脱色夢中編『技局の鬼と蛆虫の人魚』
主人公の名前変更
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冷静沈着、寡黙、何を考えているか分からないー…外ではそう噂されている俺の女。しかし、内ではコロコロと表情を変えて、局員や隊員らと何気ない話を繰り広げられる、とても分かりやすい女。
「迦苑」
名前を呼んでやれば、こちらへと振り返り、満面の笑みを浮かべて「阿近さん」と駆け寄ってくる。
ー…今宵は俺たちの馴れ初めでも聞かせてやろう。
技局の鬼と、蛆虫の人魚の始まりを。
・
・
「隊長」
それは、俺が十二番隊三席へと昇進し、技術開発局の副局長を任されるようになってしばらくのこと。
有り難い話、技局での仕事も滞りなく進んでいて日々はそれなりに充実しているー…。
だが、俺自身に降りかかる仕事も一気に量を増して、個人的にしたい研究などが昔よりは全然できなくなっていた。位が上がったため、当然なことなのだが息抜きが上手くできていない現状に、苛立ちばかりが募る。
このままでは仕事も手につかなくなりそうで、早めに手を打っておこうと涅隊長へ直談判しに行っていた。
「ン?どうしたんだネ、阿近」
「恥を承知で要望するんですけど……誰か一人。俺に寄越してくれませんかね?」
「それはどういう?」
「三席になって副局も任されたことは大変光栄に思ってます。ですが、突如として増えた膨大な量の仕事を俺一人で片すのはなかなかに骨が折れまして…」
「ふむ…珍しいネ。阿近がそんな弱音を吐くなんて」
「だから"恥を承知で"って前置きしたんですよ」
溜息混じりにそう告げた俺を一瞥して、隊長は「そうだネ」と視線を斜め上に持ち上げる。少しして「阿近」と再び俺に視線を向け、隊長は続けた。
「蛆虫の巣にでも行ってきたらどうだネ?」
「え゛」
「あそこ、ですか?」と明らか嫌な顔をしているだろう俺に隊長は表情ひとつ変えず淡々と告げる。
「あそこには余るほど死神がいるからネ。宝の持ち腐れでも見つけたらイイ」
「えぇ…」
あそこでか、と未だ渋る俺に「イヤならイイんだヨ?」と隊員から人員を割く気が全く無い隊長に圧を掛けられ、仕方なく「分かりました」と頭を下げる。上からの許可は隊長自らがしてくれるそうで、その辺りの手間が省けたのは有り難い。
そして日を改め、俺は蛆虫の巣へ向かった。
ー…
生まれながらに持った左右非対称の色をした瞳が大嫌いだった。普通の人とは違うその色を気味悪く思う者たちが「忌み子だ」「厄災を招く者だ」と騒ぎ立てる。そういう人たちに同調する声が大きくなって、私の居場所がどんどん小さくなって、いつしか一人になっていた。
そんな私の娯楽は、書物を読むこと。
色んな書物を読んで、自身の知識として蓄え、それらを用いて生きる術を構築するのは純粋に楽しかった。並大抵の人より私は優れていた方だと思っていたし、実際護廷十三隊に入隊できれば確実に席官入りできるだろうとも言われていた。
だが、昔から「忌み子」だと言われ続けていた私は相当運が悪かったらしいー…当時の同期に"アイツは同族殺しを企んでいる"と法螺を吹かされたのだ。もちろん、反論もした。
しかし周りは、声が大きく、皆が同調する方を優先する。
「色んな知識や知恵があるのは徹底的に我らを消すためだ」
「我々の知らないものばかりに手を出し、いつかは禁忌を犯すだろう」
「この者は"忌み子"として住んでいた村を追い出されている。手始めにそこの者を始末していくだろう」
「彼女は"人魚の末裔"なのだから」
当時、皆にはひた隠しにしてきたが自身の両足に疎らな魚の鱗が生え出てきていた。そう言われるには要素が揃い過ぎていて、最後まで反論することもできず、私は蛆虫の巣へと送られた。
ー…
二番隊敷地内ー…蛆虫の巣へ続く薄暗い洞窟道が続く。「相変わらず気味悪ぃな」と蛆虫の巣へ共にやって来た鵯州が小さく呟いた。
「本当にここから見つけ出すのか?」
「仕方ねぇだろう。隊長がそう言うんだから」
「おめェも大変だなぁ…」
「鵯州が就くってんなら問題なかったんだ」
「気持ちは常に一緒だぞ」
「嘘抜かせ」
二人で言い合っていれば長かった道のりもあっという間だ。何十年振りー…もっと言えば何百年振りになるだろうか。
重い門を押し開けて内部へと足を進める。
*
久し振りのそこは相変わらずだ。
常に外の世界へ憧れている者の視線が刺さって痛い。野心ばかりが溢れてる連中を一瞥して、溜息が出そうになる。
いくら手が欲しいとは言え、こればかりは断っておくべきだっただろうか?
