Black & Red
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~Side 🚺~
時が止まったモノクロームの空間。どこからかブラックジャックが現れ、伏せられたカードが配られる。
このドローももう何度目になるのだろうか。視線を感じながら恐る恐る裏返すと、願いも虚しくそこには大きな数字が刻まれていた。
拒否権もなくカードが手札に加えられ、合計は21を超える。このまま何もしなければこのラウンドで脱落だ。それだけでも良い状況とは言えないのに、黒服の不気味なディーラーはニヤリと笑って姿を消した。
まさか。そう思った瞬間、ばらばらに散ったカードに周りを取り囲まれる。
「っ…!」
嫌な予感は的中した。無数のカードがあっという間に視界を覆い尽くし、辺りが暗闇に包まれる。次にハンターになるのは自分だ。
黒がより漆黒へ近づき闇の深みへと呑み込まれるにつれて激しい目眩に襲われ、立っていることすら難しくなってくる。
耐えきれずにその場に膝をつきそうになった時、闇の中から音もなく伸びてきた腕に身体を支えられた。そのまま引き寄せられた腕の中、目の前の天鵞絨色のコートから微かな薔薇の香りを感じる。
視線を上げると、仮面をつけた男がそこにいた。
「レディ、待ちわびましたよ。ようやく私の出番ですね」
聞こえた声はブラックジャックとよく似た声音だったが、少し違うものだ。普段のゲームでは恐ろしく感じるこの声が、今は協力関係にあるからだろうかとても穏やかなものに聞こえる。
「ジャックさん…ごめんなさい、カードが…」
不甲斐なさを謝りたいのに、引きずり込まれた暗闇の空間に力を奪われているせいで譫言のように弱々しい声しか出すことができない。
思えば今日のゲームは運にも見放されてばかりだ。ハンターにことごとく追われていただけではなく、サバイバーからも執拗に追いかけ回され、手札をかき乱されたりカードを押し付けられそうになったりして幾度となく妨害を受けた。
結果として解読に集中できなかったため、手元のチップも心許ない。ここから勝ち残るにはバーストしたカードを誰かに引き渡さなければならない。
状況は芳しくないというのに、パートナーのジャックはまったく気にしていないようだった。
「いいえ、謝る必要はありませんよ。ここまで逃げ延びただけでも上出来です。貴女にはご褒美をあげなければいけませんね」
ご褒美。囁かれたその言葉がやけに甘い響きを孕んでいるように感じたのは気のせいだろうか。
労わるように髪を撫でていたジャックの右手が頬に添えられて、視線が合ったかと思うと彼が仮面越しにふふふ、と笑う声がした。
「今はまだお預けですよ。さすがに、この手で貴女を抱きしめるわけにはいきませんから」
そう言いながらジャックは爪刃のついた左手を少し掲げて見せる。物騒なジョークとは裏腹に彼の右手はゆっくりと背中を這っていき、そっと腰を抱き寄せた。思わずとくりと心臓が高鳴り、顔が熱くなる。
–––霧の都の切り裂き魔。品の良い紳士を装った恐ろしいシリアルキラー。殺人に美学と快楽を見出す異常者。ハンターの中でも特に危険な男だと、サバイバー達は皆、彼を評して言う。
これまでのゲームでもジャックに翻弄され、脅かされたことは何度もある。今、彼が戯れにその左手の爪刃を翻せば、この身体なんて紙きれのようにいとも簡単に引き裂かれてしまうのだろう。今はパートナーとはいえ、彼はハンターだ。ジャックにとっては自分は単なる獲物に過ぎない。そのはずなのに。
「さぁ、可愛いレディ。目を閉じて、あとは私に任せてください。『いい子』は眠る時間ですよ」
彼の低いテノールの声が、心地よく鼓膜を震わせる。愛する恋人に捧げられる睦言のように甘やかな言葉に、大切な宝物を愛でるように温かい手。まるで魔法にかかったみたいに力が抜けてしまう。
ジャックが危険な人物だということはわかっているのに、この腕を振りほどくことができないのは、きっと力を奪われているせいだけじゃない。
この腕の中は、この声は、この熱は…何故だろう、何もかもが心地がいい。これはいけないことなのに。ずっとこうして包まれていたいと思ってしまう。
微熱に浮かされた時に似たふわふわとした心地を感じていると、軽々と横抱きにされて本当に身体が宙に浮いた。
「どうぞ暫しの間、よい夢を。私の愛しい人」
もう限界だ。囁かれた言葉の意味を考えることができない。わかることは、恐ろしく感じていた暗闇はこの腕の中にいれば怖くないということだけだった。
