くし、彼女の言葉を待つ。
迦苑はゆっくりと俺から視線を外し、再び画面へと顔を向けると、この話の続きを言い淀んでいるかのように口元を噤んだり、開いたりを繰り返した。時間的にはそれほど経っていないだろうが、体感は凄く待った気がする。
そして、意を決したのか、彼女はゆっくりとこちらへ顔を向けて口を開いた。
「特に、何もありません」
ー…やはり、そう答えたか。
「強いて言うのであれば美味しい料理を提供してくれるお店を見つけたぐらいです。またお時間がある際にはご一緒してください」
「あぁ…そうか。考えておく」
柔らかく小さな笑みを浮かべて返した迦苑にこれ以上話を聞き出すこともできず、この話は終了する。彼女も彼女で何も話したがらないのであれば、無理に聞く必要もない。
久南の言っていた件が本当なのであれば、それはそれで気になるが今はそっとしておこう。
「何かあったらすぐに言えよ」
「ありがとうございます」
・
・
久南から話を聞いたあの日からしばらくが経った。あの日以降、迦苑の様子も幾分かは落ち着いているように感じていた。久南からも改めて何も聞かないので、一件落着でもしたのだろうと思い込んでいた。
だが、それもあくまで思い込みに過ぎなくてー…迦苑が非番だった日に事件は起きた。
*
その日、迦苑は非番で外回りを頼める者が居らず、俺が久しく外回りをしていた。最終の用事も済ませ、技局へと帰ろうとした時、良く見知った者の姿を目に捉える。
「迦苑…?」
正面から歩いてくるその人は間違いなく迦苑本人で、その傍らには俺のよく知らない男の死神がついて歩いていた。
ー…なんでアイツ、男なんかと。
迦苑の浮ついた話は全くと言っていい程、聞いていない。胸の奥に感じる僅かな痛みの理由がよく分からず、眉間に皺を寄せ少しばかり二人の様子を観察する。
少しばかりじっと二人を見ているうちに妙な違和感を感じた。
ー…どうしたんだアイツ、ずっと俯いて。
笑顔で迦苑に語り掛ける男に対して、迦苑は浮かない顔をしながらずっと下を向いている。おまけに、彼女の足取りは普段はもう少しゆっくりなはずなのに、こちらへ向かってくる速度が普段のそれより幾分か速いように感じた。
気付けば、彼女との距離も結構迫って来ている。本来であれば俺の存在に気付くであろう距離。しかし、未だに顔をあげようとしない彼女は俺の存在にさえ気付かない。
すぐそこまで来た俺たちの距離。迦苑は先と全く変わらず俯いたまま、足早に俺の横を通り過ぎようとする。
正反対な表情の二人。普段以上に早い迦苑の足取りー…そして、迦苑と共に通り過ぎようとしていた男の「なんでこっち見てくれないの?」の言葉。
これらを踏まえ瞬時に"とある可能性"を導き出した。
「おい、上司を目の前にして挨拶もなしか」
瞬間、ピタッと迦苑の歩みが止まる。バッとようやくあげられた顔は俺の存在をその目に映した瞬間、安堵のものへと歪んでいった。
「三席っ」
「おう、お疲れさん」
フラッと気持ちが緩んだような動作で迦苑がこちらへ歩み寄ってくる。普段では考えられない行動だ。無意識の内に体が動いたのだろう、そんな彼女を拒まず受け入れる。
自然と伸びていた片手は彼女の肩を掴み、引き寄せ、先まで一緒に歩いていた怪しげな男との距離を作る。
「ぇ。迦苑ちゃん…?」
「なんだ、迦苑。知り合いか?」
突然の状況に驚いている男。そんな野郎に構わず俺は迦苑へ問い掛ける。すると迦苑は男を軽く一瞥して、すぐに何度も頭を横に振った。
「知り合いじゃねぇのか。俺はてっきり」
「なんでそんな事を言うんだ迦苑ちゃん!!俺たち恋人だろ?!」
突然、迦苑の答えに豹変するかのように男が吠え出す。俺が言おうとしていたことに被せて怒ってくる辺り、相当のイカレだと見て取れた。野郎の狂気じみた変わりように当の迦苑は恐縮して小さくなっている。
