束の間の平和【入学と思い出作り編】
主人公の名前変更
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並盛中学に入学してからというもの、また私の日常が新しく変わり始めていた。
「おはようございます!10代目!妹様!」
「よっ!今日も来たぜ」
「おはよう。獄寺くん、山本」
「おはようございます」
まず初めに変わったのは朝の登校。いつもはおはようと同時にお互い逆方向へ歩いていた道が、今では同じ道を歩いて登校している。ちょっと前まではおはようの後すぐに訪れる別れが少し寂しかった。だけど今はあの時期が少し懐かしいとさえ感じている。
「ってランボがさぁ」
「あンのアホ牛…まーた10代目を困らせやがって」
「あははは、いいじゃねーか。子供らしくてさ」
次に変わったのは休憩時間や放課後・昼休み。今までも友だちっていうのは当然居たけれど妙な距離感があって、仲がいい子でもここまでずっと!という感覚はあまりなかった。
ひと学年違うと言うのにツーくん含めた彼ら彼女らは私をよく気にしてくれて、誘い、呼んでくれた。今まで学校はひとりの時間が多かったけどここではそんなことはない。必ず周りには誰かが居る。
そして、私の中で一番大きく変わったのがー…
「な、光奈ちゃん!」
想い人である彼との距離。前まで彼は私のことを「妹」や「ツナの妹」と呼ぶことが多かったけれど、入学と同時に「光奈ちゃん」と名前で呼んでくれるようになった。前以上に顔を合わせることも多くなったし、過ごす時間も圧倒的に増えたから当然と言ったら当然なのかもしれない。
だけど、その些細な変化一つが私にとっては大きな喜び。つい先日、私も進学に伴い勇気を出して彼を「山本先輩」と呼んでみたら、何気なく返事をしてくれて。今では新しい呼び方が定着しつつある。
「はい!子供らしくってかわいいと思」
「そう言うミツが真っ先に巻き込まれてるだろ…」
「なに?!10代目のみならず妹様までをも困らせるなんて……一度、アイツを捻り潰して来ま」
「まーまー、落ち着けって獄寺。子供ってそういうもんだろ?」
「子供で済ませていいこともあれば、悪ぃこともあんだろ!!ちーたー考えやがれこの野球バカっ!!」
笑い声が絶えない、ずっと憧れていたこの空間ー…休日のツーくんの部屋に居るようなこの空間はとても居心地がいい。上手くは言えないけど、小学生だった時とは違う"ちょっと大人になったような"そんな感覚。
「そー言えばさ、今度の夏休み。皆で海行かね?」
「海?」
「唐突だな」
「なんか今パッと思いついてさ!光奈ちゃんも中学生になって前よりは自由に動けるようになっただろ?」
「ふぇ?!私?!」
前触れもなく振られる話に呼ばれる名前。あまりにも急な問い掛けに上手く返すことができず、顔だけが一気に赤みを帯びた。お互いの呼び名が定着しつつあるとは言え、耐性はゼロに近い。
「あ、あの、えっと」と言い淀んでいるとそんな私の思いを汲んでか、ツーくんが「そうだね。みんなで行ったら楽しいかも」と山本先輩へ返す。
「だろ?!行くならみんな誘って行こうぜ!笹川とか緑中の子とかもさ!それなら光奈ちゃんも女の子一人で寂しくねーだろ?」
な!と、先輩を好きになったきっかけの笑顔で言われれば頷かない手はない。私の頷きをOKと捉えた彼は「んじゃ決まりだな!」とどこか楽しそう。
まだまだ期末テストとか夏の部活の大会とかいろいろあるけど、ひとまずできた楽しみを励みにして今を過ごそうと心に決める。
新たに迎えた日常は、過去の不穏・不安さえ吹き飛ばし、忘れさせてくれるほど楽しくてとても充実している。
・
・
