いい子が夜這いに来る話
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闇夜に紛れ音を立てないようにしながら彼女の部屋のドアを開けて中に入り、ゆっくりとベッドに近づく。いったい私は何をしているんだ。妙齢の女性の部屋に夜這いを仕掛けるだなんて、紳士の取る行動ではない。
いや、ほんの少しでいい。彼女に逢いたい。顔が見たい。そうすれば『彼』もきっと静かになる。ただ一目だけ、それだけでいい。
…その筈だったのに、眠っている彼女を前にすると決心があっさりと揺らぎそうになる。
白いシーツの上に広がった髪。細い首筋。寝息に合わせて上下する胸元。淡い薔薇色の唇。焦がれていた彼女のすべてが、すぐ目の前にある。少し手を伸ばせば届く距離に。
触れたい。抱きしめたい。口付けたい。心の奥底に閉じ込めた仄暗い欲望が次から次へと湧くように溢れ出す。いけないことだとわかっているのに、疼きに似た衝動は止まらなかった。
『手を伸ばせ、触れてしまえ』
『知りたいのだろう? 彼女の肌の温かさを。唇の柔らかさを。血の色の鮮やかさを』
『彼女を抱け、犯せ、壊せ――殺せ』
地獄から聞こえる囁き声が、真っ赤に染まった彼女の姿を想像させる。凄惨で恐ろしい光景なのに、身体がぞくぞくと震え上がるほどに美しい。……美しい? いや、違う! 私は、いったい何を考えている!
「っ、駄目だ…! そんな、そんなこと…!」
ズキズキと痛む頭を壁に打ち付けたくなるが、彼女が目を覚ましてしまう。物音を立てるわけにはいかず、かぶりを振って脳内のおぞましいビジョンを振り払った。
ベッドの中の彼女は先程と変わらず穏やかな表情で眠っている。嗚呼、何も知らないいたいけなレディに、私はなんということを。やはり来てはいけなかったのだ。彼女の為にも私はこれ以上ここにいるべきではない。
せめて心地よく眠ることができるように、乱れているブランケットを身体にかけ直そうとした、その時だった。
「んん…」
ブランケットがシーツを擦る僅かな音に気がついたのか、彼女が身じろいで小さく声を漏らした。反射的に身体が硬直する。どうやらまだ目は覚めていないようだが、彼女がこちらを見た気がしてどきりとした。そして小さな可愛らしい唇が、微かに動く。
「…ジャック、さん…」
――その名を聞いた瞬間、理解する。彼女が呼んでいるのは『彼』だ。恐らく今、彼女は夢を見ている。『彼』との逢瀬の夢を。
彼女にとって『ジャック』とは『悪い子』の『彼』であり、私ではない。彼女の心の奥底に存在し、彼女がその身を委ねるのは私ではない『彼』なのだ。
黒い絵の具が周囲の色彩を塗り潰しながらその領域を広げ、すべてを飲み込んで覆っていくような心地がする。醜い嫉妬に胸をちりちりと焼かれそうになりながら、気づく。私は『彼』と同じように彼女に恋をしてしまったのだ。
花のような可憐な笑顔に惹かれ、恐怖に怯える泣き顔に心を奪われた。凛と澄んだ瞳に美しさを見出し、涙で潤んだ眼差しを至極愛らしいと思った。
こうして彼女を前にすると思い知らされる。どんなに否定をしたところで、結局私は『彼』と同じなのだ。何故なら『彼』は私であり、私は『彼』でもあるのだから。
そしてこうも思う――同じであるならば今、少しぐらい私が『悪い子』のふりをしたとしても、彼女はきっと気づかない…と。
「…あなたの『ジャック』はここにいますよ、レディ」
ベッドに腰掛け、彼女の耳元に顔を近づけて『彼』を真似てそう囁きかければ、眠ったままの彼女が少しだけ嬉しそうに微笑んだように見えた。そしてまるで無邪気な子猫が甘えるように、私の方へと身を擦り寄せてくる。その愛くるしい仕草はまるで私を求めているように思えて、胸に宿った黒い何かが少し薄らいでいくような気がした。
嗚呼。純粋な心を『悪い子』に奪われ、囚われてしまった可哀想な人。自分がどんなに求められているか露ほども知らない、罪作りで残酷な人。美しくて、憎くて、可愛らしくて、暴いてぐちゃぐちゃにしたいほどに狂おしいのに、それでも愛おしくて、欲しくてたまらない人。
どうかこの夜だけ、この束の間のひと時だけでもいい。たとえあなたが私を知らなくても、『彼』と間違えていても構わない。
あなたを偽り欺くことを、そして触れて、抱きしめて、口づけることを許してください。この臆病で卑怯な男を、こんな浅ましい方法でしかあなたに触れることができない私を、どうか許してください。
「愛しています。私たちの…私の、可愛いレディ」
懺悔のようなこの告白は、果たして彼女に届いているのだろうか。眠る彼女の小さく開いた唇へ誘われるようにそっとキスをする。想像していたよりもずっと柔らかく甘美な、禁断の罪の味がした。
いや、ほんの少しでいい。彼女に逢いたい。顔が見たい。そうすれば『彼』もきっと静かになる。ただ一目だけ、それだけでいい。
…その筈だったのに、眠っている彼女を前にすると決心があっさりと揺らぎそうになる。
白いシーツの上に広がった髪。細い首筋。寝息に合わせて上下する胸元。淡い薔薇色の唇。焦がれていた彼女のすべてが、すぐ目の前にある。少し手を伸ばせば届く距離に。
触れたい。抱きしめたい。口付けたい。心の奥底に閉じ込めた仄暗い欲望が次から次へと湧くように溢れ出す。いけないことだとわかっているのに、疼きに似た衝動は止まらなかった。
『手を伸ばせ、触れてしまえ』
『知りたいのだろう? 彼女の肌の温かさを。唇の柔らかさを。血の色の鮮やかさを』
『彼女を抱け、犯せ、壊せ――殺せ』
地獄から聞こえる囁き声が、真っ赤に染まった彼女の姿を想像させる。凄惨で恐ろしい光景なのに、身体がぞくぞくと震え上がるほどに美しい。……美しい? いや、違う! 私は、いったい何を考えている!