適任者が全く見付かる気がしない。
「居るかァ?阿近」
鵯州に問われるも、俺は首を横に振って答える。
「居心地も悪ぃし残念だが…」
帰ろう、そう背を向けようとした瞬間。
ふと視界に入ったひとつの背中に目を奪われた。
「…どうした?」
「あ。いや…」
こちらを見てくる連中と違い、その背中は一向にこちらへと振り向かない。その様子が妙にそそられて「少し待っててくれ」と鵯州に告げ、ゆっくりとその背中の持ち主の元へ歩み寄った。
距離が近付くにつれて、ペラペラと何かを捲る音が聞こえる。詰める距離が無くなっても一向に振り返らないその背中を真上から覗き込んだ。
どうやらその死神は書物を読んでいるようで、呟くような小言も聞こえず、淡々とページを捲る紙の音だけが耳に届く。
ー…なに、読んでんだ?
自慢ではないがそれなりに書物や文献は嗜んできている方だが、この死神の読む物は見たことも読んだこともない。紙に書かれてある文字でさえ、何を意味し、何を訴えているのか分からない。
紙を捲る速さと読み込む時間を簡単に計算しても、この死神が確かにその書物を"読んでいる"ということは明確だった。
ー…コイツ、相当賢いぞ。
普段は直感とやらに頼らないようにしているが、今回ばかりは頼ってもいいと心の中の俺が訴える。
「アンタ」
考えるが先、俺はその死神に声を掛けていた。俺の声に反応し、こちらへ向けられていた背中が勢い良く振り返る。
死神が振り返って見えたのは、両足に見えた疎らで小さい魚の鱗と、水や氷を連想させるような双方違う綺麗な瞳ー…。
瞬間、また直感的に思った。
「俺と一緒に来るか?」
これが俺と彼女の出会いだった。
-続く-
「迦苑」
名前を呼んでやれば、こちらへと振り返り、満面の笑みを浮かべて「阿近さん」と駆け寄ってくる。
ー…今宵は俺たちの馴れ初めでも聞かせてやろう。
技局の鬼と、蛆虫の人魚の始まりを。
・
・
「隊長」
それは、俺が十二番隊三席へと昇進し、技術開発局の副局長を任されるようになってしばらくのこと。
有り難い話、技局での仕事も滞りなく進んでいて日々はそれなりに充実しているー…。
だが、俺自身に降りかかる仕事も一気に量を増して、個人的にしたい研究などが昔よりは全然できなくなっていた。位が上がったため、当然なことなのだが息抜きが上手くできていない現状に、苛立ちばかりが募る。
このままでは仕事も手につかなくなりそうで、早めに手を打っておこうと涅隊長へ直談判しに行っていた。
「ン?どうしたんだネ、阿近」
「恥を承知で要望するんですけど……誰か一人。俺に寄越してくれませんかね?」
「それはどういう?」
「三席になって副局も任されたことは大変光栄に思ってます。ですが、突如として増えた膨大な量の仕事を俺一人で片すのはなかなかに骨が折れまして…」
「ふむ…珍しいネ。阿近がそんな弱音を吐くなんて」
「だから"恥を承知で"って前置きしたんですよ」
溜息混じりにそう告げた俺を一瞥して、隊長は「そうだネ」と視線を斜め上に持ち上げる。少しして「阿近」と再び俺に視線を向け、隊長は続けた。
「蛆虫の巣にでも行ってきたらどうだネ?」
「え゛」
「あそこ、ですか?」と明らか嫌な顔をしているだろう俺に隊長は表情ひとつ変えず淡々と告げる。
「あそこには余るほど死神がいるからネ。宝の持ち腐れでも見つけたらイイ」
「えぇ…」
あそこでか、と未だ渋る俺に「イヤならイイんだヨ?」と隊員から人員を割く気が全く無い隊長に圧を掛けられ、仕方なく「分かりました」と頭を下げる。上からの許可は隊長自らがしてくれるそうで、その辺りの手間が省けたのは有り難い。
そして日を改め、俺は蛆虫の巣へ向かった。
ー…