さんさんと照り付ける太陽、青と白のコントラストが綺麗な海と砂浜ー…海へ行こう!という話題が出てから私たちは期末テストを受けたり、(主にツーくんと山本先輩が)補習を受けたり、部活に励んだり、新体操や野球の大会に出たり応援したりと大忙しな日々を送っていた。気付けば夏休みも後半に差し掛かっててようやく、海へ行こう!という約束が果たされた。
と言うのも、たまたま京子ちゃんのお兄さんが先輩のお誘いでライフセーバーの手伝いをしていると聞いて、ついでに遊びに行こう!という口実ができたから。
「みんなで海なんて初めてだね!」
「はい!ハルもお呼ばれしてもらえて嬉しいです!いーっぱいエンジョイしちゃいましょう!」
「光奈ちゃんもこうして一緒に遊べるようになったからもっと嬉しくなっちゃうね」
「ですー!!」
京子ちゃんハルちゃんと一緒に更衣室で水着に着替る。その中で話し掛けてくれる二人の優しさが嬉しくて、うんうんと頷きながら会話に参加していた。
「とーこーろーで……光奈ちゃん!!」
「ん?あ、はい!」
不意に名前を呼ばれ反射的に気を付け!の姿勢でハルちゃんの方へ体を向ける。そんな私を見てハルちゃんはニマニマと笑顔を浮かべ、こそこそ話をするかのように口元へ手を当てる。
「山本さんのこと、好きなんですか?!」
「ええっ?!?!」
なんでそのことを?!
一気に顔が熱を帯び、真ん丸く目を見開く。私の反応がまさに肯定を示していて、ハルちゃんと京子ちゃんは確信を得たかのように笑い合いながら私へと視線を向けた。
「ごめんね、ビアンキさんからちょっと聞いちゃった」
「でもでも!光奈ちゃんとーっても分かりやすいので、そうなのかなって薄々気付いてました!」
「えぇ?!?!?!」
「私ってそんなに分かりやすいですか?!」と両頬に手を当てる。気付かれてしまったと言う羞恥のドキドキと、もしかして先輩にも気付かれてしまっている??と言う不安からくるドキドキで心臓がとてもうるさい。
もし後者の可能性があるなら…と思い立った瞬間、ヒェッと肝が冷えていく感覚を覚えた。赤かった顔が一気に冷たさを帯びて今度は青くなっていくのを感じる。
「山本くんは気付いてないみたいだから大丈夫だよ」
「へ」
そんな私を見兼ねてか京子ちゃんが笑って優しく言った。
「男の子はこういうのにとっても鈍感なんです!ハルから見ても山本さんは全然気付いていないみたいですし…」
「き、気付いてないなら!!良かった…」
「はひ?そうですか??気付いてもらった方が」
「ううん!!そんな…いいよ。今は大丈夫」
今は先輩とどうこうなりたいという願望はない。…ないこともないけれど、ただただ"好き"という感情を受け入れて、先輩の近くにいられる幸せを噛み締めるだけで精一杯。
無理に知らせる必要はないし、知られて距離を置かれてしまう方が今はすごく恐ろしいから。
それに、変に距離を置かれる経験は一度している。わけも分からないまま平然と過ぎていったあの日のことを、未だに私は根に持っている。
あんな思いは二度としたくない。
「光奈ちゃん?」
「え?」
突然考え込んで言葉をなくした私を心配した二人が眉をひそめて覗き込んでくる。今から楽しいことが始まるというのに、そんな顔をさせては申し訳ない。「何でもないよ」と笑って返せば私の笑顔に安心した二人にも自然と笑顔が零れた。
「じゃあ行こっか」
「はい!」
「うん!!」
*
着替えも終わり、荷物を持って更衣室を後にする。京子ちゃんハルちゃんの二人に挟まれながら待っているであろうツーくんたちの元へ急いだ。
「ツーくん!」
「おまたせー!」
「着替えてきました!」
