sweet, special day
NameChange
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『2月13日の夜。美しい月を眺めながら二人きりのお茶会などいかがでしょうか。
愛しいあなたと共に特別な日を迎える無上の喜びを、どうか私に与えてください。お逢いするのを楽しみにしております。
ジャック』
ジャックからある日届いた一通の手紙には、そう綴られていた。
まるで恋文のようなその招待状に従ってハンター館へと向かうと、出迎え役の執事に館の奥へと案内される。
先導されるままに薄暗い廊下を進んだ先、扉を開けた部屋にはカラフルなパティシエ衣装に身を包んだジャックが待っていた。
「こんばんは。ようこそ、レディ。お待ちしていましたよ」
深々とお辞儀をしたジャックに流れるように自然に手を取られてそのまま恭しく甲にキスをされ、思わずどきりとしてしまう。あの招待状といいこの挨拶といい、芝居掛かった言動もジャックの手にかかると妙に様になる気がするから不思議だ。
こちらへどうぞ、とそのまま部屋の奥にセッティングされたテーブルまでエスコートされて、引かれた椅子に腰掛ける。
窓際にセッティングされたテーブルには豪奢なティーセットが用意されていた。丁寧に磨かれた食器とカトラリーが、バルコニーへと続く大きなガラス窓越しに差し込む月光を反射して美しく煌めいている。
そしてふと気づいた。ティースタンドに所狭しと乗っていたのはお茶会の定番のおやつのスコーンではなく、チョコレートを使ったお菓子ばかりだった。色とりどりのマカロンとドラジェ、アーモンドとナッツがたくさん入ったプラリネ、オレンジの輪切りにチョコがかかったオランジェット。
数えきれないほどの、というよりは2人分にしては多すぎるほどのチョコレート菓子を前にしてXXXXは戸惑った。
「いやはや。この衣装のせいでしょうか、止まらなくなってしまいまして。つい作りすぎてしまいました」
「このお菓子、全部ジャックさんが…?」
「ええ。あなたの驚いた顔が見れましたから、大成功ですね」
満足そうに言ったジャックが、一枚のプレート皿を目の前に置く。その上にはとりわけ豪華なデコレーションが施されたひと切れのチョコレートケーキが乗っていた。
「こちらのケーキが一番の自信作です。どうぞ召し上がれ」
ケーキの表面はチョコでコーティングされていて、上品で艶のある光沢を放っている。上部に乗っているチョコレート細工は薔薇の花を象っていてとても華やかで美しい。食べ物のはずなのにまるで美術品のようだ。そういえばジャックは元々芸術家だった、とふと思う。
召し上がれと言われても、こんな素敵なケーキを食べてしまうのはもったいなく感じて、XXXXは皿に添えられている銀のデザートフォークを手に取るのを躊躇してしまう。優雅な所作でティーカップに紅茶を注いでいたジャックは、そんなXXXXの様子に気づいて首を傾げた。
「おや、お気に召しませんか?」
「いえ!綺麗すぎて、食べるのがもったいないと思って…」
「ふふ、遠慮は要りませんよ。私はあなたに食べていただきたくて作ったんですから」
そう言われたものの、目の前の美しいケーキの形を崩してしまうことを考えるとやはり気が引ける。その様子を見たジャックはふむ、と何かを考えるような仕草をした。
「それでは、こういたしましょうか」
そう言ったかと思うと、ジャックは突然XXXXの手を引いて椅子から立ち上がらせ、背中と膝裏に手を伸ばした。ふわりと身体が宙に浮いて、椅子に座った姿勢のまま彼に抱き上げられたことに気づくまでに数秒かかってしまう。
