保カフ その他
保カフ 『保科宗一郎の出張土産話』 前編
「今日もかわええなあ」
ここは、日本防衛隊第6部隊保科隊長執務室。きちんと整頓されたその机にはいくつかの写真が飾られている。主にそれは保科家の家族写真であり、人生の節目節目で撮られてきたものだ。1つは弟の宗四郎が誕生した年に撮ったもの、その隣は弟が5歳の七五三、更にその隣は弟の学生時代の入学、卒業と続く。そして、1番手前に置かれているのは、弟の第3部隊副隊長就任時のもの。全て自身の節目ではなく、弟の節目で撮られてきたものである。
保科宗一郎にとって弟の宗四郎はこの世で1番愛しい存在と言っても過言ではない。また、彼の弟に対する想いは年々更新されていて、今が1番かわいいと思っているのだ。
毎朝執務室へやって来ると、かわいい弟の写真を眺める。それが彼の日課であった。
「相変わらずの溺愛ぶりっすね」
扉をノックし入ってきた部下がそう声をかけると、宗一郎は至福の時間を邪魔するとは何事やと返した。
「残念ですが、お仕事の時間です」
部下は申し訳なさそうに伝え、手にしていた書類をどさっと机に置いた。しゃあないなと言いながら、宗一郎はその書類を1枚ずつ目を通していく。垂れてくる長い前髪をかきあげながら着実に仕事をこなしていると、退室しようとしていた部下が立ち止まる。何かを思い出したかのように小さく声を上げた。
「あっそういえば、もうあの噂はご存知ですか?」
「噂ってなんやねん。もったいつけんと、はよ言え」
先日の怪獣による被害状況等が報告書としてきているが、早速不備を見つけてしまい宗一郎は思わずため息を漏らしてしまう。最近、やたらと不備が多く1度注意する必要があるかもしれない。そんなことを考えていたので、少し部下に対する受け答えがきつくなってしまう。だが、その部下はさほど気にする様子もなく話を続けた。
「第3部隊副隊長保科宗四郎のお気に入り枠ができた、ってやつです」
「お気に入り枠? 俺と違ってあいつは真面目やから、部下を贔屓したりせえへんやろ」
「そうみたいっすね。でもそんな副隊長が最近、1人の隊員を構い倒しているとか」
珍しいこともあるもんやなとそれ程興味をもたない隊長の反応が意外だったのか、さらにその部下は興味を引こうと話を展開していく。
「そのお気に入り枠っていうのがですね、今年入った新人らしいんですけどーー」
「どうせ、年上の美人系の女なんやろ? あいつなあ、マザコンやねん。いっつもおかんに似たタイプの女ばっかり選びよるからな」
宗一郎は部下の話を遮るようにそう言い放つ。弟の好みなどすでに熟知しているのだ。
弟は防衛隊に入隊した頃から実家に寄り付かなくなった。そのため兄の宗一郎や父親が家に帰ってこいと言っても無視されるが、母親に同じことを言われると断れないのかすぐに帰省してくる。その際母への手土産も忘れない。子どもの頃から母にべったりで、取り繕ってはいるがその内面は大人になった今でもほぼ変わらないのだ。
そして、保科家系でも群を抜く美人と称される母を持ち、弟の女に対する基準は異常に高い。所謂かなりの面食いなのだ。だから、そのお眼鏡に適う女はなかなかいない。
「余程の美人なんやろうなあ。よくもまあ、そんな女が防衛隊に入ったものや」
だが、いくら見た目が良くても、中身が伴っていなければ弟の相手として相応しくない。性格がひん曲がっていそうな女なら、直ちに排除する必要があるな。そんな物騒なことを思っていると、その部下の口から聞き捨てならない言葉が矢継ぎ早に出てきて、宗一郎は唖然としてしまう。
「それがですね、違うんですよ。年上ってのは合ってるんですけど······でもそいつ、入隊可能年齢ぎりぎりで入ってきた男なんです。しかも髭面の冴えないおっさんだとか。さらには解放戦力1%しかない落ちこぼれらしいんすよ」
「······男? 髭面のおっさん!? しかも落ちこぼれ、てーー」
(おいおい、何をどうしたらそないなことになんねん! 気でも触れたんか、あいつ)
宗一郎は弟の今までの恋愛遍歴を振り返る。知る限りではあるが、1度たりとも男はいなかったはずだ。それが今頃になって宗旨替えなどとは笑えない。いや、例え男であったとしても弟の相手として見合っているのならば問題はないと思っている。思ってはいるが、髭面のおっさんはありえない、絶対にありえないはずだ。