先に着替えを済ませて場所取りをしてくれていた三人の元へ駆け寄る。いち早く山本先輩の方を見たいけど、変に気持ちが照れてしまって「ツーくん荷物どこに置けばいい?」と兄の方へ問い掛けた。
「荷物ならテキトーにこの辺へ」
「ここ?」
「うん」
指定された場所へ荷物を置き、もう一度ツーくんの方へ目を向ける。しかし、ツーくんは彼の想い人のことで忙しいらしく、ハルちゃんにワーワー絡まれながら京子ちゃんの方を見ては嬉しそうに笑っていた。こちらを気にかける余裕は無さそう。
「光奈ちゃん!」
突然背後から声がしてビクッと大袈裟に体を跳ねさせる。「ワリィ!驚かせちまったか?」と振り返れば、そんな私を見て申し訳なさそうな顔をした山本先輩が近くへ来てくれていた。
「い、いえ全然!!こちらこそ、すみません」
「いいっていいって!しっかし、最近はそんなかわいいモノもあるんだなー」
「え?!」
かわいい、と言う単語に思わず反応してしまい自分のことではないのに顔が赤くなる。「こ、コレですか?!かわいいですよね、すごく!!フリルが付いてるところとか…」と軽くパニックになって、先輩にどうでもいい情報を伝えしてしまう始末。
「いいじゃねーか!とても似合ってるぜ?」
「ふぇ」
予期せぬ爆弾投下。赤かった顔が更に蒸気を発するかのように熱くなる。傍らで「ケッ」と獄寺さんの舌打ちが聞こえた気がしたが、そんなことを気にしてられない程、今が衝撃過ぎた。
クラッと力が一気に抜けて足元がぐらつきそうな瞬間「よく来たなお前達!!」と脳天を突き破る元気な声が響き渡る。既のところで踏みとどまって、声がした監視塔の上を見上げると、大きく手を振る京子ちゃんお兄さんが居た。
些か元気が過ぎるが、その声に救われたのだから今回ばかりは良しとしておこう。とひとり心の中で呟いた。
・
・
あれからというもの、とても濃い一日を過ごした。お兄さんと出会ったらライフセーバーの先輩と出会って。急にナンパされて、スイム勝負が始まって、溺れかけた女の子をツーくんが助けてー…と、展開が怒涛過ぎて正直追い付くのに精一杯。だけど、総じて"山本先輩がカッコよかった"という事だけは印象強く残った(ツーくんのことは今は置いといて)。
第一泳者として泳ぎに行って、帰ってこなかった時は凄く心配した。なんで?どうして?って疑問に思ったし、絶対裏があるとも思った。その予感は見事に当たっていて、けれどケロッとした様子で悪い人たちを一掃して帰ってきた先輩はとてもカッコよくて、また彼に惚れるきっかけができた。
「山本先輩。あの…お体何ともありませんか?」
「ん?」
しかし、帰り道。いくらケロッとしてるとは言え、帰ってこなくなるほどの出来事があったという事実に心配だった気持ちが今更表面化して先輩へと問い掛ける。
「なんともないって、へーきへーき」
そう言ってニカッと笑う先輩に「なら良かったです」と胸を撫で下ろす。会話が途絶えたな、と思った矢先「光奈ちゃんこそ平気か?」と先輩が心配した様子で私の顔を覗き込み問い掛ける。
「え?!平気って」
「体、触られてただろ」
「あ」
言われてみれば、あのライフセイバーの先輩ひとりに肩を触られたなと思い返す。正直「うわっ」て身の毛がよだつほど嫌な気持ちになった。
だけど、
"先輩がすぐに助けてくれたから…。"
思わず独り言のように呟く。自分への確認のように発した言葉だから、近くにいる先輩でも全く聞こえなかったみたいで「ん??」と聞き返してくる。
「平気です!何ともありません。あの後みんなが守ってくれたし…勝負にも勝ったから、全然気にしてません」
「そっか。ならよかった」