ジャックは軽々とXXXXを抱いたまま、そのまま自分自身が椅子に腰掛けた。あっという間にジャックの膝の上に座る体勢になっていて、至近距離まで近づいた顔と密着し合った身体に思わずどきりと胸が高鳴る。
そう思ったのも束の間だった。腰にするりとジャックの長い左腕が伸びてきて、そのままがっちりと抱き寄せられる。自分の身体のすぐ近くで爪刃が妖しく煌めいていることにXXXXはぎょっとした。
「ジャックさん…!?」
「失礼。少しこちらの手を使わせていただきますよ。じっとして、いい子にしてくださいね」
これでは迂闊に身動きがとれない。今ジャックは自分を傷つけるつもりは無いのだろうけれど、そうだとわかっていても**の背筋に悪寒が走った。冷たく光る刃から少しでも離れたくてジャックに縋り付くように身を寄せるしかできなくなってしまい、余計に恥ずかしくなる。
そんなXXXXに対して、ジャックは涼しい顔だった。大人ひとりを膝に乗せて腰を抱いているというのに、上機嫌に鼻歌を歌いながらチョコレートケーキにフォークを入れて、片手で器用に切り分けていく。
「お待たせいたしました。さぁ、どうぞ。口を開けてください」
そしてひと口サイズになったケーキの欠片をフォークに刺して、XXXXの口の前に向けて差し出したのだった。まるで小さな子どもに対してそうするように。
…いや、それはさすがに恥ずかしすぎる。刃物のついた腕で抱きしめられながら膝の上に座っている状況だけでも心臓が保たなくなりそうだというのに。
まるで食べるのを促しているように少しずつXXXXの口元にフォークを近づかせながらこちらを見つめるジャックの視線は、実に愉しそうだった。
甘やかされているのか、それとも単に子ども扱いをして揶揄っているのか、怖がらせたいのか。…恐らくその全部だ。少しの悔しさを覚えるが、きっとこのケーキを食べなければ膝の上から下ろしてもらえないだろう。
観念したXXXXはいただきますと小さく言ってから、目の前まで運ばれたケーキの欠片を口にした。
途端に、上品な甘さと香りが口内に広がるのを感じる。チョコをたっぷり含んで焼かれたケーキは重厚感があるのにしっとりとしていて、ほろほろと崩れるように溶けていく。生地の層にサンドされているチョコレートクリームもくど過ぎず、程よい甘さだ。
「美味しい…!」
「ふふ、お口に合ったようですね。何よりです」
思わずぽつり呟くと、ジャックは微笑んでみせた。
本当に美味しかった。衣装の影響とはいえ、本職のお菓子職人ではないのに見た目も味も一級品だなんて凄すぎる。
…こんなところでもジャックには敵わないのだろうか。いや、別に勝負をしているわけではないけれど。
XXXXはサバイバー館から着てきたコートのポケットに軽く触れた。中に入っているものが小さすぎるため、膨らみはさして目立たないだろう。指先の下にあるものの感触を感じる。
ーー明日は2月14日、バレンタインデー。『特別な日』。ジャックからのミッドナイトティーの招待状に書かれていたあの言葉に期待をしなかったといえば嘘になる。
…だが、これを渡したところで、果たしてジャックは喜んでくれるのだろうか?想像ができなくてXXXXは不安になった。ましてやジャックが作ったという美しいケーキを味わった後のこの状況で、自分が作ったものを出すのは。
このまま内緒で持ち帰ってしまいたい。その方がいいのかもしれない。だけど。
「…ジャックさん。私からも、渡したいものがあるんです」
自分の声が震えているのがわかる。XXXXはコートのポケットから取り出したものを、テーブルの上におそるおそる置いた。
申し訳程度にリボンを巻いた、控えめなサイズの小箱。中身はとても歪な形をしたトリュフチョコがたった二粒だけ。
「本当はもっとたくさん作っていたんですけれど、ミニリッパーが食べてしまって、これだけしか残らなくて」
