昔々、一輪の赤いチューリップの花の中から生まれた小さなお姫様がおりました。彼女の名前は親指姫といいました。
可愛らしすぎる容姿に生まれた親指姫は、極度の攫われ体質でした。これまでカエルや虫などの色んな生き物から求婚され、誘拐されては逃げ、誘拐されては逃げを繰り返してきたなかなかハードな経歴の持ち主です。

かつて息子のお嫁さん探しをしていたヒキガエルに拐われた時には『手を貸して！早く！』とチャットを連発し、周りにいた小魚達になんとか助けてもらい難を逃れました。
コガネムシに誘拐された時には虫姦の二文字が頭をよぎって絶望しましたが、「お前の嫁、足が二本しかないの無いわー」「触覚も無いじゃんその子超キモい」と仲間達から散々な言われようを受けてメンタルをやられたコガネムシに森へと捨てられ、幸いにも逃げることができました。

そんなこれこれかくかくしかじかで親指姫は、今は生家から遠く離れた森の中で、一人暮らしをしている野ネズミのおばあさんのお家に居候をしています。
家事のお手伝いをしたり、傷ついた鳥や動物を看病したりして、優しいおばあさんと平和で穏やかな毎日を過ごしていました。

――ところがある日、おばあさんのお隣のお家に住んでいるお金持ちのモグラの青年ノートン・キャンベルが『お嬢さんを僕にください』とプロポーズしてくるようになったのです…。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――ねぇ、いつになったら僕と結婚してくれるの？親指姫？」

ノートンは姫を壁際に追い詰めて迫ります。
最初のうちは至極誠実にプロポーズをしてくれていたノートンだったのですが、なかなか返事をくれない親指姫に痺れを切らしてしまったようで、最近ではこうして実力行使に出るようになったのです。

姫は困っていました。初めて会った時から何かと親切にしてくれたノートンのことはいい人だと思っていますが、それはあくまで友人としてです。恋愛対象ではありません。
さらに相手はモグラです。彼と結婚したら太陽の光の当たらない暗い地中で暮らさなければいけません。

誰かに助けを求めたくても、野ネズミのおばあさんはお出かけをしてしまっているため今はここにはいないのでした。とどのつまり乙女のピンチです。

「ノートンさん待ってください。私、まだ結婚は…」
「ごめんね、姫。これ以上は待てないんだ」

ノートンはそう言うと姫を柔らかいベッドの上へとどさりと押し倒しました。

「君は真面目な子だから婚前交渉なんて嫌だろうけれど、でももう既成事実がないと進展しなさそうだし」

ノートンの口から次々と飛び出した不穏な言葉に、いよいよ姫は慌てました。覆い被さってくる彼の下から逃げようとしてもがきましたが、ノートンとは力も体格の差もありすぎてびくともしません。

「初めてだから痛いかもしれないけれど、できる限り優しくするよ」

ノートンは姫の耳元に顔を近づけて甘く囁くと、そのままそっと耳朶にキスをしました。

「ひゃっ…！？」
「大丈夫。僕以外のことを考えられなくなるぐらい良くしてあげるからね」

姫の耳へちゅ、ちゅ…と音を立ててキスをしながら、ノートンは片手で器用に姫の服のボタンを外していきます。時折耳をぺろりと舌で舐められるものですから、食べられてしまいそうな感覚に姫は抵抗ができません。

「はは、もうそんな蕩けた顔しちゃって…可愛い」
「あっ…ノートンさん…！」

気づいた時にはあっという間にボタンを全て外され、胸元を大きく広げた状態にされてしまいました。

「ねぇ姫、僕の子どもを産んで？跡継ぎの男の子と、一人っ子だと寂しいだろうから弟も。女の子も最低二人は欲しいかも」
「そ、そんな…」
「何人生まれても育児には協力するし、お金はあるから不自由な思いはさせないよ？」

ノートンが姫の唇にキスをしようとしたその時でした。
彼の顔に、生クリームの塊が真正面からクリティカルヒットしたのです。

「ぶっ！？」
「はいはいノートン、ストップ！合意のないまま女の子を犯すなんて最低だよ！」

窓から飛び込んできたのは、アマツバメの青年のマイクでした。

「ま、マイクさん…！？」
「やぁ親指姫、久しぶり！」

華麗に着地をしたマイクはお辞儀をすると、ベッドの上で驚いている親指姫にぎゅーっと抱きつきました。

久しぶり、というのも、姫がこうしてマイクと会うのは、実に三ヶ月ぶりなのです。
あれは今から半年ほど前のある秋の日のこと、マイクが森の中で怪我をして倒れていたところを見つけたのが親指姫でした。
姫の看病のおかげでマイクは元気になりましたが、ツバメは越冬のために南の国へ行かなければなりません。旅立ちの日にマイクは一緒に行かないか、と親指姫を誘ったのですが、姫は野ネズミのおばあさんを一人にさせてしまうから、とその誘いを断ったのでした。

