脱色夢中編『技局の鬼と蛆虫の人魚』
主人公の名前変更
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
無色無音ー…そんな言葉がとても相応しい。
蛆虫の巣に来てからは何気ない日々を淡々と過ごす毎日。生き甲斐を見つけることもできず、息絶えることもできない。
周りを見ればこの環境が耐え切れず自ら命を絶とうとする者がいたり、同族嫌悪して争いをしたりする者もいる。護廷十三隊二番隊の看守がいる中であまり表立っては騒ぎを起こしていないが、それでも日々の鬱憤を溜めすぎて撒き散らす者は少なくなかった。
中には、性的なもので晴らそうとする者も居た。自分がその標的になった時は酷く傷付いた。"異形の見た目をした女"から圧倒的弱者という認識でも芽生えたのだろう。
その際は酷く大暴れをした。言葉の知識は必要以上にあったから口汚く相手を貶したら、逆上され、殴られて、そこを二番隊の者に見付かって止められた。
ただでさえ地上で打ちのめされているというのに、ここに来ても私の居場所が存在しないという事実にその日は涙したのを覚えている。
そしてあの未遂事件以来、私に近寄る者は誰一人いなくなった。それはそれで良かったけれど、元々無色無音な世界がさらに霞んで見えてきて、しまいには私しかここに居ないのではないかと思えるほど。
そんな私の世界に、唯一色と音をくれたのが"書物"だったんだ。
*
今日はやけに騒がしい、そんな気がする。
どこからどう仕入れてくるのか分からない噂好きの誰かが"今日、客人が来るらしい"と言っていたのを脳裏に思い浮かべる。その類かな、と別に興味も関心ももつことなく書物に意識を集中させた。
誰が来ようと来まいと、この現状が変わることはない。関係の無い者は静かにしておくのがこの場合は吉。誰にも気付かれず、悟られないよう隅の方で小さくなって息を潜めながら書物を読み込む。
現世の御伽噺だとかいうこの書物は、色んなお話が詰まっており読んでいて純粋に楽しい。中でも姫と王子が結ばれるような甘い恋物語は、その情景が目に浮かできて「いいなぁ」なんて他人事のように思う。
私には無縁なもの、なのだけれど。
いつか、ここ(蛆虫の巣)を出られたら…なんて思うのも、それこそ御伽噺に近い夢物語。
「………」
紙を捲り、一際シワが寄っている頁を開ける。
"人魚姫"
昔、誰かが言った。
私は"人魚の末裔"だと。
しかし、御伽噺の人魚姫と私は全然違う。
姫は王子に恋をし、自ら望んで王子と同じ姿になった。私は恋も何もしていないのに、自らも望まない異形の姿になっている。
同じ"人魚"だというのに、こうも違うなんて。
好きだけど、嫌いな話のひとつ。
でもー…こんな姿を受け入れてくれるような。
それこそ御伽噺の王子のような者が現れたら。
"私もこの姿を、望んで、受け入れられるようになるのかな?"
「アンタ」
ー…えっ。
突然聞こえた、久しく聞く、大きな"音"。
あまりにも急なその音が、私に向かってのものだと体が反射的に反応して、勢いよく振り返る。
瞬間、瞳に映った死神の姿に目を見張った。
ー…額に角がある。私と同じ、異形の死神。
振り返った私を真っ直ぐに見つめるその死神は、こんな私を瞳に映しても嫌な顔ひとつしないで、至極真剣な顔で向き合ってくれている。
その表情は今まで出会ってきた者とは全く違っていて、思わず魅入ってしまう程。
そして、さらにその死神が続ける。
「俺と一緒に来るか?」
その言葉の意味を理解するのに、時間は全く掛からなかった。
無色無音だった世界に"色"と"音"が戻ってきた瞬間だった。
ー…
死神は自身のことを"迦苑"だと名乗った。彼女を蛆虫の巣から連れ出してからというもの、これが"当たり"だったらしく、業務効率が飛躍的に上がり、毎日が順調に進んでいった。
迦苑は蛆虫の巣にいる前から書物を読む習慣があったらしい。知識や知能が遥かに豊富で、それらを活用する技術・技量も申し分なかった。俺の仕事や行動を先読みして動き、予想外な出来事が起こっても臨機応変に対応する。