予想だにしなかったお気に入り枠の人物像に深く思い悩み、宗一郎の仕事の手が完全に止まってしまった。これは良くないと思った部下は頭を捻る。
「隊長、今度東京に出張でしたよね? その時にちょっと寄り道して様子見てきたらいいんじゃないっすか」
どうせ弟さんに会いに行くつもりなんでしょうから、そのついでに。その部下の提案に、その手があったかと光が差したような心持ちになる。
「お前、冴えてるなあ。ほら、こっち来い。褒めたるから」
宗一郎はええ子やなと言いながら、部下の頭をわしゃわしゃと撫で回す。彼は気に入った部下を愛でるタイプの男である。部下の方もあざすと言いつつ、おとなしく嬉しそうに撫でられている。
「そのお気に入りとやらがどんなんか見てくるわ。留守中は任したで」
了と敬礼して部下が部屋を退出したのを見届けてから、宗一郎は深く深く息を吐き出す。その様は己の怒りを静め、冷静さを取り戻すかのように。
「そのお気に入りとかいう奴が変な気起こす前に、処理したほうがええかもなあ」
写真に収められた不機嫌そうな弟の姿を指でなぞりながら、宗一郎はそう呟いた。
「すまんなあ、運転手みたいなことさせてしもうて」
車窓からは久方ぶりに見る関東の街並が移り行く。
宗一郎をのせた車は出張ついでにと第3部隊立川基地を目指して走っていた。
「いえ、とても光栄です。第3部隊へと異動になった自分にお声がけ頂けるなんて······もうお会いすることはないのかと思っていました」
「何言うとるん。お前はよう気のつくええ子やったからな、他の部隊に取られてしもうて悔しいわ。せやけどな、どこへ行ってもずっとお前は俺の部下や。それだけは覚えとき」
運転している元部下は涙ながらに感謝を述べる。そんな彼に『泣いとったら事故るで』と宗一郎は軽快な口調で後部座席から声をかけた。
第1部隊の鳴海と同様に最強と謳われる第6部隊隊長こと、この保科宗一郎は部下からの人望が厚い。その強さだけでなくその人となりに惹かれて付き従うものが多いのだ。多少の選り好みはあるものの、下の者への姿勢はその背筋同様真っ直ぐだ。厳しい中にも優しさがあり、何より面倒見が良い。1度気に入ったものへは、惜しみなく情を注ぐ。それが保科宗一郎という男であり、慕われる所以である。
「ほな、またな。今度飯でも奢ったるから、気落ちせんと頑張りや」
後部座席にまわりわざわざドアを開けてくれる部下に、そう声をかけながらゆっくりと車から降りた。目の前には愛しい愛しい弟が副隊長を務める立川基地がそびえ立つ。早速宗四郎の顔を見に行こうと、守衛に挙手注目の敬礼をされながらその門をくぐった。
「さあて、あいつは何処にいるんかな」
ここは王道で、まずは仕事場から攻めていこうと考える。何度か来たことがあり、どういう経路でいけば最短なのかも熟知している。いや、そのはずだったのだが。
「あかん、迷うてしもた······ここ、どこや」
以前訪れた時と同じ道を来たはずが、何故か見覚えのない裏庭のようなところに辿り着いていた。知らぬ間に内装工事でも行われたのだろうか。だが、悩んでいても仕方がない。その辺に歩いている隊員を捕まえて、道案内でもさせればいい。そう、切り替えの早さは彼の長所である。
適当に歩いていると、早速第1隊員発見とばかりに少し上背のある男性隊員と運良く出くわした。声をかけようと近づくと、耳馴染みの良い声が聞こえてくる。
『すまん、遅なってしもて』
その男性隊員とは逆の方向から慌てて駆け寄ってきた人物、それは探し求めていた溺愛する弟であった。今日は随分とツイてる、そう思った宗一郎は声をかけずに気配も殺し近づいていく。声をかけてしまうと逃げられる可能性が高いからである。
『大丈夫です、俺も今来たところなんで』
そう返事した隊員の手を引きながら、宗四郎は何処かへと向かっていく。その足取りが異様に軽く、またその雰囲気はいつになく柔らかだ。何というか胸焼けがしそうなほど、甘ったるいものが垂れ流しになっている気もする。宗一郎はとても嫌な予感がした。すると、次の瞬間予想していた光景が、案の定、彼の瞳に映し出される。
(こんなところで何してんねん。というか、お前がキスしとる相手ほんまにそいつで合ってるか? 宗四郎、眼科に行ったほうがええんちゃう)