生まれながらに持った左右非対称の色をした瞳が大嫌いだった。普通の人とは違うその色を気味悪く思う者たちが「忌み子だ」「厄災を招く者だ」と騒ぎ立てる。そういう人たちに同調する声が大きくなって、私の居場所がどんどん小さくなって、いつしか一人になっていた。
そんな私の娯楽は、書物を読むこと。
色んな書物を読んで、自身の知識として蓄え、それらを用いて生きる術を構築するのは純粋に楽しかった。並大抵の人より私は優れていた方だと思っていたし、実際護廷十三隊に入隊できれば確実に席官入りできるだろうとも言われていた。
だが、昔から「忌み子」だと言われ続けていた私は相当運が悪かったらしいー…当時の同期に"アイツは同族殺しを企んでいる"と法螺を吹かされたのだ。もちろん、反論もした。
しかし周りは、声が大きく、皆が同調する方を優先する。
「色んな知識や知恵があるのは徹底的に我らを消すためだ」
「我々の知らないものばかりに手を出し、いつかは禁忌を犯すだろう」
「この者は"忌み子"として住んでいた村を追い出されている。手始めにそこの者を始末していくだろう」
「彼女は"人魚の末裔"なのだから」
当時、皆にはひた隠しにしてきたが自身の両足に疎らな魚の鱗が生え出てきていた。そう言われるには要素が揃い過ぎていて、最後まで反論することもできず、私は蛆虫の巣へと送られた。
ー…
二番隊敷地内ー…蛆虫の巣へ続く薄暗い洞窟道が続く。「相変わらず気味悪ぃな」と蛆虫の巣へ共にやって来た鵯州が小さく呟いた。
「本当にここから見つけ出すのか?」
「仕方ねぇだろう。隊長がそう言うんだから」
「おめェも大変だなぁ…」
「鵯州が就くってんなら問題なかったんだ」
「気持ちは常に一緒だぞ」
「嘘抜かせ」
二人で言い合っていれば長かった道のりもあっという間だ。何十年振りー…もっと言えば何百年振りになるだろうか。
重い門を押し開けて内部へと足を進める。
*
久し振りのそこは相変わらずだ。
常に外の世界へ憧れている者の視線が刺さって痛い。野心ばかりが溢れてる連中を一瞥して、溜息が出そうになる。
いくら手が欲しいとは言え、こればかりは断っておくべきだっただろうか?
適任者が全く見付かる気がしない。
「居るかァ?阿近」
鵯州に問われるも、俺は首を横に振って答える。
「居心地も悪ぃし残念だが…」
帰ろう、そう背を向けようとした瞬間。
ふと視界に入ったひとつの背中に目を奪われた。
「…どうした?」
「あ。いや…」
こちらを見てくる連中と違い、その背中は一向にこちらへと振り向かない。その様子が妙にそそられて「少し待っててくれ」と鵯州に告げ、ゆっくりとその背中の持ち主の元へ歩み寄った。
距離が近付くにつれて、ペラペラと何かを捲る音が聞こえる。詰める距離が無くなっても一向に振り返らないその背中を真上から覗き込んだ。
どうやらその死神は書物を読んでいるようで、呟くような小言も聞こえず、淡々とページを捲る紙の音だけが耳に届く。
ー…なに、読んでんだ?
自慢ではないがそれなりに書物や文献は嗜んできている方だが、この死神の読む物は見たことも読んだこともない。紙に書かれてある文字でさえ、何を意味し、何を訴えているのか分からない。
紙を捲る速さと読み込む時間を簡単に計算しても、この死神が確かにその書物を"読んでいる"ということは明確だった。
ー…コイツ、相当賢いぞ。
普段は直感とやらに頼らないようにしているが、今回ばかりは頼ってもいいと心の中の俺が訴える。
「アンタ」
考えるが先、俺はその死神に声を掛けていた。俺の声に反応し、こちらへ向けられていた背中が勢い良く振り返る。
死神が振り返って見えたのは、両足に見えた疎らで小さい魚の鱗と、水や氷を連想させるような双方違う綺麗な瞳ー…。
瞬間、また直感的に思った。
「俺と一緒に来るか?」
これが俺と彼女の出会いだった。
-続く-