彼女を迎える前に隊長が宝の持ち腐れがどうとか言っていたが、それをこうして肌で感じることができるとは、正直思いもしなかった。
日々の成果・日頃の行いもあってか、通常他の奴らが結構な時間を掛けて就くであろう席官の座に、迦苑は蛆虫の巣を出てきて比較的早い内に就任し、今では十二番隊の五席を務めるほどに成長した。
そこから出てきた当初は何もかもに戸惑っているような必死な形相を浮かべて、軽い冗談にさえ笑いもしなかったが、最近は多少余裕も見られるようになり、少しずつだが笑うようにもなった。
同隊の連中や、技局の連中とも打ち解けられているようでその様子を見ては心のどこかで「良かったな」と思うことも多い。
いつだっただろうかー…迦苑が俺に"自身の姿を恨んだことはありますか?"と聞いてきたことがある。
「あ?どうした、急に」
「………」
何処か思い悩んでいるような、暗く浮かないその顔にただ事ではないなと瞬時に判断し、調べ物をしていた手を止め、彼女と向き合って話を聞く。
体制が整えば、口を固く閉ざした迦苑もゆっくりと一つ一つ、音を確かめるように言葉を並べ出した。
"私は自分の容姿が嫌い"だと。
「右と左で瞳の色が違っていて、物心がついた頃から両足に鱗も生え出しました。そんな私を見て、周りは忌み子だなんだって言い始めて…挙句に、私は"人魚の末裔だ"って騒ぎ立てられて」
「私は同族殺しを企んでいるから危険因子になるんだって…ありもしない、事実無根の噂話だけが独り歩きして。こんな身なりをしてるから擁護してくれる者も誰一人居なくて、私は蛆虫の巣に送られることになったんです」
「こんな姿形をしているから、周りがみんな忌み嫌うんだって…自分のこの姿が嫌で…嫌で嫌で!仕方が、なかった」
「…本当は、この白い髪だって。大嫌いなんです」
と、顔を酷く顰めながら苦し紛れに迦苑は話した。
思い返せば蛆虫の巣から連れ出した当初から、彼女は常に下を向いて他者と関わることを避けている傾向にあった。仕方なく関わる際も俺や鵯州など信頼のおける者の隣から半歩下がって、間接的に話しをしたり聞いたりする事が多い。
何故彼女がそんな事をするのか今まで疑問に思っていたが、自身の見た目に引け目や暗い過去を抱えていたというのならその行動に合点がいく。
「俺はいいと思うがな」
「ぇ」
だが、そんな迦苑に対し俺はさらりと言葉を返した。さっきまでの苦し紛れな表情とは一変して、豆鉄砲でも喰らったような驚いた表情を浮かべる彼女を一瞥し、さらに言葉を続ける。
「周りをよく見てみろ。はっきり言ってここは異形の集まりだ。第一、ウチは隊長があんなんだから別に今更、誰も何も言ったりしねぇよ」
「それに俺はアンタの見た目を悪いと思った事は一度もねぇ。白い髪なんて十番隊の日番谷隊長とお揃いだ。なりたくても地でなれるものじゃねぇだろう?両足の鱗なんて、ウチからしたら立派な研究材料だ。アンタがいいなら一枚剥がさせて欲しいくらいだしな。言い値で買うぞ?」
「んで、左右で違う瞳だが…それはアンタだって事を象徴する唯一無二のものだろ?俺のこの角と一緒だ。誇ったらいい」
未だ驚いた表情のままこちらを見上げる彼女に顔を近付け、自身の角を指差しながら小さく笑って告げる。
こんな事を言ったところで深く根付いた迦苑の劣等感が癒されるとは機敏にも思っていないが、俺にそう問うたという事は少しでも誰かに認めて欲しかったんだろうと踏んでのこと。
だから、
瞬きをした僅かな間のあとに流れた一筋の涙と、今まで隠し持っていた宝石が零れ出てきたのではないかと思う程輝いた瞳に、今度はこちらが目を見開く。
その表情はまるで"そう言ってもらいたかったんだ"と言っているようで。
嬉しさが滲み出た顔が今度はゆっくりと綻んで、蕩けたような"笑み"を浮かべて「はい」と大きく返事をする。
蛆虫の巣で出会って以来、初めて見た迦苑の"心からの笑顔"ー…実のところ、俺も自身の見た目についてとやかく言われることは少なくない。未だに外を歩けば俺の姿を見て何かと噂する者をチラホラ見掛ける。
迦苑ほど心に傷となるような出来事はないものの、普通というものに憧れなかったという事は無かった。
ー…もしかして、俺だからか?