物陰に隠れて抱き合った後、何度も宗四郎のほうからキスを仕掛けている。一方相手の男は顔を朱に染め、辿々しく受け入れて何とか応えようとしているといった感じであった。
そして、彼らが誰かに見られるかもしれないという素振りを見せないということは、かなりの常習犯なのだろう。こちらの位置からは丸見えなのだが、気づく様子もない。宗一郎はため息とともに頭を抱えた。
「あれが日比野カフカか。写真で見るよりも······さらに冴えんやつやな」
出張へと赴く前に、件の男の下調べは勿論終えている。だが、噂以上のものは何も情報として上がってこず、謎は深まるばかりだ。その男の何が、弟の興味を引いているのかと。
そして、ここに来てさらに謎が増えてしまった。この状況を鑑みるに彼らがすでに恋人関係であることは明らかなのだ。真面目な弟は付き合ってもいない相手に、手を出すようなことは絶対にしないからである。
年上でこの冴えない男の何処に、刀一筋の宗四郎に道を踏み外させるほどの魅力があるというのだろうか。
「もうちょい、調べる必要があるようやな」
その翌日、またもや立川基地を訪れた宗一郎は日比野カフカを探していた。『本日保科副隊長は会議のため留守中』であることは、すでに確認済みだ。
漸くお目当ての男を発見し、音もなく近づき背後から声をかける。すると、その男は素っ頓狂な声を上げた後、壁際を歩いていたためその弾みで頭を壁に打ち付けていた。
「痛ってえーーもう、びっくりしたじゃないですか、副隊長!」
その場にしゃがみ込み、痛む頭を撫で擦りながらこちらを見上げた。痛みで潤んだ瞳が宗一郎を捉えた瞬間、その表情が困惑したものへと変わる。
「あ、れ? 福た······じゃない······え、ん? ゔあ? え!?」
思い描いた人物でなかったということに、脳が処理しきれないでいるのだろう。男は言葉になりきれないような、奇声を発するばかりだ。
「そない驚くとは思わんかったんや、堪忍なあ。頭撫でたろか?」
そう言って手を出すと少し怯えながらではあるが、大人しく撫でられている。部下としては従順で扱いやすそうやな。そんな感想を抱きつつ、自身のことを知っているかと問うてみた。すると、彼は小さく頷き、保科隊長と呟いた。
「······ほ、保科隊長! お初にお目にかかります。自分は日比野カフカと言います。弟さんの保科副隊長にはいつもお世話になっております。ご挨拶が遅れまして、大変失礼しました!」
打ち付けた頭が漸く働き出したのだろう。急に立ち上がり背筋をピンっと伸ばし敬礼。そして、深々と頭を下げ謝罪する。
これぞ年の功なのか、新人隊員にしてはきちんと礼儀をわきまえている。一般隊員として見るならば彼は隊長にとって好印象であっただろう。
宗一郎はわりかし礼儀というものに煩い類の人間である。第6部隊へ新人として入ってきた隊員にまず教えることは挨拶の仕方だ。挨拶がきちんとできない者はうちの部隊にはいらない、それが口癖なのである。
「俺のこと知ってるんやなあ」
「当然です。貴方のことを知らない隊員などいません」
頭をあげさせると、尊敬してやまないといった風にそう言い切る。宗一郎はその様を見て、弟がこの男を気に入っているというのがほんの少しだが理解できた。
「ふーん、そうか。なら話は早い。日比野カフカ、お前に聞きたいことがあってなあ······いつから弟と付き合うとる?」
そう言うと、みるみるうちに目の前の男の顔が青ざめていく。分かりやすい奴だと思うのと同時に、この手のタイプは嫌いではないとその唇が弧を描くーーいじりがいがありそうだと。
「日比野カフカ、今から飯に行かへんか? 腹減ってんけど、一人で食べるのは味気なくてなあ。そやから美味しんもんでも食べて、話の続きしようやないか」
日比野の肩を抱いて笑顔でそう話す隊長の姿は、一見すると部下を可愛がる上司のそれだ。だが今、日比野のは形容しがたい恐怖を感じていることだろう。肩が悲鳴をあげるほどの強い負荷がかけられている。絶対に逃さないという圧が触れている肩から全身へと駆け巡っているのだ。ぶるぶると小刻みに震えている日比野に、最早断るという選択肢など残されているはずもなかった。
「よ、喜んで······お供させて頂きます」

「今日もかわええなあ」