朝早くから厨房でチョコレートを準備してなんとか完成したものを自室まで持って行き、ラッピング用のリボンを探すためにほんの少しテーブルから目を離した隙の出来事だった。
普段から可愛がっている大切なペットがしたこととはいえ、ジャックにプレゼントしようと決めた出来映えの良いものを全部食べてしまったのは大きなショックで、思わず涙が出てきそうなほどに落ち込んだ。ほんの悪戯心とジャックへの対抗意識からの行動だったようだが、XXXXがそんなに落ち込むとは思っていなかったらしく、ミニリッパーも深く反省をしていた様子だった。
そんな経緯で手元に残った、たった二粒だけの失敗作のトリュフチョコ。これだけは食べられないように死守したものだ。
「…こんなものしか用意できなくて、ごめんなさい」
ジャックの大きな手に比べると小箱はとても小さく見えるし、彼が作ったお菓子たちに比べたらそれはすごぶる貧相に見えて、XXXXは所在無く身を縮ませる。
ジャックは差し出した小箱をじっと見ていて、一言も発しなかった。その様子にますます不安が大きくなる。
嗚呼。やっぱり渡すべきではなかった。きっと彼をがっかりさせてしまったに違いない。ジャックの顔を見ることができなくて、XXXXは下を向いてコートの裾を握りしめる。相変わらず左腕が腰に回されてしまっているので不可能だが、叶うならば今すぐにジャックの膝の上からも逃げ出したかった。
「どうして謝るんです。あなたのその不安げな表情も可愛いらしくて私は大好きですが、どうか顔を上げてください」
俯いていた頬に右手がそっと添えられて上を向かされ、ジャックと視線がぶつかり合った。さらに彼の左腕に腰を強く抱き寄せられて、彼の顔と身体がぐっと近づく。
「出逢って随分と経つというのに、あなたはまだ私の愛を疑うのですね。他でもないあなたが心を込めて用意したものを、私が喜ばないとでも思いましたか?」
少し責めるような皮肉めいた言葉だったが、その声音は穏やかだった。ジャックはXXXXを膝の上に乗せたまま愛おしげに髪を撫でる。
恐ろしい殺人鬼だとは思えないほどの優しい手つきが、身体を包んでいた緊張をゆっくりと解いていく。
「…受け取って、くれるんですか…?」
「ええ、勿論ですよ。可愛いレディ」
髪を撫でられながらそっと頬にキスを落とされれば、さっきまで感じていた不安が嘘のように薄らいで消えていく。
XXXXは目を閉じてその手の感触に浸りながら、ジャックの胸に凭れ掛かった。
彼の服からはいつも微かに薔薇の香りがしているのに、今は甘くてほろ苦いチョコレートの匂いだった。パティシエ衣装だと香りも変わるのだろうか、とぼんやりと思う。
「嗚呼、さっきまで今にも泣き出しそうな顔をして怯えていたというのに、今度は安心しきって甘えた顔をして。あなたは本当に私を誘惑するのがお上手ですね」
頭上から響いたジャックの言葉にはっとして我に帰った。甘えた顔も、ましてや誘惑もしているつもりはないのに。
チョコレートの香りに酔い痴れてなんだかとんでもないことをしてしまったような気がする。急に恥ずかしくなって離れようとしても、腰にがっちりと回ったジャックの腕はそれを許してくれなかった。
「あなたは本当に、食べてしまいたくなるほどに可愛らしい人だ」
低い声音に耳元でそう囁かれて、頬がかあっと熱くなる。
ジャックの顔が近づいてきて、静かに唇が重なり合った。触れ合うだけだったそれは次第に深いものへと変わっていく。
逃げ場のないジャックの腕の中で何度も何度も甘く溶かされるようなキスをされていると、どこかから時計の鐘の音が響いた。日付けが変わったことを知らせる合図だ。
ーー今日は、特別な日。
「愛しています、私の可愛いレディ」
心の底から愛おしそうにそう言われ、キスの続きが降ってくる。