異形の姿をした死神の自分と、異形の姿をした死神の迦苑。どちらにせよ、俺の回答は間違いではなかったのだから、それで良かったのだと思う。
朗らかに笑う彼女はとても可愛くて、俺の言葉を素直に受けとってくれたと言う事実が、純粋に嬉しかった。
あの日を境に、少しばかり生き生きとしだした彼女を見るのは俺自身も楽しいし、嬉しいと感じている。
なんてことない日々が続いていくんだと、そんな予感がしていた。
ー続くー
蛆虫の巣に来てからは何気ない日々を淡々と過ごす毎日。生き甲斐を見つけることもできず、息絶えることもできない。
周りを見ればこの環境が耐え切れず自ら命を絶とうとする者がいたり、同族嫌悪して争いをしたりする者もいる。護廷十三隊二番隊の看守がいる中であまり表立っては騒ぎを起こしていないが、それでも日々の鬱憤を溜めすぎて撒き散らす者は少なくなかった。
中には、性的なもので晴らそうとする者も居た。自分がその標的になった時は酷く傷付いた。"異形の見た目をした女"から圧倒的弱者という認識でも芽生えたのだろう。
その際は酷く大暴れをした。言葉の知識は必要以上にあったから口汚く相手を貶したら、逆上され、殴られて、そこを二番隊の者に見付かって止められた。
ただでさえ地上で打ちのめされているというのに、ここに来ても私の居場所が存在しないという事実にその日は涙したのを覚えている。
そしてあの未遂事件以来、私に近寄る者は誰一人いなくなった。それはそれで良かったけれど、元々無色無音な世界がさらに霞んで見えてきて、しまいには私しかここに居ないのではないかと思えるほど。
そんな私の世界に、唯一色と音をくれたのが"書物"だったんだ。
*
今日はやけに騒がしい、そんな気がする。
どこからどう仕入れてくるのか分からない噂好きの誰かが"今日、客人が来るらしい"と言っていたのを脳裏に思い浮かべる。その類かな、と別に興味も関心ももつことなく書物に意識を集中させた。
誰が来ようと来まいと、この現状が変わることはない。関係の無い者は静かにしておくのがこの場合は吉。誰にも気付かれず、悟られないよう隅の方で小さくなって息を潜めながら書物を読み込む。
現世の御伽噺だとかいうこの書物は、色んなお話が詰まっており読んでいて純粋に楽しい。中でも姫と王子が結ばれるような甘い恋物語は、その情景が目に浮かできて「いいなぁ」なんて他人事のように思う。
私には無縁なもの、なのだけれど。
いつか、ここ(蛆虫の巣)を出られたら…なんて思うのも、それこそ御伽噺に近い夢物語。
「………」
紙を捲り、一際シワが寄っている頁を開ける。
"人魚姫"
昔、誰かが言った。
私は"人魚の末裔"だと。
しかし、御伽噺の人魚姫と私は全然違う。
姫は王子に恋をし、自ら望んで王子と同じ姿になった。私は恋も何もしていないのに、自らも望まない異形の姿になっている。
同じ"人魚"だというのに、こうも違うなんて。
好きだけど、嫌いな話のひとつ。
でもー…こんな姿を受け入れてくれるような。
それこそ御伽噺の王子のような者が現れたら。
"私もこの姿を、望んで、受け入れられるようになるのかな?"
「アンタ」
ー…えっ。
突然聞こえた、久しく聞く、大きな"音"。
あまりにも急なその音が、私に向かってのものだと体が反射的に反応して、勢いよく振り返る。
瞬間、瞳に映った死神の姿に目を見張った。
ー…額に角がある。私と同じ、異形の死神。
振り返った私を真っ直ぐに見つめるその死神は、こんな私を瞳に映しても嫌な顔ひとつしないで、至極真剣な顔で向き合ってくれている。
その表情は今まで出会ってきた者とは全く違っていて、思わず魅入ってしまう程。
そして、さらにその死神が続ける。
「俺と一緒に来るか?」
その言葉の意味を理解するのに、時間は全く掛からなかった。
無色無音だった世界に"色"と"音"が戻ってきた瞬間だった。
ー…
死神は自身のことを"迦苑"だと名乗った。彼女を蛆虫の巣から連れ出してからというもの、これが"当たり"だったらしく、業務効率が飛躍的に上がり、毎日が順調に進んでいった。
迦苑は蛆虫の巣にいる前から書物を読む習慣があったらしい。知識や知能が遥かに豊富で、それらを活用する技術・技量も申し分なかった。俺の仕事や行動を先読みして動き、予想外な出来事が起こっても臨機応変に対応する。
彼女を迎える前に隊長が宝の持ち腐れがどうとか言っていたが、それをこうして肌で感じることができるとは、正直思いもしなかった。