ここは、日本防衛隊第6部隊保科隊長執務室。きちんと整頓されたその机にはいくつかの写真が飾られている。主にそれは保科家の家族写真であり、人生の節目節目で撮られてきたものだ。1つは弟の宗四郎が誕生した年に撮ったもの、その隣は弟が5歳の七五三、更にその隣は弟の学生時代の入学、卒業と続く。そして、1番手前に置かれているのは、弟の第3部隊副隊長就任時のもの。全て自身の節目ではなく、弟の節目で撮られてきたものである。
保科宗一郎にとって弟の宗四郎はこの世で1番愛しい存在と言っても過言ではない。また、彼の弟に対する想いは年々更新されていて、今が1番かわいいと思っているのだ。
毎朝執務室へやって来ると、かわいい弟の写真を眺める。それが彼の日課であった。
「相変わらずの溺愛ぶりっすね」
扉をノックし入ってきた部下がそう声をかけると、宗一郎は至福の時間を邪魔するとは何事やと返した。
「残念ですが、お仕事の時間です」
部下は申し訳なさそうに伝え、手にしていた書類をどさっと机に置いた。しゃあないなと言いながら、宗一郎はその書類を1枚ずつ目を通していく。垂れてくる長い前髪をかきあげながら着実に仕事をこなしていると、退室しようとしていた部下が立ち止まる。何かを思い出したかのように小さく声を上げた。
「あっそういえば、もうあの噂はご存知ですか?」
「噂ってなんやねん。もったいつけんと、はよ言え」
先日の怪獣による被害状況等が報告書としてきているが、早速不備を見つけてしまい宗一郎は思わずため息を漏らしてしまう。最近、やたらと不備が多く1度注意する必要があるかもしれない。そんなことを考えていたので、少し部下に対する受け答えがきつくなってしまう。だが、その部下はさほど気にする様子もなく話を続けた。
「第3部隊副隊長保科宗四郎のお気に入り枠ができた、ってやつです」
「お気に入り枠? 俺と違ってあいつは真面目やから、部下を贔屓したりせえへんやろ」
「そうみたいっすね。でもそんな副隊長が最近、1人の隊員を構い倒しているとか」
珍しいこともあるもんやなとそれ程興味をもたない隊長の反応が意外だったのか、さらにその部下は興味を引こうと話を展開していく。
「そのお気に入り枠っていうのがですね、今年入った新人らしいんですけどーー」
「どうせ、年上の美人系の女なんやろ? あいつなあ、マザコンやねん。いっつもおかんに似たタイプの女ばっかり選びよるからな」
宗一郎は部下の話を遮るようにそう言い放つ。弟の好みなどすでに熟知しているのだ。
弟は防衛隊に入隊した頃から実家に寄り付かなくなった。そのため兄の宗一郎や父親が家に帰ってこいと言っても無視されるが、母親に同じことを言われると断れないのかすぐに帰省してくる。その際母への手土産も忘れない。子どもの頃から母にべったりで、取り繕ってはいるがその内面は大人になった今でもほぼ変わらないのだ。
そして、保科家系でも群を抜く美人と称される母を持ち、弟の女に対する基準は異常に高い。所謂かなりの面食いなのだ。だから、そのお眼鏡に適う女はなかなかいない。
「余程の美人なんやろうなあ。よくもまあ、そんな女が防衛隊に入ったものや」
だが、いくら見た目が良くても、中身が伴っていなければ弟の相手として相応しくない。性格がひん曲がっていそうな女なら、直ちに排除する必要があるな。そんな物騒なことを思っていると、その部下の口から聞き捨てならない言葉が矢継ぎ早に出てきて、宗一郎は唖然としてしまう。
「それがですね、違うんですよ。年上ってのは合ってるんですけど······でもそいつ、入隊可能年齢ぎりぎりで入ってきた男なんです。しかも髭面の冴えないおっさんだとか。さらには解放戦力1%しかない落ちこぼれらしいんすよ」
「······男? 髭面のおっさん!? しかも落ちこぼれ、てーー」
(おいおい、何をどうしたらそないなことになんねん! 気でも触れたんか、あいつ)
宗一郎は弟の今までの恋愛遍歴を振り返る。知る限りではあるが、1度たりとも男はいなかったはずだ。それが今頃になって宗旨替えなどとは笑えない。いや、例え男であったとしても弟の相手として見合っているのならば問題はないと思っている。思ってはいるが、髭面のおっさんはありえない、絶対にありえないはずだ。