誘惑に誘われるままに、ジャックの胸に身体を預けて目を閉じる。暗闇の中でそっと頬に何かが触れた感触を最後に、か細い意識の糸はぷつりと途切れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
~Side ✂️~
レディが初めてゲームに召集されたあの日。サバイバーが3人脱落して最後の一人になり、ロッカーの中で身を震わせながら隠れていた彼女を見つけたあの時。
恐怖で強張った身体と怯えた瞳に、一目で心を奪われた。
…なんて理想的で愛らしい獲物だ、と。
抵抗をする彼女を抱きかかえてロケットチェアまで運んだあの日が始まりだったが、ゲームに参加した回数を重ねるにつれて彼女はただ狩られるだけの哀れな獲物ではなくなっていき、より興味をそそられる存在になっていった。
非力ではあるものの、最後まで粘り強く抗おうとする。仲間の誰かが窮地に陥ればすぐに救助や治療に向かい、傷ついた者に手を差し伸べようとする。健気で慈悲深く、献身的。まるで絵に描いたような『良い子』。
それに対して駆け引きは苦手で人を疑わず、利用されやすく騙されやすい。嘘をついたり感情を隠したりすることもまるで下手。
素直さ、無邪気さ、純粋さは、この荘園では、とりわけこのブラックジャックゲームの中では大して価値が無い。そのような美徳の心を発揮したところで、危険と敗北を招くものでしかないからだ。
パートナーとして待機している間に戦況を見守っていたが、案の定、彼女はハンターからもサバイバー達からも格好の獲物として狙われ続けていた。
「…あなたはこのゲームには向いていませんね」
腕の中で意識を手放した彼女を見つめて、独り言る。一時的にとはいえ逃走劇から解放されて束の間の穏やかな夢を見ているのだろうか。その表情は安らかで、眠りの呪いをかけられた荊姫を思わせる。
彼女はサバイバー。恐怖に抗い、生きようとする者。私たちの関係は逃げる獲物とそれを追う狩人。そのはずなのに。
「…XXXX」
普段は決して呼ぶことのない名をそっと口にする。
彼女からある日、ブラックジャックゲームのパートナーになってほしいと恐る恐るこちらを伺いながら申し出があった時。その時の私の微かな喜びと高揚を、レディは知る由もないだろう。
死への恐怖に慄く顔も愛おしいが、こうして無防備に眠る顔も、触れた手に戸惑う顔も、頬を薔薇色に染めて恥じらう顔もまた愛らしい。
彼女を見ていると、ハンターとしてここにいることを忘れそうになる。
この柔肌に爪を立てて切り裂いて中を暴いたら。きっと艶やかで美しい花が咲くのだろう。真っ赤な鮮血の甘蜜がどくどくと溢れ、花弁の肉片が散る様を見てみたい。
固く閉ざされた無垢な蕾を開花させるその瞬間を、心を奪われたあの日からずっと夢見ている。
…いや。傷つけないようにこの身体を優しく抱きしめて、薄紅色の唇に口づけたら。愛の言葉を囁いて寝台の上に縫い止めたら。いったいどんな表情を見せてくれるのだろうか。
彼女への興味は尽きることがなく、目を離すことができない。私の心を乱し、魅了してやまない。
罪作りで哀れな、誰よりも愛しい私のレディ。
–––遠くで鐘の音が聞こえる。
もっと彼女を抱きしめて愛でていたかったのだが、名残惜しいが時間切れのようだ。最後に腕の中の彼女の頬にそっと触れるだけのキスを贈ると、黒い視界が明るくなっていく。
気がつくと見慣れたゲームのフィールドに立っていた。
まさか彼女が、あの男と組むだなんて。そう言わんばかりの動揺の気配が他のサバイバー達から次々と伝わってきて、思わず仮面の下でほくそ笑む。
サバイバーが敵となり、ハンターが味方となるブラックジャック。この狂った遊戯の中で彼女がパートナーに選び、その身を預けたのは自分だ。彼女に密かに想いを寄せていたサバイバーたちはさぞ悔しいことだろう。だが、この優越感は悪いものではない。
可愛いレディがその手の内に密かに隠し持っていた切り札として、明かされたからにはその役目を果たすのみだ。
さぁ、誰を仕留めに行こうか。怯えて逃げる彼女を執拗に付け狙った者、カードを押しつけ陥れようとした者。選り取り見取りの獲物たちを前にして、狩りの時間の始まりに胸が高鳴る。
「あなたに血染めの赤い薔薇を捧げましょう、レディ」
今は私の内にいる愛しい眠り姫にそっと呼びかけて、霧の中を歩き出した。
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