「っ、駄目だ…! そんな、そんなこと…!」
ズキズキと痛む頭を壁に打ち付けたくなるが、彼女が目を覚ましてしまう。物音を立てるわけにはいかず、かぶりを振って脳内のおぞましいビジョンを振り払った。
ベッドの中の彼女は先程と変わらず穏やかな表情で眠っている。嗚呼、何も知らないいたいけなレディに、私はなんということを。やはり来てはいけなかったのだ。彼女の為にも私はこれ以上ここにいるべきではない。
せめて心地よく眠ることができるように、乱れているブランケットを身体にかけ直そうとした、その時だった。
「んん…」
ブランケットがシーツを擦る僅かな音に気がついたのか、彼女が身じろいで小さく声を漏らした。反射的に身体が硬直する。どうやらまだ目は覚めていないようだが、彼女がこちらを見た気がしてどきりとした。そして小さな可愛らしい唇が、微かに動く。
「…ジャック、さん…」
――その名を聞いた瞬間、理解する。彼女が呼んでいるのは『彼』だ。恐らく今、彼女は夢を見ている。『彼』との逢瀬の夢を。
彼女にとって『ジャック』とは『悪い子』の『彼』であり、私ではない。彼女の心の奥底に存在し、彼女がその身を委ねるのは私ではない『彼』なのだ。
黒い絵の具が周囲の色彩を塗り潰しながらその領域を広げ、すべてを飲み込んで覆っていくような心地がする。醜い嫉妬に胸をちりちりと焼かれそうになりながら、気づく。私は『彼』と同じように彼女に恋をしてしまったのだ。
花のような可憐な笑顔に惹かれ、恐怖に怯える泣き顔に心を奪われた。凛と澄んだ瞳に美しさを見出し、涙で潤んだ眼差しを至極愛らしいと思った。
こうして彼女を前にすると思い知らされる。どんなに否定をしたところで、結局私は『彼』と同じなのだ。何故なら『彼』は私であり、私は『彼』でもあるのだから。
そしてこうも思う――同じであるならば今、少しぐらい私が『悪い子』のふりをしたとしても、彼女はきっと気づかない…と。
「…あなたの『ジャック』はここにいますよ、レディ」
ベッドに腰掛け、彼女の耳元に顔を近づけて『彼』を真似てそう囁きかければ、眠ったままの彼女が少しだけ嬉しそうに微笑んだように見えた。そしてまるで無邪気な子猫が甘えるように、私の方へと身を擦り寄せてくる。その愛くるしい仕草はまるで私を求めているように思えて、胸に宿った黒い何かが少し薄らいでいくような気がした。
嗚呼。純粋な心を『悪い子』に奪われ、囚われてしまった可哀想な人。自分がどんなに求められているか露ほども知らない、罪作りで残酷な人。美しくて、憎くて、可愛らしくて、暴いてぐちゃぐちゃにしたいほどに狂おしいのに、それでも愛おしくて、欲しくてたまらない人。
どうかこの夜だけ、この束の間のひと時だけでもいい。たとえあなたが私を知らなくても、『彼』と間違えていても構わない。
あなたを偽り欺くことを、そして触れて、抱きしめて、口づけることを許してください。この臆病で卑怯な男を、こんな浅ましい方法でしかあなたに触れることができない私を、どうか許してください。
「愛しています。私たちの…私の、可愛いレディ」
懺悔のようなこの告白は、果たして彼女に届いているのだろうか。眠る彼女の小さく開いた唇へ誘われるようにそっとキスをする。想像していたよりもずっと柔らかく甘美な、禁断の罪の味がした。