予想だにしなかったお気に入り枠の人物像に深く思い悩み、宗一郎の仕事の手が完全に止まってしまった。これは良くないと思った部下は頭を捻る。
「隊長、今度東京に出張でしたよね? その時にちょっと寄り道して様子見てきたらいいんじゃないっすか」
どうせ弟さんに会いに行くつもりなんでしょうから、そのついでに。その部下の提案に、その手があったかと光が差したような心持ちになる。
「お前、冴えてるなあ。ほら、こっち来い。褒めたるから」
宗一郎はええ子やなと言いながら、部下の頭をわしゃわしゃと撫で回す。彼は気に入った部下を愛でるタイプの男である。部下の方もあざすと言いつつ、おとなしく嬉しそうに撫でられている。
「そのお気に入りとやらがどんなんか見てくるわ。留守中は任したで」
了と敬礼して部下が部屋を退出したのを見届けてから、宗一郎は深く深く息を吐き出す。その様は己の怒りを静め、冷静さを取り戻すかのように。
「そのお気に入りとかいう奴が変な気起こす前に、処理したほうがええかもなあ」
写真に収められた不機嫌そうな弟の姿を指でなぞりながら、宗一郎はそう呟いた。
「すまんなあ、運転手みたいなことさせてしもうて」
車窓からは久方ぶりに見る関東の街並が移り行く。
宗一郎をのせた車は出張ついでにと第3部隊立川基地を目指して走っていた。
「いえ、とても光栄です。第3部隊へと異動になった自分にお声がけ頂けるなんて······もうお会いすることはないのかと思っていました」
「何言うとるん。お前はよう気のつくええ子やったからな、他の部隊に取られてしもうて悔しいわ。せやけどな、どこへ行ってもずっとお前は俺の部下や。それだけは覚えとき」
運転している元部下は涙ながらに感謝を述べる。そんな彼に『泣いとったら事故るで』と宗一郎は軽快な口調で後部座席から声をかけた。
第1部隊の鳴海と同様に最強と謳われる第6部隊隊長こと、この保科宗一郎は部下からの人望が厚い。その強さだけでなくその人となりに惹かれて付き従うものが多いのだ。多少の選り好みはあるものの、下の者への姿勢はその背筋同様真っ直ぐだ。厳しい中にも優しさがあり、何より面倒見が良い。1度気に入ったものへは、惜しみなく情を注ぐ。それが保科宗一郎という男であり、慕われる所以である。
「ほな、またな。今度飯でも奢ったるから、気落ちせんと頑張りや」
後部座席にまわりわざわざドアを開けてくれる部下に、そう声をかけながらゆっくりと車から降りた。目の前には愛しい愛しい弟が副隊長を務める立川基地がそびえ立つ。早速宗四郎の顔を見に行こうと、守衛に挙手注目の敬礼をされながらその門をくぐった。
「さあて、あいつは何処にいるんかな」
ここは王道で、まずは仕事場から攻めていこうと考える。何度か来たことがあり、どういう経路でいけば最短なのかも熟知している。いや、そのはずだったのだが。
「あかん、迷うてしもた······ここ、どこや」
以前訪れた時と同じ道を来たはずが、何故か見覚えのない裏庭のようなところに辿り着いていた。知らぬ間に内装工事でも行われたのだろうか。だが、悩んでいても仕方がない。その辺に歩いている隊員を捕まえて、道案内でもさせればいい。そう、切り替えの早さは彼の長所である。
適当に歩いていると、早速第1隊員発見とばかりに少し上背のある男性隊員と運良く出くわした。声をかけようと近づくと、耳馴染みの良い声が聞こえてくる。
『すまん、遅なってしもて』
その男性隊員とは逆の方向から慌てて駆け寄ってきた人物、それは探し求めていた溺愛する弟であった。今日は随分とツイてる、そう思った宗一郎は声をかけずに気配も殺し近づいていく。声をかけてしまうと逃げられる可能性が高いからである。
『大丈夫です、俺も今来たところなんで』
そう返事した隊員の手を引きながら、宗四郎は何処かへと向かっていく。その足取りが異様に軽く、またその雰囲気はいつになく柔らかだ。何というか胸焼けがしそうなほど、甘ったるいものが垂れ流しになっている気もする。宗一郎はとても嫌な予感がした。すると、次の瞬間予想していた光景が、案の定、彼の瞳に映し出される。
(こんなところで何してんねん。というか、お前がキスしとる相手ほんまにそいつで合ってるか? 宗四郎、眼科に行ったほうがええんちゃう)