私の言葉に安心してか先輩の顔が目の前からスっと消える。目の前から先輩は消えたけど地面に映る影はしっかりと彼の隣を歩いていて、それだけですごく満たされた気分だった。
ー続くー
「おはようございます!10代目!妹様!」
「よっ!今日も来たぜ」
「おはよう。獄寺くん、山本」
「おはようございます」
まず初めに変わったのは朝の登校。いつもはおはようと同時にお互い逆方向へ歩いていた道が、今では同じ道を歩いて登校している。ちょっと前まではおはようの後すぐに訪れる別れが少し寂しかった。だけど今はあの時期が少し懐かしいとさえ感じている。
「ってランボがさぁ」
「あンのアホ牛…まーた10代目を困らせやがって」
「あははは、いいじゃねーか。子供らしくてさ」
次に変わったのは休憩時間や放課後・昼休み。今までも友だちっていうのは当然居たけれど妙な距離感があって、仲がいい子でもここまでずっと!という感覚はあまりなかった。
ひと学年違うと言うのにツーくん含めた彼ら彼女らは私をよく気にしてくれて、誘い、呼んでくれた。今まで学校はひとりの時間が多かったけどここではそんなことはない。必ず周りには誰かが居る。
そして、私の中で一番大きく変わったのがー…
「な、光奈ちゃん!」
想い人である彼との距離。前まで彼は私のことを「妹」や「ツナの妹」と呼ぶことが多かったけれど、入学と同時に「光奈ちゃん」と名前で呼んでくれるようになった。前以上に顔を合わせることも多くなったし、過ごす時間も圧倒的に増えたから当然と言ったら当然なのかもしれない。
だけど、その些細な変化一つが私にとっては大きな喜び。つい先日、私も進学に伴い勇気を出して彼を「山本先輩」と呼んでみたら、何気なく返事をしてくれて。今では新しい呼び方が定着しつつある。
「はい!子供らしくってかわいいと思」
「そう言うミツが真っ先に巻き込まれてるだろ…」
「なに?!10代目のみならず妹様までをも困らせるなんて……一度、アイツを捻り潰して来ま」
「まーまー、落ち着けって獄寺。子供ってそういうもんだろ?」
「子供で済ませていいこともあれば、悪ぃこともあんだろ!!ちーたー考えやがれこの野球バカっ!!」
笑い声が絶えない、ずっと憧れていたこの空間ー…休日のツーくんの部屋に居るようなこの空間はとても居心地がいい。上手くは言えないけど、小学生だった時とは違う"ちょっと大人になったような"そんな感覚。
「そー言えばさ、今度の夏休み。皆で海行かね?」
「海?」
「唐突だな」
「なんか今パッと思いついてさ!光奈ちゃんも中学生になって前よりは自由に動けるようになっただろ?」
「ふぇ?!私?!」
前触れもなく振られる話に呼ばれる名前。あまりにも急な問い掛けに上手く返すことができず、顔だけが一気に赤みを帯びた。お互いの呼び名が定着しつつあるとは言え、耐性はゼロに近い。
「あ、あの、えっと」と言い淀んでいるとそんな私の思いを汲んでか、ツーくんが「そうだね。みんなで行ったら楽しいかも」と山本先輩へ返す。
「だろ?!行くならみんな誘って行こうぜ!笹川とか緑中の子とかもさ!それなら光奈ちゃんも女の子一人で寂しくねーだろ?」
な!と、先輩を好きになったきっかけの笑顔で言われれば頷かない手はない。私の頷きをOKと捉えた彼は「んじゃ決まりだな!」とどこか楽しそう。
まだまだ期末テストとか夏の部活の大会とかいろいろあるけど、ひとまずできた楽しみを励みにして今を過ごそうと心に決める。
新たに迎えた日常は、過去の不穏・不安さえ吹き飛ばし、忘れさせてくれるほど楽しくてとても充実している。
・
・