「ずーっと逢いたかった…！離れてる間、君が恋しくて仕方なかったよ」

マイクは姫をきつく抱きしめながら、愛おしそうに頬をすり寄せます。
花から生まれた親指姫の髪や身体からは、いつも花の蜜のような甘い良い香りがします。マイクはこの匂いが大好きなのでした。

「ノートンに襲われてるのを見て、びっくりしちゃった。大丈夫？変なことされてない？まだバージン？」
「は、はい…」

マイクのあまりにも明け透けな質問に正直に答えるのが恥ずかしくなってしまった親指姫でしたが、俯きながらこくんと小さく頷きました。

「うん、なら良かった」

マイクはにっこりと笑うと姫の手を取って、自分の小指と姫の小指を絡め合わせます。

「いい？君の初めては僕がもらうんだから、簡単に他の男にあげちゃダメだよ？約束だからね？」
「ま、マイクさん…冗談ですよね…？」
「…ふふ、どうかな？ご想像におまかせするよ。可愛い僕のお姫様」

何か悪戯を考えている子どものようにくすりと笑ってから、マイクは姫の額にちゅっとキスをしました。

「……マイク、何で彼女にキスしてるの？」

乱入された上にすっかり置いてけぼりにされてしまっていたノートンの不機嫌そうな声がしました。
爆弾から爆ぜた生クリームまみれになってしまった顔を拭いながら、ノートンはマイクを睨みつけます。

「僕今から彼女と子作りするんだから邪魔しないでよ」
「いやいやそんなの全力で邪魔するって！鉱山に帰りなよノートン！」
「それを言うなら帰るのは君の方じゃない？一度フラれたなら大人しく引き下がりなよ」
「えー！僕フラれてないし！」

ついにノートンとマイクは親指姫を間に挟んでわーわーと言い合いを始めてしまいました。
いつのまにかノートンには腰を抱かれ、さらにマイクには腕を掴まれていたので姫は逃げられそうにありません。

「っと…こうしちゃいられないんだった。姫、お願い！今すぐ僕と逃げて！あんまり時間がないんだ！」
「えっ…！？い、今すぐ、ですか…？」
「…マイク、何かあったの？」

マイクの先程までとは違う真剣な様子に、ノートンは何かを察しました。

「実はね…花の妖精の王子サマが、親指姫を狙ってるんだよ」

それはマイクが他のツバメたちと合流して、南へ旅立った時のことです。

ある森の中に、色とりどりの花が咲き誇る花畑を見つけました。そこは花の妖精たちが住む王国で、ツバメたちは冬の間そこに滞在することにしました。
しかし仲間のツバメが、マイクが小さな可愛いらしい姫に助けられたという話をしたところ、妖精の王子様が興味を示し、マイクに『すぐにここへ姫を連れてこい』と命令したというのです。

「…何それ。王子だかなんだか知らないけれど、何様のつもりなの？」
「そう！小さいくせにすごく偉そうな態度取ってくるからムカつくんだよー！しかもそいつ、愛人を何人も囲ってるんだよ！」
「最低だね。そんな奴に姫は渡さない。その花畑の土荒らして根絶やしにしてやる」
「さっき無理矢理シようとしてた奴が言う台詞とは思えないけど、それには同感だから協力するよ」

いつのまにか親指姫そっちのけでモグラとアマツバメはとてもとても物騒な計画を立て始めました。
ノートンはどこから取り出したのか手に大きな磁石と持ち、マイクもこれまたどこにしまっていたのか大量の爆弾を抱えています。

「…というわけでちょっと南へ生意気な妖精をシメに行ってくるよ、姫」
「戻ってきたらさっきの続き、するからね。いい子で待ってて、僕のお嫁さん？」

マイクとノートンから姫の両頬にキスが贈られ、二人は南へと向かって出かけていきました。

「ど…どうしよう…おばあさん、早く帰ってきて…」

一人残されてしまった親指姫の呟きは、虚しく響きました。

…後ほど、親指姫は、南の花畑を荒らしに荒らしまくって壊滅させて帰ってきたノートンとマイクから同時にプロポーズされ、それはそれはたっぷりと愛されたそうです。



めでたしめでたし？