このまま本当にジャックに食べられてしまいそうだ。XXXXはふわふわとした心地に包まれながら、ゆっくりと目を閉じた。
愛しいあなたと共に特別な日を迎える無上の喜びを、どうか私に与えてください。お逢いするのを楽しみにしております。
ジャック』
ジャックからある日届いた一通の手紙には、そう綴られていた。
まるで恋文のようなその招待状に従ってハンター館へと向かうと、出迎え役の執事に館の奥へと案内される。
先導されるままに薄暗い廊下を進んだ先、扉を開けた部屋にはカラフルなパティシエ衣装に身を包んだジャックが待っていた。
「こんばんは。ようこそ、レディ。お待ちしていましたよ」
深々とお辞儀をしたジャックに流れるように自然に手を取られてそのまま恭しく甲にキスをされ、思わずどきりとしてしまう。あの招待状といいこの挨拶といい、芝居掛かった言動もジャックの手にかかると妙に様になる気がするから不思議だ。
こちらへどうぞ、とそのまま部屋の奥にセッティングされたテーブルまでエスコートされて、引かれた椅子に腰掛ける。
窓際にセッティングされたテーブルには豪奢なティーセットが用意されていた。丁寧に磨かれた食器とカトラリーが、バルコニーへと続く大きなガラス窓越しに差し込む月光を反射して美しく煌めいている。
そしてふと気づいた。ティースタンドに所狭しと乗っていたのはお茶会の定番のおやつのスコーンではなく、チョコレートを使ったお菓子ばかりだった。色とりどりのマカロンとドラジェ、アーモンドとナッツがたくさん入ったプラリネ、オレンジの輪切りにチョコがかかったオランジェット。
数えきれないほどの、というよりは2人分にしては多すぎるほどのチョコレート菓子を前にしてXXXXは戸惑った。
「いやはや。この衣装のせいでしょうか、止まらなくなってしまいまして。つい作りすぎてしまいました」
「このお菓子、全部ジャックさんが…?」
「ええ。あなたの驚いた顔が見れましたから、大成功ですね」
満足そうに言ったジャックが、一枚のプレート皿を目の前に置く。その上にはとりわけ豪華なデコレーションが施されたひと切れのチョコレートケーキが乗っていた。
「こちらのケーキが一番の自信作です。どうぞ召し上がれ」
ケーキの表面はチョコでコーティングされていて、上品で艶のある光沢を放っている。上部に乗っているチョコレート細工は薔薇の花を象っていてとても華やかで美しい。食べ物のはずなのにまるで美術品のようだ。そういえばジャックは元々芸術家だった、とふと思う。
召し上がれと言われても、こんな素敵なケーキを食べてしまうのはもったいなく感じて、XXXXは皿に添えられている銀のデザートフォークを手に取るのを躊躇してしまう。優雅な所作でティーカップに紅茶を注いでいたジャックは、そんなXXXXの様子に気づいて首を傾げた。
「おや、お気に召しませんか?」
「いえ!綺麗すぎて、食べるのがもったいないと思って…」
「ふふ、遠慮は要りませんよ。私はあなたに食べていただきたくて作ったんですから」
そう言われたものの、目の前の美しいケーキの形を崩してしまうことを考えるとやはり気が引ける。その様子を見たジャックはふむ、と何かを考えるような仕草をした。
「それでは、こういたしましょうか」
そう言ったかと思うと、ジャックは突然XXXXの手を引いて椅子から立ち上がらせ、背中と膝裏に手を伸ばした。ふわりと身体が宙に浮いて、椅子に座った姿勢のまま彼に抱き上げられたことに気づくまでに数秒かかってしまう。
ジャックは軽々とXXXXを抱いたまま、そのまま自分自身が椅子に腰掛けた。あっという間にジャックの膝の上に座る体勢になっていて、至近距離まで近づいた顔と密着し合った身体に思わずどきりと胸が高鳴る。