さんさんと照り付ける太陽、青と白のコントラストが綺麗な海と砂浜ー…海へ行こう!という話題が出てから私たちは期末テストを受けたり、(主にツーくんと山本先輩が)補習を受けたり、部活に励んだり、新体操や野球の大会に出たり応援したりと大忙しな日々を送っていた。気付けば夏休みも後半に差し掛かっててようやく、海へ行こう!という約束が果たされた。
と言うのも、たまたま京子ちゃんのお兄さんが先輩のお誘いでライフセーバーの手伝いをしていると聞いて、ついでに遊びに行こう!という口実ができたから。
「みんなで海なんて初めてだね!」
「はい!ハルもお呼ばれしてもらえて嬉しいです!いーっぱいエンジョイしちゃいましょう!」
「光奈ちゃんもこうして一緒に遊べるようになったからもっと嬉しくなっちゃうね」
「ですー!!」
京子ちゃんハルちゃんと一緒に更衣室で水着に着替る。その中で話し掛けてくれる二人の優しさが嬉しくて、うんうんと頷きながら会話に参加していた。
「とーこーろーで……光奈ちゃん!!」
「ん?あ、はい!」
不意に名前を呼ばれ反射的に気を付け!の姿勢でハルちゃんの方へ体を向ける。そんな私を見てハルちゃんはニマニマと笑顔を浮かべ、こそこそ話をするかのように口元へ手を当てる。
「山本さんのこと、好きなんですか?!」
「ええっ?!?!」
なんでそのことを?!
一気に顔が熱を帯び、真ん丸く目を見開く。私の反応がまさに肯定を示していて、ハルちゃんと京子ちゃんは確信を得たかのように笑い合いながら私へと視線を向けた。
「ごめんね、ビアンキさんからちょっと聞いちゃった」
「でもでも!光奈ちゃんとーっても分かりやすいので、そうなのかなって薄々気付いてました!」
「えぇ?!?!?!」
「私ってそんなに分かりやすいですか?!」と両頬に手を当てる。気付かれてしまったと言う羞恥のドキドキと、もしかして先輩にも気付かれてしまっている??と言う不安からくるドキドキで心臓がとてもうるさい。
もし後者の可能性があるなら…と思い立った瞬間、ヒェッと肝が冷えていく感覚を覚えた。赤かった顔が一気に冷たさを帯びて今度は青くなっていくのを感じる。
「山本くんは気付いてないみたいだから大丈夫だよ」
「へ」
そんな私を見兼ねてか京子ちゃんが笑って優しく言った。
「男の子はこういうのにとっても鈍感なんです!ハルから見ても山本さんは全然気付いていないみたいですし…」
「き、気付いてないなら!!良かった…」
「はひ?そうですか??気付いてもらった方が」
「ううん!!そんな…いいよ。今は大丈夫」
今は先輩とどうこうなりたいという願望はない。…ないこともないけれど、ただただ"好き"という感情を受け入れて、先輩の近くにいられる幸せを噛み締めるだけで精一杯。
無理に知らせる必要はないし、知られて距離を置かれてしまう方が今はすごく恐ろしいから。
それに、変に距離を置かれる経験は一度している。わけも分からないまま平然と過ぎていったあの日のことを、未だに私は根に持っている。
あんな思いは二度としたくない。
「光奈ちゃん?」
「え?」
突然考え込んで言葉をなくした私を心配した二人が眉をひそめて覗き込んでくる。今から楽しいことが始まるというのに、そんな顔をさせては申し訳ない。「何でもないよ」と笑って返せば私の笑顔に安心した二人にも自然と笑顔が零れた。
「じゃあ行こっか」
「はい!」
「うん!!」
*
着替えも終わり、荷物を持って更衣室を後にする。京子ちゃんハルちゃんの二人に挟まれながら待っているであろうツーくんたちの元へ急いだ。
「ツーくん!」
「おまたせー!」
「着替えてきました!」
先に着替えを済ませて場所取りをしてくれていた三人の元へ駆け寄る。いち早く山本先輩の方を見たいけど、変に気持ちが照れてしまって「ツーくん荷物どこに置けばいい?」と兄の方へ問い掛けた。