「そんな事、一度も…」と彼女が呟けばそれにまた反応して男が声を荒らげた。
「昨日だって一緒に帰った仲じゃないか!!」
「一緒になんて帰ってない!それは貴方が勝手にっ」
「俺は迦苑ちゃんがよく分からない野郎に襲われないように護ってただけだって!!」
「なるほどな」
男の言葉に脳裏を過っていた"とある可能性"が確信へと変わる。
「アンタが迦苑の付き纏いか」
「ッ」
「は…?」
俺の言葉に野郎の様子が一気に不穏なものへと変わっていく。先程とは打って変わった、静かな怒りを宿して。
「付き纏い?違いますけど」
「嘘付け、迦苑を見てみろ。明らかに迷惑してんじゃねぇか。本当に付き纏いじゃねぇって言うなら、そんな相手に迦苑がここまで怯えたりする訳ねぇだよ」
「……っるせぇ」
「あ?図星か?怒って感情だけで言い返すっつー事はそういう事だろ??」
「うっるせぇな!!!」
俺が痛いところばかり突いたせいか、怒り狂った野郎の霊圧が急激にあがっていくのを肌で感じる。しかし、霊圧が上がったところで俺との力差は歴然だ。感じるまでもない。
本当に面倒なヤツに捕まったな、と心の中でボヤきながら迦苑を今一度引き寄せて、背中へと送ろうとした時、怒り狂ったヤツがさらに。
「いきなり出てきて何様なんだよ、お前!!鬼みたいな風貌しやがってッ!!白衣なんかも着てんだから技局のヤツかなんかだろ?!」
「ハッ、そんなヤツが表に出てきてなんの用だ?!根暗ばっかりの研究集団!!何してるかも分からねぇ連中がいきなりしゃしゃり出てくるなよ!!」
「部外者は引っ込んでろ!!表に出てくんな!!ろくでなし野郎!!!!」
「その言葉、撤回してください」
「ッ?!」
ー…迦苑?!
ヤツの怒りに呆れ返っていて全く気付かなかった。彼女がいつの間に自分の元を抜けていたのか分からない。気付けば迦苑がイカレ野郎の目の前に立っていて、静かに怒りを露わにしていた。
「か、迦苑ちゃん。何言って」
「もう一度言います。今の言葉、撤回してください」
「ぇ」
静かに上昇していく迦苑の霊圧。
それはまるで彼女の怒りを表している様。
「確かに貴方からしたら技術開発局は何をしているかよく分からない所でしょう。しかし、この尸魂界を護る上で、護廷十三隊や死神たちに貢献する上で技術開発局は必要不可欠な存在なんです」
「言ってしまえば貴方以上の優秀な方々がこの世界を護り働いている。一時の感情に任せて怒るような貴方とは正反対な方々が」
「それに今は風貌なんか関係ない。多種多様な者が生きる中、今更そこに目を付けるのがおかしい。三席を否定するなら、まず私を否定してください」
静かな彼女の怒りはこれに留まらない。
「彼は、私を救ってくれた恩人です。彼は私の光であって、私を導いてくれた大切なお方。そんな方を侮辱されたら…怒るなと言う方が無理」
「見た目で物事を判断するような輩に、相見える必要はありません。自身の物差しでしか判断できないような貴方は私たちよりよっぽど"ろくでなし"だと思います!!」
ひと思いに発せられた迦苑の想い。その全てを受けた野郎は想い人に反感を食らった羞恥でみるみる顔を赤らめていく。その羞恥は次第に野郎の中で怒りへと変わりー…ついに、斬魄刀へ手を掛けた。
「迦苑!!!!」
瞬間、俺はすぐに迦苑を引き寄せ、ヤツの鳩尾に深めの拳を突き入れる。僅か数秒の判断が吉と出たらしく、正当防衛を受けた野郎が膝を付いて事態は悪化することなく終わりを迎えた。
ヤツは俺たちを相手に牙を向けたという事で、どこの隊の者かは分からないがそれ相応の罰が来る事だろうと思われる。
「怪我は」
「大丈夫、です」
「…なら行くぞ」
野郎に伝える事は全て伝え、未だ道の真ん中で踞る男を放って俺たちは技術開発局の方へと足を向けた。
-続く-