そう思ったのも束の間だった。腰にするりとジャックの長い左腕が伸びてきて、そのままがっちりと抱き寄せられる。自分の身体のすぐ近くで爪刃が妖しく煌めいていることにXXXXはぎょっとした。
「ジャックさん…!?」
「失礼。少しこちらの手を使わせていただきますよ。じっとして、いい子にしてくださいね」
これでは迂闊に身動きがとれない。今ジャックは自分を傷つけるつもりは無いのだろうけれど、そうだとわかっていても**の背筋に悪寒が走った。冷たく光る刃から少しでも離れたくてジャックに縋り付くように身を寄せるしかできなくなってしまい、余計に恥ずかしくなる。
そんなXXXXに対して、ジャックは涼しい顔だった。大人ひとりを膝に乗せて腰を抱いているというのに、上機嫌に鼻歌を歌いながらチョコレートケーキにフォークを入れて、片手で器用に切り分けていく。
「お待たせいたしました。さぁ、どうぞ。口を開けてください」
そしてひと口サイズになったケーキの欠片をフォークに刺して、XXXXの口の前に向けて差し出したのだった。まるで小さな子どもに対してそうするように。
…いや、それはさすがに恥ずかしすぎる。刃物のついた腕で抱きしめられながら膝の上に座っている状況だけでも心臓が保たなくなりそうだというのに。
まるで食べるのを促しているように少しずつXXXXの口元にフォークを近づかせながらこちらを見つめるジャックの視線は、実に愉しそうだった。
甘やかされているのか、それとも単に子ども扱いをして揶揄っているのか、怖がらせたいのか。…恐らくその全部だ。少しの悔しさを覚えるが、きっとこのケーキを食べなければ膝の上から下ろしてもらえないだろう。
観念したXXXXはいただきますと小さく言ってから、目の前まで運ばれたケーキの欠片を口にした。
途端に、上品な甘さと香りが口内に広がるのを感じる。チョコをたっぷり含んで焼かれたケーキは重厚感があるのにしっとりとしていて、ほろほろと崩れるように溶けていく。生地の層にサンドされているチョコレートクリームもくど過ぎず、程よい甘さだ。
「美味しい…!」
「ふふ、お口に合ったようですね。何よりです」
思わずぽつり呟くと、ジャックは微笑んでみせた。
本当に美味しかった。衣装の影響とはいえ、本職のお菓子職人ではないのに見た目も味も一級品だなんて凄すぎる。
…こんなところでもジャックには敵わないのだろうか。いや、別に勝負をしているわけではないけれど。
XXXXはサバイバー館から着てきたコートのポケットに軽く触れた。中に入っているものが小さすぎるため、膨らみはさして目立たないだろう。指先の下にあるものの感触を感じる。
ーー明日は2月14日、バレンタインデー。『特別な日』。ジャックからのミッドナイトティーの招待状に書かれていたあの言葉に期待をしなかったといえば嘘になる。
…だが、これを渡したところで、果たしてジャックは喜んでくれるのだろうか?想像ができなくてXXXXは不安になった。ましてやジャックが作ったという美しいケーキを味わった後のこの状況で、自分が作ったものを出すのは。
このまま内緒で持ち帰ってしまいたい。その方がいいのかもしれない。だけど。
「…ジャックさん。私からも、渡したいものがあるんです」
自分の声が震えているのがわかる。XXXXはコートのポケットから取り出したものを、テーブルの上におそるおそる置いた。
申し訳程度にリボンを巻いた、控えめなサイズの小箱。中身はとても歪な形をしたトリュフチョコがたった二粒だけ。
「本当はもっとたくさん作っていたんですけれど、ミニリッパーが食べてしまって、これだけしか残らなくて」
朝早くから厨房でチョコレートを準備してなんとか完成したものを自室まで持って行き、ラッピング用のリボンを探すためにほんの少しテーブルから目を離した隙の出来事だった。