「荷物ならテキトーにこの辺へ」
「ここ?」
「うん」
指定された場所へ荷物を置き、もう一度ツーくんの方へ目を向ける。しかし、ツーくんは彼の想い人のことで忙しいらしく、ハルちゃんにワーワー絡まれながら京子ちゃんの方を見ては嬉しそうに笑っていた。こちらを気にかける余裕は無さそう。
「光奈ちゃん!」
突然背後から声がしてビクッと大袈裟に体を跳ねさせる。「ワリィ!驚かせちまったか?」と振り返れば、そんな私を見て申し訳なさそうな顔をした山本先輩が近くへ来てくれていた。
「い、いえ全然!!こちらこそ、すみません」
「いいっていいって!しっかし、最近はそんなかわいいモノもあるんだなー」
「え?!」
かわいい、と言う単語に思わず反応してしまい自分のことではないのに顔が赤くなる。「こ、コレですか?!かわいいですよね、すごく!!フリルが付いてるところとか…」と軽くパニックになって、先輩にどうでもいい情報を伝えしてしまう始末。
「いいじゃねーか!とても似合ってるぜ?」
「ふぇ」
予期せぬ爆弾投下。赤かった顔が更に蒸気を発するかのように熱くなる。傍らで「ケッ」と獄寺さんの舌打ちが聞こえた気がしたが、そんなことを気にしてられない程、今が衝撃過ぎた。
クラッと力が一気に抜けて足元がぐらつきそうな瞬間「よく来たなお前達!!」と脳天を突き破る元気な声が響き渡る。既のところで踏みとどまって、声がした監視塔の上を見上げると、大きく手を振る京子ちゃんお兄さんが居た。
些か元気が過ぎるが、その声に救われたのだから今回ばかりは良しとしておこう。とひとり心の中で呟いた。
・
・
あれからというもの、とても濃い一日を過ごした。お兄さんと出会ったらライフセーバーの先輩と出会って。急にナンパされて、スイム勝負が始まって、溺れかけた女の子をツーくんが助けてー…と、展開が怒涛過ぎて正直追い付くのに精一杯。だけど、総じて"山本先輩がカッコよかった"という事だけは印象強く残った(ツーくんのことは今は置いといて)。
第一泳者として泳ぎに行って、帰ってこなかった時は凄く心配した。なんで?どうして?って疑問に思ったし、絶対裏があるとも思った。その予感は見事に当たっていて、けれどケロッとした様子で悪い人たちを一掃して帰ってきた先輩はとてもカッコよくて、また彼に惚れるきっかけができた。
「山本先輩。あの…お体何ともありませんか?」
「ん?」
しかし、帰り道。いくらケロッとしてるとは言え、帰ってこなくなるほどの出来事があったという事実に心配だった気持ちが今更表面化して先輩へと問い掛ける。
「なんともないって、へーきへーき」
そう言ってニカッと笑う先輩に「なら良かったです」と胸を撫で下ろす。会話が途絶えたな、と思った矢先「光奈ちゃんこそ平気か?」と先輩が心配した様子で私の顔を覗き込み問い掛ける。
「え?!平気って」
「体、触られてただろ」
「あ」
言われてみれば、あのライフセイバーの先輩ひとりに肩を触られたなと思い返す。正直「うわっ」て身の毛がよだつほど嫌な気持ちになった。
だけど、
"先輩がすぐに助けてくれたから…。"
思わず独り言のように呟く。自分への確認のように発した言葉だから、近くにいる先輩でも全く聞こえなかったみたいで「ん??」と聞き返してくる。
「平気です!何ともありません。あの後みんなが守ってくれたし…勝負にも勝ったから、全然気にしてません」
「そっか。ならよかった」
私の言葉に安心してか先輩の顔が目の前からスっと消える。目の前から先輩は消えたけど地面に映る影はしっかりと彼の隣を歩いていて、それだけですごく満たされた気分だった。
ー続くー