物陰に隠れて抱き合った後、何度も宗四郎のほうからキスを仕掛けている。一方相手の男は顔を朱に染め、辿々しく受け入れて何とか応えようとしているといった感じであった。
そして、彼らが誰かに見られるかもしれないという素振りを見せないということは、かなりの常習犯なのだろう。こちらの位置からは丸見えなのだが、気づく様子もない。宗一郎はため息とともに頭を抱えた。
「あれが日比野カフカか。写真で見るよりも······さらに冴えんやつやな」
出張へと赴く前に、件の男の下調べは勿論終えている。だが、噂以上のものは何も情報として上がってこず、謎は深まるばかりだ。その男の何が、弟の興味を引いているのかと。
そして、ここに来てさらに謎が増えてしまった。この状況を鑑みるに彼らがすでに恋人関係であることは明らかなのだ。真面目な弟は付き合ってもいない相手に、手を出すようなことは絶対にしないからである。
年上でこの冴えない男の何処に、刀一筋の宗四郎に道を踏み外させるほどの魅力があるというのだろうか。
「もうちょい、調べる必要があるようやな」
その翌日、またもや立川基地を訪れた宗一郎は日比野カフカを探していた。『本日保科副隊長は会議のため留守中』であることは、すでに確認済みだ。
漸くお目当ての男を発見し、音もなく近づき背後から声をかける。すると、その男は素っ頓狂な声を上げた後、壁際を歩いていたためその弾みで頭を壁に打ち付けていた。
「痛ってえーーもう、びっくりしたじゃないですか、副隊長!」
その場にしゃがみ込み、痛む頭を撫で擦りながらこちらを見上げた。痛みで潤んだ瞳が宗一郎を捉えた瞬間、その表情が困惑したものへと変わる。
「あ、れ? 福た······じゃない······え、ん? ゔあ? え!?」
思い描いた人物でなかったということに、脳が処理しきれないでいるのだろう。男は言葉になりきれないような、奇声を発するばかりだ。
「そない驚くとは思わんかったんや、堪忍なあ。頭撫でたろか?」
そう言って手を出すと少し怯えながらではあるが、大人しく撫でられている。部下としては従順で扱いやすそうやな。そんな感想を抱きつつ、自身のことを知っているかと問うてみた。すると、彼は小さく頷き、保科隊長と呟いた。
「······ほ、保科隊長! お初にお目にかかります。自分は日比野カフカと言います。弟さんの保科副隊長にはいつもお世話になっております。ご挨拶が遅れまして、大変失礼しました!」
打ち付けた頭が漸く働き出したのだろう。急に立ち上がり背筋をピンっと伸ばし敬礼。そして、深々と頭を下げ謝罪する。
これぞ年の功なのか、新人隊員にしてはきちんと礼儀をわきまえている。一般隊員として見るならば彼は隊長にとって好印象であっただろう。
宗一郎はわりかし礼儀というものに煩い類の人間である。第6部隊へ新人として入ってきた隊員にまず教えることは挨拶の仕方だ。挨拶がきちんとできない者はうちの部隊にはいらない、それが口癖なのである。
「俺のこと知ってるんやなあ」
「当然です。貴方のことを知らない隊員などいません」
頭をあげさせると、尊敬してやまないといった風にそう言い切る。宗一郎はその様を見て、弟がこの男を気に入っているというのがほんの少しだが理解できた。
「ふーん、そうか。なら話は早い。日比野カフカ、お前に聞きたいことがあってなあ······いつから弟と付き合うとる?」
そう言うと、みるみるうちに目の前の男の顔が青ざめていく。分かりやすい奴だと思うのと同時に、この手のタイプは嫌いではないとその唇が弧を描くーーいじりがいがありそうだと。
「日比野カフカ、今から飯に行かへんか? 腹減ってんけど、一人で食べるのは味気なくてなあ。そやから美味しんもんでも食べて、話の続きしようやないか」
日比野の肩を抱いて笑顔でそう話す隊長の姿は、一見すると部下を可愛がる上司のそれだ。だが今、日比野のは形容しがたい恐怖を感じていることだろう。肩が悲鳴をあげるほどの強い負荷がかけられている。絶対に逃さないという圧が触れている肩から全身へと駆け巡っているのだ。ぶるぶると小刻みに震えている日比野に、最早断るという選択肢など残されているはずもなかった。
「よ、喜んで······お供させて頂きます」

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