普段から可愛がっている大切なペットがしたこととはいえ、ジャックにプレゼントしようと決めた出来映えの良いものを全部食べてしまったのは大きなショックで、思わず涙が出てきそうなほどに落ち込んだ。ほんの悪戯心とジャックへの対抗意識からの行動だったようだが、XXXXがそんなに落ち込むとは思っていなかったらしく、ミニリッパーも深く反省をしていた様子だった。
そんな経緯で手元に残った、たった二粒だけの失敗作のトリュフチョコ。これだけは食べられないように死守したものだ。
「…こんなものしか用意できなくて、ごめんなさい」
ジャックの大きな手に比べると小箱はとても小さく見えるし、彼が作ったお菓子たちに比べたらそれはすごぶる貧相に見えて、XXXXは所在無く身を縮ませる。
ジャックは差し出した小箱をじっと見ていて、一言も発しなかった。その様子にますます不安が大きくなる。
嗚呼。やっぱり渡すべきではなかった。きっと彼をがっかりさせてしまったに違いない。ジャックの顔を見ることができなくて、XXXXは下を向いてコートの裾を握りしめる。相変わらず左腕が腰に回されてしまっているので不可能だが、叶うならば今すぐにジャックの膝の上からも逃げ出したかった。
「どうして謝るんです。あなたのその不安げな表情も可愛いらしくて私は大好きですが、どうか顔を上げてください」
俯いていた頬に右手がそっと添えられて上を向かされ、ジャックと視線がぶつかり合った。さらに彼の左腕に腰を強く抱き寄せられて、彼の顔と身体がぐっと近づく。
「出逢って随分と経つというのに、あなたはまだ私の愛を疑うのですね。他でもないあなたが心を込めて用意したものを、私が喜ばないとでも思いましたか?」
少し責めるような皮肉めいた言葉だったが、その声音は穏やかだった。ジャックはXXXXを膝の上に乗せたまま愛おしげに髪を撫でる。
恐ろしい殺人鬼だとは思えないほどの優しい手つきが、身体を包んでいた緊張をゆっくりと解いていく。
「…受け取って、くれるんですか…?」
「ええ、勿論ですよ。可愛いレディ」
髪を撫でられながらそっと頬にキスを落とされれば、さっきまで感じていた不安が嘘のように薄らいで消えていく。
XXXXは目を閉じてその手の感触に浸りながら、ジャックの胸に凭れ掛かった。
彼の服からはいつも微かに薔薇の香りがしているのに、今は甘くてほろ苦いチョコレートの匂いだった。パティシエ衣装だと香りも変わるのだろうか、とぼんやりと思う。
「嗚呼、さっきまで今にも泣き出しそうな顔をして怯えていたというのに、今度は安心しきって甘えた顔をして。あなたは本当に私を誘惑するのがお上手ですね」
頭上から響いたジャックの言葉にはっとして我に帰った。甘えた顔も、ましてや誘惑もしているつもりはないのに。
チョコレートの香りに酔い痴れてなんだかとんでもないことをしてしまったような気がする。急に恥ずかしくなって離れようとしても、腰にがっちりと回ったジャックの腕はそれを許してくれなかった。
「あなたは本当に、食べてしまいたくなるほどに可愛らしい人だ」
低い声音に耳元でそう囁かれて、頬がかあっと熱くなる。
ジャックの顔が近づいてきて、静かに唇が重なり合った。触れ合うだけだったそれは次第に深いものへと変わっていく。
逃げ場のないジャックの腕の中で何度も何度も甘く溶かされるようなキスをされていると、どこかから時計の鐘の音が響いた。日付けが変わったことを知らせる合図だ。
ーー今日は、特別な日。
「愛しています、私の可愛いレディ」
心の底から愛おしそうにそう言われ、キスの続きが降ってくる。
このまま本当にジャックに食べられてしまいそうだ。XXXXはふわふわとした心地に包まれながら、ゆっくりと目を閉じた。