日々の成果・日頃の行いもあってか、通常他の奴らが結構な時間を掛けて就くであろう席官の座に、迦苑は蛆虫の巣を出てきて比較的早い内に就任し、今では十二番隊の五席を務めるほどに成長した。
そこから出てきた当初は何もかもに戸惑っているような必死な形相を浮かべて、軽い冗談にさえ笑いもしなかったが、最近は多少余裕も見られるようになり、少しずつだが笑うようにもなった。
同隊の連中や、技局の連中とも打ち解けられているようでその様子を見ては心のどこかで「良かったな」と思うことも多い。
いつだっただろうかー…迦苑が俺に"自身の姿を恨んだことはありますか?"と聞いてきたことがある。
「あ?どうした、急に」
「………」
何処か思い悩んでいるような、暗く浮かないその顔にただ事ではないなと瞬時に判断し、調べ物をしていた手を止め、彼女と向き合って話を聞く。
体制が整えば、口を固く閉ざした迦苑もゆっくりと一つ一つ、音を確かめるように言葉を並べ出した。
"私は自分の容姿が嫌い"だと。
「右と左で瞳の色が違っていて、物心がついた頃から両足に鱗も生え出しました。そんな私を見て、周りは忌み子だなんだって言い始めて…挙句に、私は"人魚の末裔だ"って騒ぎ立てられて」
「私は同族殺しを企んでいるから危険因子になるんだって…ありもしない、事実無根の噂話だけが独り歩きして。こんな身なりをしてるから擁護してくれる者も誰一人居なくて、私は蛆虫の巣に送られることになったんです」
「こんな姿形をしているから、周りがみんな忌み嫌うんだって…自分のこの姿が嫌で…嫌で嫌で!仕方が、なかった」
「…本当は、この白い髪だって。大嫌いなんです」
と、顔を酷く顰めながら苦し紛れに迦苑は話した。
思い返せば蛆虫の巣から連れ出した当初から、彼女は常に下を向いて他者と関わることを避けている傾向にあった。仕方なく関わる際も俺や鵯州など信頼のおける者の隣から半歩下がって、間接的に話しをしたり聞いたりする事が多い。
何故彼女がそんな事をするのか今まで疑問に思っていたが、自身の見た目に引け目や暗い過去を抱えていたというのならその行動に合点がいく。
「俺はいいと思うがな」
「ぇ」
だが、そんな迦苑に対し俺はさらりと言葉を返した。さっきまでの苦し紛れな表情とは一変して、豆鉄砲でも喰らったような驚いた表情を浮かべる彼女を一瞥し、さらに言葉を続ける。
「周りをよく見てみろ。はっきり言ってここは異形の集まりだ。第一、ウチは隊長があんなんだから別に今更、誰も何も言ったりしねぇよ」
「それに俺はアンタの見た目を悪いと思った事は一度もねぇ。白い髪なんて十番隊の日番谷隊長とお揃いだ。なりたくても地でなれるものじゃねぇだろう?両足の鱗なんて、ウチからしたら立派な研究材料だ。アンタがいいなら一枚剥がさせて欲しいくらいだしな。言い値で買うぞ?」
「んで、左右で違う瞳だが…それはアンタだって事を象徴する唯一無二のものだろ?俺のこの角と一緒だ。誇ったらいい」
未だ驚いた表情のままこちらを見上げる彼女に顔を近付け、自身の角を指差しながら小さく笑って告げる。
こんな事を言ったところで深く根付いた迦苑の劣等感が癒されるとは機敏にも思っていないが、俺にそう問うたという事は少しでも誰かに認めて欲しかったんだろうと踏んでのこと。
だから、
瞬きをした僅かな間のあとに流れた一筋の涙と、今まで隠し持っていた宝石が零れ出てきたのではないかと思う程輝いた瞳に、今度はこちらが目を見開く。
その表情はまるで"そう言ってもらいたかったんだ"と言っているようで。
嬉しさが滲み出た顔が今度はゆっくりと綻んで、蕩けたような"笑み"を浮かべて「はい」と大きく返事をする。
蛆虫の巣で出会って以来、初めて見た迦苑の"心からの笑顔"ー…実のところ、俺も自身の見た目についてとやかく言われることは少なくない。未だに外を歩けば俺の姿を見て何かと噂する者をチラホラ見掛ける。
迦苑ほど心に傷となるような出来事はないものの、普通というものに憧れなかったという事は無かった。
ー…もしかして、俺だからか?
異形の姿をした死神の自分と、異形の姿をした死神の迦苑。どちらにせよ、俺の回答は間違いではなかったのだから、それで良かったのだと思う。
朗らかに笑う彼女はとても可愛くて、俺の言葉を素直に受けとってくれたと言う事実が、純粋に嬉しかった。
あの日を境に、少しばかり生き生きとしだした彼女を見るのは俺自身も楽しいし、嬉しいと感じている。
なんてことない日々が続いていくんだと、そんな予感がしていた。
ー続くー